第三十話 訓練と再会
実璃は病衣から軍服に着替えていた。奏や智彩、日影達が来ていた服と同様だ。田澤さんはどこからともなく見覚えのあるバッグを持ってきて、次の部屋までお供してくれた。
そうして連れてこられたのは以前来た、訓練所という部屋の前だった。
「準備があるので、お別れですね」と言って田澤さんとは離別し、実璃は恐る恐るドアノブを回す。そして、勢いよく引っ張った。
ガチャ!
「よう、久々だな。お嬢さん」
タンクトップに貫禄漂う筋肉質な男。
以前挨拶をした遠藤海舟とやらで間違いなさそうだった。今度は大勢の掛け声が聞き及ぶことはなく、海舟が独り訓練所の中央で構えている。
「お久しぶりです。海舟さん。この前、「大広間」で別れた時以来ですね」
「そうだったな」
大広間の遊び場と呼ばれる場所に連れて行かれ、海舟は姿をくらました。今思えば再会がこんな形で来るとは思ってもみなかった。
「ポーカーやブラックジャックもいいが、わしはやはり麻雀の方が性に合っていたわ。突然の任務連絡が入らなければ、あのまま麻雀会場まで行っておったが」
残念がる海舟に実璃は思わず頓悟する。海舟もまた、任務のため召集されていたことを。怪我や傷跡が見えない外見にホッとしつつ、実璃は辺りを見渡す。
「あの、ここで一体何を…」
「なんだ。その服に着替えたから、その服に着替えたからてっきり理解しているものだと思ったが…。まあいい、若人よ、そのバッグを開けてみろ」
海舟の指差す先には、田澤さんが運び込んだバッグが置いてある。
バッグの左右の紐を同時に引っ張り覗き込む。中には最初の任務の際に奏達が装備した刀と盾。それらが仕舞われている。
―――でも、これ……
ボロボロではなかった為てっきり新品装備かと思ったが、刀の持ち手の部分に楷書で文字が刻まれている。
「守…?」
奏には「守」と刻まれていた。音を奏でるという、名前の意味を自身の武器に記して戦っていた。
この武器にも多分持ち主がいたのだろう。言葉として刻み込んだ武器に魂を宿した人物が。
「……若い命のために戦った一人の子ども。初めてエネミーを倒すことができた関兵の持ちものだった刀だ」
そう言って手渡されると、実璃は刀を頭上に掲げる。最も敵を倒していると言う割に傷跡は少なく、持ち手の部分も綺麗に整ってある。それだけ大切に保管されていたと言う証拠だった。
「でも、どうしてこれを私に…」
「関兵が扱う武器は、最初からエネミー産のやつが与えられるわけではない。訓練をしていくうちに刀や盾の使い方を学習して、慣れてきてから実践用の武器を渡す。はっきり言って加減が難しんだ。文字通り、子供が扱うわけだからな」
盾は布で捲られ、刀は刀装具で保護されている。面前にあるはずなのに、武器に一度触れてしまったら、体内の全ての魔力が根こそぎ持っていかれそうな気。今の実璃には手に余ると言う点では海舟に同意できた。
「でも、時間がない。だからこそエネミーをいち早く葬った、生き血を吸った刀が特殊個体の個体に極めて効力を為すと判断した」
ハーと息を吐き、目を瞑る。肩を組んで歯を噛み締めながら仁王立ち。威圧感に飲まれないよう、実璃は少し後ろに下がって距離を取る。後衛ながらもエネミーと渡り合ってきた闘志が伝わり、沈黙に広がる情調に実璃は唇を固く閉じる。
暫くして、海舟が右目だけを開いた。
「無冬を助ける方法は一つ。目標のエネミーを叩く、それしかない」
「…具体的には」
海舟はもう片方の目を開く。
「エネミーの弱点である腹部。そこを攻撃すれば特殊個体とはいえダメージを受ける。そこに強烈な一撃、即ち関兵が出せる最大火力を叩き込めば、目標のエネミーは死ぬ。そうすれば封印が解け奏も助かるはずだ」
実璃は拳を強く握り締める。
「簡単ではないですよね…」
「当然。死ぬ可能性だって少なくない。一応極秘の任務だからな。わしと指揮官以外だと数人にしか知らされていない。若い目を摘むのは嫌だし、住民を危険に晒すことはなるべく避けるべきだからな。わしだって反対だが……」
腕を振り解き、海舟は実璃の方へ歩みを進める。不思議そうに見つめる実璃に、目前で立ち止まったのち、ポンと頭に手を置いた。
「無冬はな、部隊は違えど同じ場所で戦ってきた戦友なんだ。友を失うと言うのは己が死ぬことよりも辛いとわしは思っている。手の届かない所で亡くなるというなら尚更。それを止めれる者がいると言うのなら、わしはただ黙って道を譲るのみだ」
そこに最初にあった豪快さはなく、切なそうな顔をした隊員がいた。海舟もまた、奏を知る数少ない人間の1人。奏の帰りを待ち望む友人のような存在だった。
礼讃と恭敬を感じながらも、実璃は堂々たる返事を返す。
「絶対に助けます」
「ならよし!」
