316.未来は小さな瓶の中に
一十八祐茂さん、
加部千代郎さん。
いつも、コメントありがとうございます。
しょうがないですねぇ……。
アメリカンドッグと、スパムおにぎり、書きましたよ!
「はい。と、いうことでして……。今日から、君たちは、ここで新たな生活を始めてもらうよ!」
ロートシュタインの領主、ラルフの宣言は、唐突で、あまりにもスケールが大きすぎた。
「す、すみません。あの……何がどういうことか、まったく理解できません!」
スヴェンは、まさに嵐の海に投げ込まれたような心地で、慌てふためく。
ラルフが三人を連れてきた場所は、ロートシュタイン領の市街地、ジョン・ポール商会の工廠と倉庫が連なる一角。そこに屹立するのは、威圧的なまでに巨大な、真新しい建屋だった。
ポラリスとセリナは、その威容を前に、ただただ口をポカンと開けるばかりだ。
「まあ、入ってみてくれ」
ラルフの言葉に従い、重厚な扉を潜る。
その瞬間、三人の眼前に広がったのは、異世界の光景だった。
「一階は工場になっている。色々と機材を揃えておいたぞ。そうそう、特にコレ! ドワーフの職人特製のミンサーだ。これがあれば、格段にソーセージ作りが楽になるはずだ」
ラルフは誇らしげに機械を紹介するが、そんな解説など、三人の耳には届かない。
銀色に磨き抜かれ、整然と並ぶ真新しい近代的な機械群。故郷である聖教国で、このような前衛的で、未来的な作業場を目にした者はいないだろう。彼らは、眩しさに目を細め、きょろきょろと周囲を見回すことしかできなかった。
さらに、ラルフに促され、奥の階段を登ると、二階はさらに彼らの常識を打ち破る。
「ご覧の通り、二階は居住スペースだ。念のため、六部屋用意した。まあ、それぞれ話し合って、好きに使ってくれればいいから」
呆然とするスヴェン、ポラリス、セリナ。あまりにも急転直下で、淀みなく進む、この領主の独断による一方的な事態に、彼らの心は混乱の極みにあった。
たまらず、スヴェンは、領主の規格外の行動に押されながらも、本質的な疑問をぶつける。
「あ、あの! その。ここで働かせて頂けるのは、ありがたいのですが……。ここの、親方はどなたなんですか? そ、それに! この豪華すぎる部屋の家賃は、いったい……おいくら、なんでしょうか?」
確かに、冒険者という不安定な職よりは、定職に就ける方が良い。しかし、この貴族の邸宅かと見紛うばかりの居住空間と、すでに用意された家具調度品の豪華さは、清貧な彼らにとっては、逆に不安の種でしかなかった。
三人の不安げな視線を一身に浴びたラルフは、不思議そうに数回瞬きをすると、こともなげに告げる。
「この工場の"親方"は、君だよ。スヴェン君……」
「へっ?」
一瞬、思考が停止する。今、なんと?
自分、このまだ年端もいかない自分が、親方?
「それと。この建屋は、今日から君たちのモノだ。家賃など払う必要はない。自由に使ってくれ」
「はぁぁぁぁぁぁぁ?!」
スヴェンの絶叫が、真新しい壁に反響した。この領主は、いったい何を言い出したのだ?! と、
「まあ、僕は出資しただけだし。君たちのソーセージの売上げに応じて、税は払ってもらうから。気にしなくていいよ〜ん!」
ラルフは、世の理を捻じ曲げるような発言を、まるで天気の話でもするかのように言い放つ。
「あ、あのぅ……。領主さまは、どうして、私たちにそこまでしてくださるの、ですか?」
セリナが、核心を突くような、純粋な疑問を口にした。
ラルフは、一瞬、子どもが秘密の宝物を自慢するかのように、無邪気な笑顔を浮かべた。
「そりゃあ、三人が作るソーセージが、格別に美味いからさ! だから、ガンガン作って、ドシドシ売って欲しい。……それを、ブランディングして、王都や国外にも、バンバン売っていくぞー!」
領主であるラルフにとって、ダンジョン産の魔獣肉の余剰在庫は、頭を悩ませる深刻な問題だった。生肉の遠距離輸送は難しい。ならば、保存性を高めた加工肉、中でも彼らの作る「付加価値の高い、格別に美味いソーセージ」は、この問題を解決する"切り札"となり得るかもしれない。
それが、ラルフの壮大な企みだった。
しかし、渦中の三人の戸惑いは、未だ拭い去れない。
「ああ。それと、是非! 一緒に開発を手伝って欲しいモノがあってね……」
ラルフは懐から、手のひらに載るほどの、円筒形の瓶を取り出す。酒のボトルより口が大きく、独特の造形だ。
「なんですか? 僕達が、お力になれるのでしたら……」
「ふっふっふ……。それはねぇ。"スパム"さ! 長距離輸送、そして保存に適した加工食肉。"瓶詰めスパム"を作ろうと思ってね!!」
