342.ラルフの手腕
ラルフとコール・ディッキンソンの再会に端を発した一連の騒動。それは未だ大騒動と呼べる段階ではないものの、人々の思惑と利害は複雑に絡み合い、不穏な影を落とし始めていた。
せっかく終戦を迎えた王国と共和国の間に、再び火を見るような不和や亀裂を生むことだけは避けたい――。その切実な思いは、両国の上層部に共通していた。事態を早急に、かつ秘密裏に解決すべく、国家間の歯車は速やかに回転を始める。
そして、二国間の秘密会合が幕を開けた。
ここでもまた、有能な宰相ニコラウスの凄まじい調整力が遺憾なく発揮されることとなったのだが……。
「かんぱーい!」
「いやぁ、国王陛下の握るスシは、やはり絶品ですなぁ!」
「こちらには、聖女様の蒸留酒を、ロックでくれんか?」
そこに広がっていたのは、秘密会合とは名ばかりの、和気あいあいとした宴の風景だった。
王国の王侯貴族と共和国の参事会議員たちが、まるで地方都市の商工会か、祭りの実行委員の打ち上げかの如く、砕けた「飲みニケーション」に興じている。
しかも貸切ですらなく、普通に他の客たちが溢れる客席のど真ん中で、その会議は開催されていた。
「何が秘密裏だよ?! 普通の飲み会じゃねーかよぉぉぉぉぉ!!!」
ラルフ・ドーソンの盛大な絶叫が、店内に響き渡る。
「ほら、お前もそろそろ席に着け」
寿司職人の真似事を終えたウラデュウス国王が、悠然と手を洗いながらラルフを促す。
「……えぇ、僕も参加するのね……やっぱり」
ラルフは面倒くさそうに、これ以上ないほど顔をしかめた。
「なんだ? 何が始まるのだ? ずいぶん、華がない面子だのぅ」
そこへ、梅酒で顔を赤らめた偉大なるエルフ、ユロゥウェルが、失礼極まりない言葉を投げながら覗き込んできた。
「おおっ! ユロゥウェル様! 是非、参加しませんか? その大いなる知恵を授かりたい!」
参事会議員のティボーが椅子を引き、グレン子爵も気のいいオッチャンと化して笑う。
「ハッハッハッハ! 確かに華がないな! 美しきユロゥウェル様、是非ともこの有象無象の酒席に、可憐な華を添えていただきたい!」
ユロゥウェルは悪い気はしない様子で、得意げにどっかりと席に着いた。
しかし、その傍らで居心地悪そうに身を縮めている人物が一人。
メイド服のまま重鎮たちに囲まれているヨランダ・カームだ。
「あ、あのぅ……。なんで、私までここに座らされているのでしょう?」
「いや。だって、君、共和国のスパイでしょ? 色々と裏側の事情も知ってそうだし」
ラルフが事もなげに言い放つと、ヨランダは羞恥に顔を赤らめて俯いた。こんな衆人環視の中でさらりと暴露しなくてもいいではないか。彼女は抗議の矛先を、隣の王妃に向けた。
「それなら、そこに私の上司と繋がっている従魔がいるようですし。それでよくないですか?」
視線の先には、クレア王妃に捕まった巨大なミミズク。
「同志ヨランダ・カームよ。色々と言いたいことはあるが、こうして王国上層部との直接的な繋がりができたのは、君のおかげとも言える。……まあ、色々と言いたいことは、あるがな!」
ミミズクが発するのは、無機質なノイズの混じった声。共和国監査局のトップに近い人物が、魔導的遠隔術式によりこの魔獣を依代として参加しているのだ。その声には、どこか納得のいかない響きが含まれていた。
「ほら? どう? カラアゲ食べるぅ?」
「あ、あのぅ、そのぅ、王妃殿下。……鳥に鳥食わせるのってどうなんですか? それに塩分多そうなんで、ヤメて貰えます?」
クレア王妃の差し出す名物揚げ物料理に、ミミズクは必死に遠慮する。
「そんじゃ、そろそろはじめようかのぉ~」
ウラデュウス国王のやる気のない宣言により、ようやく本題へと移った。
会議は極めて平和的に進んだが、酒が回るにつれて、飛び交う言葉は物騒さを増していく。
「いっそ、コール・ディッキンソンを処刑してしまえばよかったのに」
ポリポリとお新香を齧りながら、参事会議員の一人が呟く。
「ふんっ! そんなことしたら、共和国内のカドス民族のヘイトが一気に王国に向かうわよ! またそうやって面倒事は他所に押し付けて。それが、あんたらの"お家芸"ね。だからダメなのよ!!」
金髪ドリルツインテールを揺らし、エリカが辛辣な一撃を食らわせる。年端もいかぬ少女の胆力に、歴戦の論客たる政治家たちも反論を失い沈黙した。
「というか。なんでヨランダをここに張り付けておく事にしたんです? 共和国の暗部のお偉いさん?」
