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居酒屋領主館【書籍化&コミカライズ進行中!!】  作者: ヤマザキゴウ


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311/412

311.熱き黎明の鉄板

 領地を覆う祝祭の空気もいよいよ後半。ロートシュタイン領の中心に立つ居酒屋領主館には、真昼だというのに、なんとも甘く、そして怠惰な空気が澱んでいた。それは、長き休日に酔いしれた人々の、緩んだ精神の残滓だった。


「なあ、ヨハネス。この魔導車、悪くないぞ。"インターセプター"だって。速そうだ……。だが、やはり値が張るなぁ」


「あぁ、兄上の好む意匠なのは察しがつくが。しかし、俺はどうも二輪の方に惹かれてしまうんだよなぁ」


 第一王子アンドレアスと第二王子ヨハネスは、琥珀色の蒸留酒をストレートで傾けながら、広げた魔導車のカタログを眺めていた。その優雅なテーブルを共にしていたのは、聖女たちである。


「私達も、決まらないのよ。"ガブリオレ"で一度は購入手続きを進めたのに、新車種が発表されて、また姉妹で意見が真っ二つに割れてねぇ〜」


 聖女トーヴァ・レイヨンは、湯気立つ焼酎のお湯割り、梅干し付きを啜り、顔を紅潮させながら、興奮気味に魔導車談義に加わる。


「特注のカラーオーダーも可能なんですって。少々値は張るけれど。私は、この"ジウジアーロ・クーペ"の、キャンディ・アップル・レッドが、どうしても捨てきれなくて……」


 聖女マルシャ・ヴァールは、カタログの一頁に、抑えきれない物欲に塗れた視線を向けたまま、蒸留酒をビールで割るという、その名も『ボイラーズ・メーカー』なるカクテルを呷っていた。その瞳には、一瞬の逡巡もなく、ただ新車の輝きだけが映っていた。


 年明けから数日が経過し、店内のどのテーブル席も、似たり寄ったりの有様だった。

 冒険者たちもまた、酒杯を手に、甘く煮た豆や酸っぱいピクルスといった簡素な肴をつまみながら、毒にも薬にもならない、だらだらとした与太話に興じている。


 聖教国の司祭たちに至っては、


「あー、帰りたくねぇ……」

「わかぁるぅ。……いっそ、このロートシュタインに教会を建てて、俺たちも残っちまうか?」

「うわ。天才かよぉ。それでいこうぜ!」


 と、酔いに任せて、とんでもない非現実的な妄想を語り合い、互いに笑い合っていた。


 カウンターの内側から、そんな光景を一瞥していたラルフ・ドーソンは、静かに思った。


 ――やはり、人は働いてこそ。


 無論、たまの清涼剤のような機会は必要だろう。しかし、意味なく続く長期の休みを、ただ怠惰に、そしてひたすらに酒をかっ喰らいながら過ごすのは、あまりにも人生の貴重な時間の損失ではないだろうか。


 心身ともにくたくたになるまで働き、その後にこそ、心の清涼として仲間たちと酌み交わす酒が、最も至高の酒となる。 その真理を体現する場所こそが「居酒屋」なのだろうと。


 すると、厨房の片隅から、孤児達の声が聞こえてきた。


「この、パン。どうしよう?」


「うーん……。いっそ、お粥にしちゃう?」


 ミンネの提案に、ハルが頷く。

 そのパンも、孤児院への寄付が過剰になり、供給過多で消費が滞っている食材の一つだ。誰もが良かれと思って差し伸べた善意が、少々「ありがた迷惑」な状況を生み出していた。


