020 再来の炎
守った村で、俺たちは少し休むことにした。
開拓村とはいえ、ほぼ完成に近く、家屋も頑丈だ。宿屋代わりの大きな建物も無事だった。
村長は涙ながらに感謝し、「どうかお使いください」と鍵を差し出してきた。
久しぶりの、ちゃんとした寝床。
畳のような床、屋根のある部屋、窓から吹き込む夜風。
“領域”での修行の日々を思えば、天国のような心地だった。
俺は剣を壁に立てかけ、ベッドに横になる。
ティオルも隣の部屋で同じように休み、師匠は一階の見張り番を買って出ていた。
目を閉じかけた、その瞬間――
ゴゴゴゴ……
空気が、震えた。
窓の外が異様な光に染まる。
「……っ!」
俺は飛び起き、剣を掴んだ。
同時に、隣の部屋からティオルが、階下から師匠が駆け上がってくる。
三人は宿の玄関に集まった。
夜空に、巨大な亀裂が走っていた。
黒い裂け目から、ノクティアの兵士たちが次々と降りてくる。
先ほどの襲撃で、完全に撤退できていなかったのか――
これは確認と、仕切り直しの襲撃だと一目でわかった。
村人たちの悲鳴が、再び夜に響き渡る。
そして、裂け目の前に二つの人影が浮かんでいた。
一人は、見覚えがある。
元素の魔眼を持つ女。
あの夜、ルーベン村を焼き払った人物だ。
赤く輝く瞳、周囲に浮かぶ無数の光球。
――あれは、一体……?
そして、その背後に立つもう一人。
黒いローブを纏った、二十代ほどの男。
異質で、底知れぬ瞳。
そして頭上には、師匠と同じ“光輪”が浮かんでいた。
ただし、色合いがまったく違う。
闇のように黒い輪。
「……覚醒者がいるとは……」
師匠の声が、低く響いた。
元素の魔眼所有者が、にやりと口元を歪める。
「生き残りがいたとはね。
兵の撤退がなかったから様子を見に来たら……まさか魔眼持ちが現場にいるとは」
ティオルの手が、かすかに震える。
俺の胸が、激しく疼いた。
ドクン、ドクン、ドクン……
師匠が、静かに、だが鋭く指示を出す。
「ティオル。魔眼を全開にして、元素の奴に切り込め。
アニス、隙を見て必ず仕留めろ。
空間の魔眼持ちは――私が相手する」
「了解!」
「はい!」
ティオルが動いた。
白黒の魔眼が最大に輝き、世界が歪む。
シュンッ――!
姿が消え、次の瞬間、元素の魔眼所有者の首元へ剣が迫る。
だが――
浮遊していた光球の一つが、ティオルの剣に触れた瞬間。
ジュウウウウ……
剣が赤く熱され、溶け始めた。
「!?」
ティオルは咄嗟に手を離す。
溶けた剣は地面に落ち、赤い塊となった。
同時に、背後に控えていた黒い光輪の男が前に出る。
空間の魔眼所有者――覚醒者だ。
男が、指を軽く振った。
「……消えろ」
空間が歪み、ティオルの周囲に亀裂が走る。
俺は即座に剣を振り、斬撃を放とうとした――その瞬間。
師匠の手が動いた。
地面から、無数の光る木々が爆発的に生え上がる。
ティオルを、俺を、一瞬で包み込んだ。
「――っ!」
木の内側は、柔らかく、温かい。
師匠が創造した、絶対防御の領域。
次の瞬間、空間の魔眼が発動する。
木ごと、空間が切り取られ、消し飛んだ。
――だが。
俺たちは無事だった。
木に包まれたまま、地面の奥深くへと移動していた。
師匠の能力で、地下数十メルトルまで瞬時に転移させられたのだ。
上空で、轟音が響く。
元素の魔眼所有者が、光る球体――巨大な炎の塊を、木のあった地点へ落とす。
ドゴォォォォン!!
爆発。
衝撃波が地を揺らし、村の家屋が数軒吹き飛んだ。
普通の木なら、即座に灰になる威力。
だが、師匠の創った木は違った。
表面が焦げ、亀裂は走るが、崩れない。
村全体が消し飛ぶほどの熱量にも耐えている。
しかし、限界は近い。
再び、師匠の声が木の内側に響いた。
「二人とも、しっかり掴まれ!」
木がさらに深く、俺たちを包み込む。
激しい揺れが襲い、地面が裂け、熱風が吹き荒れる。
爆発の余波が、地下にまで届いた。
俺はティオルの腕を掴む。
ティオルも、俺の肩を強く握り返した。
「……師匠!」
「大丈夫だ!」
木は軋み、悲鳴のような音を立てながら揺れ続ける。
それでも、壊れない。
師匠の創造が、俺たちを守っていた。
上空では、戦いが続いているはずだ。
元素と空間、二人の覚醒者。
それに立ち向かう、創造の魔眼を持つ師匠一人。
俺たちはただ、その力に守られるしかなかった。
木の中で、俺とティオルは互いの存在を確かめ合いながら、
師匠に加勢できる瞬間を待つ。
胸の鼓動が、激しく鳴り続ける。
ドクン、ドクン、ドクン……
――夜の戦いは、さらに深みへと沈んでいった。




