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第三十三話 最期

 歯を食いしばり、実璃は立ち上がってエネミーに向き直る。「ほう、」と面白そうにただ眺めながらエネミーは言う。


「ではどうする。どうやって無冬奏を助ける? 既に死んでいるかもしれないのに」

「っ…」

 

 頭をフル回転させ、思考を巡らせる。考えてみれば妙な話だった。最初から動かずにいたエネミー、てっきり助けに来た実璃を嘲笑うために微量だにしないのだと思ったが……


―――違う。そんなハッタリをかます意味なんてどこにも………っ!

 

 ハッとして実璃は顔を上げる。確証はない、だがそれでも子供の発想と捨てきれない推測がそこにある。


「奏は死んでいない」

「どうしてだ?」

「あなたが一歩も動いていないことが何よりの証拠」

 

 そう、目標のエネミーは奏を完全に喰らっている。それは確かに正しいが、ならば何故実璃に対して襲いかかってこない。関兵としての戦力には程遠い実璃を吸収しても意味はないが、それでも僅かにパワーアップするはずだ。

 

 それなのに、どうして実璃に対して留まって炎を吐くことしかしないのか。


「まだ、奏を喰い切っていない。肉食動物は獲物を食べ終わった後、消化をするための休息を行うように。だから、あなたは奏を喰らい切るまでその場から動けない。私に対しても、数回炎を吐く攻撃しかできない。違う?」

 

 実璃なりの論理を組み立てた推論だった。瞳にありったけの真実を込めながら、ピリついた視線をエネミーと交わす。

 

 そして、


「くく、正解だ」

「…!」

「だが、それがどうした。どっちみち、貴様には私を殺す術どころか、実璃を助けるための力すらないのだろう」

「……分かって、ないよ」

 

 エネミーが人間の考えや知能をどれだけ身につけようと生物由来の知能には敵わない。ならばこそ、今この時に実璃が考えていることも理解できていない。


「エネミーが攻撃してこないんだったら、それだけで勝機はあるっ!」

 

 その瞬間、実璃はありったけの魔力を刀に込める。枯れ切った全身の全てを集中させ、刀身に魔力を込める。

 

 けれども、


―――だめ、この程度じゃ…

 

 足りない、全くと言っていいほど足りない。これでは目の前のエネミーを倒すための力が……


―――そうだ、もう…躊躇ってなんていられない!

 

 集中して辺りに気配を辿れば、右手に握られる刀から力が、エネミーに対する対抗心が湧き出してくる。刀先にもオーラが灯り、赤く発光。刀は闘志に満ちた獣の如く勇ましく、獰猛な生き血に飢えた戦士の者でもある力強い人推しになる。

 

 失敗すれば奏は助けられない。これが最後のチャンスと言っても差し支えない。断崖絶壁に追い込まれた、たった一人の少女。そんなちっぽけな存在が状況を打ち破るにはどうすればいいか。


 実璃自身の全ての生命力を滾らせ、刀に魔力を流し込むしか方法はない。


「行くぞ!!」

 

 その刹那、振り上げた刀身が光輝く。二度の剣戟で傷ついたエネミーの石、それを打ち砕く三度目の剣戟は命そのもの。

 

 渾身の魔力を込めながら、実璃は大きく振りかぶると急速にエネミーへと接近。そのまま激流の如く、叩きつけた。


「これが関兵第七部隊、尾花実璃の力だあああああああぁぁ––––!!」


 ぶつける。ひたすら剣戟を浴びせ続ける。圧殺し、身体中に激しく重心が支配する。


 鈍痛が脳を叩き、衝撃が両腕を迸りながらひたすらに耐え続ける。耳につんざく破壊音、両腕が捩じ切れそうな痛覚が再び押し寄せるが、気にせず垂直に落下させる。


「くく、無駄なことよ。貴様のような非力な人間がーっ!?」

 

 エネミーの腹部へ響く痛み。傷しかなかった石にうっすらとヒビが入っていく。


「ば、かな…! そんな、ふざけるな!」

 

 あり得ない。絶対に起きるはずがない事象。エネミーにとって今まで一人も断ち切れることができなかった本体が、崩れ去ることなどあり得るはずがなかった。

 

