309.飽食のジレンマ
第一王子と、第二王子。初登場です
新年が明けて数日後、居酒屋領主館の喧騒の中、クレア王妃が優雅な仕草でラルフを手招きした。その微笑みには、何か企んでいるような、含みを持たせたような、意味ありげな影が宿っている。
「ラルフ、少々こちらへ……」
「な、なんすか?」
ラルフは本能的な警戒心を抱きながらも、ゆっくりと近づいた。王族との対話は、常に予測不能な厄介事を伴う。
王妃は、懐から豪華で堅牢そうな銀色の四角いケースを取り出した。まるで、秘宝を納めた聖櫃のようだ。そして、それをそっと開いて見せた。
中に入っていたのは……。
「うっ?! うぅおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!! は、は、"ハルのカード"だぁぁぁぁぁ!!!」
ラルフは盛大に驚愕し、感動に打ち震えた。
あの、誰もが市場で見かけないと言い募る、幻のレアリティカードが、まさか実在し、今、自分の目の前にあるとは。彼の内に秘めた俗っぽい魂が、抑えようのない高揚感となって噴き出した。
しかし、彼の熱狂をよそに、クレア王妃はサッと手を引っ込め、パタンとケースを閉じてしまう。
「ウフフフフっ!」
王妃は、非常に満足げで得意げな微笑みを浮かべている。その表情は、最高のお宝を独占している喜びを隠そうともしない。
「えっ! 凄っ!! えっ?! ど、どこで! 何処で手に入れたんですか?!!」
ラルフは思わず身を乗り出し、縋りつきそうになる。クレア王妃は、ただ涼しい顔で薄く微笑むばかり。
だが、よくよく考えれば、わかりきったことだとラルフは気づいた。クレア王妃の「モフモフ偏愛」の最大のターゲットである獣人族のハルのカードを、この王妃が確保していないはずがない。
彼女にとって、これは単なるコレクションではなく、愛の証、あるいは征服のトロフィーなのだ。
ラルフは前世で、生粋のトレカ・コレクターではなかったが、滅多にお目にかかれない非常にレアリティの高い物品を前にすれば、思わず高揚してしまう、"オタク気質"は持ち合わせていた。
その時、居酒屋のドアベルが「チリンチリン」と乱暴に鳴り、三人の若い男が雪崩込んできた。彼らはまるで雪山の遭難者が、命からがら山小屋にたどり着いたかのような、疲労困憊の雰囲気を纏っている。
「や、やっと。着いた……」
「み、み、水……。いや、酒を……」
彼らはやけに豪華な装束に身を包んでおり、ラルフにはどこか見覚えのある人物たちだった。
遅れて入ってきた人物が、息も絶え絶えの二人を諭す。
「兄上、しっかりして下さい。ほら、人の目がありますから」
「あれっ?! ミハエル! どうしたの?!」
ラルフは目を見開いた。その人物は、元同級生であり、第三王子のミハエル。
つまり、先に雪崩込んできた二人は、第一王子のアンドレアスと、第二王子のヨハネスなのだろう、とラルフは推察した。
「あれっ? 貴方達、どうして?」
クレア王妃も問いかけ、間違いがないことを確認する。
つまり、王子様たちが、ロートシュタインに来てしまった。ラルフが最も忌避する、面倒事の予感と共に。
しばらくして、彼らはカウンター席で落ち着いた。
「うハァ……、沁みるなぁ……」
ラルフの"餅入りテキトー雑煮"を啜ったアンドレアスは、青みがかった金髪の美男子にも拘わらず、顔を紅潮させ、まるでそこら辺にいる疲れ切ったオッサンのようになっている。
「ングングング……。ぶはぁぁぁぁ! コレよコレ!」
ヨハネスはシトラスビールを一気に飲み干す。短く切り揃えたブラウンヘアが特徴的な格闘家のような美丈夫だが、彼もまた、場末の酒場にいるオッサンへと変貌していた。
ラルフはミハエルからあらかたの事情を聞いた。
「えっ? 街道、通れないの?」
ラルフは驚きの声を上げる。
「ああ。もう、何度スタックしたかわからないよ……。その度に、兄上達に魔導車を押して貰ってね……。ここまで来るのに、丸一日かかったよ……」
ミハエルは優雅にレモンサワーを飲んでいるが、その顔には、少々の疲れと諦観の色が見て取れた。
どうやら積雪により、王都とロートシュタインを結ぶ街道は、魔導車も馬車も、車輪がまともに転がらない状態らしい。ラルフの前世の日本のように、年末年始までも物流が過密に動いているわけではないため、大規模な立ち往生といったような由々しき事態は起きていないが、なぜか王子様方は無理を押し通すように、このロートシュタインまで来てしまったのだ。
「なんで、そこまでして?」
ラルフは、根本的な疑問を口にした。
