第三十二話 異変
あと、三話ぐらいです。
エネミー見つからないよう忍足で目標地点へと進む実璃……とは言うものの、綾の考えたルートにはほとんど敵が現れず、安全に前進することができた。
―――もうすぐ、着く…
むせかえるような異臭。敵は居なくとも戦いから五日経過した今、体の切れ端や真っ赤な血の海があちこちに広がっている。実璃は唇を噛み、逃げ出したくなる恐怖を抑え故人を避けながら歩行する。
草原から僅かに離れた砂浜沿い。茂みに隠れながら進む実璃は周囲を見渡しながら、冷静に歩き続けていくと………正体を顕現させたかの如く、目標地点には1体のエネミーがいた。
目標のエネミーは東京湾を眺めるように海側に顔を向け、ピクリとも動かず佇んでいる。気配を立てず、恐る恐る近づいたその時―
「ずっと待っていた」
「―っ!」
声がした。実璃にとってありえない出来事、声が発せられている元凶を見て、改めて不可思議な視線をエネミーへ向ける。
目が開いていないので、封印が継続されていると思い込んでいた。荒い風が頬を撫でながら、実璃の心を舐め回すように吹き流れる。
立ち止まり実璃は正面を見据えた。
「…どうして、喋れるの?」
「クク、どうしてだと思う? 当ててみろ、尾花実璃」
「!」
―――このエネミー、私の名前を!
どこか不穏な雰囲気を漂わせながら、一ミリも動かないエネミー。ただ冷静に、実璃に纏われた闘志を嘲笑うか如く、状況を俯瞰し続ける。
「それともなんだ、友人が殺されるところをそこまで見たいのか、なあ」
「っ!」
警戒心を逆撫でされた実璃の判断は早かった。微量だにせず石像のように固まったままのエネミーを見て、実璃は裾を捲り上げ刀を持つ右手に力を込める。刀装具は既に外し、盾と共に地面に置かれたまま。
体内の魔力が流れ込むのを実感すると、目標のエネミーの腹部の目前まで移動し、両手で刀の持ち手を握る。
―――奏、今助けるから!
その刹那、実璃は刀にありったけの魔力を流し、訓練で教わった文言を回想する。
一点集中。腹部にあるエネミーの石を潰すために大きく上方に振り上げる。そしてコンマ一秒の隙に勢いおく落下。
「潰れろおおおおッ!」
絶叫。顔や軍服に殺到する衝撃など気にしてはいられない。耳につんざく音を響かせながら刀を貫通の為に圧殺。歯を食いしばり、足を踏み込みと衝撃波で浜辺の砂が吹き荒れる。気力を保ち続け、腕が捻じ切れそうな感触になりながらも気持ちだけで刀を押し込む。
「え…」
カツンという音が過ぎ、気が付けば実璃は宙に投げ飛ばされていた。暫しの浮遊感が押し寄せ、途端に地面に落下する。全身を打付けるものの、何とか立ち上がった所で実璃は手元から刀が離れている事態を認識する。
辺りを見渡す実璃だったが、程なくしてエネミーに視線を向ければ………擦り傷が僅かにできたエネミーがこちらを嘲笑うように瞼を開く。
「クク、それでは些か訳者不足だな」
まるで人間そのものを愉快そうに眺めるエネミーに対し、実璃は「どうして…」と自問自答。
だがその答えは極めてシンプルそのもの。
「簡単な話だ。…人類ごときが我々を掌握できているはずがないからな」
「掌握…?」
エネミーから目線を外さずに刀を探しながら、実璃はそう問う。口元を微かに開き、黒い二つ目で実璃を睨みながらエネミーは異臭を漂わせる。
「そもそも我々がどうして同胞と殺し合うのか、それを図り間違えている」
「殺した人数で競い合う、それがエネミーでしょ」
「違うな。そうなれば、我々の個体数はもっと数を減らしている」
嘲笑するような態度で眼球に実璃を写すと、口腔から牙を覗かせる。獲物として見られていると理解した実璃は、刀を探し当てると注意深くエネミーと相対する。
「じゃあ、何?」
「くく、我々には変わった能力があるということだ。人間にとって大した被害を引き起こさないからバレてなかったんだが」
幾らか戯けながら、言葉巧みに切り出す。
「…同種の共食いってやつだよ」
例えるなら、小さな水槽に魚を五匹投入させると次の朝には共食いが発見されることや動物園で同じ檻に入れた雑種の生き物がお互いを食べ物と認識し合うといったもの。
けれど、どの事例もその行為自体に大きな意味はないはずだ。
「そんなのエネミー同士の競い合いと変わらないはず。大体、共食いになんの意味があるの?」
正直、答えてくれるかは賭けだったが、どこまでも痛快そうにエネミーは口述する。