 だが、


「そんなー、ふ、ふざけるな! この、くそやろ、うがー!」

 

 じわじわと押し切られるエネミー。エネミーが唖然とした様子で実璃を確認すると、その手に握られる刀に投入される魔力がどんどんと増していく。


「人間のガキが、よもやそこまで私の命を狙うのかー!!」

 

 割れる。徐々に割れていく。限界を越え、実璃が己の命の全てを削って刀身に魔力を込め続ける。勢いは弱まることなく、更に上昇していく一方。

 

 対してエネミーは押し負ける一方だった。


「許さん! 許さんぞぉおおおおおお! 人間どもォォォォーーっ!」

 

 最初の余裕はどこへ行ったのか。石の半分にまでヒビが入り、割れ切る寸前まで行った瞬間、エネミーが産声を上げた。


「奪われる、そんなバカな––––‼︎‼︎」

 

 やがて力関係が逆転した。

「尾花実璃いいいいいいいいいいぃーーっ‼︎‼︎」

 

 そして、石が完全に割れて……事態は収束した。




 完全に動きの止まったエネミー。眼球は動くことなく、口から紫色の炎が放たれることもない。


「はぁ、はぁ、…ここは?」

 

 生命反応が停止したエネミーの尾、自力で脱出を試みた奏がなんとか脱出する。


「急に動きが止まって、一体どうして………って、みのりん!」

 

 エネミーのすぐそばで刀を突き刺したまま、立ち伏せる実璃がいた。服が全て溶け、丸裸になった自身の様子など顧みず、奏は実璃へと駆け出す。


「みのりん! みのりん!」

 

 大親友が助けに来てくれたという嬉しさで歓喜する奏。実璃はすごい、色々と褒め言葉を頭に思いつくまま、一歩ずつ近づいていく。


「すごいよ、みのりん。私、本当に助け出されてよかっ……」

 

 言葉が詰まる。声が震えて、目元から涙が溢れた。刀に身体を預けながら全身から血を流し、実璃は虚な目つきで奏を見ていた。


「……良かった、奏…無事、……だった…ん、…だ…」

「みのりん!!」

「…はは、…ご、めん。ちょっ…と、……魔力………込め、すぎちゃった…。代償が…大きくて…」

 

 その瞬間、バタンと実璃は倒れ込む。慌てて奏が介抱するも、既に手や足のつま先は冷たく、人間の温もりが失われている。


「みのりん! ごめん、私…、私…」

「奏に、……涙なんて…似合わないよ」

「だったら、どこにも…いかないで。嫌だよ、もう私を、…一人にしないでよ……っ」


 闇が四方向から迫り途切れかける意識の中、奏の方向に手を伸ばす。


「…大丈夫。奏は、一人…じゃない。大切…な、仲間…がいる、じゃん」

「違うよ、みのりんがいるから! みのりんが生きてると知ったから、私は頑張れたんだよ! っ…なのに、こんなの、…こんなのってないよ! あんまりだよ…」

 

 大粒の涙が溢れる。友達を失うということがこうも辛いことだと知ったら、実璃の目の前で犠牲になったりしなかった。

 

 戦いにも行かないで、ずっと二人で終わりが来るその時まで遊んでいたはずだった。


「…ねえ、奏」

「なに…」

「私、あなたと…一緒に居ることが、できて…本当に良かった」

「みのりん! 私も、私もあなたといれて本当に、良かった!」

「……うん…またね、………おーちゃん」

「…あぁ…」


 暗闇がたちまち実璃を飲み込んでいく。胸を掻き毟りたくなる愛おしさと存在の消滅に奏は震えが止まらなかった。


 瞼が重く、目視できなくなった瞳は下方向に沈んでいき、実璃はそこで眠りについた。


「ああああああぁぁぁ―――‼‼︎」


 悲痛な叫び声。全ての事柄に憤怒と苦難を抱え、奏の涙は止まらない。失ってしまった。大切な友人の亡骸を抱えて、空を仰いだ。

あと一話です。最終話、投稿ちょっと遅れるかも。

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