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第六話 少年

 薄く電灯が照らす部屋に実璃はいた。結局、あの後話されたのは任務の報告みたいなもので、実璃は話題に入れず気まずくなっていると、見かねた指揮官と奏が休憩室みたいな場所に連れて来てくれた。


『お前の処遇については今一度保留する。今日の昼ごろまで待っていてほしい』

『暫くはここにいて大丈夫だよ。報告会が終わったら色々話そうね』


―――なんか二人とも自分勝手じゃない?


 はあっとため息をつく。安全地区のスラム街で働く実璃には帰る場所がない。エネミーが攻めて来たことが要因だが、これからどうすればいいのか。関兵に頼ればいいのか、実璃にはよく分からない。


―――もう、死んでもいいと思ったけど。助けられちゃったからな……。


 夢冬奏。


 彼女の名前に聞き覚えはない。初めて出会ったはずなのに、ぐいぐいとくるあの感じは、幼い頃に出会った友人に似ている気がした。


―――怖くないのかな……


 彼女、奏は言っていた。自分の年齢が最も魔力が多い、と。つまり関兵は奏のような少年少女達が戦っている部隊ということになる。実璃にとって戦うという意味は計り知れないが、政府が伴う組織は危険という認識が日本中に浸透している。


―――誰がこんなことを……


 ガチャ!


「!」


 突然ドアが開く。二十分ほど待っていたため、てっきりあの三人かと思っていたが、入って来たのは見覚えのない男の子だった。


 黒髪に彫りの深い顔は、幼げながら将来はイケメンと呼ばれる部類に入るだろう。実璃を見つけ、僅かに驚いた面持ちをする。


「なんだ、先客がいるのか」

「ええと……その、…」


 咄嗟の出来事にたじたじになる実璃だが、男の子の方は構わず続ける。


「どこの隊だ?」

「隊っていうのは…?」

「なんで知らないんだ。さては医療班か?」

「いえ、私は…なんでしょう? 引き取られた、みたいな?」

「なんだそれ。はぁ……まあいい。お前、第七部隊に知り合いはいるか?」

「第七部隊…ですか」


 実璃の記憶にある範囲で、部隊と言えば一緒に居た同年代の少女達しか思い当たらない。


 何故か分からないが、その中でも頭に浮かんだのは白髪のショートヘアだった。


「あ、奏…とか」

「待たせたね!」


 ドアの向こうから聞こえてくる本人の声。「やっほー」と手を振りながら、顔を覗かせた奏は笑顔を振り撒く。


「そこそこ時間かかっちゃったよ。普段なら指揮官がいないからほんの僅かで終わるって思ってたんだけど。待ちくたびれたよね」

「ううん、大丈夫。ちょっと考えごとをしてたから」

「え! それってこれからの生活だったりするのかな」

「そう…だけど」


 問いかけに言葉に詰まる実璃。少々聞き辛そうに奏は尋ねる。


「言いたくなかったら言わなくてもいいけど、……みのりんの住んでいた所って、もしかして思い入れとかあったりするの?」

「思い入れ……か」


 九歳の時、住んでいた地元にエネミーが押し寄せ、安全地区が安全ではなくなったあの日。住み心地の良かった家に走り回った庭、両親ともあれ以来会っていない。生きている線は薄いと考えるべきだった。


 現実が受け入れられないまま、気がつくとあのスラム街にいた。生まれ育った安全地区とは天と地の差ぐらい生活水準が違ったが、それでも私は諦めきれなかった。


―――きっと……生きているよね?


「みのりん?」


不思議そうな表情をする奏に、ハッとした様子で毅然とした態度を振舞う。


「…特にないよ。あの場所ではただ生きるのに必死だったから」


 散々こき使われ、親しい人は一人たりとも居ないが、戻れないなら新天地を探さなければならない。前はそれなりに苦労したので今回も鬱憤が溜まりそうな状況に遭遇するのかと思うと実璃はため息が出る。


「ならちょうどいいのかも。実はね、みのりんの処遇についてお願いしたんだけど…なんと! ここに居ていいことになりました!」

「え、」


 パチパチ、と手を叩いてお祝いされ、一度時が止まったかの如く、唖然する。実璃は嘘のような報告に軽い相槌しか打てなかった。


「あれぇ、おかしいな。全然嬉しそうに見えないよ」


―――いや、嬉しいどころか少し怖いんだけど。


住み所を探す必要がないという観点では助かるが、全く戦力にならなそうな実璃を滞在させる意味が理解できなかった。雑用という面ではそこらの人と然程変わらないので、特段特別視する必要もないわけで…