「お兄ちゃんも、パン粥、食べる?」


 ハルが優しい声でラルフに尋ねる。


「あっ、ああ……ありがとうな! でも、僕は今はあまり、お腹が空いてなくて」


 ラルフは苦笑いして遠慮する。実は、彼はあまりパン粥が好きではなかった。

 この世界では一般的な庶民の料理だが、前世の記憶を持つ日本人であったラルフにとって、どうも食欲をそそる代物ではないのだ。


 すると、厨房の奥からエリカが歩み寄り、


「パン粥にするの? あんなモッサリした料理、よく食べる気になるわね?」


 と、歯に衣着せぬ貴族令嬢らしい物言いで、庶民の料理を小馬鹿にした。彼女にとって、それは口に合わないのか、あるいは彼女のライフワークであるカレーに比べ、刺激が足りないのかもしれない。


「でも。胡椒コショウを少し加えると、美味しいよ!」


 ミンネが気にせず、無邪気に提案する。その言葉にエリカは鼻を鳴らし、


「ふんっ! せめて、カレースパイスを加えたら、もっと良くなりそうだけど……。なんなら、餅とかチーズも加えてみる?」


 と、エリカはなんとなくの思いつきを口にした。


 しかし、その瞬間、ラルフの全身に「ハッ!」という電撃が走った。

 何か、凄まじいアイデア、いや、前世の記憶が、稲妻のように閃いた気がした。


 パン粥……つまり、小麦。

 そして、カレー、チーズ、餅……。


 ラルフは目を見開く。

 それは、まさに天啓だった。荒唐無稽とも思えるその閃きが、彼の脊髄を震わせたのだ。


「で? なんで、ここに来たんです?」


 場所は変わり、ここは冒険者ギルド。

 ギルマスのヒューズは、突然の来訪者であるラルフに、呆れを通り越した目を向ける。


「ここの酒場にある、鉄板を使わせてもらいたくて」


 ラルフは、さも当然の権利であるかのように言う。


「いや……。あのですねぇ。冒険者ギルドを、なんだと思ってるんです?」


 ヒューズは呟くが、もう慣れっこだった。この良き友人である公爵様の、いつもの気まぐれ、あるいは奇行には。彼はもう、色々と諦めている。


 ラルフの後ろからは、


「お、お邪魔します……」

「し、失礼します!」


 と、居酒屋の看板娘であるミンネとハルが続く。

 さらにその後ろからも、何故かぞろぞろと人々がギルドへと入ってきた。


「ちょ、ちょっと! ラルフ様! 何人連れてきたんです?! えっ? 本当に、何しに来たんだよ!?」


 ヒューズは、もはや困惑の極みだ。


「まあまあ……。どうせ、この時期は暇でしょ? 金は払うからさぁ。ちょっと厨房をお借りしますよ」


 ラルフは勝手知ったる様子で、ギルド酒場の厨房へと入っていく。

 この行為は、普通に考えれば、公爵や領主といった地位にある人間のすることではない。

 すると、第一王子と第二王子までが、ギルドの戸を潜ってきた。


「おー! ここが冒険者ギルドか? はじめて来たぞ!」

「ふむ! 興味深いな。俺も、冒険者に憧れた時期もあったものだ……」


 アンドレアスとヨハネスは、珍しそうにキョロキョロしっぱなしだ。

 彼らを見たヒューズの額には、冷汗が一筋。またしても、厄介な人物が、厄介事を引き連れてやってきた、と思わずにはいられなかった。


「よ~し! まあ、正直、上手くいくかはわからん!! つまり、実験だな!」


 ラルフは巨大な鉄板を熱し、マジック・バッグから取り出した様々な食材を、作業台に並べ始めた。


「そんじゃあ! 手先が器用な人! ちょっと、"あるモノ"を作って欲しいんだ」


ラルフが取り出したのは、ソニアの父である木工職人の工房から、何かに使えないかと引き取っておいた端材だった。


