表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
居酒屋領主館【書籍化&コミカライズ進行中!!】  作者: ヤマザキゴウ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

409/415

409.二人のエリカ③

「はい! では『本物のエリカはどっちだクイズ!』……早速いってみよう!」


 場を支配するラルフの軽妙な仕切りにより、居酒屋『領主館』は突如として異世界のクイズ番組会場へと変貌した。カウンターの中、即席のMCと化した店主の宣言に、店内の常連たちが固唾を呑んで見守る。


「さて、第一問! 基本となるカレースパイス、その構成要素を答えよ!」


「「はい!」」


 二人のエリカが、示し合わせたようなシンクロ率で鋭く挙手した。


「おおおおっとぉぉぉぉ、"サードアイ・エリカ"の方がコンマ数秒早かったか! どうぞ!」


「ターメリック、クミン、コリアンダー、レッドチリ。さらにカルダモン、シナモン、クローブ、ブラックペッパー。あとは生姜とニンニク!」


「おおおぉ……っ!」


 立て板に水のごとき完璧な回答に、ギャラリーからどよめきが上がる。しかし、額に『肉』の文字を刻まれたエリカが、鼻で笑って追撃した。


「ふんっ、甘いわね……。隠し味の『醤油』を忘れるなんて、あたしの偽物にしては詰めが甘いんじゃないかしら?」


「…………くっ!」


 重箱の隅をピンセットでつつくような執拗な指摘。これにはサードアイ側も苦虫を噛み潰したような顔をする。


「はい、では第二問! 先ほどリネア夫人から極秘に入手した情報です。……エリカのお尻にはホクロがあるそうですが、それは右と左、どっち!?」


 すると、


「「ハァァァァァァァ!? 言いたくないわよ、そんなこと! っていうかお母様! 娘のプライバシーを何だと思ってるのよ!!」」


 顔面を沸騰させ、同時に立ち上がって激昂する様は、もはや鏡合わせの美学すら感じさせた。

 だが、その狂騒に冷水を浴びせるように、ギルドマスターのヒューズが冷静な、しかし致命的な指摘を口にする。


「ラルフ様……シェイプシフターという魔物はな、対象の記憶や思考までも深いレベルで模倣しちまうんだ。表面的な問答じゃあ、判別は不可能に近いぜ」


「……なるほどな。思考までトレース済みか。つくづく、めんどくせー魔導生物だなー」


 ラルフが腰に手をやり、思案の吐息を漏らす。すると、冷酒ですっかり出来上がった国王ウラデュウスが、酔っ払い特有の放言を投げかけた。


「よいではないか。一人はラルフが引き取り、もう一人はデューゼンバーグ家が引き取れば丸く収まる。どうだ、名案だろう?」


「……いや、陛下。魔物を伯爵家の籍に入れるわけには……」


 リック・デューゼンバーグ伯爵が戦慄していると、今度はカウンターの端からポンコツラーメン三娘のパメラが身を乗り出した。


「じゃあ、エリカちゃん。ウチの店に来ない? 即戦力として大歓迎だよ!」


「おう! そりゃあいい。王都の二号店を任せられる有能な店長を探してたんだ!」


 と、マジィ。


「エリカさんなら、ウチの厨房もバッチリ仕切れるっす!」


 と、ジュリ。


 事業の成長曲線が右肩上がりの彼女たちは、もはや労働力が人か魔物かなどという倫理的ハードルを、あっさりと飛び越えていた。


「お、おぅ……なら、ほら。どっちがいいか選んでみろ」


 ラルフが呆れ半分に二人を押し出す。ポンコツ三人娘は興味津々に二人を覗き込み、鑑定を始めた。


「うーん……"肉エリカ"さんの方が、ちょっと目元がキツいような?」


「何よ! 肉エリカって! あたしをA5ランクの食材みたいに呼ばないでよっ!」


「サードアイ・エリカさんの方が、微妙に肉付きが良い気がするわ」


「なっ?! 乙女に向かって失礼すぎるでしょ!!」


 ツインテールを振り回して憤慨する二人を見て、三娘は朗らかに笑った。


「「「わかんないねー! まあ、どっちでもいいや!」」」


 そんな脳天気な結論に、


「「ラーメン屋なんて元からやる気ないわよ!!」」


 怒号までが完璧に重なる。ラルフは深く、長いため息をついた。


「こりゃ……埒が明かないな。それに、そろそろ、なんか飽きてきた……」


 その言葉に、店内の常連たちが一斉にジト目を向ける。


(……白々しい。お前なら、とっくに見抜く算段がついているはずだろう)