ラルフは、まるで悪巧みをするかのように、悪魔的な笑みを浮かべた。
スパム。その未知の言葉に、三人はただ首を傾げるしかなかった。
かくして、ラルフ・ドーソン公爵という名の巨大な渦に巻き込まれた三人は、恐る恐る工場を稼働させ始めた。
生まれて初めて目にする魔導機械の操作も、若さゆえか、数日で習熟する。
そして、彼らは悟った。
(なんだか、恐ろしいスピードで、恐ろしい量の腸詰めが作れてしまう……)
納品先は、商業ギルド、冒険者ギルド、そして居酒屋領主館。それらを"物流ハブ"として、王都、共和国、聖教国へと、仲買人に卸される手筈となっているらしい。
しかし、ラルフが用意した工場は、優秀すぎるのだ。あまりに効率的で、あまりに生産量が爆速すぎる。
そして、ついに気がついた。
工場の稼働は、週に四日程度で十分らしい、と……。
有り余る時間を、彼らは、やはり"ルーキー冒険者"らしく、薬草採集や、街のドブさらいなどの仕事をこなして過ごした。
そして、聖教国の実家へ、せっせと仕送りを送る日々。
すると、ある日、スヴェンとポラリスの父親が、ロートシュタインに訪ねて来た。父は、疲弊した表情で、彼らに告げた。
「もう……。仕送り、しなくていいぞ……」
二人の送金した資金を元手に、父は魔導車の輸入販売業を立ち上げたという。
それが、好調すぎるほど好調で、かつてより豪華な召し物に身を纏う父の姿は、成功者そのものだったが、その眼には疲労の色が濃かった。相当に多忙らしい。
かくして、三人は「金余り」という新たな問題を抱えることになった。
ある日の仕事終わりに、三人は連れ立って、いつもの居酒屋領主館に赴いた。そして、現状をラルフに相談すると。
「いや、使えばいいじゃん……」
と、一言。
それはわかっている。分かっているのだが、清貧を美徳とする聖教国で育った彼らにとって、「散財」ほど難しい行動はなかった。
だが、とりあえず。最近のお気に入りメニューを注文することにした。
「僕は、アメリカンドッグを下さい!」
スヴェンが元気よく注文する。
スタンダードな腸詰めに、ほんのり甘いパン生地を巻いたような不思議な料理は、彼の好物だ。トマトソースとマスタードソースとの相性が絶妙で、甘味、パン、そして肉料理という、その多面的な調和は、ラルフが「美食の伝道者」と謳われる天才的発想だと、彼は確信していた。
「私は、スパムおにぎりを……。ガリマヨも付けていただけると、嬉しいです……」
ポラリスは、頬を染めながら、お気に入りを注文する。
彼女も開発に関わった"瓶詰めスパム"。長期保存を可能にするため、脂に完全に沈めて密封するという方法を閃いた時の、あの高揚と達成感は、忘れられない思い出だ。
「私は、タコさんウインナーを、山盛りで食べたいです!」
セリナが、輝く瞳で注文する。
獣人族の彼女が、このロートシュタイン領で出会った至高の料理。本能的に肉を好む彼女にとって、タコさんウインナーの愛らしさと、弾ける肉の美味さは、まさに聖書に描かれた楽園の一時だった。
「あー。はいよ……」
注文を聞き入れたラルフは、諦念を滲ませた。
ロートシュタイン領の食糧余りは解決に向かっているが、今度は"金余り"が起きつつある。
それがもたらす経済的メリットやデメリットは、想定はできるが、結局は神の味噌汁……、いや! "神のみぞ知る"ことだ。
人々の欲望やちょっとした風潮やトレンドによって、経済原理は容易にねじ曲げられ、予測不能な挙動を描くものだ……。
だが、今はそんなことを考えても仕方がない。
目の前の子供たちが、幸せそうなら、まずはそれで良い。ラルフはそう思うことにした。
そして、彼は尋ねた。
「お前ら、飲み物はどうする?」
「コーラ!」
「オレンジジュース!」
「葡萄ジュースの炭酸割り!」
三人は、またそれぞれのお気に入りを、活き活きと叫ぶ。
「はいよー!」
ラルフは、ふと。
(彼らもいつかは大人になり、ここで酒を注文するようになるのだろうか?)
と、それほど遠くない、未来の妄想を思い浮かべた。
スヴェンは、冒険者たちとビールを酌み交わし、大騒ぎしそうだ。
ポラリスは、女騎士のミラ・カーライルや女船長のメリッサ・ストーンと、案外、甘いドリンク好き仲間として意気投合するかもしれない。
セリナは、もしかすると葡萄酒を嗜むようになり、モフモフ愛好家のクレア王妃の一派に取り込まれるかもしれない。そうなった時の、彼女の戸惑いが目に浮かぶ……。
その、未来への希望なのか、それとも単なる妄想なのかを秘めた、居酒屋領主館の相変わらずな夜は、また賑やかに更けていくのだった。