「パワーアップ。我々は、共食いで取り込んだ同胞の力を得る事ができる。通常の奴らなら意味なんてないが特殊個体が特殊個体を取り込んだ場合、どうなると思う?」
「まさか…」
実璃の表情で察しがついたのか、エネミーは笑う。
「そう。持つ能力が違う場合、一体が二つの能力を持つ事ができる」
刀を持った手が震えた。考えただけでも恐ろしい話だった。それが現実で引き起こされているのだとすれば、最悪な事態この上ない。
「より力が強い方が強さを手にいれる。例え取り込んでも取り込んだ方に乗っ取られる可能性があるってことだ。……俺のようにな」
「っ…」
「技が切れる寸前、魔力が底をついた無冬奏は俺に飲み込まれた。そこで、彼女の人としての生は終わったんだよ」
「ちょ、ちょっと待って。同種の共食いなんでしょ、人間の奏を飲み込めるはずが…」
実璃はその瞬間ハッとする。実験によって奏は身体の構造はエネミーと同一のものになっている。それ故に、エネミーが奏を取り込む事だって不可能ではない。
「! どうして、そんなことー」
「簡単な話だ」
その刹那、ありったけの殺意が実璃に向けて解き放たれる。卑劣な闘争心をひたすらに奏でながら、さぞ憎らしく肉食動物の如く飢えた目つきを見せた。
「我々はな、貴様ら人間の肉体が欲しくてたまらないんだ」
そう言い放つと同時に、口から紫色の炎が噴射。
それを避け、その場から身を引く実璃。一定距離を保つとすかさず刀を握り直し、追撃の素振りを行うエネミーに向かって魔力を込める。
一点集中した際に魔力量を叩き込みすぎた。とはいえ実璃自身のタンクが空になったわけではないため、留まって炎を排出するエネミーに向かって刀を振りかぶる。
実璃は臨時の関兵。それ故本来の部隊の人間が持ち合わせている反射神経や運動能力は皆無と言って差し支えない。
しかし、びくりとも動かずに追撃の炎の準備をするエネミーに対しては実璃でさえ対策の使用があった。
「奏を返せ!」
腹部の赤黒い石めがけて刀を突きつける。振動が頭蓋まで響き、硬質同士が再びぶつかり合う。強烈な斬りが腹部を来襲、今度こそ本体である石を木っ端微塵に破壊する………はずだった。
「無駄だ」
音を立て、鍔迫り合いが弾かれる。衝撃が反転、刀に身体が持っていかれ、全身が分解されるような強烈さで実璃は背後へと飛ばされた。
周囲の瓦礫へと突入。身体中が痛撃で覆われ、実璃はすぐに起き上がることすらままならない。
―――……強すぎる。
話にならない。元々の話では、封印されて身動きが取れなくなったエネミーを実璃が仕留めるという算段だったが、何もかも状況が最悪に回っている。
目標のエネミーが喋れているのは奏を取り込んだから。奏の言語能力を奪い、人間としての意識を強奪したせい。封印をしているはずだった奏が逆に敵に喰われてしまうほど、実璃の目前にいるエネミーは強大な生物なのだ。
―――そんな奴を、倒せるわけない。
刀身を握り締め、再度立ち上がる。諦めたらその瞬間に救出は水の泡だ。ここまで支えられた部隊の人への想いは実璃の胸の内に仕舞われている。
ならば戦うしか道はない。
「何か勘違いしているようだな」
「何がー」
「無冬奏という人間はもう死にかけ、ということだ」
口元を大きく開いてどこか余裕そうに状況を楽しむエネミー。目の前にいるちっぽけな関兵ごときでは何もできないと言いたげだ。
「言語能力。思考力。人間の知性のおおよそは奪い切った。無冬奏の記憶を読み取り、それなりの情報も収集した。あとは無冬奏本来の能力を奪いきれれば、全てが完了する。私が最強のエネミーとして、人類を蹂躙するその時まで!」
どこまでも饒舌に、満足そうに酔いしれるエネミーは歓喜と言った様子で語り続ける。
「長かった。本当に長かった。だがもう我々は、蹂躙されることもなく、あっという間に人類の制圧が完了することができる!」
どこまでも陶酔した様子のエネミーには、あたりの風景や実璃の存在が見えていない。目に宿るのは人間への復讐と生物としての本能そのもの。
「人間ども! 特に関兵とやらが殺した同種の分だけ、何度もなぶって痛みつけて、人生の苦痛という苦痛を味わわせて殺してやる!」
過去を回想するように。眼球をギョロギョロと泳がせ、不気味にただ居座ったまま全ての力を手にいれるその瞬間を待ち続けていた。
「………………………せない」
「ん?」
「…そんなこと、絶対にさせない!」




