第438話 幽霊狩り
アリスは、あの亡霊ドローンを探したかった。正体不明。製造元不明。治安機関でもアライアンスでもなく、ヴィランや犯罪者の前だけに現れ、逃げても先回りし、戦闘が終わると煙のように消える。そのうえ《MAXIMILIAN》を一度は完全に拘束した。最後にはアリス自身が電子的に介入して拘束を解いたとはいえ、単独状態の《MAXIMILIAN》が読まれ、追い込まれ、実質的に敗北していたことは否定できない。アリスにとって、これほど気になるものはなかった。王冠だの立憲君主制だの市民投票だのを全部机の端へ押しやって、地下構造体へ潜り、昨日の通信痕跡を一本ずつ洗い直したい。それが翌朝、目を覚ました直後の彼女の第一希望だった。
「今日、捕まえる」
アリスはまだ寝癖の残った黒髪を片手で直しながら言った。
トミーは窓際で葉物を食べている。
「女王祭りは?」
「知らない」
「市民投票」
「三岐いる」
「王冠返還」
「後でやる」
「怒られるぞ」
「もう怒られてる」
アリスは白いフードを被り、端末と工具をバッグへ放り込んだ。昨日はオールドユニオンの制服を借りて逃げ出した結果、正体がばれて《女王陛下、OU軍装でお忍び視察》などという最悪の記事になった。今日はもう変装するつもりはない。どうせ何をしても記事になるなら、普通に行った方が早い。
そこで端末が鳴った。
表示。
《真鍋》
アリスは少し嫌な顔をした。
「何」
『アリス』
声が低い。
かなり。
怒ってる。
「何」
『昨日、お前』
「うん」
『群衆の前で何て言った』
アリスは少し考えた。
『幽霊ドローン追ってただけ』
『次、捕まえる』
そのあたり。
「……何」
『地下に市民何百人いると思う』
アリスが止まった。
「……は?」
*
《新開市女王祭》は六日目に入っていた。そして六日目にもなれば、どれほど大騒ぎが好きな新開市民でも、さすがに同じ祭りには少し慣れる。女王陛下万歳。花びら。肖像。パレード。限定菓子。立憲君主制討論会。毎日やれば、それはもう日常になり始める。
そこへ、新しい話題が投げ込まれた。
《歯車の女王VSドローンの幽霊》
しかも、アリス本人が「次、捕まえる」と言った。
それだけで十分だった。
「先に見つけたら勝ちじゃね?」
「誰に?」
「女王に」
「何で?」
「面白いから」
新開市では、こういう会話から人間が本当に地下へ行く。
配信者は《幽霊探索生配信》を始め、導線屋は目撃情報を勝手に地図化した。旧物流路、地下保守区、封鎖された再開発区画、使われていない資材搬入口。昨夜のうちに目撃地点をつないだ《亡霊ルート》なる地図まで共有され、早朝から何十人もの探索者が地下へ入り始めていた。元ヴィランの一人が「悪いことしてると出るんだろ」と言い出し、友人から「呼び出すために犯罪するな」と止められた。それを配信者が面白がって拡散し、「幽霊召喚チャレンジ」なる最悪の言葉まで生まれかけていた。
真鍋が怒るのは当然だった。
『地下は遊び場じゃない』
「知ってる」
『廃区画ある。未補修ある。ガス管ある。工事区画ある。立入禁止もある』
「知ってる」
『なのに今、一般人が四百近く入ってる』
「……増えてる」
『お前が喋ったから』
「私悪くない!」
『半分はお前』
「何で!」
『新開市民がどういう連中か知ってて喋っただろ』
「そこまで考えてない!」
『それ込みで喋れ!』
真鍋の声が響く。
アリスは端末を少し耳から離した。
「新開市民がおかしい」
『知ってる。だから仕事してる』
「私も止める」
『何も言うな』
「何で」
『お前が“地下入るな”って言ったら、“やっぱり地下にいる”ってなる』
アリス。
黙る。
『“危ない”って言ったら、“危険な怪異確定”ってなる』
