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居酒屋領主館【書籍化&コミカライズ進行中!!】  作者: ヤマザキゴウ


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334/398

334.正義なき義憤

「いらっしゃいませー!」


「"ファウスティン公爵のオススメセット"、お待たせしました!」


 今宵も、居酒屋領主館には、弾けるような活気が満ちていた。店員として働く孤児たちが、元気いっぱいな声でオーダーを捌き、店内を所狭しと駆けまわっている。


「へぇ……これ、最高に美味いな! 甘いものと黒ビールが、こんなに合うなんて」


「この『カスタードクリーム』とかいう代物、重厚な甘みがたまらない。それを黒ビールの芳醇な苦みが鮮やかに洗い流してくれる。このマリアージュ、……悪魔的だ」


 隣領の主、ファウスティン・ド・ノアレイン公爵の名を冠した「エクレアと黒ビールのセット」は、またたく間に客たちの心を掴んでいた。

 甘味と酒という未知の邂逅は、新鮮な驚きと歓声をもって受け入れられ、厨房のオーブンからは常に甘く香ばしい、幸福な香りが漂っている。


 店主のラルフ・ドーソン公爵は、忙しなく野菜を刻みながら、額に滲んだ汗を拭った。ふと視線をやり、焼き上がったエクレアのトレーを運ぶ少女に労いの声をかける。


「すまんな、ヘンリエッタ。執筆で忙しい身だろうに、手伝わせてしまって」


「いいえ! お気になさらず。私、今、最高に楽しいですから!」


 ヘンリエッタは、陽だまりのような満面の笑みを返した。


 自身が生み出した未知のスイーツが称賛を浴びている悦び。

 そして、物語の中の英雄――ファウスティンとの「コラボメニュー」の一翼を担っているという充実感が、彼女の瞳をキラキラと輝かせていた。


 だが、その幸福な喧騒は、暴力的な音によって切り裂かれた。


 カランカランッ!

 と、ドアベルが悲鳴を上げる。


 踏み込んできたのは、威圧的な気配を纏った集団だった。


 その中心に立つ男が、侮蔑を隠そうともせずに唇を歪める。


「ほう……。ここがラルフ・ドーソンの酒場か。思ったとおり、……薄汚い掃き溜めだな」


 浅黒い肌に、夜の闇を練り込んだようなカールの長い黒髪。


 その姿を認めた瞬間、ラルフの胸中に重苦しい溜息が漏れた。


(うわ……面倒な男が来てしまった。確かに、いつでも来いとは言ったが、まさか今夜とは……)


 男の名は、コール・ディッキンソン。


 かつて王都魔導学園で机を並べた同級生であり、先の共和国との大戦においては"刃を交えた宿敵"でもある。


 その不遜な物言いに、店内の空気は瞬時に凍りついた。

 そして、コールの背後に控える取り巻きたちは、騎士とも冒険者とも違う、血の臭いを色濃く漂わせる野蛮な戦士の風貌をしていた。


 緊迫する空気の中、純粋無垢な従業員の一人、獣人のハルが屈託のない笑みで歩み寄る。


「いらっしゃいませ! 何名様ですか?」


 しかし、答えの代わりに飛んできたのは、粗野な暴力だった。


「うるせぇ! 気安く近づくな、この獣人風情が!」


 眼帯をした大男が、ハルの小さな肩を乱暴に突き飛ばした。


「きゃっ!」


 無防備に放り出されたハルは床に尻餅をつき、何が起きたのか理解できぬまま、潤んだ瞳で呆然とする。


 その瞬間、ラルフは本能的に悟った。


 マズい。……これは、絶対にマズい!!!


