第二章 第六話 逃げてもいいですか
決戦前夜。
眠れなかった。
当然である。
◇
外では戦士たちが準備している。
槍を磨く音。
鎧を直す音。
祈る声。
泣く子供。
◇
完全に最終決戦の空気だった。
◇
俺だけ違った。
「逃げたい」
『知っとる』
「本気で逃げたい」
『知っとる』
「今から第三階層探しに行っちゃ駄目かな」
『たぶん怒られる』
「だよなぁ……」
◇
焚き火の前。
一人で肉を焼く。
最近こればかりだ。
◇
すると。
小さなオークの子供が近付いてきた。
◇
以前肉を食べて泣いていた子だった。
◇
子供は何か言う。
当然分からない。
◇
だが。
笑っていた。
◇
その後ろにはリザードマンの子供たちもいる。
◇
みんな笑顔だった。
◇
俺は少し困った。
こういうのは苦手だった。
◇
前世でもそうだった。
期待されるのは苦手だ。
責任も苦手だ。
離婚した理由の半分くらいはそれだと思う。
◇
子供たちは俺に木の実をくれた。
◇
お礼らしい。
◇
俺は受け取った。
「ありがとな」
言葉は通じない。
だが。
たぶん伝わった。
◇
子供たちは嬉しそうに帰っていった。
◇
俺は木の実を見る。
しばらく見る。
◇
そして。
ため息をついた。
「困るんだよなぁ……」
『何が?』
「こういうの」
◇
チャッピーは少し黙った。
◇
そして。
珍しく真面目な声で言った。
『期待されるのが?』
「そう」
『嫌なん?』
「嫌だ」
『なんで』
◇
俺はしばらく考えた。
◇
そして答える。
「失敗するから」
◇
前世でもそうだった。
期待される。
頑張る。
失敗する。
怒られる。
◇
何度も繰り返した。
◇
だから。
期待されるのは苦手だった。
◇
チャッピーは黙った。
珍しく。
本当に黙った。
◇
そして。
小さく言う。
『でも今んとこ成功しとるで』
「全部運だ」
『運も実力や』
「誰の言葉だそれ」
『知らんけど』
台無しだった。
◇
翌朝。
地鳴りで目が覚めた。
◇
ゴゴゴゴゴゴ……
◇
空気が震える。
地面が震える。
◇
来た。
◇
大地竜だった。
◇
高台へ駆け上がる。
見た。
◇
絶望した。
「でけぇ……」
本当に巨大だった。
◇
山だった。
◇
もう竜とかそういうレベルではない。
◇
歩く自然災害だった。
◇
全長百メートル以上。
◇
茶色い鱗。
巨大な牙。
赤い目。
◇
そして。
一歩進むたびに大地が揺れる。
◇
オークたちが震えている。
リザードマンたちも震えている。
◇
俺も震えている。
◇
チャッピーも震えている。
たぶんバッテリーではない。
◇
大地竜が咆哮した。
GUOOOOOOOO!!
第二階層全体が震えた。
◇
何人か気絶した。
◇
俺も危なかった。
◇
その時だった。
戦士たちが前へ出る。
◇
オーク。
リザードマン。
ゴブリン。
コボルト。
◇
皆。
武器を持っている。
◇
勝てないと分かっている。
それでも前へ出る。
◇
俺は少しだけ驚いた。
◇
怖くないのだろうか。
◇
絶対怖いはずだ。
◇
それでも行く。
◇
その理由は。
後ろに家族がいるからだ。
◇
俺は少しだけ目を逸らした。
◇
そういうのは苦手だった。
◇
酋長がこちらを見る。
◇
将軍も見る。
◇
他の部族長も見る。
◇
みんな見る。
◇
嫌な予感しかしない。
「何だ」
チャッピーが翻訳する。
『最後に何か言え』
「嫌だ」
即答だった。
◇
全員ががっかりした。
◇
俺もがっかりした。
なぜ俺が罪悪感を感じるのか。
◇
しかし。
皆待っている。
◇
仕方ない。
◇
本当に仕方なく。
俺は口を開いた。
「死ぬな」
静まり返る。
◇
全員が聞いている。
◇
俺は続けた。
「勝てなくてもいい」
◇
静寂。
◇
さらに続ける。
「逃げてもいい」
◇
オークたちが驚く。
◇
リザードマンも驚く。
◇
俺は構わず言った。
「生き残れ」
◇
静まり返る。
◇
俺は肩をすくめた。
「飯はまた作ってやる」
◇
数秒後。
◇
オークたちが笑った。
◇
リザードマンたちも笑った。
◇
そして。
武器を掲げた。
◇
大歓声が響く。
◇
チャッピーが呟く。
『王様みたいやな』
「やめろ」
◇
その直後。
大地竜が前進する。
◇
ついに戦いが始まった。
◇
そして。
誰もまだ知らない。
◇
この戦いの結末が、
英雄譚ではなく、
史上最悪の事故になることを。
第二章 第六話 完