「……」
『“私が調べる”って言ったら、“女王陛下直々の幽霊狩り”になる』
アリス。
「……もうなってる」
『知ってる!』
真鍋は通信の向こうで深く息を吐いた。
『とにかく、地下へ行くなとは言わない』
「行く」
『お前は行くと思ってた』
「うん」
『でも勝手に単独で潜るな。今、市民と配信者と導線屋と元ヴィランと、あと何故かOUの連中まで地下にいる』
アリスが眉を寄せた。
「OU?」
『そうだよ』
「何してるの」
『こっちが聞きたい』
*
オールドユニオンも、別の意味で激発していた。
《MAXIMILIAN》は、彼らにとって単なる一機の大型支援ドローンではない。新開市への常設戦力を大幅に削る代わりに、少数精鋭で代表護衛、大型脅威対応、都市戦、電子戦まで担えるよう選び抜かれた機体だった。アリスの家族機が一世代前のものになりつつあることも把握したうえで、「今後の新開市では《MAXIMILIAN》級が基準になる」と自負して送り込んだ最新鋭である。
その《MAXIMILIAN》が、正体不明の無人機一機に拘束された。
報告書は残酷なほど簡潔だった。
《単独条件下におけるMAXIMILIAN、未知無人制圧機により行動自由を喪失》
《外部電子介入後、拘束離脱》
つまり。
単独なら。
負けた。
アリスが助けたから。
抜けた。
それだけだった。
新開市現地施設へ呼び出されたアリスは、会議室へ入った瞬間に異様な空気を感じた。アザドだけでなく、見たことのない技術者や将校が十数人並び、さらに壁面モニターにはオールドユニオン本国から接続している技術部門の顔が何十人も並んでいる。
「……何これ」
アザドが言った。
「本気」
「多い」
「面子かかってる」
「負けてない」
「お前がいなかったら負けてた」
アリス。
黙る。
アザド。
「だろ」
「……拘束されただけ」
「戦闘機が敵に完全拘束されて、自力で抜けられなくても“負けてない”って言うのか?」
「言わない」
「じゃあ負けた」
「うるさい」
現地司令官が資料を開いた。
「問題は面子だけではありません。未知機はMAXIMILIANの機動特性を短時間で把握し、攻撃後ではなく攻撃前の動作を潰しました。代表護衛中に同じ制圧を受ければ、警護対象へ接近経路を開かれる可能性があります」
「それは分かる」
「製造元不明。運用主体不明。通信系統不明。目的も不明」
「ヴィランだけ狙ってる」
「現時点では、です」
アリスが少し嫌そうな顔をする。
正しい。
だから。
面倒。
「それで?」
司令官。
「技術者団を派遣します」
「何人」
「すでに到着しています」
「は?」
*
新開市の空港施設には、その日の午前だけで三便のオールドユニオン輸送機が降りた。
電子戦技術者。制御AI研究者。動力・関節設計者。戦術解析班。通信解析班。センサー技術者。非致死制圧機構の専門家。なぜここまでというほど各分野から人が集められ、《MAXIMILIAN》一機を取り囲んだ。昨夜アリスが使った個体は格納庫の中央へ置かれ、数十台のセンサーと解析装置につながれている。
「ここ、拘束索が入った」
「右脚から腰への荷重移動を見ている」
「先に回っている。追従ではない」
「女王陛下の電子介入時刻は?」
「この瞬間です」
アリスが振り向く。
「私のログ勝手に見るな!」
技術者の一人が答える。
「MAXIMILIANのログです」
「私入ってる!」
「機体側に記録されています」
「消して」
「国家安全保障上、無理です」
「嫌」
「嫌であることと解析可能性は別です」
アリスは三岐みたいな言い方をされてさらに嫌そうな顔をした。
