その手が握るもの
「傷は痛むか?」
ロランはベッドに横になっていたジゼルに話しかけた。手の包帯が痛々しく見える。
ジゼルはパッと起き上がり、晴れやかな笑顔を浮かべロランに言った。
「こんな姿で申し訳ありません、い、痛みは大丈夫です。ただ、剣術の訓練が出来なくなるのが残念です」
そう言うとジゼルは目線を下げ怪我をした手を見つめた。その不安げな眼差しにロランの胸が痛む。
ジゼルは握った手を見つめながら唇を、結んだ。
その表情を見たロランも同じように唇を結ぶ。ジゼルに安心感を与えられない自分に奥歯を噛む。
ジュベール公爵はロランを除籍しようとせず直接ジゼルに接触しようとした。ただ、ロランが王都に帰ってからはパタリとこなくなった。
軟禁されているシャルロットは唯一外出できる神殿で反省のパフォーマンスを続け、ドミニク王はダンマリを決め込んでいる。
ジゼルに話せないこの現状に心がズシンと重くなる。
目線を上げたジゼルを見て、自らの不甲斐なさに視線を逸らした。
全てスムーズに進んでいればジゼルが怪我をすることもなかった。ロランはモヤモヤする気持ちを悟られたくなく窓辺に移動した。
窓から見える庭園はとても静かだ。虫の音が聞こえ、蛍がゆらゆらと飛んでいる。どこか幻想的なその様子に心のざわめきが落ち着きはじめた。
(これが自然の力……)
スッと気持ちが切り替わり、ロランは振り返りジゼルを見た。ジゼルは俯き、悲しげな表情を浮かべ怪我を見つめている。
久しぶりにやってしまったと、ロランは反省する。ジゼルを俯かせたこの気まずい雰囲気はロランが作り出したものだ。成長しない自分に怒りを感じロランは心を落ち着かせようと再び庭園を見る。
その時眼下の木の影に揺れる人影が見えた。
(誰かがいる!!)
ロランは即座にオーラを放つ。隣室に待機していたランスロットが瞬時に反応し、庭園に移動した。
ロランはその様子を窓辺から見つめる。今この屋敷の警備は隙がないほど厳しい。外部の人間がおいそれと入り込む隙はない。ランスロットは逃げようとした人間を捕まえ制圧した。
ロランは拘束された男を見つめため息を吐いた。
ランスロットが捕まえたのはオーブリーだった。
オーブリーは庭園からこの部屋を見上げていたのだ。
オーブリーはジゼルに淡い恋心を抱いている。
ロランは複雑な気持ちに舌打ちしたくなった。
(ジゼルはオーブリーが恋して良い相手ではない。教育が必要だな)
ランスロットはどうしましょうか?と言うようにロランを見上げ、ロランは小さく首を振る。
ランスロットはオーブリーを離し、再び隣室に戻る。残されたオーブリーは恐怖に顔を引きつらせロランを見上げ何度も頭を下げた。言いたい事がわかっているようなその態度にため息が出る。
ロランはオーブリーを睨みつけ二度とないようにと言わんばかりの圧をかけ、カーテンを閉めた。
「……もう寝るぞ」
ロランはそう言ってベッドに移動し、ジゼルも横になる。
オーブリーは気の良い青年でその身元は確かだ。だが、ジゼルとの距離が近い。
ジゼルを大切に思う気持ちは伝わる。ジゼルの好きな花を毎日届け、菜園の手伝いをし、誰よりも早くジゼルの価値を見抜いた青年だ。ジゼルもオーブリーを信頼している。だからちっぽけな嫉妬心で行動はしたくない。
けれど、一介の使用人が主人の妻に恋心を抱くなど許せない行為なのだ。いずれ釘を刺さなければならない。ただ、それがジゼルに露見しないよう注意を払わねばならない。ジゼルは純粋にオーブリーの親切を信じているからだ。
隣でうとうとし始めたジゼルを見つめ、もう一度ため息を吐いた。
手の包帯が痛々しい。ロランはそっとジゼルの手を握った。
ジゼルの手が握るのは剣ではない。庭園の花でもない。
その手が握るものはこの手だけだ。
五ヶ月経ってもこの手は離さない。
その日以来ロランは手を繋いで眠るようにした。
*
休日二日目。ジゼルは怪我をしても朝から庭園に出てオーブリーと共に木々の手入れをし、菜園で作業していた。いつもと変わらぬ生活を続けようとしている。小一時間ほど作業し手を止め庭先のテラスに移動した。使用人がお茶を持ってくる。
執務室からその様子を見ていたロランはテラスに移動した。ロランが現れるとジゼルは驚きながらも嬉しそうに出迎えお茶を入れる。最初こそ緊張気味のジゼルだったが、次第に慣れたようで二匹の黒猫の名前を呼び膝に抱き、緩やかな時間を二人は過ごした。
昼からは使用人達に日常生活に必要な知識を学び、夕食の準備を手伝っていた。
何もしなくとも生活できる立場と、それだけの金をジゼルに渡しているが、使っている気配がないとヤニックが言った。ジゼルの性格を考えると使えないのだろう。エミリーに必要なものを報告するように指示していたが、ほとんど使うことはなかった。
翌日もロランはテラスに行き、ジゼルと共に過ごした。二人で柔らかい風を受け、木々のざわめき、小鳥の囀り、光と影が織りなす陰影を感じながらゆったりとした時間を過ごした。
何も語らなくても通じ合っている感覚にロランは幸せを噛み締めた。




