313.それはホットドッグのように
「ムシャムシャ……。うんまぁ! えっ、何コレ? ソーセージ、何使ってるの?」
領主ラルフ・ドーソンは、通りに面した露店で買ったホットドッグを頬張り、その途方もない美味さに目を見張った。肉汁が滴り、マスタードの香りが鼻腔をくすぐる。
美食の伝道者として名高いラルフにとっても、この味は新鮮な衝撃だった。
「なぁ? ここのは、マジで美味いんだよ。俺は、ピクルス多めと、ハニーマスタードのトッピングが好きなんだ」
隣で、ファウスティン公爵が、何故か得意げに胸を張る。彼もまた、そのお気に入りのホットドッグを咀嚼し、幸福そうな顔をしている。貴族の身分で、こうも堂々と路地の食事を楽しむのは、彼らくらいのものだろう……、
……いや、普通に、いる……。このロートシュタインには……。
「で? 殲滅の魔導士様が、俺に何の用だい?」
屋台の鉄板の上で、艶やかなソーセージと、焼き色のついたドッグバンズを扱いながら、店主が問いかけてきた。彼はエプロン姿だが、その眼光は鋭い。
「ゲルテンさんて、共和国軍の、竜騎兵だったんだよね?」
「ああ……。まあ。そうだな……」
店主――ゲルテン・ベイレフェルトは、僅かに言葉を濁し、その事実を認めた。彼は鉄板の上に微量の水を垂らし、ソーセージを蒸し焼きにする。その職人技のような動きに、ラルフは思わず店主の左手に視線を向けた。
そこに在るのは、銀色の、カニの爪のような、簡素な造りの魔導義手。戦場で失われた過去を、雄弁に物語る無機質な銀色の手。
「ワイバーンを調教して、騎竜にするのって、結構難しいの?」
ラルフは、単刀直入に本題に入った。国王の移動手段、そして領地間の物流強化――それが、彼の直面する問題の焦点だった。
「難しいかどうかと聞かれたら、実際には難しい。それに、……調教ではない」
「じゃあ、テイムなの?」
共和国には、独自の竜騎兵育成プロセスがあると、ラルフは過去の資料で読んだことがあった。
「いや。山岳地帯に生息する、『グレイスキン』という種族のワイバーンを、卵から孵し、騎手が育てる。つまり、親と子のような信頼関係を築くのさ」
ゲルテンは、淡々と、しかし誇りをもって、共和国の竜騎兵の伝統を説明した。それは、人と竜との、数奇な絆の物語だ。
「なるほど……。卵から孵って、どのくらいで乗れるの?」
「一年半から、二年だ……」
「……うーん……。なるほど、先の長い話だ……」
ラルフは、心底参ったとばかりに、癖毛の髪を掻き乱した。輸送力の即効性としては、まるで現実的ではない。
さらに、ゲルテンは付け加える。
「それに。アイツらは大食らいだ。エサの確保で、当時の共和国軍は大赤字よ。……もっとも、大魔導士様が飼ってる、"あのワイバーン"みたいに、勝手に餌を狩ってくるようなら、話は別だろうがな」
それは、ラルフの忠実なペット、レッドフォードのことを指していた。
彼のワイバーンは、常識の外にある存在だ。
どうにも、王都とロートシュタイン領の、時間的距離を縮める方策としては、非現実的。
様々な難題に頭を悩ませながら、ふとメニューを見ると、濃いめの挽肉に、とろ〜りとしたチーズをたっぷりとかけたホットドッグが目に入った。
昼前に領主館を出たラルフは、さらなる空腹に襲われ、思わずゴクリと唾を飲み込む。
ファウスティン公爵と追加で『チリドッグ』を購入し、他の屋台から買ったクラフトコーラでそれを流し込む。
ピリッとしたスパイスとチーズの濃厚さが、脳を覚醒させるようだ。
「どう、しましょうねー?」
ラルフは、目抜き通りの真ん中で立ち止まり、問いかけた。
「とりあえず、座らないか? まずは、ゆっくり腹ごしらえしよう」
ファウスティンが、彼の心情を察し、落ち着いたトーンで提案する。
――それもそうだ。
ラルフとファウスティンは、広場の噴水の縁に並んで腰掛けた。
公爵同士の、あまりにラフな昼食が、噴水を背景にして始まる。
二人とも、チリドッグを豪快に頬張り、時折、シュワシュワと泡立つコーラで喉を潤す。
「そもそも。国王陛下が、このロートシュタインに入り浸っていることがおかしい!」
ラルフは、問題の根源的な原因を吐き出した。
「じゃあ、王都に帰れって、はっきり言えばいいじゃねーか?」
「言ってる。……言ってるのに。のらりくらりと、かわされる……」
その、どうにもならない実情に、公爵二人は、深く長い溜息をついた。
「じゃあ、国王が王城にいなくても、政務が滞りなくできるような。新しいシステムが必要なんじゃないか?」
ファウスティンは、チリソースで唇を汚しながら、軽い思い付きを口にした。
「うーん……。いわゆる、"縦割り制度"か。確かに、それなら可能なのかも?」
ラルフは、前世の知識から、その組織構造を思いつく。
王族に全ての決定権が集中している構造を改革し、各部門の意思決定権を、有能な文官たちに移譲する。
しかし、ラルフは、その制度がもたらす弊害を同時に知っている。
横の連携の不具合。非効率さ。
そして、一部の特権階級による利権独占の温床になりかねないこと。
ラルフは、そのような歪な社会構造を、できるだけ無くしたいと願う、真の為政者だった。
ふと、根本的でいて、根源的な、考え出したらキリがないほどの焦燥と疑問が脳裏に浮かび、彼はすでに半分ほどにまで食ったチリドッグを見つめた。
まさに、社会構造とは、このホットドッグなのだ。
パンは社会。具材は人々の欲望。
――誰が、何を食いたいか?
それによって、在り方と、味と、名前すら変わる。
そして、辛くも、甘くもなる。
更に、その好みは、人それぞれ。
全員が、納得して、咀嚼し、飲み込めるホットドッグなど、あり得ないのだ。
そんな高尚な、妄想なのか、社会哲学に沈んでいたラルフは、ふと、意識を現実の光景に取り戻した。
ここは、ラルフが治めるロートシュタイン領。人々が、忙しなく、そして幸福に、好き勝手に生きる坩堝。
屋台の店主の威勢の良い呼び声。
昼間っから酔っ払い、大声を上げる人々。
そして、エリカの屋台に行列を成す人々と、その看板狼を艷やかな毛並みを撫でる客達。
そう、いつも通り。
この、ロートシュタインは、いつも通り。平和そのもの……。
だからこそ、その疑問を、ラルフは、ふと口にする。
「……っていうか。なんで、こんな大それた社会変革を、僕ら一領主ごときが、考えなきゃあ、ならんのですかね?」
ラルフは、その本質的な、理不尽さに気がついてしまった。
すると、ファウスティン公爵は、チリドッグを頬張りながら、視線を明後日の方へ逸らした。
「そりゃあ。……お前だからなぁ〜」
ラルフは、その言葉に、
目と口をまん丸に見開くのだった。