解析が進むにつれ、技術者団の空気はさらに変わっていった。未知機――彼らはまだ《LEDGER-01》という名を知らない――は、MAXIMILIAN単体に対しては明確に優位だった。関節の始動、肩の移動、重心、地形、出力特性。そのすべてから「次に選ばれる可能性の高い行動」を絞り、複数候補へ同時に対応できる位置へ先回りしている。
だがアリスが介入した瞬間、それが崩れた。
「この時点から、対象の行動候補が急激に増えています」
「どうして?」
「女王陛下が物理動作と電子制御を分離している」
「周辺設備へも介入」
「姿勢制御も別系統化」
「外部センサーを一時的な第二観測点に転用」
技術主任が画面を止めた。
「これは操縦ではありません」
アリスが振り向く。
「何」
「戦場を増やしています」
「?」
「敵から見れば、MAXIMILIAN一機を相手にしていたはずです。しかしこの瞬間から、機体本体、電子制御、周辺設備、外部観測が別々の意思を持つように振る舞っている」
別の技術者が言う。
「アリス系機体群の強さは、単機性能では測れない」
「いや、MAXIMILIANうちの機体」
「使用者がアリス系です」
アリス。
「私を系統にするな」
主任は聞いていない。
「ならMAXIMILIAN側にも分散的な外部支援能力を――」
「いらない」
「まだ提案途中です」
「増やす気でしょ」
「対予測戦闘能力として――」
「やめろ」
技術者団の目は完全に燃えていた。
止まる気配はない。
*
さらに悪いことに、オールドユニオンは技術解析だけでは満足しなかった。
未知機そのものを探し始めた。
アリスが格納庫を出た時、外には三機の《MAXIMILIAN》が並んでいた。
「……何」
兵士。
「移動脅威評価部隊です」
「何それ」
「女王陛下周辺に未知制圧機が再出現した場合の即応評価を」
「護衛じゃん」
「直衛ではありません」
「私の横歩く?」
「必要に応じて」
「護衛!」
「移動脅威評価です」
アリスがアザドを見る。
「止めて」
「無理」
「お前OUだろ」
「本国が完全に意地になってる」
「意地で私の横に三機置くな」
「昨日一機取られたから」
「三機ならいいって話じゃない!」
その横を別のOU職員が通る。私服だが、動きが明らかにエージェントだ。
アリス。
「どこ行くの」
「現地調査です」
「幽霊?」
「未知機です」
「勝手に探すな」
「国家安全保障上の調査です」
「新開市の中!」
「必要な範囲で――」
そこへ。
真鍋。
来る。
「必要な範囲を誰が決めた」
OU職員。
止まる。
「治安機関とは情報共有を――」
「してねえよ」
「……」
「地下工事区画に勝手に入った奴、今朝三人止めた」
「それは」
「市民だけで手一杯なのに外国のエージェントまで増やすな」
アザドが小さく言う。
「怒ってるな」
アリス。
「私のせいじゃない」
真鍋。
「半分はお前」
「また!?」
*
その頃、御厨綴は《LEDGER-01》を動かしていなかった。
ヴェラが隠し作業場のモニターに流れる映像を見る。地下へ入り込む市民。配信者。治安機関。オールドユニオンの捜索班。MAXIMILIAN複数機。
「ものすごく探してる」
「はい」
「出す?」
「出しません」
「せっかく面白いのに」
「今出したら回収されます」
御厨は淡々としている。
LEDGER-01は整備区画の奥で停止していた。前回の戦闘で取得したアリスのデータはすでに解析へ回され、《RELATIONAL ACTOR MODEL》《MULTI-AGENT PREDICTION》など新しい処理系の試験が始まっている。
「アリスも探してるわよ」
「知っています」
「会わせないの?」
「今は」
「残念」
ヴェラは少し笑った。
「幽霊って、出ない方が噂増えるのね」
御厨もわずかに笑う。