「え、ちょ、」
グシャグシャに頭を撫でられ、滅茶苦茶になった自身の髪に引き攣り顔になる実璃。早くも抱いた尊敬が台無しになりそうだ。
「では早速訓練の説明から始めるぞ」
「え、あ、はい」
「わしが教えることは単純。刀を使った一点集中技。それと銭湯での簡単な身のこなしだ。三日後には本部が無冬を殺すために動き出す。それまでに蹴りをつけなければならない。よって、わしが教えられるのは今日合わせ二日のみ。時間がないから、ビシバシいくぞ!」
その瞬間、雰囲気は一変。穏やかだった空気は瞬時にピリついた緊張感のあるものに切り替わる。
訓練スタートの合図だった。
…
「お疲れね」
「そう、ですね」
夕刻。任務終わりに廊下に出ると、外で待っていた田澤さんに疲れ切った言葉で返す。どうやら、先導してくれるらしい。
―――しても、大変だった。
怪我明けの人間に対しての配慮など持ち合わせていないとばかりの容赦ない実践訓練。
実璃に課せられた任務は極秘のため、海舟はてっきり臨時的に実璃の関兵としての戦闘指導を行なっていると思っていたが、加減が上手い具合に調整されていて普段から担当していることが伺える。
「というか、大丈夫なんですか。今負傷兵とかも多いと聞きましたけど」
田澤さんが実璃を迎えに来てくれたと言うことは、怪我人の看病を放っていると言うこと。会いに来た事実は嬉しいが、これで負傷者が増えたら心配の種が増える一方だ。
「信頼ある部下に任せてきたので、大丈夫よ」
向かう場所の検討は予測できなかったが、数分歩いた所で田澤さんが足を停止したため実璃も同じく立ち止まる。
ドアノブの設置された扉。壁に掛けられたプレートには何も書かれていない。
「ここは?」
「病室。と言っても、入りきらなかった患者を入れているだけの簡易的な部屋だけど」
「誰か知り合いがいるんですか?」
「ええ。と言っても私ではなくあなたの知り合いよ」
「私の?」
「ええ」
そう言ってドアノブを回す田澤さん。扉を引いて、実璃を招き入れると二人の女の子がベッドに横たわっていた。実璃は大慌てで駆け寄る。
「智彩! 日影!」
花瓶には生花、病室の中央にベッドが鎮座してある。目を瞑り、僅かに胸が上下揺れているので呼吸しているのは確かだった。狼狽した様子でベッド袖に寄りかかり、列に並んだベッドのそばで跪く。
気配で目が覚めたのか、日影が実璃の方に顔を傾けた。
「実璃…?」
「そうだよ。よかった、生きてて」
短い間の関わり。それでも同じ部隊に属する者として、彼女達の死は望むべき所ではない。戦闘のエキスパートである彼女らのことだから、最後まで前衛で刀を振るっていたはずだ。
「…聞いたわよ、奏を助けに行くんだってね。…私と智彩は、怪我を負っちゃって暫くは動けないらしいから、…完全に任せることになるわ。……本当に、ごめんなさい」
「いいよ。生きていたらまた会える。絶対に奏を連れ戻してくるから」
「そう……。なら、忘れないうちに」
辿々しい日影の台詞が言い終わらないうち、背後に控えた田澤さんが大きめの袋を渡してきた。受け取ると、何やら綺麗にラッピングされた商品が認識できる。
「これは?」
「プレゼント。前四人で外出した時、ショッピングモールで智彩と2人で選んだの。…私たちは服とかよく分からないから、お菓子とか買ったんだ。…気に入ってもらえると嬉しいわ」
僅かに微笑しながら、日影は言う。先日の買い物の際、実璃と別れ別行動をした2人の気持ちが今になって汲み取れた。あれは、実璃への歓迎の記しであるプレゼントを買うための買い出しだった。
「……ほんとは歓迎会でもしたかったんだけどね。こんな状況だから渡しそびれたら、最悪だから」
後がない。もしかすれば仲間の半数を失ってしまう状況。だからこそ、このタイミングで日影は渡したのだ。どんな状態に陥っても自分たちの存在を思い出してほしいと言う思いから。
―――死んだらダメだ。そうすればまた智彩と日影は…
二人は前の部隊で仲間を亡くしている。もう二度と、繰り返さないためにも生きて生還しなければ。
「怪我が治ったら、みんなで遊びに行こうよ」
「…そう、ね。それが……いい…………わ」
ゆっくりと瞼を下ろす日影。前線で戦っていた日影にとって戦闘での損害は計り知れないものだろう。現に、智彩は眠りについたままだ。
「大丈夫ですよね…」
「ええ。最も戦闘後の治療による痛みを抑えるためにかなりの麻酔が投入されてるわ。もう一度会話できるのは少なくとも1週間後ね」
一週間。任務が成功し、暖かく未来を迎えられるのか。冷たく防ぎようのない運命に阻まれるのか。どちらにしても実璃のやる事は変わらない。
―――終わったら、またもんじゃ焼き食べに行こうね。




