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第十八話 遠藤

「それで、今どこに向かってるの?」


 部屋を出て先陣を切る奏に、実璃は後ろから問いかける。スキップ調子でグングンと前進する奏は急停止して、思い出したように口にした。


「本部にはいろんな部隊があるけど、全部回っていったらキリがないからね。だから医療班、後衛隊、盾部隊、それと私たち以外の関兵をそれぞれ1つずつ回るつもりだよ」


 曰く、奏が今向かっているのはこの場所のすぐ近くに構えた後衛隊の練習場らしい。


 ちょうどこの時刻は、任務の訓練練習をしていると言うこと。毎朝行っている訓練なので、「訓練場」と言う場所に行けば確実に御目に掛かれるようだ。


―――命と隣り合わせとはいえ、大変だな。


 スラムで朝早くから仕事があった時、早起きが苦手だった実璃には想像を絶する話だった。小学校に通っていた時期は一応連続欠席記録王の持ち主だったため、一切の進歩せずに成長を経たのだろうか。そのせいで給料が下げられた過去も少なくない。


「あ、着いたよ」


 奏が歩みを止める。廊下を抜け、目的地の「訓練場」と言うプレートのドアの前まで二人は近づく。どうやら、ここが入り口のようだ。


 一体どれほどの訓練なのか、そう思って若干神経質になってしまった実璃に奏が軽く諭す。


「そんなに張り詰めなくていいよ。ここの連中、いい人ばかりだから」

「…ほんと?」

「うん。まあ、最初は少し面倒に感じるかもだけど」


 そう言って苦笑いをする奏は、ドアノブに両手を置く。そして、スーと息を吐き、ドアノブを回し力強く引っ張った。


「おいしょ!」


 開かれるドア。すかさず耳に怒号が飛び込んできた。


「–––お前ら、やる気が足んねえぞ!」

「イエッサー!!」

「もっとだ! もっと声を上げろ!」

「イエッサー!!」

「限界まで全力を出しきれー!!!」

「イエッサァァアァァァ!!!!」


 まさにシゴキ、そんな現場がそこにあった。二十人ほどの汗臭い男たちが声を上げながらランニングをしている。全員の男に闘志が漲っており、熱いオーラが少し離れた実璃達にも襲来する。漲る熱は部屋全体を温室化し、現代中学生には馴染みない男臭さを堪能させる。


―――私たち、場違いにも程があるような……


 訓練というものをイマイチ分かっていなかった実璃は、内心怖気ついていた。


 昔、両親が部活動の練習が中々ハードだったという話をしていた時、身体だけではなく喉が渇れそうになったという事実を聞かされたが、その気持ちを現在進行形で理解できた気がする。


「ん? そこにいるのは無冬じゃないか!」


 現場監督っぽく離れた所で見守る一人の男がこちらに気づいた。一度、先刻から張り上げる大声を中断させ、奏の方を向く。


 少々歳を食った貫禄溢れる大柄な男。タンクトップを着こなし、顎いっぱいに髭をたくわえる熱血感溢れるワイルドな男は笑顔で話しかけてくる。


「久々だな、無冬。先の任務、ご苦労だったな」

「そっちも、生きてるようで何よりだよ」

「はは、そう簡単にくたっばっちゃ若いもんに迷惑かけるってもんよ」

「それもそうだね」


 にしし、と笑いながら言う男は、そこで奏の隣にいる存在に目を向ける。


「ところで無冬。そちらのお嬢さんはどちら様かな」


 訝しむような視線で目を細める男。本部に長く在籍する男にとって、見たことのない面が目前に存在したら警戒するのも無理はない。


「私の第七部隊に入った新人の子だよ。名前はー」


 そう言いかけて目配せをした奏の意図を、実璃は理解した。


「尾花実璃って言います。不束者ですが、どうぞよろしくお願いします」


 頭を下げる実璃、「なんだ、そういうことか」と納得した男も続けて応じる。


「ワシの名は遠藤えんどう海舟かいしゅう。こちらこそよろしくな、若人よ」


 挨拶と共に差し出される右手。恐る恐る手を交わすと、ガシッとした鍛え上げられた肌触りが実璃に到達する。腕を見れば、何箇所か傷痕らしきものが残っており、奏たち同様それだけ戦況が過酷であることを示していた。


 関兵ではないが、彼もまた命を賭して戦う兵士なのだと考慮する。


「にしても、第七部隊に入れる奴がいるとはな。さてはお嬢さん、熟練者か?」

「熟練者? いえ、私はー」

「実璃は関兵じゃないよ」


 慌てて否定する実璃に割って入るように奏がゆらりと語る。


「実璃…いや、みのりんは関兵じゃなくて、あくまで第七部隊のサポートをやってもらっているの。任務には参加するけど、前線で戦うんじゃなくて医療班と一緒に武器とか治療の手伝いとか、そんな感じにね」

「なんだそりゃ、それだと第七部隊に所属する意味がなくないか? 医療班や他の部隊に 入れた方が組織的にもそっちのお嬢さん的にも都合がいい気がするんだが……」


 もっともな疑問。

 第七部隊のサポーターとして属すよう奏に言われたわけだが、よくよく考えてみれば彼女はどうしてそんなことをしたのだろうか。


 関兵をサポートするだけなら、別に第七部隊じゃなくてもいい。むしろ、実璃は各部隊の関兵にとって異例な存在である。


 だが、


「関係ないよ」


 力強い口調で奏は答える。


「意味とか都合とか関係ない。みのりんは、私の独断で連れて来ちゃったから私が責任を取らないといけないの」

「無冬……お前、」


 沸るような決意と何かを焦がす心情に、男–––海舟は察した。


 奏は多分…秘密を抱えている。それも誰にも言い出せない重要な隠し事であり、彼女の姿がその事実を露呈しているようだ。


―――よく見れば、無冬の表情が少々明るくなっている。前会った時は、随分と暗い顔をしていたと言うのに。


 海舟は奏と二年ぐらい前から交流がある。それこそ、まだ関兵や本部のことなど何一つ知らなかった時期から奏を見てきた。最近は巡り合わせが悪く、最後に会ったのは二ヶ月ほど前になるが、その時は酷く憔悴し切った顔をしていた。


 まるで、宝物を奪われた後の猫のような……


 ―――あいつに聞いてみるか、まあアレはあれで無冬とは確執があるようだが……。


 ため息をついて、話題を変えるように海舟は口を開く。


「というか、お前さん方。どうして、訓練場に来たんだ? 言っちゃ悪いが、ここには汗臭い連中しかいないぞ」


 三人が振り返って人数の集まる方を見れば、男たちはランニングを終え各自ペアになって筋トレを始めていた。こちらを配慮してなのか声を発してはいないが、無心で腕立てや上体起こしをやるその姿は一見シュールに映る。


 それを見て奏は苦笑い。


「ま、みのりんの挨拶も兼ねてね。……それと、色々見てほしくて。医療班、後衛隊、盾部隊、関兵が普段どうやって過ごしているのかを。みのりんだって私たちの仲間になったんだから」


 丁寧な口調で話す奏の表情は優しい笑みで満ちていた。


 それを見て、海舟もまたニヤリと口元を歪ませる。


「そう言うことなら仕方ないな。だが、わしらのような汗臭い連中なんぞ見てもしょうがあるまい。ここは一つ、わしがとっておきの場所を紹介しよう」


 やけに楽しげな海舟はそう言って、この部屋の出口を指差した。


「ちょっとした、社会見学といこうか」

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