「怪談らしくなりましたねえ」
*
街の地下では、実際に怪談が増殖していた。
「今、向こうにいた!」
「どこ!」
「黒い影!」
「それ保全ドローン!」
「幽霊いたぞ!」
「それOU!」
「女王陛下も来た!」
「どこ!?」
「探すな!」
アリスが怒鳴っている。
配信者がそちらへカメラを向ける。
「女王陛下も幽霊探索続行中!」
「続行してない! お前ら止めてる!」
その言葉すら配信タイトルになる。
《女王陛下、現地で幽霊探索隊を直接指揮!?》
「指揮してない!」
アリスは頭を抱えた。
昨日までは女王祭りに人が集まっていた。今日は女王祭りから飽き始めた一部がそのまま幽霊狩りへ移動し、結果として街の地上と地下が同時に騒がしくなっている。真鍋の治安機関は危険区画から市民を出し、OUへ勝手な調査をやめろと言い、配信者へ未補修構造を踏み抜くなと怒鳴り、アリスへ不用意な発言をするなと繰り返した。
その最中。
新しい目撃情報。
出る。
《復旧第七码区の地下で、顔のないドローンを見た》
真偽。
不明。
でも。
新開市。
動く。
「第七码区!」
「行くぞ!」
「配信回して!」
「OUにも共有!」
アリス。
「行くな!」
自分。
走り出そう。
と。
する。
真鍋。
「お前も行くのかよ!」
「確認!」
「その三機連れて?」
アリスの後ろ。
MAXIMILIAN。
三機。
いる。
「勝手についてくる!」
「結果一緒だ!」
*
復旧第七码区でマティアス・ヴァン・ローンが最初に報告を受けた時、彼は《BLUEPRINT》の試験配置を調整していた。
「マティアスさん」
「何」
「人が来ます」
「何人」
「現在予測で四百十二」
「デモ?」
「幽霊狩りです」
マティアスは画面から顔を上げた。
「何それ」
「新開市です」
「その説明便利すぎない?」
「さらにオールドユニオンの大型機三機」
「何で!」
「女王陛下も」
マティアス。
数秒。
黙る。
「何で全部来るのよ!」
助手。
「目撃情報が」
「本物?」
「不明です」
「じゃあ何で来るの」
「新開市なので」
「もうそれ禁止!」
マティアスは大きく息を吐き、画面を見る。
《BLUEPRINT》
義弘が訪ねて来た時以降、何度も試験を繰り返してきた。工事進捗、道路幅、荷重制限、群衆密度、民間ドローン航路、保全機配置、避難路、商店アクセス、住民動線。これらを固定された一枚の防衛線ではなく、複数の「深さ」として扱う。
義弘。
言った。
『全部、一枚目で勝とうとするな』
『抜かれてもいい場所作れ』
マティアスはモニター上に流入予測を見る。
四百。
増える。
配信者。
市民。
OU。
MAXIMILIAN。
アリス。
治安機関。
普通なら。
止める。
でも。
止めたら。
そこ。
勝負。
なる。
マティアスは指を動かした。
「いいわ」
助手が見る。
「何がです?」
「来るなら」
一拍。
「通す」
*
《BLUEPRINT ACTIVE》
復旧第七码区の地図が変わった。
ただし道路そのものが魔法のように移動するわけではない。マティアスが使ったのは、もともと街に存在する道路、広場、工事用空地、仮設通路、高架下、資材置き場、作業ヤード、保全ゲート。それに《復旧保全共同隊》の警備ドローン群だった。
《DEPTH 1》
最外縁。
一般市民。
探索。
見物。
配信。
全部。
受け入れる。
広い。
区域。
作る。
撮影可能。
地下構造の一部も見える。
危険。
ない。
止めない。
《DEPTH 2》
小型警備ドローン群。
配置。
ただし壁。
作らない。
逆走。
無許可飛行。
柵越え。
だけ。
柔らかく。
止める。
《DEPTH 3》
路地。
高架下。
資材空地。
使う。
人間。
