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カサブランカの記憶  作者: 藍沢 要
美を紡ぎだす男
9/9

8:家族

千歳がようやく祥子から結婚の了承を得たという連絡をもらってから一週間。

俺は悩みに悩みまくっていた。


というのも、基本的に俺はウェディングドレスを作ったことがない。『Dupont』のデザイナーということで、数え切れないほどのパーティドレスやフォーマルドレスをデザインしてきたが、今回のウェディングドレスは勝手が違う。

たくさんの資料やなんかを見てみても全くイメージが頭に浮かばない。結婚式で着るウェディングドレスは女の子にとっては一生ものだというのもあるし、そもそも俺がデザインするっていうことになると下手なものは作れない。プライドの問題もあるし。


参考になればと思って家に帰り、娘の美奈に聞いてみる事にしたのだがあまり参考にならなかった。



「ふわふわして、プリンセスみたいなの。もちろんヴェールは長いのね!女の子の夢みたいなのがいいわよね!」



美奈は幼くして沙羅と別れたこともあって、母親というものをあまり知らない。

かと言って父親である俺が近しい存在だったかというとそうでもない。


美奈はほとんど兄である秀人が俺の代わりになって育てたようなものだ。それなのにサッカークラブに所属して男の子らしい秀人と一緒にいたわりに、妙にお姫様思考の持ち主である美奈はドールハウスやお人形遊びが好きなので、それで参考になるのかと思ったのだが…。


久しぶりに見た美奈は大分大きくなっていた。こんなになるまでの成長した記録を俺は知らない。

ナニーが気を利かせて写真などを撮っていたし、自分のオフィスにも子供達の写真は飾ってあるのだが、何が好きで、何が嫌いでとかの事は全く知らないと言っても過言ではない。

こんな状況では確かに千歳に怒られるわけだ。ふっと自嘲の笑みを零しながら自分の書斎へと足を運んだ。



ウェディングドレス。

ブライダル関係の本や、資料。有名セレブの結婚式の写真などを流し読みしても、やはりピンとくるものはなかった。

しかし、あのちんちくりんな子供のような祥子がドレスを着た様子が目に浮かばない。もしかしたらそれがイメージがわかない原因なのかもしれない。一応はデッサンしてみるが、やはりしっくりこない。


腕組みをして渋面をつくる。

もしかしたら初めてのパリのコレクションの時よりも難しいかもしれない。

千歳はいつ結婚式を挙げるか言っていなかったが、多分年内中なのかもしれない。となると、手間のオンパレードのウェディンドレスは早々に着手しなけれないならないのではないか。美奈の言っていたヴェールのある。ああいうのも作らなければならないのか?俺が。


そういえば、ドレスを作るにはちゃんとした実寸データが必要だ。今の所はそれが無いために、ぼんやりとしたイメージのままでデザインしていたがアメリカに行って測ってこなければいけないだろう。

さすがに千歳の妻になる女なのだから、二人きりでの計測は出来ないだろうし、男の俺に測られるのも嫌がるだろう。

誰か一人スタッフでもいいので連れていけるのかと思ったが、さすがに社の人間は連れていけないかもしれない。そもそもまだ社に言っていないのもある。もし許可が出なかったら無理を押してでも…というか社に内密に作ればいいだけの話だし、もしも発覚すればチーフ解任の可能性もゼロではない。



独立



その事も前々から少なからず考えていた。

確かに『Dupont』のデザイナーというポジションは充実した毎日を送れているし、大金も手に入る。今住んでいる家もデカイし、調度品も多数ある。海外にも何件かアパートを所有しているし、島も持っている。

しかしそれで得たモノは、自分が欲しかったものだったのかと問われれば正直、否なのかもしれない。


俺が育った家は、外交官の父は多少なりとも政局に絡む人間だった。社会的に高い地位と立場によっては優れた人間だったのかもしれないが、それを俺はいいとは思えなかった。選民意識に凝り固まった裏の顔と人を馬鹿にしたような憎憎しげな顔。

家族と言うものはお飾りでしかなかった父親に、それに意義を全く唱えない母親。その母親に溺愛されて、甘やかされて育った弟。


家族というものを俺は知らない。

あれが家族だったのかと言えばそうなのかもしれないが、俺にとっては家族ではない。

だからこそ、自分の持った家族を大切にしたかった。それなのに、仕事の忙しさにかこつけて自分の父親の徹を踏む事を恐れていたのかもしれない。


独立を考え出したのは深層心理の中でそういった事を考えていたのもあったろう。

独立したら、日本に帰ろうと思っていた。そして、そこから新たに自分のブランドを立ちあげるのもいい。

とりあえずは秀人も美奈も連れて日本に帰るのはいいとして、それを本人達が喜ぶかどうかはわからない。日本に行くのは年に何回もないし、日本語は喋れてもあっちでの勉強に付いていけるかはどうだろう。特に美奈は漢字があまり読めないし。

今から少しづつでも教えておくかと考えていると、書斎のドアがノックされた。入って来たのは秀人で、久しぶりに見た息子は年々沙羅に似てくる。それを本人は嫌がっていると思うが。