ラルフが問いかけると、ミミズクはヴィヴィアンの手から生レバーを美味しそうに啄みながら答えた。
「モグモグ……。我々は、コール・ディッキンソンの怪しげな金の流れを掴んだ。……あの男は、"何か"を企んでいる。行き着く先は、なんとなく想像はつくがな……」
「なるほど……。コールの恨み、彼の父親を殺したこの僕に向かう、ということか」
「それはまだわからん。我々の使命は共和国の安寧だ。しかし、彼が王国に対し武装蜂起など起こせば……」
「再びの、開戦の火種になりかねない、か」
その言葉尻を継いだウラデュウス国王は、心底うんざりとした表情を浮かべていた。
「やはりコール・ディッキンソンを捕縛しよう。罪状など、どうにでもでっち上げれば良い!」
議員の一人が強権的な案を口にすると、ラルフは顔をしかめた。その声は、現実味のない、心の外側を上滑りするだけの虚しい響きに聞こえたからだ。
「先の大戦は、これから何千年と続いてゆく"終末戦争"の序章だった。なんてな……」
ラルフは虚ろな表情で、天井の魔導灯を見上げた。そして、続ける、
「人間が強欲である限り、禍根は永遠に続く。土地、資源、水……そして、つまらないプライド。それらを掛けて争いを続ける。魔導技術は進化し、科学も発達する。その結果として、文明を根絶やしにするまで破壊を尽くす。そんな最悪な"終末戦争"に、僕らは加担してしまったのかもな……」
周囲には、冒険者や亜人たちの幸せそうな酔いの喧騒が溢れている。その現実感との対比の中で、ラルフの言葉は冷たく響いた。
「ヒトなど、すぐに死んでいくではないか。妾は、そうして滅んでいった国を、星の数ほど見てきたぞ」
レモンサワーを飲むユロゥウェルが薄笑いを浮かべる。齢二万年の彼女にとって、人間の営みなど刹那の夢幻でしかない。
「ならばラルフよ、その目は贖罪のつもりか? ……儂に言わせれば、それこそバカバカしい」
国王の鼻で笑うような言葉に、カウンターのバウワーがガタリと立ち上がった。主への侮辱に耐えかねた怒りの表情。
しかし、アンナが言葉もなくそれを制する。バウワーは苦々しく、「けっ!」と、吐き捨て、勝手口へと去っていった。
「ふんっ、相変わらず人たらしの才能は凄まじいな。また手勢を増やしおって」
「知らないっすよ。……別に、そんなつもりはなかったんですけどねぇ」
ラルフは溜息をつき、レモンサワーを一口。
すると、ミミズクが声を張り上げた。
「ふむっ。では、同志ヨランダ・カーム。君を『特別外交特使員・"ロートシュタイン付き"』に任命する。給金は弾むから期待しろ。まあ、"そこでの副業"に励むのも自由だがね」
「はえ?! わ、私が、外交特使?!!」
仰天するヨランダ。これほどの独断即決ができる人物、このミミズクを操る者は一体何者なのか……。
「ところで。アナタは、どこの誰なんです? 是非、役職と名前くらい、教えて貰えませんか?」
ラルフが挑発的な笑みを向けると、ミミズクは余裕たっぷりに返した。
「それはオススメしないよ、ラルフ・ドーソン公爵殿。……この世界にはねぇ、知らない方が幸せなことが……。って、えええっ?! ちょ、ちょっと待て! 誰だお前らは! ちょっ……ギャアアアアア!!!」
謎の絶叫と共に、ミミズクの口からドンガラガシャン! という凄まじいノイズが響き渡った。
そして――。
「ラルフ様っ! 制圧しましたぜ! やはり、海賊公社の報告のとおり、ロートシュタイン沖合に停泊していた不審船を拠点にしていたようです!!」
ミミズクの口から聞こえてきたのは、冒険者ギルドのマスター、ヒューズの声だった。
ラルフはゆっくりと立ち上がり、気怠げに言い放つ。
「やれやれ……。どれほど高度な術式でも、魔導接続を辿るなんて、割と簡単なのよねぇ。それに、顔を見せない奴なんて、信用できるかよ……」
一連の成り行きを見ていた一同は、冷や汗を流しながら、かなり、――ドン引きしていた……。
不審船の調査を冒険者に依頼することで、"政治的国境"の壁を越え、誰にも悟られぬまま共和国の諜報部隊を、"外交上の配慮"が発動する、そのタイムラグの隙間で、一時的にであるが、拿捕してみせたのだ。
(怖いんだけど、この人っ!!!)
と、歴史上、類を見ないその超人的な手腕と冷徹な知性に、誰もが畏怖の念を禁じ得なかった。
というか、領主ラルフ・ドーソンの手勢と言える、ロートシュタインの人材と戦力が、ヤバ過ぎる……。