民間ドローン。
サムライ。
大型機。
経路。
分ける。
《DEPTH 4》
中型保全機。
多脚機。
拘束機。
REGALIA。
配置。
本気。
侵入者。
だけ。
受ける。
《CORE DEPTH》
工事核心。
固定アンカー。
重量級保全機。
非常閉鎖設備。
大型施工機。
作業。
続ける。
でも。
マティアスの《BLUEPRINT》で重要だったのは、地形だけではなかった。
「警備ドローン、第一列」
マティアス。
「接触したら粘らない」
『退くんですか?』
「そう」
『突破されます』
「突破させるの」
オペレーターが振り向く。
マティアスは画面上の第二縦深を指す。
「第一列が下がったら、第二列が斜めに出る。第一列は横へ回って側面へ。第二列も押し切られたら第三へ下げる」
「決戦しない?」
「しない」
一拍。
「止めるために前へ出なくていいの」
「退くことも」
一拍。
「配置よ」
小型警備ドローン群の表示が動く。
道路。
建物。
空地。
その。
隙間。
埋める。
街の構造と警備ドローンが交互に防御線を作り始める。道路が人を分け、警備ドローンがその分岐を支え、警備ドローンが退けば次の道路が線になり、その道路を抜ければ次のドローン群が待つ。
壁。
一枚。
ではない。
街。
全部。
縦深。
なる。
*
最初に第七码区へ到着したのは一般市民だった。
「幽霊どこ!」
「目撃地点こっち!」
案内ビーコン。
光る。
《探索・撮影可能区域はこちら》
「こっちだ!」
かなりの人数がそのまま第一縦深へ流れた。そこから地下の一部が安全に見える。配信者向けの撮影帯もあり、広場には臨時休憩スペースまで用意されている。
「見やすい!」
「ここから探せる!」
まず。
止まる。
一部。
本気。
探索者。
さらに。
進む。
小型警備ドローン。
出る。
『この先は保全区画です』
「横から行く!」
ドローン。
追わない。
横。
下がる。
別。
通路。
開く。
探索者。
そっち。
行く。
気づかない。
うち。
二手。
三手。
分かれる。
導線屋が一人、笑う。
「面白いな」
警備ドローンが少し後退する。
「抜いた!」
前へ。
行く。
でも。
次。
高架下。
別。
隊列。
ある。
「またいる」
先ほど下がった第一列の一部が、すでに側面経路へ回っていた。
「……これ」
導線屋。
少し。
笑み。
消える。
「逃げてるんじゃない」
*
アリスが到着した時には、すでに相当な人数が工区へ入っていた。
でも。
混乱。
ない。
人。
分かれてる。
配信。
別。
市民。
別。
民間ドローン。
上空。
指定。
航路。
進む。
サムライ装備。
持つ。
人。
別。
広い。
通路。
案内。
される。
アリス。
立ち止まる。
「……何これ」
マティアスから通信。
『《BLUEPRINT》』
「これ?」
『そう』
アリスは周囲を見る。
第一線の小型保全機が後退する。だが、逃げたわけではない。二本先の道路へ回り込み、次の分岐を形成する。別の中型保全機が道路中央へ入る。建物と仮設壁の間に自然な狭路ができ、市民が三方向へ分けられる。
「……こいつら」
『何』
「逃げてない」
『そうよ』
「下がって」
一拍。
「次」
「作ってる」
マティアス。
少し。
嬉しそう。
『縦深よ』
アリス。
「義弘の?」
『私のよ』
一拍。
『教わったけど』
アリスは少しだけ笑った。
「それ言うと思った」
*
問題はオールドユニオンだった。
三機のMAXIMILIANと、技術者・エージェント混成の調査班が到着する。彼らは目撃情報のあった地下核心部へ直接行きたがった。
「最短ルートを」
OU技術主任。
要求。
する。
BLUEPRINT。
案内。
出す。
《大型機通行可能ルート》
