遠い存在
殺し方だけを覚えている英雄が、今度は命を守る。
星獣と問題児たちの辺境基地から始まる、ミリタリー・ロマンス・スペースファンタジー。
SFは初めましてです。
なんちゃってSFですが、読んでいただけると嬉しいです。
* * *
——そんな顔をするひとではなかった。
銀河標準暦八四一年。
帝政圏との八年にわたる戦争が終結し二十七日。連合中央星系では、銀河大戦の終わりを祝う凱旋式が開かれていた。
首都軌道上には加盟星系の艦艇が列をなし、昼の空を横切る巡洋艦の船腹から祝賀用の光弾が放たれている。惑星上では大通りを埋め尽くした群衆が空へ手を伸ばしていた。街路の投影装置は、帰還した艦隊、降伏文書への署名、終戦までの戦況図、そして英雄たちの姿を都市の上空へ絶え間なく描き出す。
その中心にいるのが、アリステラ・フィア・レ・ミシェノケイラだった。
《終戦の英雄》。《暁星の騎士》。そして、敵軍が彼女に与え、いまでは連合の市民まで畏怖と親しみの入り混じった声で口にする名、《魔王》。
レオンディール・グレア・デ・フィオールは、式典広場を取り囲む関係者席の後方からその光景を眺めていた。
前線を離れて久しい彼も、星の騎士の一人として式典へ招かれている。軍人、政治的関係者、外交官、戦没者遺族、帰還兵。いくつもの制服と礼装が階段状の席を埋めていたが、視線は最初から一か所にしか向かなかった。
中央壇上に、アリステラが立っている。
黒に近い濃紺の髪を後ろへ束ね、連合軍の礼装をまとった姿は、巨大な投影幕によって広場の上空にも映し出されていた。胸にはこの戦争で授けられた勲章がいくつも並んで輝いている。恒星の光を受けるたび、磨かれた金属だけが彼女の胸元で鋭く明滅した。
群衆が彼女の名を呼んだ。
アリステラ。《暁星》。《魔王》。英雄。
別々の意味を持つ呼び名がやがてひとつの歓声へ溶け、広場を取り囲む建物の壁面まで震わせていく。その音のただ中で、彼女は黙って人々を見下ろしていた。
笑ってはいなかった。
淡い灰青の瞳は、眼前を埋める群衆ではなく、その向こうの碧い空へ向いている。
レオンの知るアリステラは、もっとよく笑う女だった。
出会った頃から気が合ったわけではない。模擬戦で負ければ露骨に機嫌を悪くし、翌朝には誰より早く訓練場へ現れた。
勝てば勝ったで隠そうともせず得意そうな顔をしていた。作戦では何度も意見が割れたし、彼が止めれば余計なことをするなと睨まれ、彼女が無茶をすればこちらも遠慮なく言い返した。
いつからだったのだろう。彼女が振り返らなくなったのは。少なくともレオンには、それが確認を必要としなくなった証のように思えた。
自分も同じだった。
命令が最後まで口にされなくてもその先を見据え、彼女が右手を上げれば部隊を割り、視線を送れば退路を確保した。そんなふうにしていくつもの星を渡り、何度も喧嘩をして、それでも次の戦場ではまた隣に立った。
戦争が長引くにつれて、彼女が笑わなくなっていくのも、ずっと隣で見ていた。
だから今、壇上にいる彼女が、ただ昔より無口になっただけではないことくらい分かる。
悲しんでいるようにも、喜んでいるようにも見えない。
数えきれないほどの人々が彼女の勝利を祝っているのに、アリステラだけが祝祭からわずかに外れた場所にいる。歓声も、旗も、空を裂く祝賀光も、彼女のところへ届くまでにひどく遠いものへ変わってしまうようだった。
彼女は、記憶を失った。
星環院で過ごした年月も、戦場を渡った八年間も、その大半が彼女の中から抜け落ちている。レオンと出会ったことも、争ったことも、背中を預けたことも。
戦争を終わらせた彼女は、その戦争を生きた自分自身をほとんど覚えていない。
壇上で名を呼ばれたアリステラは、促されるまま一歩前へと出た。胸元の勲章が恒星の光を返し、広場を満たす歓声がもう一段大きくなる。
そのとき、彼女はふと顔を上げた。
見ているのは群衆ではなかった。
碧い大気の向こう、昼の光に隠された星々を探すように、灰青の瞳が遠くを向いている。
レオンはその横顔を見つめた。
何が彼女をここまで変えたのかは、嫌になるほど知っている。
けれど、その原因を知っていることと、失われたものを取り戻せることはまるで別だ。そもそも以前の彼女へ戻すという発想そのものが正しいのか、それさえ分からない。
壇上と関係者席のあいだにある距離はせいぜい数十メートル。戦時中、別々の星系へ配属されていた頃に比べれば、ほとんど隣にいるようなもの。
それなのにひどく遠い。
彼女がもっとも遠くへ行った時も、自分はその隣にいなかった。
負傷して前線を離れたあと、彼女は一人で戦い続け、やがて敵地で消息を絶った。
帰ってきたと知らされたときには戦争が終わりかけていて、再び会えたとき、彼女の瞳には何ひとつ残っていなかった。
そして戦争が終わった今日も、レオンにできるのは遠くから彼女を見ていることだけだった。
壇上では、歓声に応えるよう促されたアリステラが片手を上げる。
群衆が沸いた。
レオンはその仕草を見つめる。
けれど、あの灰青色の瞳がレオンを見ることはなかった。