「どうした?」


「父さんが帰って来てるのも珍しいから、居るときに言っておこうと思って。僕、高校は日本の学校に行こうと考えてるんだけど、駄目かな。」


「日本の?」


「僕、日本人なんだからさ、あっちの学校に行ってみたいんだよ。父さんと美奈はイタリアにいたままでいいよ。一人暮らしするし。」


「…寂しくないか?」


「今更。まあ、まだ小さい美奈は心配だけど父さんもちゃんと面倒見てやってよ。」



困ったような顔をして笑って出て行った秀人を見て、思わず眉間に皺が寄った。

連れて行こうと思っていたのに、まさか先手を打たれるとは。それも、美奈の事でもちゃんと釘を刺していった。

寂しくないかと聞いて今更と答えた息子。寂しい思いをさせていた自覚はある。だが、それを面と言われるのはやはり堪える。





「自業自得じゃないの?」


「五月蝿い。」


「いくら仕事が忙しいからって、子供達ほっぽり出してお色気たっぷりなカノジョ達と遊びまわってたのは事実でしょー。それで堪えるとか言ってんじゃないわよって話よね。」


「おい、千歳!なんだこいつ!!こんなに口悪い女なんか止めとけ!」


「図星だからって怒らないでよね!」



千歳は笑って俺と祥子の会話を聞いている。

実寸を取るためにシカゴに来ていた俺は、マリベルという助手を連れて来ていた。彼女は秀人と美奈のナニーを務めていた一人なのだが、今は体調を崩して故郷のフランスに戻っていた。ナニーをする前は針子をしていたということもあって、測る事ぐらいならと言う事で今回アメリカに連れて来ていた。


マリベルは祥子の顔を見て、こんなに若い子をよく口説いたわねと千歳をからかっていたのだが、祥子の年齢を聞くと唖然としていた。それを見てまたしても祥子は憮然としていたのだが、我に返ったマリベルが慌てて謝って事無きを得た。それから女同士で意気投合したらしく、二人仲良く間仕切りで仕切られた部屋で色々と測っている。



「で?秀人の日本行きはどうするんだ?」


「行きたいって言ってるんだからしょうがない。あいつはあんまり頼み事するような性格じゃないしな。」


「だからー、遠慮してたんだって!パパが構ってくれないんだから我慢するしかないでしょー!?可愛そうな秀人君。こんな歩くエロス男が父親なんてねー。せいぜいエロスの部分で似ないといいわね。」


「……千歳、お前本当にあの女でいいのか。今だったら考え直せるぞ。」


「聞こえてんのよ!!」


「まあまあ二人とも。ま、お前がそう言うなら行かせてやればいいんじゃないか?ただ行きたいって言ってる高校がまた櫻院(おういん)か。ここの高校って超進学校じゃないか。秀人は日本語とか大丈夫なのか?」



千歳が言う櫻院というのは、正式には櫻院学園という学校法人が経営している超進学校。俺の弟もここの卒業生だった。櫻院の国公立合格率は普通の学校よりはるかに高く、授業の速度も相当速い。そんな学校にイタリアの学校で勉強してきた秀人が本当に合格するのは不安だった。美奈よりは漢字が読めるとは言え、それでも進学校の入試に間に合うだけの識字率は上げられるのか。



「うーん……」


「結構漢字読めないと駄目だと思うぞ。特に国語の教科とかあるんだからさ。」


「一応は日本語の本とか読んでるみたいなんだけどな。この前リビングに武者小路実篤の本が置いてあったのは見たけど。」


「へー…。勉強家だな。ま、信じてやれよ。それにしても一人暮らしか。まさかお前の実家に下宿させるわけにはいかないだろうしな…。」


「絶対にあり得ない。あんなやつらに大事な息子を預けて堪るか。」



俺と両親達の不仲を知っている千歳はそれ以上言わなかったが、それでも未だに俺の実家に対する認識を改めた方がいいぞと忠告している。それを頑なに拒否しているのは自分だが、少しばかりは気になって一応はどうなっているか一年に一回ぐらい、日本に行った時に車の中から実家を見たりしている。

大分老けた父と母。今は父の後を継いで、官僚になった弟。結婚はしたようだが、結婚式には呼ばれていないし、そもそも結婚の報告すらなかった事を考えると苦笑せざるを得ない。



「ま、それでお前がいいなら何にも言わないよ。」


「人間って色々あるからね。無理強いすればするほど意固地になっちゃうのよ、千歳君。」


「終わったの?」



祥子が間仕切りを開けて、ことらに歩いて来た。座る先は勿論千歳の隣。俺はマリベルに差し出された祥子のサイズが事細かに書かれた紙を見ていた。



『ソウ、これがショウコのデータよ。』


『マリベルお疲れ様だったな。』


『いいえ!むしろ楽しかったわよ。こんな可愛らしい彼女に作るウェディングドレスなんて、ソウもプレッシャーがかかるわね!』


『そうだな…。しかし、小さいと思ってたけど、実際に測ると本当に小柄だな。』



身長が155cmしかない。俺の身長が186、千歳が180あるかないか。それから考えればかなり小さい。実際、祥子が俺を見る際はかなり首の角度が鋭角なのに気付いていた。

肩幅、腕周り、首周り、ウエストと見て行くと、胸囲の部分が間違いではないかとマリベルの聞いたら笑って否定された。



「バスト90!?嘘だろ!?見えないぞ!!」


「ちょっとぉぉ!!どういう事よ!!」


「千歳、本当なのか!?」


「うん。着痩せするんだよね、祥子。」



のほほんと笑った千歳をギリッと睨んだ祥子。俺は絶句し、そのまま思わず祥子の胸を見てしまい、それをマリベルに注意されるというなんとも言えない光景が、祥子の家のリビングで繰り広げられた。

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