「こっちか」
MAXIMILIAN。
進む。
最初の警備ドローン群。
下がる。
「突破」
OU兵。
言う。
でも。
次。
道路。
狭い。
《荷重制限》
「隣へ」
別。
ルート。
開く。
進む。
そこ。
中型保全機。
いる。
『工事車両通過待ち』
「何分」
『四分』
待つ。
通過。
する。
また。
進む。
次。
仮設橋。
《大型機同時通行不可》
三機。
分ける。
一機。
先。
行く。
次。
資材搬入口。
狭い。
別。
迂回。
出る。
そこ。
小型警備ドローン。
再配置。
済み。
OU主任。
眉。
寄せる。
「……我々は今」
現場職員。
「はい」
「何層突破しました?」
「三層です」
「核心部は」
「あと四層」
主任。
黙る。
MAXIMILIAN。
一度も。
攻撃。
されてない。
拘束。
されてない。
でも。
目的地。
近づけない。
「妨害を受けていない」
別の技術者。
「はい」
「なのに進めない」
現場職員。
「工事中ですので」
*
アリスも途中で同じことに気づいた。
「……あれ」
端末の地図を見る。
自分。
進んだ。
はず。
でも。
目撃地点。
遠い。
「私」
一拍。
「回された?」
マティアス。
『安全なところへ』
「勝手に!」
『危ないところ行くからでしょ!』
「調査!」
『今は幽霊より人間の方が危ないの!』
アリスは周囲を見る。
確かに市民はきれいに分散している。見物客は第一縦深で満足し、配信者は撮影帯へ吸われ、本気の探索者だけが奥へ進む。さらに奥では警備ドローン群が、戦わず、押し返さず、時にはあえて下がりながら新しい線を作っている。
「壁」
アリス。
言う。
「ない」
マティアス。
『そう』
「でも」
アリス。
少し。
眉。
寄せる。
「進めない」
『そう』
「……便利すぎる」
通信の向こうでマティアスが少し黙った。
『前にも言ったわね』
「言った」
『便利だから危ない?』
「うん」
マティアスはすぐには答えなかった。
『でも今日は』
「うん」
『これで怪我人出てない』
「うん」
『工事も止まってない』
「うん」
『だったら今日は使う』
アリス。
少し。
考える。
「それも正しい」
『でしょう』
「だから面倒」
『あんたに言われたくない』
*
《BLUEPRINT》は、その日初めて本来の形で成功した。
第一縦深。
抜かれる。
でも。
失敗。
じゃない。
第二縦深。
人。
分ける。
警備ドローン。
下がる。
側面。
入る。
第三。
地形。
狭める。
第四。
中型保全機。
待つ。
最終。
核心。
守る。
その全ての間で、道路、建物、高架、資材置き場、工事用空地、仮設通路、そして警備ドローンが一つの防御体系として扱われた。
誰かが一枚目を突破しても。
次。
ある。
次。
さらに。
ある。
壁は、一度抜かれれば意味を失う。
縦深は、抜かれることを使える。
マティアスはモニター上で第一列の警備ドローンを下げ、第二列を斜めに出し、第一列をさらに外側へ回す。固定された前衛も後衛もない。前にいた機体が後ろへ下がり、後ろにいた機体が横へ出る。侵入者の流れに応じて役割が入れ替わる。
「これ」
マティアスが呟く。
「機体側に」
助手が振り向く。
「何です?」
「もっと」
一拍。
「自分で縦深作れる能力」
「自分で?」
「道路がなくても」
マティアスは画面上の警備ドローン配置を見る。
「線」
「作れたら」
助手。
「専用機?」
マティアスは少し笑った。
「まだ早い」
でも。
画面。
閉じない。
*
真鍋が現場へ着いた頃には、治安機関の仕事はかなり減っていた。
「……便利だな」
マティアスが少し得意そうに振り向く。
「でしょう?」
