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居酒屋領主館【書籍化&コミカライズ進行中!!】  作者: ヤマザキゴウ


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432/433

432.アヴァンギャルドな酒

 聖教国の新たな特産品として、伝説のヴィンテージを再現するプロジェクト――その名も『キャプテン・ストーン』。

 王国、共和国、そして聖教国という、かつてない三国の技術を結集させた国家的一大事業は、予想を遥かに上回る「爆速」の勢いで進行していた。


 そこには、あの酒好きとして名高い聖女姉妹も、ただ飲んだくれているだけではなく、ガッツリと制作の根幹に関わっているという。


「……まじかよ。あいつら、毎晩領主館で泥酔してるだけだと思ってたのに。ちゃんと仕事してんだ……」


 魔導研究者であるラルフは、意外な事実に思わず感心の色を漏らした。


 幻の銘酒を現代人の繊細な味覚に合わせてアップデートする計画。その白磁のボトルを再現するため、共和国から亡命してきた陶磁器職人までが動員されている。

 まさに国境を越えた歴史的プロジェクト。


 その壮行会――という名目の、ぶっちゃけて言えば「酒を飲む理由ができたから集まろうぜ会」が、水上都市の王族専用離宮で開催されることとなった。


 当然のごとく招待されたラルフは、正装を整えながら「めんどくっさ……」と小声で毒づいた。


 湖面を撫でる湿った風が吹き抜ける離宮のテラス。

 そこには、招待客たちの期待を粉々に粉砕する、異様な景色が広がっていた。


「醸造ぉぉぉぉ〜♪ 発酵ぉぉぉぉ〜♪ 精霊の御名にぃぃぃ〜♪ 芳しき雫をぉぅおぅおぅおぅおぅ〜♪」


 朗々と、そして執拗なまでのビブラートを効かせて歌い上げるのは、聖女トーヴァ・レイヨン。


 その独特すぎる節回しと、不自然なまでにタメの長いメロディに、ラルフの頬が引き攣る。


(な、なんなんだ!? この……民謡? いや、前世の記憶を掘り起こせば、これは間違いなく『演歌』に他ならない!)


 その周囲では、聖教国の司祭たちや、ロートシュタインに住まう酒好きのドワーフたちが、一つの大きな樽を囲んで円になり、これまた前衛的すぎる舞を踊っていた。


 もう一人の聖女、マルシャ・ヴァールもその輪の中にいる。


 突如、マルシャが左足を鋭く前方へと蹴り出し、そのまま空中でピタリと静止した。

 右腕は天を貫くように高々と突き上げられ、掌を大きく広げた謎のポーズ。全身を複雑にひねり、苦悶に満ちた表情で歯を食いしばっている。

 どう見ても無理のある体勢だ。

 彼女の額からは滝のような汗が流れ、顔は真っ赤に変色している。

 明らかに、身体の柔軟性が追いついていない。


「醸造ぉぉぉぉ〜♪ あ、醸造ぉぉぉぉ〜♪ 醸造〜!!!! 醸造ォォォォォォ!!! じょーぞー! ウォォォォォォォォ!!!!」


 それまで情緒たっぷりに歌い上げていたトーヴァが、突如として獣のような咆哮を上げた。


 美声は一瞬にして耳を劈く重低音のデスボイスへと変貌し、離宮を震わせる。


 あまりの急変に、各国の重鎮たちはたじろぎ、中には恐怖のあまりその場で祈りを捧げ始める者まで現れた。


(なんで演歌が、いきなりデスメタルになったんだよっ!?)


 ラルフは心の中で全力のツッコミを入れた。

 魔導研究者の視点から見ても、彼女たちの聖魔法はあまりに独特で、もはや物理法則を超えた何かを感じさせる。

 「魔導論文にまとめよう」という知的好奇心すら、その狂気の前では雲散霧消してしまうのが、この現象における最大の謎だった。


 しかし。


 そんな異常な光景とは裏腹に、樽は神々しい光に包まれていた。

 中に満たされた葡萄の絞り汁が、魔導的な加速発酵のメカニズムによって、芳醇な美酒へと変貌を遂げているのは間違いなかった。


「じょうぞー! じょうぞー! じょぞうー!!! キェェェェェェェェェェェェェェっ!!!!」


 もはや言葉にならない絶叫。


 人々は耳を塞ぎ、腰を抜かす者さえ現れる。

 現場はもはや、聖教の儀式というよりは、異教の狂乱パニックそのものだった。


 ラルフは遠い目をして、

 前世の記憶を回想していた――。


 学生時代のアルバイト先。

 いつも優しく、ミスをしても「ハハハッ! 気にするなよ!」と笑って飯を奢ってくれた、大好きな先輩。

 ある日、彼が主催する劇団の公演チケットを渡され、訪れた下北沢の小劇場。

 そこで一時間以上も見せつけられた、暗黒舞踏なのかアヴァンギャルドなのか、理解不能な「何か」。

 終演後、満面の笑みで「どうだった?」と感想を求めてきた先輩から逃げるように、しばらくバイトのシフトを入れなかった、あの時の気まずい沈黙。


(あの時の、なんとも言えない『心の摩耗』が、今ここで再現されているのか……?!)


