また医者を呼ぶ
食事が終わりロランは執務室に入った。
執事のヤニックが、不在の間の出来事を報告書にまとめロランに手渡す。大きな事件はなかったようだが、一点だけ、懸念していたことが起きていた。
ジュベール公爵家の使いがジゼルに面会したいと何度も訪ねてきていた。この件は想定していたためヤニックが対応しジゼルに取り継ぐことなかったが、そのしつこさに嫌気がさす。今後も相手の出方を注視するのが賢明だろう。
そして、一番知りたい『違和感』については未だ調査中だった。
ロランは報告書をテーブルに置き、執務室の窓から庭園をみた。
ハサミを手にジゼルとオーブリーが花の手入れをしている。屈託なく笑い、楽しげに作業している二人の姿。
自然体のジゼルの姿にホッとしつつも、近すぎるオーブリーの存在がロランの心に一石を投じる。
穏やかな水面に波紋が広がるような心境にロランはため息を吐いた。
しばらく机に向かい、ランスロットと打ち合わせをする。ランスロットは常にロランのそばを離れない。ランスロットの存在はロランにとって生命線だからだ。
魔力の戻りを確認しながらさまざまな場面を想定し対応できるよう確認し合う。ベルトランの存在が今のロランを生かしてくれているのだ。
ロランは再び窓辺に移動した。
中庭でジゼルと騎士のルネ・クレールが手合わせをしている。
「ジゼルとルネが!?」
ロランは目を見開き窓から身を乗り出す。
(あのジゼルが……剣を握っている!?)
思い返せば昨夜、ジゼルの手には豆ができていた。
髪を一つに結び剣を振るう姿に目を奪われる。剣を構えルネと対峙するジゼルの姿は凛として美しく、むすばれた唇は恐れなく戦う意志が垣間見れる。ルネにあしらわれ、転んでも立ち上がり隙を見せないようルネを睨みつけるその瞳は驚くほど美しく、一種の圧があった。
「……見事だな」
思わず声が漏れる。必死に前を向き、自分の身を守るために剣を握るジゼルは美しかった。
だが、次第にルネの切れある動きに押され、追い詰められたジゼルが木の根に足を取られ倒れた。その瞬間ルネの剣がジゼルの首に当てられる。
思わず窓から飛び降りて行きそうになる衝動をロランはグッと堪える。
ジゼルは両手をあげ降参し、再び訓練を再開した。
ロランはその間ずっとジゼルの戦いを見守った。
程なくし、訓練を終えたジゼルは邸宅に入ってきた。すぐさま執務室を出て部屋に入るとジゼルがグローブを外していた。
「何のために剣を?」
ロランはジゼルに聞いた。ジゼルの口から聞きたかったのだ。
「あ、こんな格好で申し訳ありません。剣術は、この先生きていく上で自分の身を守るために……」
この細い腕で? この小さな体で?
ロランは徐に近づき、ポカンとした表情を浮かべロランを見つめるジゼルをヒョイっと抱き上げた。そのままベットに寝かせ、両腕を上げさせ手首掴み、ジゼルを見る。全く抵抗もなくされるがままのジゼルに、呆れたように声をかける。
「お前もう襲われてるぞ?」
「……すみません。ロラン様だから油断してしまいました」
「!?」
その何気ない言葉に力が抜ける。この言葉がどれほどロランを喜ばせているか、当のジゼルは気が付いていない。
近づけば離れ、離れれば近づく。まるでのら猫のような存在。
「フッ、私だからか」
そんな言葉をさらっと口にするジゼルに対し喜びが沸き起こる。ジゼルはさも当たり前のような表情を浮かべロランを見つめている。ジゼルが心を許してくれた現実にロランは幸せを感じた。
「……」
黙っていたジゼルはようやく自分の言った言葉を理解したのか、みるみるうちに顔が赤く染まる。その変化をじっと見つめているとジゼルはなんとも気まずそうな表情を浮かべ、ロランから目を逸らした。
戦いの最中目を逸らすことは死に直結する。ロランは即座に胸から短剣を取り出しジゼルの首に当てる。
ジゼルは、ハッとした表情を浮かべ瞼を閉じた。
殺される覚悟をしたのかと思った瞬間、ジゼルは首に当てた短剣の刃を握ったのだ。
「!? お前! 素手だぞ!! 怪我をする!!!」
ロランは慌ててジゼルの手を掴んだが既に手が切れていた。
「あ、しまった。グローブ外していました……」
ジゼルは切れた右手をおさえながらロランに微笑む。その笑顔を見たロランは一気に力が抜けた。
「はぁ……また医者を呼ばねば」
ロランはエミリーを呼び、医者を連れてくるよう指示した。
素手で短剣を掴むなど、想像もしていなかったロランはジゼルの突拍子ない行動にため息を吐く。
一方ジゼルはベットの端に座り出血を抑えるためのガーゼを傷に当てていた。ロランは隣に座りジゼルを覗き込む。
「傷を見せろ」
ロランはジゼルの手を持ち上げ右手のガーゼをそっと外し傷を確認した。力を込め握っていたため、ざっくりと切れている。だが範囲は広くない。それだけが救いだ。
「二針だな。お前は、本当に……」
ロランはそう言いながら込み上げる笑いに言葉が続かなくなった。
自然体のジゼル、少し抜けているジゼルが愛おしくてたまらない。
そんなジゼルを五ヶ月過ぎても手放すわけがない。
ジゼルと出会い、沸騰するほどの怒り、絶望するほどの悲しみ、声を出して笑うほどの楽しさ、不安になるほどの心配、全てを捨てても惜しくないほどの愛と、目眩く感情の色彩を知った。
ロランはジゼルに笑いかける。ジゼルも恥ずかしそうに一旦俯き、それから顔をあげ弾けるような笑顔を見せた。
ふざけ合ってこんなことになってしまったが、それでも心がつながったような笑顔にロランは目を細めた。
「……なかなかお元気で宜しいですな」
医者はロランとの距離が縮まった様子のジゼルを見て医者なりの気遣いを口にした。この医者はジゼルが額を切った時、怪我の様子からジゼルが背中を蹴られたと気がついた有能な医者だ。魔法を使わない医者は患者の些細な言動や行動も診断の一環として注意を払っている。
この医者から悪意は感じない。そしてエミリーはこの医者はジゼルに戦争の話をしていないと言っていた。
また一つ疑問が生まれる。
ロランはジゼルと過ごす中で未だに違和感を見つけられない。