「よせっ! なんてことを……っ!」


 ラルフが上げた叫びは、ハルの安否を案じたもの"だけ"ではない。


 それは、「常連達」の逆鱗に触れたことへの、恐怖に似た警告だった。


 刹那、ハルを突き飛ばした男の耳朶を打ったのは、空気を鋭く引き裂く「ヒュン」という風切り音。


「へっ……?」


 男が呆けた声を上げた時には、すでに命運は決していた。


 男の首元には、冷徹な刃が添えられている。それを握るのは、優雅な微笑を湛えた、

 一人の貴婦人。


 しかし、その全身からは、聖魔法の加護と、身を焦がすほどの憤怒がオーラとなって立ち昇っていた。


「どこのどなたか存じませんが……。貴方、今、自分が何をしたのか、理解できていらして?」


 それは、クレア王妃であった。

 男の頬を、冷たい汗が伝う。

 そして、


「あぁ、でも。理解するための頭は、今すぐ胴体とお別れしますものね! 是非、地獄でじっくりと懺悔なさることですわ……」


 誰の目にも留まらぬ、神速の剣閃と、寸止め。

 王家に伝わる聖剣『タイコンデロガ』の刃は、肉を断つ寸前で男の喉元に食い込んでいる。

 彼女の一挙動ひとつで、男の命は露と消える。まさに生殺与奪の権を握った、慈悲なき女神の如き姿だった。


「ちょ、ちょっと待て! な、何だお前は? たかが獣人の給仕如きで……」


 別の取り巻きが震える声で放った言葉が、さらに油を注ぐ。


「……はぁ? お前、今、何と言ったぁぁ? "たかがお前如き"が、何と言ったか。もう一度お聞かせ願いたいわねぇぇぇぇぇぇ!!!」


 それは、狂気――ギロリと射抜くような王妃の視線。

 戦場を幾度も潜り抜けた猛者ですら経験したことのない、圧倒的な殺気が、男たちを貫く。

 無類の「モフモフ好き」であるクレア王妃にとって、愛らしいハルへの差別的発言は、万死に値する大罪に他ならなかった。


 だが、不幸はそれだけでは終わらない。


 この店に集う客たちの正体を、彼らは知らなさすぎた。


 荒くれ者の冒険者。

 王都騎士団の精鋭。

 高貴なる貴族。

 そして、列強諸国の有力者たち。

 居酒屋領主館には、この王国で最も「武力」と「権力」が濃縮された魔窟なのだ。


 そして何より、彼らは全員、ハルの純真さに癒やされてきた面々だったのである。


 その結果……。


「よし! いつもなら穏便に済ませるのが俺の役割なんだが……。すまん、無理だ!!」


 と、大剣を手に立ち上がる、冒険者ギルマスのヒューズ。

 まさにそれが開戦の号砲かの如く、


「よ、よ、よ……、よくもハルたんをぉぉぉぉぉ! ……こ、こ、こ、殺せぇぇぇぇぇ!!」

「おう! こいつら全員、レッドフォードさんに食わせちまえ!」

「楽に死ねると思うんじゃねーぞっ!!!」


 店内にいた全冒険者達が、一気呵成に吠える。


「騎士団、全員抜剣!」

 と、ミラ・カーライルが凛冽な声を上げる。


「皮肉なものだな。女神様への愛よりも、個人的な義憤の方が、よほど魔力がたかぶるとは。……これより、救済なき聖魔法を行使する。あの愚かな差別主義者共を掃討するぞ! 聖教魔導士諸君、私に続けぇ!!」

 と。オルティ・イル。


「私の火魔法にかかれば、あんたらみたいな生ゴミも、可燃ゴミになるのよねぇ〜。サラちゃん、お願い。また力を貸してね……」

 と。炎の精霊を腕に乗せたパトリツィア・スーノ。


「弱いモノいじめは、私が……この私が、絶対に許さない!」

 と、スズが拳を握り、無数のビット兵器を周囲に展開する。


「いるんだよなぁ、時々。……悪魔よりも救いようのない、憐れな人間が……」

 と、ファウスティンが冷笑を浮かべ、立ち上がる。


 怒号と殺気が荒れ狂い、店内は一瞬にして修羅場へと変貌した。


 乱闘などという生易しいものではない。それは一方的な私刑リンチだった。


「な、な、なんだぁ?! やろうってのかぁ? お前ら、どうなっても、ブゴォォォォォォ!」


「ちょ、ま、待て、こんなの、聞いてねぇ! ブベラッ!!!」


「な、なんだ?! なんなんだコイツら!! ヘブっ!!!」


 彼らは、"何者"に喧嘩を売ってしまったのか理解できぬまま、極めて順調に無力化されていく。


 さらに、ラルフが止める間もなく、常連客たちは怒涛の勢いでコール一行を外へと引きずり出し、文字通り「ボコボコ」に叩きのめした。


「……ちょ、ちょっと待て! 待てって!! 何もそこまでしなくていいだろ?!」


 ラルフが慌てて店外へ飛び出すと、そこには見るも無惨な光景が広がっていた。


 身ぐるみを剥がされ、下着姿で転がされる男たち。


 その眼前には、真っ赤な鱗を持つ巨躯のワイバーン、レッドフォードが、涎を垂らしながら「グッグッグッ」と喉を鳴らして、凶悪に笑っている。


 あれほど不遜な態度だったコール・ディッキンソンですら、もはや最後の審判を待つ罪人のように、ガチガチと歯を鳴らして震えていた。


 あまりの惨状に、ラルフの心に奇妙な同情が芽生える。

 かつての因縁も、この凄惨な公開処刑を前にしては霞んでしまった。


「……はぁ。いくらなんでも。明らかにこれは、やり過ぎだろ……」


 ラルフは深い罪悪感に苛まれながら、死の間際に立たされた彼らを、渋々ながらも領主館で介抱することに決めたのだった。

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― 新着の感想 ―
更新お疲れ様です。 う~ん、こりゃ元王子とその取り巻き連中がバカだから悪い! 先に刃を抜いたのは確かに此方の国の王妃様ですが、向こうは亡国の人間だから外交問題もへったくれもないですしね。 それでは…
多分殺して無いのですら「ここは居酒屋であり、食べて呑んでの場所だから、死体なんて邪魔」という理由だけで殺されてないんだよなぁ。ラルフには伝えてないけど絶対ここ相互に手出厳禁なってるでしょ。それだけ権力…
この敗戦国の元王子様はいつまで自分は特権階級だ!って思ってるんだろう。本来なら禍根を絶つために即座に斬首か毒杯、良くて一生監禁だろうに。
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