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世の中便利にできている


 華絵がクリスに与えた情報は無料の投稿小説サイトだった。

 膨大な情報の中、検索ワードを駆使して、クリスのいた世界に近いものをチョイスしていた。なんだか色々と説明されたけど、いまいちよくわからず曖昧に頷く。

 華絵はわたしの意欲などあまり関係なく、一通り自分が如何に大変な思いをして検索したのかを語って満足げだ。


「書籍じゃないのは何故?」

「投稿サイトの方が、夢の話を小説にして投稿しようと思う一般人が多いと思ったのよ。それに投稿数も半端じゃないからね。母数が多いほどヒットする確率も上がるわ」


 華絵の説明に、理解するのを放棄した。わたしは投稿サイトなど見たことがないから、自分の見た夢をそのまま小説に起こそうと思う人間がいるのかはわからない。


「それでもねぇ。夢で見た物語がどうしてクリスの世界だと判断したのかが理解しがたいわ」

「世界の名前、大陸の名前、王族の名前、そしてなんといってもクリスの名前。これだけが一致している物語なんて早々ないわよ」

「世界の名前なんてあるの?」

「もちろんよ。ちなみに、クリスの世界は女神さまが作った世界だから女神信仰ね。そこから世界に名前がついているのよ」


 女神信仰はいいけど、世界に名前なんているのかが不明だ。


「一神教なのね」

「そうなるわね」


 とりあえず、見つけてきた小説というのがクリスの世界だと仮定しても問題ないようだ。色々そう思うこと自体、否定したくなるがそこはあえて目を瞑る。


「小説の投稿サイトって、匿名で投稿するのでしょう? どうやって作者と連絡を取るのよ?」

「メッセージ機能があるから大丈夫」


 そう言いつつ、開いたサイトを見せる。手際よくサイトのツールを使い、メッセージを入力し始めた。

 お茶を飲みながら、彼女の入力する文面を眺める。

 書かれている世界に興味があること、連絡が欲しいことを簡潔に書いている。こういうところはスマートだ。


『貴女の世界を知るクリスより』


 思わず(むせ)た。驚きすぎて、変なところにお茶が入ってしまった。ごほごほと咳き込む。


「そんな危ないメッセージで返事が来るとは思えない」


 何とか咳が収めて呟けば、華絵はにやりと笑う。


「何を言っているの。ここは匿名サイトよ。ほとんど個人情報を入力していないんだから、気にせず連絡が来るわよ」

「そういうもの?」

「そういうもの。日本人の危機感は薄いからね」


 本当かどうかは、わからないがもういいことにした。わたしは自分自身が暇がないので、SNSはしていないのだ。常に連絡をしあって、見ているかどうか確認できてしまうなんて面倒くさい。通販サイトはよく使うが、その程度だ。


「とりあえず、クリスが見つけた小説でも読んでみてよ。登録なしでも読めるから」


 そう言われて、指定されたサイトを開く。自分のスマホを片手に、ソファーに座った。スマホで小説だなんて初めてだ。小説はほとんど読まないし、読むとしたら新聞か仕事がらみの専門誌だ。そう思えばわたしは案外世間から遅れているのかもしれない。

 意外と使い勝手がいいのかもしれないと感心しながら、作品名を入れて検索する。


「何?」


 ソファーに座ってしばらくすると、じっと見つめられていることに気がつき顔を上げた。


「あの日、声をかけてくれてありがとう」


 驚きに目を瞬いた。クリスはひどく真剣な顔をしている。黙って見返していれば、クリスが再び口を開いた。


「この一週間でこの世界が自分の世界と全く異なることが嫌でもわかった」

「まあ、そうよね」


 相槌を打てば、クリスは少しだけ表情を緩める。おもむろに立ち上がり、わたしの前で跪いた。突然、目の前に彼の顔があって、驚き固まった。


「この恩は決して忘れない。俺にできることなら、何でもしよう」

「え、と」


 とても自然な動きで、左手が取られた。思わず彼の目を見てしまう。

 綺麗な鮮やかな緑色の瞳。

 これほど鮮やかな緑の瞳は見たことがない。そしてこんな風に女性として扱われるのも初めてだ。どうしていいのかわからなくなる。

 こんな甘ったるい表情をされるのなら、初日の敵を見るような目で見られた方がまだいいかもしれない。いや、あれはあれで命の危機を感じたからダメだ。とにかく普通でいいのだ。普通で。イケメンに至近距離で見つめられるのは心臓によくない。


 固まっていると華絵のくすくす笑う声がした。


「冬香、驚きすぎ」

「だって」

「クリスは近衛騎士なのよ。これが素なのよ」


 クリスはわたしの戸惑いが理解できず、首をかしげている。


「とにかく、ちゃんと座って?」


 わたしは息を吐き出して、椅子を示す。クリスはようやく元の位置に座った。


「感謝の気持ちは分かったから」

「本当に伝わっているのだろうか?」


 クリスが眉を寄せて疑問を口にするので、頷いて見せる。


「もちろんよ。わたしがクリスの世界に落っこちたら、頼らせてもらうわ」

「その時は遠慮なく頼ってくれ」


 クリスはようやく笑みを見せた。その柔らかい笑みにこんな顔もできるのかと見惚れてしまった。



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