「何か裏があるように思えるな、それ」


ここで、先ほどから佇む少年が初めて口を開いた。


「裏……ねえ。私が頑張って頼み込んだから熱意が伝わっただけじゃない」

「熱意で判断が揺らぐなら、とっくに人類は絶滅してるぞ」

「なら私の可憐さと美しさだったり」

「気分でテンションがコロコロ変わるクソガキじゃなかったのか?」

「うるさいなぁ。というか、なんで綾がいるの?」


 あや、と呼ばれた少年はそれを聞き、「別にいいだろ」と言って首を傾ける。


「昨日、任務が終わって今日は朝から暇だったから此処に来た。お前はいつもこの場所に居るからな」


 そう言って少年は、ポケットから親指程度の包装紙で丸められた物体を取り出した。それを見て、奏は目を輝かせる。


「うわー、チョコレートだ!」


 喜びを露わにする奏は、天真爛漫な様子で飛び跳ねる。


「住民から貰った。家の奥から見つかったらしくて、在庫が余っていたそうだ」


 ほれ、と言って放り投げられるチョコレート。すかさずキャッチして大事そうに抱え込む。こういった贅沢品は最近減っているらしいので、非常に貴重な物であると実璃は聞いていた。


「ありがとう」とお礼を口にして奏はポケットに投げ込む。


「戦闘任務、昨日だったっけ?」

「昨日はただの遠征だ。橋が壊れているという情報が急遽入ったから、エネミーがいないか確認しただけ。結果的に何も現れずに終わったよ。チョコレートはその帰りにもらったんだ」

「そうなの」


 それを聞いて奏は胸を撫で下ろす。実璃にとって戦闘任務がどんなものか見当がつかないが、見た感じ何らかの危険が伴うように感じた。


「まあ、裏があろうがなかろうが心配ないよ。みのりんは、私が絶対に守るから!」


 自信満々に胸を叩く奏は不遜風に宣言する。


 困惑した顔を浮かべる実璃に「後で詳しい説明するから」と発しながら任せて、と言わんばかりの笑みで頬が緩んでいた。


「楽しそうだな、奏」


 ふと隣から声が入る。


「新しく仲間が増えたからね」

「それはよかった。お前が暗いところなんて、もう見たくないからな」

「何それ、気持ちわる―」


 呆れた物言いに疲れをもよおす奏。けれども、綾と呼ばれた少年は決して笑い飛ばしたりすることはしなかった。退出しようとドアに向かい、少し手前で立ち止まる。


「邪魔したな、新人。そういえば名前はなんと言う?」

「尾花実璃」

「みのりんって言うんだよ」


 その言葉を聞いた途端、少年が笑みをこぼした。


「そうか……」

「?」

「…じゃあな」


 疑問を思及ぶまま、今度こそ部屋から出ていった。


「ごめんね、急に知らない人が来てびっくりしたでしょ」

「ううん、大丈夫」


 不安にさせたと心配になる奏に実璃は首を振る。


「一応、私の保護対象って形になるね。引き取り手が挙がればいいんだけど…。親戚とかいる?」

「特には…」

「じゃあ、暫くは一緒に入れるね」


 そう言って、実璃の手を握ると奏は上下に振り回す。嬉しくてたまらない、といったん感じだ。


「ねえみのりん。お仕事、お願いしてもいいかな」

「え、仕事?」

「うん」


 身体が緊張で張り詰める。スラムでは人並みに仕事ができていたとは言い難い。自分に任されても自信がないと自負しているため、責任のある作業ではとても役に立っていたとは言えなかった。

そんな顔を見かねたのか、奏がふんわりと笑う。


「そんな難しいことじゃないよ。前衛のサポートに徹してもらうだけだから」

 

 なんでも、この本部にいる人間の約八割が戦地に赴き、何かしらの役割を担っているとのこと。


 その中でも、後衛隊と盾部隊が約七割。医療班が約二割。残りの一割が前衛隊となって戦うらしい。


「前衛隊は成人未満、言っちゃえばみんな小学生から中学生だよ。エネミーが元になる武器を扱えるのは私達若い世代だからね」

 

 言葉を付け加え、


「けど、一番消耗が激しい前衛隊は人数が少ないから盾部隊と後衛隊と医療班にサポートして戦う感じなの。みのりんには、私の第七部隊の専属サポーターとして私達をサポートしてもらおうかなって」


 ビシッと突きつける奏に、少々怖気つく。


「それって、私みたいな初心者が行って大丈夫?」


「全然問題ナーシ! 大体は盾部隊と後衛隊と医療班がやってくれるから大丈夫だよ。あくまで、もしもの時のお飾りみたいなー?」


―――もしもの時はお飾り要らないでしょ。


 サラッと胸内でツッコミを入れるが、実璃はそれくらいならできそうな気がした。とりあえず、まずは関兵という存在に慣れなければならない。役に立つのはその後でもいい。


「そ、れ、よ、り、みーのりん。今日からここに住むわけだけど、今何も持ってないよね」

「う、うん」


 返事を聞いた途端、奏は思いっきり飛び跳ねた。


「服、買いにいこーぜ!」


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