330.釜飯会議
「では、このような素晴らしいオーダー釜を製作してくださったトニスさんに、盛大なる拍手を――!」
ラルフの弾んだ声が、居酒屋領主館の賑わいの中に吸い込まれていった。
店内に居合わせた客たちは、状況を十全には把握できていない。
だが、テーブル席で豪快にビールを呷っているドワーフの集団――その中心にいる魔剣技師トニスの、誇らしげな、それでいて照れくさそうな髭面に、釣られるようにして拍手喝采を送った。
若き領主ラルフがこれほどまでに破顔しているのだ。今宵もまた、未知なる「美味」がこの場所から産声を上げるに違いない。その確信が、客たちの手のひらを熱くさせていた。
ラルフの手中には、黒光りする小ぶりな鉄釜があった。
一合炊き。それは彼がかつて生きた世界の記憶にある「釜飯」の形を、異世界の技術で再現させた逸品である。
一流の魔剣技師に二十個もの飯炊き釜を発注し、さらにその木蓋を、吟遊詩人ソニアの父である凄腕の大工に誂えさせる。
「なんという贅沢な、そして妙な道具を……」
冒険者ギルマスのヒューズは呆れ半分、敬服半分といった面持ちでそれを見つめていた。
しかし、ロートシュタイン領の民にとって、ラルフは恩人であり、希望そのものだ。彼が望むなら、どれほど奇妙な依頼であっても、職人たちは心血を注いでそれに応えるのである。
「ということで、今夜は釜飯を作ってみるぞ!」
ラルフの力強い宣言に、店内の空気が揺れた。
「カマメシ? また耳慣れない響きだな」
「レシピ集にも載っていなかったはずだぞ」
首を傾げる客たちを余所に、ラルフは不敵な笑みを浮かべてカウンターへと視線を走らせた。
そこには、熱燗を嗜みながら騒ぎを眺めている、ヴラドおじさんこと、この王国の現国王が鎮座している。
「まあまあ。まずは、僕の自信作をヴラドおじさんに捧げるとしましょう」
「むっ? 儂にか?」
魚と酒をこよなく愛する飲んだくれの王が、面白そうに眉を上げた。
ラルフの脳裏には、この美食家を唸らせるための、究極の構成図が完成していた。
彼は新品の釜を掲げると、ふとした悪戯心から、それを逆さまにし、カウンター席に座るスズを覗き込んだ。
「おい、スズ。見てみろ。……UFO」
「ん? ブフッ……! あ、アダムスキー型……っ」
不意を突かれたスズが、堪えきれずに吹き出した。そのシュールなジョークの機微を理解したのは彼女だけだった。
対照的に、隣に座るファウスティン・ド・ノアレイン公爵は、どこか遠い目をして冷めた声を出す。
「……マイケル・シェンカー不在の、あのロックバンドに、何の意味があるというんだ?」
「……いや、あの。本当に、何をおっしゃっているのか一ミリも分からないです……」
ラルフは苦笑いして引き下がった。時折、この隣領の主が口にする言葉は、前世の特定カルチャーに深く根ざしすぎていて、掘り返すにはあまりに深い深淵を感じさせるのだ。
やがて、ヴラドの前に熱を帯びた釜が供えられた。
ラルフが恭しく木蓋を外す。
その瞬間、凝縮されていた蒸気が一気に解き放たれ、芳醇な磯の香りと、出汁の効いた米の香りが店いっぱいに広がった。
「お待たせしました。鮭とイクラの、『親子釜飯』です!」
「お、おおぅ……! これは……!」
ヴラドの瞳が驚愕に揺れた。
淡い琥珀色に染まった米の上に、ふっくらと蒸し上げられた鮭の身。その視覚的な破壊力だけで、喉の奥が鳴る。
「……だがラルフよ。イクラと言ったな? それはどこに隠した?」
不思議そうに尋ねる国王に対し、ラルフは厨房から「海の宝石」が詰まったガラスボールを掲げて見せた。
「イクラは、火を通さないのが正義ですからね。今、ここに!」
透き通るような朱色の粒を、お玉で贅沢に掬い上げ、湯気の立つ釜の中へと雪崩れ込ませる。
「どすか? このくらいでいいですか?」
「いや、もっとだ! もっと寄越せ!」
まるで駄々をこねる子供のように身を乗り出す国王に、ラルフは笑いながら追撃のイクラを投入した。
「ムホッ、ホッホッ! こりゃあ堪らん、見た目だけで堪らん!!」
豪快に匙を突き立て、口いっぱいに頬張る王の姿。
それを合図に、ラルフは客席へ向かって声を張り上げた。
「手間と時間はかかるし、お値段も少々張るけれど、この釜飯は具材の数だけ無限に広がるぞ!」
その言葉が着火剤となった。
「無限の可能性」という響きに、客たちの食欲と創造性が爆発する。
「色々な具材だと……? つまり、米に合うものなら何でもか!」
「俺には見える……、カマメシという名の、新たな真理が!」
熱を帯びた「釜飯会議」が始まった。
まず声を上げたのは、ポンコツラーメン店主のパメラだった。
「ラルフ様! 私、牡蠣で作ってほしいです!」
「えっ? 柿?」
ラルフがわざとらしく黄色い果実を手に取ると、パメラは華麗にツッコミを入れる。
「ちょっと! 貝の方ですってば! 粋なボケを挟まないでくださいよー!」
ラルフは愉快そうに笑いながら、滋味深い「牡蠣釜飯」の仕込みへと入る。
続いて、スズが控えめに、しかし欲望に忠実なオーダーを飛ばした。
「私は……ハンバーグと、チーズ」
「……えっ。あ、ああ、まあ……美味いだろうけど。ずいぶんジャンクだな、おい」
ラルフは戸惑いつつも、米と肉とチーズが織りなす背徳的なハーモニーを想像し、即座に調理工程を組み立てる。この自由度こそが釜飯の真髄だ。
確か、前世のテレビ番組で、視聴者から創作釜飯のレシピを募集する企画があったのを、観たことがある。
さらに、ファウスティン公爵が優雅に言い放った。
「俺は焼き鳥とキノコだ。適当に作ってみてくれ」
その瞬間、周囲の客から「うっわぁぁぁぁ。天才か……」という感嘆の溜息が漏れた。
鶏の脂とキノコの旨味が米に染み込む――異世界の住人たちにとって、それはコロンブスの卵のような大発見だったのだ。
「待て、ならばカニはどうだ? 贅沢の極みだろ!」
「ちょっと待て! 俺は革命を思いついた! カニとイクラは?!」
「はぁ?! お前、何言ってるんだ?! そんなん、罪に問われるぞ!!!」
と、なんだか大袈裟なほどに議論は白熱し、ついにはポンコツラーメンのジュリまでもが、
「なんなら、カキピーはどうっすかねぇ?」
という暴論を投げかけた。
「はぁ?! バカが!! それは無謀だ!」
「そーだそーだ! 米への冒涜だぞ!」
とヤジが飛ぶ中、隅で思案していた第三王子のミハエルが、ふと静かに呟いた。
「……いや、案外。食感のアクセントとしては、面白いのではないか?」
王子の真剣な一言に、店内がしんと静まり返った。
厨房のラルフは、押し寄せるオーダーの波を捌きながら、幸福な悲鳴を心の中で上げていた。
割と高単価に設定したはずなのに、誰もが迷わず注文を叫んでいる。
(ああ……これ、二十個じゃ、全然足りないわ……)
職人トニスへ追加発注するリストを、彼は脳内でもう一段階、上方修正した。




