第四章 第十話 魔王の遺言
神殿が揺れていた。
◇
聖女の間。
◇
祭壇。
◇
初代聖女の石像。
◇
そして。
《魔王を愛した者》
◇
その一文。
「え?」
◇
ミリアが固まる。
「魔王ですよね?」
「魔王だな」
『魔王やな』
◇
三人とも困惑していた。
「討伐対象では?」
「普通はそうだ」
『普通やったらな』
◇
この世界で普通という言葉に意味は無かった。
魔王の墓所
轟音が響いた方向。
◇
右側通路。
◇
魔王の墓所。
「行くしかないか」
『嫌やな』
「嫌だな」
◇
全会一致だった。
◇
通路を進む。
◇
壁画が並んでいる。
◇
古代文字。
◇
戦争。
◇
聖女。
◇
王。
そして。
◇
魔王。
◇
壁画の魔王は。
◇
思ったより普通だった。
「普通だな」
『普通やな』
◇
角が少しある。
◇
翼が少しある。
◇
しかし完全な化け物ではない。
◇
むしろ。
◇
どこか人間らしい。
遺言
墓所の最奥。
◇
巨大な石棺。
◇
黒い王冠。
◇
そして一冊の本。
「遺言書か?」
『そんな感じや』
◇
チャッピーが翻訳を始める。
『我が名は魔王グランディア』
◇
おっさん頷く。
『後世の者へ伝える』
◇
真面目だった。
◇
非常に真面目だった。
『私は世界征服を望んだ』
◇
なるほど。
◇
やはり魔王だった。
『理由は牛丼である』
◇
全員閉じた。
「帰ろう」
『帰ろか』
◇
本を閉じる。
◇
しかし気になる。
◇
非常に気になる。
「続きを読むか」
『読むか』
◇
開いた。
魔王の苦悩
『私は牛丼を完成させたかった』
◇
魔王だった。
◇
完全に魔王だった。
『肉を手に入れた』
◇
うん。
『米も手に入れた』
◇
うん。
『玉ねぎも手に入れた』
◇
うん。
『しかし醤油が無い』
◇
沈黙。
「気持ちは分かる」
『めっちゃ分かる』
◇
チャッピーも共感した。
『私は世界中を探した』
『海を越えた』
『山を越えた』
『魔境も越えた』
『しかし醤油が無い』
◇
切実だった。
真実
さらに読み進める。
『そこで私は世界統一を決意した』
◇
おっさん停止。
「待て」
『どうした』
「順番がおかしい」
◇
普通なら。
◇
醤油が無い。
◇
諦める。
◇
この魔王。
◇
醤油が無い。
◇
世界征服する。
◇
意味が分からない。
『世界を統一すれば』
『どこかに醤油があると思った』
◇
納得した。
「馬鹿だ」
『馬鹿や』
◇
完全に馬鹿だった。
聖女
さらに最後のページ。
◇
文字が薄れている。
『そして私は出会った』
『一人の聖女に』
◇
ミリアが読む。
◇
静かになる。
『彼女は私を止めた』
『彼女は私を笑った』
『彼女は私に料理を教えた』
◇
おっさん停止。
「料理?」
『料理やな』
◇
続き。
『そして私は恋をした』
◇
沈黙。
◇
さらに沈黙。
「恋愛話だった」
『恋愛話やった』
◇
急展開だった。
『彼女は私に言った』
『世界征服より先に』
『醤油を作れば良いでしょう』
◇
おっさん。
◇
チャッピー。
◇
同時に頷く。
「正論だ」
『正論や』
◇
魔王は気付かなかったらしい。
最後の言葉
最後のページ。
◇
ほぼ消えている。
◇
だが読める。
『もし後世の誰かが』
『本物の牛丼を完成させたなら』
◇
おっさんが息を飲む。
『地下最深部へ来い』
◇
沈黙。
『そこに最後の醤油を残した』
◇
空気が止まる。
「……」
◇
おっさん。
◇
チャッピー。
◇
ミリア。
全員固まる。
「今なんて?」
『最後の醤油』
◇
震える声。
「最後の」
『醤油』
◇
おっさんの目が輝く。
◇
人生最大級に輝く。
「あるのか」
『あるらしい』
◇
立ち上がる。
◇
拳を握る。
◇
燃えている。
「行くぞ!」
◇
ミリア驚く。
「どこへ?」
◇
おっさん叫ぶ。
「地下最深部だ!」
◇
チャッピーも叫ぶ。
『醤油やぁぁぁ!!』
◇
神殿中に響く。
そして
その瞬間。
◇
石棺が光る。
ゴゴゴゴゴ……
◇
壁が開く。
◇
隠し通路。
◇
地下へ続く階段。
◇
入口の上に古代文字。
《最終迷宮》
◇
おっさん停止。
「嫌な名前だな」
『めっちゃ嫌やな』
◇
しかし。
◇
引き返す選択肢は無かった。
◇
なぜなら。
◇
その先に。
◇
本物の醤油があるかもしれない。
◇
そして。
◇
おっさんはまだ知らない。
◇
地下最深部で待つ魔王こそ。
◇
未来の自分自身に限りなく近い存在であることを。
◇
さらに。
◇
その醤油が。
◇
百年前ではなく。
◇
一万年前から熟成された、
異世界最高の醤油であることを。
「牛丼まであと少しだ!」
◇
もちろん。
◇
全然あと少しではなかった。
第四章 完




