381.串焼きを巡る出会い④
ロートシュタインの澄んだ空気を震わせ、魔導波に乗ったその声は、領内の至る所に設置された魔導ラジオから、弾けるようなエネルギーと共に響き渡った。
『あ! どうも! カイリー・アストンです! 皆様お馴染み、私の番組、『突撃! どこかの晩ごはん!』が今日もはじまりましたー! えー、コホンっ……さて、本題に入る前に少しだけ。私事で恐縮ですが、この度、グレン・アストン子爵との養子縁組が正式に調いまして、なんと憧れのファミリーネームを頂くことができました! パチパチパチ……。さあ! ということで……心機一転お送りする本日は、なんと開店準備に追われる『居酒屋領主館』に強行軍でお邪魔しておりまーす! では、早速インタビューしてみたいと思います! どうも! お久しぶりです、ラルフ様!』
マイク代わりの魔導具を突きつけられたのは、エプロン姿で額に汗を浮かべた若き領主だった。
『えっ? ちょ、ちょっとー! カイリー、お前なに勝手に入ってきてんだよ?! おい、今日のプロデューサー誰だ! 責任者出せ、Pを呼べ! Pぃをッ!』
慌てふためくラルフ・ドーソンの、裏返った情けない声が公共の魔導波に乗って領地中に拡散される。しかし、そんな主の混乱などどこ吹く風。カイリーはプロの顔で、流れるように実況を続けていく。
『凄まじい熱気ですね! ラルフ様、今は一体何をされているんですか?』
『あ? ……見りゃわかるだろ、ヤキトリの仕込みだよ。こっちがロックバードのモモ肉で、こっちがオークのバラ肉だ。肉の温度が上がらないうちに切り分けなきゃいけねぇんだよ!』
『へぇ! 肉の山ですね、これは。一本ずつ、こうして手作業で串に刺していくんですか?』
『当たり前だろ! ……って、おいエド! そこ、筋の向きが違うって言っただろ! ちゃんと繊維に対して垂直に、横に揃えて刺さなきゃ、噛んだ時の解けるような食感が出ねぇんだ!』
『は、はい! すみません!』
必死に食らいつく少年の、緊張で上ずった声が混ざる。
『あ! エドくんも、お久しぶり〜。あれ? エドくんって、今は自分の屋台を切り盛りしてるんじゃなかったっけ?』
『あ、そ、そうなんだけど……。ちょっと、今日だけは、その、居酒屋領主館に復帰というか、修行のしなおし、というか……』
しどろもどろに呟くエドの肩を、ラルフがグイと引き寄せ、マイクを強引に奪い取った。
『エドはなぁ、あのファウスト公爵から「美味いヤキトリを食わせろ!」っていう無茶振りをされたのさ! だからこうして、僕の元で特訓してるわけだ! ……ということで、聞いてるかッ、ファウストさん! 今日の試食会は、屋台街のエドの屋台じゃなく、ここ「居酒屋領主館」だ! 逃げも隠れもしねぇから、さっさと来やがれ!』
公共の魔導波を私物化した、あまりにダイレクトな呼び出し。
しかし、その放送を耳にした人々は、公爵への不敬よりも先に、ある「飢え」を激しく刺激されていた。
冒険者ギルドの一階ホール。
「ヤキトリって……つまり、鳥の串焼きだよな?」
「ああ。だが、あのラルフ様が今更、ただの串焼きを出すか?」
首を傾げる冒険者たち。彼らにとって串焼きとは、かつての「美味しい革命」以前に食べていた、味気ない野営飯の代名詞だ。だが、一人のベテラン冒険者がふと遠い目をして呟く。
「でもよ……串焼きなんて、最近じゃジーニーの店くらいでしか見かけねぇ。ある意味、このロートシュタインの『原風景』とも言える食い物だよな。……思えば、俺たちが駆け出しだった頃、稼いでる先輩が豪快にかぶりついてたあの串焼きに、どれほど憧れたことか」
その言葉が、男たちの魂に火をつけた。
「そういえば、そう、か。……今夜、行くか?」
「あったりめーだろ! 原点回帰だ!」
気づけば、居酒屋領主館への集結は、抗えぬ不文律となっていた。
一方、水上都市に佇む王族専用離宮では。
「ふむ、ヤキトリ……か。今夜は、ビールだな……」
国王ウラデュウス・フォン・バランタインが、深く、重厚に頷いていた。