「なんだかねぇ。王城での祝祭も、飽きちゃってね……。なのに、国王である父上は、ここロートシュタインに入り浸って、僕らに公務を押し付けっぱなしだし!」
すると、
「ブフぅぅぅ!」
カウンター席にいたヴラドおじさん(国王)は、米酒を噴き出し、気まずそうに顔を背けた。ミハエルの皮肉がクリティカルヒットしたらしい。
しかし、ラルフは別のことが気になった。
「従者とか、護衛の人達とかは?」
「まだ、スタックしてるんじゃない?」
ミハエルは事もなげに言う。
確かに、ミハエルの愛車の一台である"プラウド"ほどの走破性がなければ、この雪道は無理だろう。ラルフは、早急にスタッドレスタイヤの開発を心に決めた。
「どうする? 救助隊を出動させようか?」
と尋ねると。
「いいのいいの……。たまには、僕らも羽を伸ばしたいからね」
とミハエルは言う。
それでも、ラルフは、この奔放な王族に振り回されている者たちが不憫でならなかった。せめて冒険者ギルドに依頼を出して、街道で立ち往生中の彼らに、温かい救援物資でも届けようと思った。
すると、また新たな来客が。
もう見飽きるほど見飽きた、ここ最近最も存在感を増している常連客、聖教国の聖女三姉妹が現れた。
「あーれれ〜? 見慣れないお客がいるわねぇ? 貴方達、なに、一見さん?」
トーヴァ・レイヨンが、まるで何年も前から通い詰めている先輩常連のような不遜な態度で王子たちを値踏みする。
「ふーん……。蒸留酒を飲んでないなんて。わかってないわね〜」
マルシャ・ヴァールも続く。なぜ、彼女たちが王族に対してこのような態度を取るのかは謎だが、ラルフは冷汗が止まらなかった。
「すみません、すみません! すみません!」
姉たちの失礼を詫びる、一般常識担当のヘストナ・ヴァールの存在だけが、この異常事態の中で唯一の救いだ。
しかし、さすがは王族。第一王子と第二王子の方が、一枚上手だった。
「はじめまして! レディー……。このような祝いの夜に、出会えたことが。……そう、まるで運命のようだね?」
第一王子アンドレアスが、「キラリーン!」と効果音がつきそうなほどのキメ顔で、臭い台詞を吐く。
「やぁ……。美しい人……。このような出会いは、"女神様の思し召し"に違いない」
第二王子ヨハネスも、それに続く。
すると、テーブル席に一人腰掛け、お汁粉を貪り食っていた青髪の少女が、箸を止めて顔を上げた。
「えっ? 違うけど……」
と、言い放ち、餅を「みょ~ん」と伸ばす。
その冷めた一言で、ロマンスは一瞬にして霧散した。
それを見た全員、なんだか興が冷めたというか、理解を越えたわけのわからなさに、その場を、そ~っと終わらせた。
これ以上、この茶番を続けるのは、つまり、"スベる"気がしたのだ。芸人ではないにしろ、王侯貴族という、コミュニケーション能力を必須スキルとする彼らも、その空気感のマズさを、本能的に回避した。
「ラルフさま〜。最近、孤児院行きました? あれ、なんとかした方がいいですよー」
席に着いたトーヴァが、何事かをラルフに報告した。その声色には、陽気な彼女には珍しく、困惑の色が混じっている。
「はっ? え? 何? 何か、マズいことが?」
ラルフは少々焦る。孤児院とは、ミンネとハルが居住する、ロートシュタイン領直轄の孤児院のことだ。
「何って、食糧よ! 食糧!!」
マルシャが憤慨する。
「はぁっ?! まさか、食糧、足りてないの? ウソ? 昨日も、野菜とか届けたけど!!」
「いえ。あの、そうではなくて。逆です。……有り余って、いるようで……」
末妹のヘストナが、言いづらそうに真実を教えてくれた。
「はっ?!!!」
ラルフは、本日、驚愕しっぱなしだ。
すると、猫耳をペタンと伏せたハルが、ラルフに近づいてきた。そして、小さな声で、
「あのぉ~。お兄ちゃん。実は、みんなが色々持って来てくれるから。その……。凄い。保冷庫が、パンパンで……」
と、助けを求めるような目で訴えた。
「あっらぁぁぁ……」
ラルフは頭を抱えた。
冬のこの時期に、食糧が余るなど、贅沢な悩みだが、確かに、このロートシュタインならではの、贅沢な悩みが起きるのは理解できる。
食糧自給率が高すぎる上、物流が滞り始めた冬だからこそ、このような事態が起きるのだ。
しかし、王都へ運ぶことも難しい。日持ちしない食材もあるだろうし、何よりも、この時期はラルフの前世の日本のように、労働者が精力的に動かないのが一般的だ。
ならば、なんとか、この領内で消費するしかない。
フードロスなど、あってはならない!
それが、ラルフの確固たる信念だった。この、豊かすぎるロートシュタインのジレンマを、どう解決すべきか。ラルフは早くも次の策に頭を悩ませていた。