 そんな無言の総意が店を満たす。ヴィヴィアンに至っては、


「飽きたとは何だ、この性格破綻者が……」

 と、かつての同級生の悪癖を苦々しく反芻していた。

 というか、ラルフの左目、"無もなき神霊の涙"を発動させれば、すぐに判別できそうなものを。

 絶対に、この天才魔導士は、この事態を、ちょっと、楽しんでいる……。

 確信しかない……。


「よーし! もう一つ試すか。そんじゃ、二人ともついてこい。外に出るぞー」


 二つの月が夜空に静止し、春の穏やかな風が草原を撫でる。


 芝生の上に、巨大な影が伏していた。


「おーい、"お母さん"! 野生の勘を貸してくれ」

 

 ラルフの呼びかけに、フォレストウルフの『お母さん』が、威風堂々たる足取りで歩み寄る。


 懐いている自負があるはずの二人のエリカだったが、この時ばかりは緊張に頬を強張らせ、冷や汗を流していた。


 お母さんは、目の前にいる何故か増殖した二人の「よく喋る傲慢な人族」を不思議そうに眺めた後、まず『肉エリカ』に鼻を寄せた。クンクンと匂いを嗅ぎ、短く「ワッフ!」と一声。


 肉エリカは安堵の表情を浮かべ、恐る恐るその頭を撫でた。


 しかし。


 フォレストウルフが"サードアイ・エリカ"を見た瞬間、空気の温度が凍りついた。


「グウウウウウゥゥゥ……ッ!!」


 牙を剥き出しにし、大地を揺らすような低い威嚇音。


 サードアイ・エリカが、恐怖に顔を引きつらせて一歩後退る。

 ラルフの鋭い眼光が、その致命的な「拒絶」を捉えた。


「……あ、あ……」


 狼狽える三つ目エリカ。

 一方、肉エリカは腕を組み、勝ち誇った笑みを浮かべる。


「ふんっ! ようやく化けの皮がはがれるわね!」


 刹那――サードアイ・エリカが脱兎のごとく駆け出そうとした。


「逃がすなっ!」


 ファウスティンの怒号。

 それよりも早く、お母さんオオカミが全身をバネのようにしならせて跳躍した。


「ぎゃあああああっ!」


 芝の上にうつ伏せに組み伏せられ、魔物のシルエットが歪む。


 その眼前には、二つの冷徹な銃口が突きつけられていた。


「まったく、手間かけさせやがって……」


 ファウスティンが構えるのは、対魔物用水平二連銃。


「おっと、動かないで。こいつはマグナム44。この世界で最も強力な拳銃。お前さんのドタマなんて、一発で吹き飛ぶわよ」


 スズが、大型のリボルバーを構え、映画のワンシーンのような冷笑を浮かべる。


 組み伏せられた『それ』の姿が、徐々に変質を始めた。金髪も全身も、黒く、ヌメリを帯びた光沢へと変わり、瞳は妖しく紫に発光する。


「はい、正解は……"サードアイ・エリカ"がシェイプシフターでした〜! 正解者には一晩飲み放題クーポンを差し上げまーす」


 ラルフの軽い宣言に、見守っていた客たちから歓喜と落胆の声が上がる。


「ちくしょう、外した!」


「よっしゃあ! 俺の勘は正しかった!」


 どうやら、賭けが成立していたらしい。

 不謹慎なまでの娯楽精神。これこそがロートシュタインの日常だ。


「で? お前、一体何が目的でエリカに化けたんだ?」


 ラルフがしゃがみ込み、紫の瞳を潤ませる魔物に問いかける。


 シェイプシフターは絶望に打ちひしがれ、消え入るような声で告白を始めた。


「……ごめんなさい……。ごめんなさい……。ようやく封印を破って、ふと、このお店の中を覗いたんです。そしたら、ダンジョンの暗い深層とは違って、あまりにも温かくて、楽しそうで……。それで、つい……」