真鍋は流れていく群衆と、後退しながら次の防御線を作る警備ドローンを見る。
「便利すぎるけど」
マティアス。
「アリスにも言われた」
アリス。
「言った」
真鍋が二人を見る。
「なら二回目だ」
一拍。
「覚えとけ」
マティアス。
「何を」
「便利なものは」
「使う側が」
「境界忘れる」
マティアスは少し真面目な顔になる。
「覚えとく」
真鍋。
「忘れんなよ」
アリス。
「義弘と同じこと言ってる」
真鍋。
「年寄りは似るんだよ」
「真鍋、年寄りじゃない」
「そこ拾うな」
*
結局、その日、亡霊ドローンは見つからなかった。
目撃情報。
誤認。
だった。
黒い影。
保全機。
だった。
地下。
探索。
した。
市民。
満足。
する。
「幽霊はいなかったけど面白かった!」
「BLUEPRINT攻略難しい!」
「次はもっと奥行ける装備で!」
真鍋が遠くから怒鳴る。
「次やるな!」
オールドユニオン技術者団は幽霊を得られなかった代わりに、《BLUEPRINT》という別のものを大量に記録していた。
「都市構造と警備ドローンが同一戦術系」
「固定線ではない」
「侵入後の再配置を前提」
「MAXIMILIANの機動自由を、直接拘束せず制限」
技術主任が頭を抱える。
「新開市には」
一拍。
「何個」
「新技術があるんだ」
アザドが答える。
「数えるな」
「なぜ」
「増えるから」
*
夕方。
市民。
帰る。
OU。
戻る。
真鍋。
怒鳴り疲れる。
マティアス。
満足。
工事停止。
ほぼ。
なし。
怪我人。
なし。
アリス。
だけ。
不満。
「私だけ」
トミーが聞く。
「何」
「何も」
一拍。
「得てない」
「人気」
「いらない」
「MAXIMILIAN三機」
「いらない」
「幽霊探索イベント」
「いらない!」
「BLUEPRINT見れた」
アリス。
少し。
黙る。
「……それは」
「得た?」
「ちょっと」
トミー。
「じゃあいいだろ」
「幽霊欲しい」
「物みたいに言うな」
*
その夜、御厨綴は市民配信から《BLUEPRINT》の挙動を見ていた。
警備ドローン。
下がる。
次。
線。
作る。
道路。
人。
分ける。
大型機。
別。
経路。
回される。
一度も。
攻撃。
しない。
でも。
進路。
減る。
ヴェラが横で言う。
「似てる」
御厨が視線を向ける。
「何がです?」
「Qbs.Bm.」
御厨は少し考える。
「違います」
「そう?」
「Qbs.Bm.は」
一拍。
「行動を減らす」
画面。
見る。
「《BLUEPRINT》は」
一拍。
「場所を減らす」
ヴェラ。
「あなたのは?」
御厨。
少し。
笑う。
「未来を」
一拍。
「読みます」
ヴェラも画面を見る。
「三つ揃ったら嫌ね」
「そうですねえ」
「考えた?」
御厨。
答えない。
ただ、《BLUEPRINT》の警備ドローンが第一列から第二列へ後退し、そのまま側面へ回って新しい縦深を形成する映像を止めた。
「……面白いですねえ」
その頃。
マティアスの端末には。
別。
新しい。
メモ。
残る。
《将来検討:専用保全機による自律縦深戦列》
まだ。
青写真。
ですらない。
ただの。
一文。
だった。
でも。
この日。
《BLUEPRINT》は初めて学んだ。
街の構造があるから。
縦深。
作れる。
だけ。
ではない。
警備ドローン自身が。
下がり。
回り。
並び替われば。
機械。
そのもの。
縦深。
作れる。
そして地下では、《LEDGER-01》が一度も姿を見せることなく、静かに息を潜めていた。
幽霊を探す新開市を、《BLUEPRINT》が幾重にも分けて迷わせた日。
まだ誰も知らなかった。
やがて。
幽霊を読む機械と。
街に縦深を作る機械が。
同じ戦場へ立つことを。