普段なら米酒に合う海産物を好む彼だが、血が騒ぐ夜もある。
滴る脂と炭の香り、それを黄金色の麦酒で流し込む背徳的な悦楽を、王の舌は既に予感していた。
そして、薄暮が街を包み込み、開店の刻。
店主ラルフの絶叫が、濃紺のグラデーションに染まる空へ響き渡った。
「おーい! またかよッ?! 何人並んでんだ、この行列は?!!」
視線の先には、地平線まで続くかのような長蛇の列。
しかし、かつてより遥かに広く設計し直された店内へと、客たちは次々に吸い込まれていく。
一瞬にして、店内は怒涛の喧騒に包まれた。
「たらふくビールを飲みたいなら、"飲み放題コース"にしなさいよね! こっちへの配慮も、少しは考えなさいよ!」
金髪ドリルのツインテールを激しく揺らし、エリカが客たちを「統治」していく。
「あ、あの……自分は白ワインを嗜みたかったのだが……」
聖教国の若き司祭が、荒くれ者たちの熱気に気圧されてたじろいでいると、隣に座ったドワーフの頭領が豪快に笑った。
「カクテル以外なら何でもいい! 空気を読むんだ、小僧! まずは景気付けに、店員の手を煩わせない、『合わせ杯』を頼むのが、この店の流儀ってもんなんだよ!」
「あ、ああ、そ、そうなんだ……。すみませーん! おすすめのスパークリングをください!」
そこへ、店員のヨランダ・カームが魅惑的なボトルを掲げて現れる。
「はいはい、お待たせ! こちらが最高の一杯よ。リグドラシルの青葡萄を蒸留発酵させた、この地で造られたものにしかその名を冠せない至宝――『ロートシュパーニュ』よ!」
抜栓の快音と共に注がれる白金色の泡。
若き司祭はその希少性とブランド力に目を剥き、もはや喉を鳴らすしかなかった。
そんな喧騒の特等席、カウンターに鎮座した国王が、目の前に据えられた「異様な設備」に目を細めた。
「ほう……。まさか、今日のヤキトリのためだけに、これを用意したのか?」
ラルフは額の汗を拭い、心底面倒そうな、それでいてどこか誇らしげな顔で答える。
「ええ。その通り。これはコンクリート製の『U字溝』ですよ。いつぞやの街道整備で特注した型枠の余り……つまり産業廃棄物になるはずだった代物ですが、こうして転用すれば、炭の熱を逃がさない最高の焼台になるわけですわ!」
U字溝に敷き詰められた炭が、深紅の熱を放つ。それはまさに、今夜の「美味」を産み落とすための灼熱の火床。
その時、ドアベルがチリンと鳴った。
現れたのは、王国最強の退魔師、ファウスティン・ド・ノアレイン公爵。
彼の鋭い眼光は、焼き場に立ち、煙に巻かれながら汗を流すエドへと一直線に向けられた。
客たちは、公爵と孤児の間に何があるのかは知らない。
だが、空気で悟っていた。
肌を焼くようなエド少年の覚悟。
それを受けるファウスティンの、審判を下すような眼差し。
そして、それを見守るラルフ・ドーソンの不敵な笑み。
今から始まるのは、ただの食事ではない。
男たちの矜持と意地がぶつかり合う、魂の饗宴だ。誰もがグラスを握る手を止め、固唾を呑んでその一挙手一投足を注視する。
「いらっしゃい、ファウストさん。放送、バッチリ届いてたみたいですね?」
「ふん。一度は、屋台街まで行ってしまったぞ。そこで、あのポンコツ娘のパメラから聞いたのだ。……ここでエドのヤキトリが食えるとな……」
宣戦布告のような言葉を置き、公爵は静かに歩を進め、国王の隣へと腰を下ろした。
「おい、エド。……食わせてくれるのだろうな? お前が、魂を込めた、本物のヤキトリを」
その真剣な瞳に、エドの背を冷や汗が伝う。恐怖か、武者震いか。
その震える背中を、大魔導士ラルフの手が優しく、力強く叩いた。
「エド……見せてやろうぜ。僕たちの、いや……お前のヤキトリを!」
エドは一度深く目を閉じ、そして、力強く拳を握りしめた。
肺に溜まった迷いを全て吐き出すように、大きく息を吐く。
そして、顔を上げたその瞳には、炭火にも負けない紅蓮の炎が宿っていた。
「はいっ……! 喜んでっ!!」
炭火を挟んだ、一世一代の真剣勝負。
香ばしい脂の弾ける音が、開戦の合図となった。




