333.夜の公爵は食べ方を知る?
「そう。ファウストさんは、シュークリームをスマートに食べられないのね? ならば……我に秘策あり!」
朗々と宣言しながら現れたのは、ダンジョン・マスターのスズだった。
今宵の彼女は、いつもの黒セーラー服を翻してそこに立っている。その姿を認め、ラルフは心底安堵した。神出鬼没な彼女が、著作権の限界に挑むような「どこかで見たコスプレ」で現れるたび、管理責任を問われかねないラルフは胃を焼かれる思いをしてきたのだ。
「なんだ? 何か、コツがあるというのか」
意外にも、ファウスティン公爵は身を乗り出さんばかりに興味を示した。
自らの熱狂的なファンである少女、ヘンリエッタが精魂込めて作った菓子を、食べにくさゆえに敬遠してしまう――その事実に、彼は彼なりの一抹の罪悪感を抱いていたのである。
「その壱! 振る!!」
スズは手にしたシュークリームを、リズミカルに左右に振り始めた。
遠心力を利用して内側のクリームを均等に分散させ、空洞を埋めるように張り付かせる。こうすることで、一口齧った瞬間に反対側からクリームが噴出する悲劇を未然に防ぐという、知恵だ。
カウンター席のミンネやハル、さらには近くのテーブル席に座る、エルフのミュリエルやリネア・デューゼンバーグまでもが、宗教的な儀式のように無言でシュークリームをフリフリと振り始める。
「その弐! 割って食べる!」
スズは慎重に、かつ大胆にシューを両手で引き割った。
断面には、カップ状になった皮の中にカスタードが美しく収まった「二つの断片」が完成する。彼女はそれを、小鳥が啄むように少しずつ口に運んだ。
「美味しい~っ!」
「あまーい!!」
新作スイーツの芳醇な甘さに、ミンネとハルまでもが、蕩けるような笑みを浮かべる。
「なるほど。そんな策があったとは……」
ラルフは感心したふりを見せたが、内心では首を傾げていた。これはライフハックというより、単にファウスティンが致命的に不器用なだけではないだろうか? と……。
「逆さまにして食べる。っていう方法もあるけれど、こっちの方が誰でもスマートに食べられるはず」
確信に満ちた表情で、スズもまた一口。そして、濃厚な甘味の陶酔に浸った。
そこへ、カウンターの中からラルフが、何やら良からぬ企みに満ちた声をかける。
「そういうことなら! ファウストさんも、是非チャレンジしていただきましょうか。……さあ、どうぞ!」
差し出された皿の上。
そこに鎮座していたのは、ヘンリエッタが当初作ったものとは、明らかに相貌が異なる一品だった。
「……っ!? ちょ、ちょっと待て、これは……何だ!?」
ファウスティンは盛大に狼狽した。
ラルフが差し出したそれは、上部が蓋のようにスライスされ、その隙間から溢れんばかりのホイップクリームが、白い渦のように覗いている代物だった。
そしてファウスティンも、ソレを知っている。
その純白の層の下には、さらに濃厚なカスタードが地層のように潜んでいることを。
「お前……! わざとだろ!? 絶対にわざとだ!!」
「ひゃーっひゃっひゃっひゃ!」
激昂するファウスティン公爵をよそに、ラルフは意地悪く、かつ愉快そうに喉を鳴らした。
この形状で、どうやって振れというのか?
どうやって割れというのか?
逆さまにするなど、大惨事を招くだけの暴挙だ。
混迷を極める現場に、救いの手が差し伸べられたのはその時だった。
「フォークか、スプーンを使えばいいんじゃない?」
エリカが、至極当然のことのように呟いた。
その一言に、意地悪を仕掛けた張本人のラルフさえもが「あ、なるほど……確かに」と毒気を抜かれてしまう。
貴族の所作としては、それこそが最もエレガントな正解と言えた。
「あ、ああ……すまない」
手渡されたカトラリーを、ファウスティンは神妙に受け取った。
しかし、いざ銀色のフォークを構えた時、彼は不意に周囲を見渡して硬直した。
そこには、器用に手掴みで頬張る子供たちの姿。
口の周りをクリームで真っ白に汚しながら、豪快に笑う冒険者の男。野生味溢れるその姿には、不思議と「らしさ」という名の説得力があった。
「……なあ。やっぱり変じゃないか? 俺だけフォークで食うのは」
気弱な眼差しで尋ねるファウスティンを見て、ラルフは呆れ果てると同時に、ある種の確信を抱いた。
(ああ……やっぱり、この人も前世――日本人だわ)
集団意識、同調圧力、あるいは「空気を読む」という過剰な自意識。良くも悪くも、彼は周囲との乖離を恐れすぎるのだ。
「あー、もう! メンドクセーっすよ! ファウストさん、手だろうが口だろうが汚して、ムシャムシャと食べればいいじゃないですか!」
「いや、しかし……思うのだが。せめて、皮がガッチガチの、防御力極振りのシュークリームは作れないものなのか?」
「はあ? それはもうシュークリームじゃなくて、クリームパンですよ!」
もはや甘味の本質すら見失いかけた公爵に、ラルフの冷徹なツッコミが飛ぶ。
もはや騒動の源泉がどこにあったのかも曖昧になり、居合わせた客たちがはやし立て始めた。
「あそーれ! 食ーべろ! 食ーべろ!」
「食ーえ! 食ーえ!!」
エリカまでもが楽しげに手拍子を打ち、逃げ場を塞ぐ。
(いい歳をした大人が、クリームまみれで醜態を晒せというのか――?)