 ――魔物は語った。

 ――その夜の情景を。

 ――勝手口から出てきて、給仕仕事の疲れを吐き出すように首をポキリと鳴らし、


 ――「はぁ~、くっそダリぃわ〜。やってらんないわね……モサモサ……」


 ――ヤンキー座りでカレーパンを貪り食っていたエリカの姿を……。


「な、な! なんてことバラしてんのよ!? あたしの淑女としてのイメージが台無しじゃない!!」


 本物のエリカが、自身の怠惰な醜態を暴露されたことに顔を真っ赤にして憤慨する。


「なるほど、それでエリカをターゲットに選んだわけか」


「私は……模倣した対象の、深層心理までも定着させてしまう魔物。だから、わかってしまったんです。エリカ様の、心の奥底が……」


「は? エリカの心? カレーと競馬以外に、何か入ってるのか?」


「さっきから失礼すぎるわよっ!」


 とエリカ。しかし、誰もが「……だよな」と心の中で同意していた。


「……私は、エリカ様の、その深き愛までも自分の中に定着させてしまいました。カレーへの狂気的な探究心と……」


 常連たちが、無表情で本物のエリカを見る。


「だーかーらー、何よその目は!?」


「そして……この居場所――居酒屋領主館への、深い愛着。……さらには、ラルフ様への……純粋な、愛……っ」


 刹那、本物のエリカの顔面が、魔導発光のごとき熱量で深紅に染まった。


「な! なっ! なっ!! べ、べらんめぇこんちくしょー!! あたしが滅してやるわ、この魔物がぁぁぁぁ?! ちょっと、その"物騒なもん"あたしに貸しなさいよっ!!」


 パニックに陥ったエリカがファウスティンから銃を奪おうとし、「危ねえからやめろ!」とあしらわれる。


 ラルフは今日何度目かの溜息をつき、ファウスティンに向き直った。


「ハァ……。で、ファウストさん。こいつ、また封印できますか?」


「いや……一度術式を突破した個体だ。再逃亡の恐れがある。珍しい魔物だが、危険すぎる……。ここで"処分"するしかあるまい……」


 ファウスティンが再び魔導銃を構える。


「うぅ……うぅぅ……」


 その、あまりにも憐れなシェイプシフターの姿に、エリカは、


「はんっ! いい気味だわっ!」


 と、腕を組み、顔を逸らした。

 この魔物のせいで、酷い目にあったのだ……。

 これは、当然の報い……。


 しかし、その時――。

 シェイプシフターは絶望に瞳を濡らし、ぽつりと、悲壮な呟きを漏らした。


「……うぅ……最期に、カレーが、食べたかったよぉ……、うぅぅ」


 これは、当然の報い。

 そう。当然の報い、

 のはず……、


 なのに、

 その言葉が、エリカの耳朶を、そして心の琴線を激しく震わせた。 

 そして、


「……待って。ファウストさん」


 凛とした声。

 エリカは、魔導銃の銃口の前に、自らの体を割り込ませた。


 ファウスティンは「ハァ……」と心底重い溜息をつき、銃を下ろす。


「おいおい。お嬢ちゃんもラルフに毒されたか? お前さんも、『こいつを助けろ』、なんて言い出しそうな顔をしているな?」


「ふん! 別にラルフの真似じゃないわよ。ただ、こいつは……『使える』って思っただけよ」


「人と魔のモノは、決して相容れない。その甘い情けは、いつか破滅を呼ぶぞ?」


 退魔師としての的確な警告。

 しかし、エリカは不敵な笑みを浮かべて言い放った。


「情けなんかじゃないわ。使えるモノは、徹底的に使う。それがロートシュタインの、いいえ――居酒屋領主館の流儀よ! そうよね?! ラルフ!」


 それを聞いたラルフは思った。


(いや、知らん。……なんだ、そのいつの間にか出来上がった『流儀』とやらは……?)


 自分自身の「厄介事吸い込み体質」を棚に上げつつも、彼は新たな騒がしい日々の予感に、わずかばかりの苦笑いを浮かべるのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
シェイプシフターと聞いて「おっちゃん○険者の千○一夜」のコミック版を思い出しました。 原作はなろうですがコミックの作者が亡くなってしまって、コミックは未完となってしまいました。おっちゃんとえりか…似た…
更新ありがとうございます。 やっぱツンデレばれてるじゃん。(みんな知ってた)
更新お疲れ様です。 なんかの作品で『やたらめったら重くてキツい思念や感情を持つ存在に化け続けたら、ソレに侵食されてしまっていつの間にか化けた存在とほぼ同一の存在に変質してしまう(だからそうなりたくな…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