「こういうのを、削り出して貰いたいんだよ」


 そう言って、ラルフは自らが削って作った、小さなヘラを見せる。


 すると、冒険者の何人かが、


「ソレを似せて、作ればいいのか?」


「ヘヘッ、簡単簡単っ!」


 と、木工に心得のある者たちが、その端材をナイフで削り始めた。


「すまないが、人数分作って欲しい」


 ラルフが頼むと、本日、仕事にあぶれてダラダラと過ごしていたギルド内の冒険者たちも、何事かと近寄ってくる。


「それを手伝ったら、報酬は貰えるのか?」


 と、大柄な男性冒険者が聞いてきた。


「おうっ! 金じゃなくてもいい? 飲み放題、食べ放題で!」


「酒は?」


「もちろん。飲んでいいよ!」


「よっしゃ! やるぜ!!」


 その男も、即座にヘラ作りに参加した。


「旦那様。言われたとおりに、パンがかなり煮溶けてきましたよ?」


 寸胴鍋のパン粥をコンロにかけていたアンナが、振り返り報告する。


「うん! いい感じだ! まあ、まずは試してみよう!」


 そう宣言し、ラルフは刻んだキャベツを、熱した鉄板にドサッと投下した。そこに、海賊公社やシャークハンターズが持ち込んだ、エビや貝柱も細かく切り、投入する。


 大きな金属製のヘラ二本を駆使し、さらにそれらを容赦なく潰し切る。具材は熱によりジュワジュワと湯気を立て、香ばしい匂いを上げながら火が通っていく。


「ちょっと、何よこれ? まったく、想像がつかないわね」


 エリカは真剣な表情で、鉄板に身を乗り出した。彼女の美食を追究する本能が、未知の料理への好奇心でざわめいている。


 ラルフは、ふっと微笑んだ。

 鉄板の上の具材を、円形になるように成形する。つまり、"土手ドテ"を作った。そして、


「ここに、パン粥を加える」


 ジュワー! と一気に沸騰し、香ばしい匂いを上げる、謎の液体。見守る人々には、その料理の完成形がまるで予測できなかった。


「さらに、色々加えるぞー! トマト、餅、揚げ麺! チーズに、魚卵、生姜、芋も入れてみるか!!」


「ちょ、ちょっと! テキトー過ぎませんか?! いくらなんでも、やり過ぎですよ!!」


 トーヴァが悲鳴を上げた。あまりにも脈絡のない、そして雑多すぎる混沌とした調理に、美食の伝道者として名高いラルフさえも、ついに錯乱したのではないかと、皆が疑った。


 しかし、鉄板から立ち昇る匂いは、何故か得も言われぬ、強烈な食欲を唆る気配を秘めている。


 そして、ラルフは高らかに宣言する。


「よ~し! できたぞぉ!!」


 その声に、集う人々は戸惑い、一瞬、身動きが取れなくなった。あまりに、その鉄板で沸騰する、ドロドロとした液状のモノが、彼らの知る「料理」とは認識できなかったのだ。


「こ、これ。どうやって、食べるの?」


 ミンネが戸惑いながら、ラルフに尋ねた。


「ふっふっふ。それはな。この、ヘラを使う!」


 と、ラルフが持ち上げたのは、冒険者たちが削り出したばかりの、木製のヘラ。彼の前世では、これをヘラと呼んだり、コテと呼んだり、ハガシと呼んだりした。


「お、おい……。こりゃあ、さすがに……。まるで、ゲロ……」


「はいストップ!!! そういうことは、思っても言うんじゃありません!!!」


 ラルフは、その冒険者の男に激怒し、注意を促した。


 しかし、このロートシュタインには猛者が存在する。ありとあらゆる美食を求め、ゲテモノと思われる食材ですら、究極の美味である可能性を秘めていると信じる、高次のグルメリテラシーを備えた者たちが。