 そんな感傷に浸っているうちに、ようやく嵐は去った。


「はいはーい! 皆様、お待たせしましたぁ! 試飲会に移りまーす! 一列に並んでくださーい!」


 先程まで狂気の人となっていたはずのトーヴァが、何事もなかったかのように朗らかな笑顔で仕切り始めた。その驚異的なオン・オフの切り替えに、周囲の人間はついていけない。


 そこへ、国王がそそくさとラルフの隣にやってきて、小声で耳打ちした。


「おい、ラルフ。……あれは何なのだ? ワインを造るのに、あんな悪魔召喚のような儀式が本当に必要なのか?」


「……いやあ。僕にも、さっぱりわかりませんね……」


 ラルフの精神的HPは、すでにレッドゾーンに突入していた。


 しかし。


 試飲のワインが人々の口へと運ばれるにつれ、会場の空気は一変した。


「……ほう。これは、驚いた。実に飲みやすい」


「なるほど、あのヴィンテージ特有のエグみと古臭さが、見事に洗練されている!」


 感嘆の声が次々と上がり始める。


 重厚さは残しつつも、現代的な軽やかさを備えたその味わいは、まさに『キャプテン・ストーン』という名に相応しい完成度だった。


 ついに、ラルフの番が回ってきた。


「あっ、ラルフさま! どうでした? 私たちの新作の舞?!」


 トーヴァが期待に満ちた、キラキラした瞳で迫ってくる。


 前世のカルマが、異世界で牙を剥いた瞬間だった。


 疲弊したラルフの脳細胞が、渾身の力で絞り出した答えは――。


「いや〜……感動しちゃいましたね〜。僕、こういうの観るの初めてっていうか……。そうっすね、なんていうか……『考えるな、感じろ』ってヤツですよね?! マジでヤバかったです。魂にビリビリきましたね〜、はい!」


「……え? なんで急に敬語なんですか? それに、言いようのない『薄っぺらさ』を感じるんですけど?」


 トーヴァの鋭いツッコミが刺さる。


 ラルフは(あの先輩、今頃どうしてるかな……)と現実逃避の海へと沈んでいった。


「ま、まあいいから、僕にも試飲させてくれ」


 差し出したグラスに、長いレードルで深紅の液体が注がれる。


 ラルフは場を逃れるようにその場を離れ、静かにグラスに鼻を近づけた。


「……んっ!」


 立ち上るのは、咲いたばかりの瑞々しい花のような甘いアロマ。


 一口、舌に含ませる。


 それは、口の中で一輪の薔薇が鮮やかに開花したかのような錯覚。


 ラルフの目は見開かれ、思考が止まる。


「あ……なるほど。これは、売れるわ」


 確信と共に、一気に飲み干す。


 すると、後味はまた違った表情を見せた。

 ピリリとした黒胡椒のようなスパイスの刺激と、草原を駆け抜ける風のような、若々しい青さ。


「……うんまいわ、これ」


 悔しいが、認めざるを得ない。


 あの、一見すると謎めいた狂気を感じさせるパフォーマンスの裏で、彼女たちは確実に、伝統と革新を融合させた究極の一滴を生み出していたのだ。


「もう一杯くれ!」


「儂もだ! これならいくらでも飲めるぞ!」


 会場のあちこちから、おかわりの声が上がる。


 ラルフもまた、その熱狂に呑まれるように手を挙げかけた。


「あ、僕も……できればもう少し大きいグラスで……」


 その言葉を聞いたトーヴァが、パッと顔を輝かせ、高く飛び跳ねた。


「ウ~ン、やっぱりみんな足りないんだね! じゃあ、もう一丁! "醸造の舞"、おかわりいってみよう!!」


 その瞬間。


 会場にいた全員の動きが止まり、そして――。


「「「「「すみません! やっぱりいりません!!」」」」」


「えええええぇっ!? なんでーっ!?」


 頬を膨らませて不満を露わにする聖女。


 しかし、人々の意志は鉄のように固かった。


 この美酒は確かに素晴らしい。


 だが、あの「アレ」をもう一度鑑賞する対価としては、いささか重すぎる。


 全員の脳裏には、同じ結論が刻まれていた。


(頼むから、どこか俺たちの見ていないところで造って、持ってきてくれ……)


 と。

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