ファウスティンの矜持が最後の抵抗を見せ、彼が悲壮な覚悟を決めた、その時だった。
「もう……もう、やめてください!!」
喧騒を切り裂いたのは、ヘンリエッタの悲痛な叫びだった。
静寂が降りる。彼女は震える拳を握りしめ、自分を奮い立たせるように深く息を吸った。
「……申し訳ございませんでした、ファウスティン公爵様……。本当に、無理を言ってしまって」
深々と頭を下げる少女に、ファウスティンは狼狽する。
「いや、そこまで言わずとも――」
「いいえ! 私も、実は薄々気づいていたのです。これでは、食べにくいのではないか? と。なのに、なのに……その危惧から目を逸らしてお出ししてしまった……。これは私の怠慢であり、職人としての落ち度です!」
彼女の瞳には、自責の念と共に、ある種の「覚悟」が宿っていた。
シュークリームは、前世においても完成された菓子だった。それを食べにくいと感じる自分は、マイノリティに過ぎない。ファウスティンはそう思っていたが、目の前の少女は違った。
「ファウスティン公爵様! 明日、もう一度だけチャンスをください! 必ず、改良してみせますから!」
その熱意に、ファウスティンは、
「わかった! わかったから!! 絶対に来るから!」
と約束するしかなかった。
そして、またもやふざけ過ぎて、この騒動を煽ってしまった自覚のあるラルフとエリカの前に、無表情のアンナが腕を組んで仁王立ちする。
二人は、顔面蒼白にして、己の人生の終幕を覚悟してしまいそうな程の、悲壮にしてエゲツナイ表情を浮かべた……。
翌日。再び。
居酒屋領主館を訪れたファウスティン公爵の前に、ヘンリエッタは満面の笑みで一皿を置いた。
「形から見直しました。公爵様のお好きな『ホットドッグ』から着想を得たのです!」
「ん? あ!! これ、って……」
ラルフは息を呑んだ。
そこにあるのは、細長く焼き上げられた生地に、チョコレートがコーティングされた菓子。
ヘンリエッタは昨夜、一睡もせずに厨房に籠もっていた。憧れの人物に喜んでもらいたいという一念が、彼女に"未知の領域"を突破させたのだ。
「おお! これなら食える! 美味い、甘いっ! モグモグ……。もう一つ貰ってもいいか?」
喜んで食べ進めるファウスティンの姿を見て、ヘンリエッタは目の下に隈を作りながらも、恋する天使のような笑みを浮かべていた。
ファウスティンも気づいていた。
これがもはや「シュークリーム」ではないという事実に。
だが、その味は、彼女の想いは、それ以上に甘美だった。
「これ、案外、黒ビールに合うんじゃないか? ラルフ、試作があるんだろ、出せ!」
「はいはい、わかってますよ……」
そんな、ハイレベルとも言える、甘味と黒ビールとのマリアージュを求めるファウスティンからの注文――。
保冷庫を開けながら、ラルフは密かに溜息をつく。
この世界に、
たった一晩の情熱で。
まさかの――「エクレア」を誕生させてしまった少女。
そして、それを幸せそうに頬張るファウスティン。
この騒動が齎した、"歴史的快挙"をどう収束させるべきか、ラルフにはまだ答えが出せそうになかった。
どうも。エリカよ。
このエピソード、この作品の作者の、極めて個人的な悩みを反映したモノらしいわよ?
いくらなんでも、不器用にも程があるわよねぇ〜。
作者が言うには、――別に好き好んで自分で買ったりはしないんだけど。
何故か必ず、年に数度、取引先から頂いたり、差し入れで貰ったりすることがあって……
(その時、どうすればいいのか、本当に困る……)
って言ってたわよ。
だから、"皮がガッチガチな、防御力の高いシュークリーム"が、何処かに売られているって情報があったら、コメントで知らせなさいな。
で? あんたらさぁ。アタシの"カレーパン"、いつ発売されるのよ??
(作者)「……(_ _;)」
(編集)「……(;一_一)」
※注: そんな企画はありません……