 なんと、その先陣を切ったのは、ギルマスのヒューズだった。


「なら、まずは俺が試すぜ」


 彼は、カウンターに置かれた、ささくれだった粗い造形のヘラを手に取った。


 ラルフは、その勇気と友情に喜び、食べ方のコツを解説する。


「こう……、鉄板に擦り付けるようにして。敢えて焦げを作るように、一口を持ってくる感じだな」


 ラルフもヘラを持ち、その一口目を鉄板から削ぐ。


「熱いから気をつけろよ。では、いただきます!」


「いただきます!!」


 ラルフと共に、意を決して、ヒューズはそれを口にした。


「あつっ、あふっ! あっふ……。むっ?! むう……。なんか、よくわからんが……。いや、かなり美味いぞ? 食感もカリカリしたり、モチモチしたり、色んな味が、する?」


 彼は首を傾げる。

 さすがに、この世界では新しすぎる形の料理に、従来の固定観念を崩すことはできないようだが、割と好印象らしい。


 ラルフも一口食べてみた印象としては、前世のモノと比べ、かなりどっしりとした食感と、香ばしさが特徴的なモノが完成した。小麦粉を溶いたものではなく、ドロドロにパンを煮溶かしたパン粥を使うことで、唯一無二の個性を獲得したと言える。


 その様子を見たエリカが、待ってはいられなかった。


「あたしも食べるわ!」


 そう言って、ヘラを手に取る。

 そして、二人を真似て、その液状の料理を鉄板から削いだ。ふーふーと慎重に息を吹きかけ、熱を冷まし、それを恐る恐る口へ運ぶ。

 すると。


「ふんっ! カレーよ!! 確かにこれはこのままでも美味しいけど。絶対にカレースパイスが必要だわ!!」


 その言葉に、ラルフはニヤリと笑った。


「やはり、お前は天才だ、エリカ。……そう、確かに、カレースパイスも合うだろう。更には、ありとあらゆるトッピングの可能性を秘めている。それが、この料理……ロートシュタイン風、"もんじゃ焼き"の奥深さだ!」


「も、もんじゃ?」


 人々はたじろぐ。ラルフの口から、この料理の名がこの世界で発せられた、黎明の瞬間だった。


「よしっ! 僕達も食べてみよう!」

「あふっ! あふっ!! いや、これ、かなり美味い!!!」


 王子たちにも、もんじゃ焼きは好評のようだ。

 すると、


「あれっ? なんか、焦げてくると。また違った味に……」


「あー、わかる! やっぱりな、そうだよな!! これは、絶対にビールが合う!」


「ちょっと待て! もっと魚介類を入れたらどうなるんだ? 米酒にも合いそうだが!!」


 年始から続く弛緩した人々の空気が、ラルフのもたらした新たな美味によって、一気に熱を帯びてきた。


 誰も彼もが、何かもっと革命的なトッピングがあるのではないか? と熱烈な議論を交わし、もんじゃ焼きを食らい、酒を飲む。


 もしかしたら、この熱狂が、食材余りの現状を打破し、居酒屋領主館に押し寄せる客たちを、もっと他所に分散させる起爆剤になるかもしれない。

 ラルフは、熱い鉄板の向こう側で、それよりもっと熱い、人々の喧騒を眺めていた。


 ――後日譚。


 冒険者ギルドの伝統ともいえる巨大鉄板を、居酒屋領主館に移設しようと企んだヒューズと、それを阻止しようとするラルフの間で、鉄板を巡るバチバチの闘争が勃発した。

 誰もがドン引きするほどの、大魔導士と高ランク冒険者の、観る者の手に汗握る戦いが、領主館の庭で数時間にわたって繰り広げられた。

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― 新着の感想 ―
そして鉄板は地下案内所に・・・って流れになりそうやなあ(目反らし
SUZUKIのSW-1みたいにスクーターのフリをしたミッションバイクでスクーター陣をぶっちぎりてぇ
もちろん加減とかはあるとはいえバチバチの闘争できるギルマス、強かったんやなぁ。苦労人となんやかんや押し込まれる雰囲気からそこまで強いとはなく…w
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