三日目の夜
「ハッ」
「ロラン!! 目覚めたか!!」
「……グレアム? なぜここに?……私は……」
ロランは額に手を当て記憶を辿る。二度目の破壊消滅魔法を放ったまでは覚えていたが、そこからの記憶がないことに気がついた。
呆然とするロランを見たグレアムはため息を吐き、言った。
「ハァ……覚えていないんだな。意識を失って倒れていたんだ。倒れたお前を初めて見た。どれだけ心配したか」
グレアムは顔を顰めた。これほど無茶をするロランを見たことがない。
(意識を……失った……)
グレアムの言葉を聞いたロランはゆっくりと体を起こし片手で髪をかき上げる。身体のあちこちがきしみ、不快な感覚に顔を歪めた。
(――魔力はどれだけ残っているのだろうか? )
確かめようと掌を見つめる。ゆらゆらと揺れる黒い影、ダークネスドラゴンの魔力。まだ呼び出せるだけの魔力があるとわかった。
「……大丈夫だ。ただ、連続で破壊消滅を使ったから負担は大きかったな……それにマチアスも現れたから……ところでなぜ、お前がいる?」
ロランは首を傾けグレアムを見た。
「ロラン、親友だろ? 友がピンチな時駆けつけんでどうする?」
グレアムはさも当たり前のような口調で言った。
「……フッ、友になった覚えはないが……な」
ロランはグレアムから視線を逸らし、そっけなく答える。
「な、お前!!」
怒るグレアムを見てフッと笑い、ロランは簡易ベットから立ち上がった。少し頭がクラクラするがそれ以外は異常なさそうだ。
心配そうに見ているグレアムの肩に手を置きロランは言った。
「助かった。グレアムすまないな」
グレアムはその言葉を聞き瞳を潤ませる。
「ロラン、素直に礼を言われると心配になるだろ!? ずいぶん長く眠っていたから性格変わったか?」
「ずいぶん長く? グレアム! 私が倒れてからどれほど時間が経った!?」
倒れている間の時間の感覚はない。ついさっきのことのように思っていたがグレアムの言葉にロランの心がスッと冷える。
「ああ、今日で三日目の夜、あ、もうすぐ四日目か。戦況は心配するな、マチアスは国境近くに待機させていた軍を引いたし、ジュベールの防御壁はベルトラン様が直したし、魔法使いと貴族が駆けつけて今はロランがいなくても……」
(四日!? まさかあの日から四日も!!!)
ロランは椅子に掛けてあった戦闘用ローブに手を伸ばしサッと羽織り、グレアムに言った。
「帰る!!」
「お、おいロラン!?」
グレアムは言葉と同時に消えたロランに呆れながらも、四日近く眠っていたその状況を深刻に捉えていた。
ダークネスドラゴンの破壊消滅魔法は魔力だけではなく、精神力も使う恐ろしい魔法だ。ロランの状況はあまり良くない。魔力の強い人間の魔力量が低下すれば回復まで相当の時間がかかる。
ロランを助けるため共に駆けつけた白魔法使いの癒しの魔法さえ全く効かなかった。これ以上無理させるわけにはいかない。だが、急ぎ別邸に帰った姿を見ると妻が悲しむような無茶なことはしないだろう。ロランの歯止めになっているその存在にひとまず胸を撫で下ろした。
*
深夜の別邸。寝室にロランは現れた。
「ロ、ロラン様?!」
窓辺に佇んでいたジゼルは突如現れたロランに気が付き驚きの声を上げる。
(こんな真夜中にジゼルが起きている!?)
ロランは一瞬戸惑った。が、会えた現実に緊張の糸が切れる。ロランの心と体を支えていた張り詰めた意識が消え、覆うオーラも消えた。精神的負担が消えた瞬間、全身の力が抜けそうになる。
ロランは深呼吸し心を整えジゼルの元に歩み寄ろうとした時、ジゼルの瞳は大きく見開かれ、胸の前で握られた両手が震え出した。
「!?」
何が起きかたわからぬまま異常事態が起きたとすぐさま研ぎ澄まされたオーラを放つ。部屋の向こうに控えていたランスロットはすぐに臨戦体制に入り、別邸にいる人間は主人が帰ってきたと気がつき気を引き締める。
ロランは震えるジゼルに駆け寄ろうと一歩足を踏み出そうとした時、ジゼルが口を開いた。
「ま、まさか?!」
言葉と同時にジゼルはロランに駆け寄る。
胸の前で握られていたジゼルの手がローブに触れ、施されていた魔法が消えた。
「ロラン様! 戦争に? お、お怪我はございませんか!? 私にできる事があれば……」
その言葉に混乱する。ジゼルから戦争という言葉が出るなど想像もしていなかった。
そして疑問が生まれる。戦争が起きたことを知るはずのないジゼルがそれを知っている。
なぜ? 誰に聴いた? 矢継ぎ早に疑問が脳裏に浮かび、どこまで知っているのかと不安が胸を掠める。知らない間に何かが進行しているような奇妙な感覚に表情が固くなる。
この戦争に参加したきっかけはジゼルだ。
ジゼルを傷つけられ怒りに身を任せ報復した結果、戦いを命じられた。だが自らの選択を後悔していない。
けれど、ジゼルがこの経緯を知ったら自分を責めるだろう。だからこそジゼルの耳に一切の情報を入れないよう細心の注意を払った。
されど現実は違った方向に動いている。
胸に苦いものが込み上げる。情報が漏れた今、誰を信じて良いかわからない現実。
ただ、詳しい事情を知らなさそうなジゼルの問いに安心しロランはオーラを解いた。
目の前のジゼルはロランをまっすぐに見つめ、その曇りない瞳は心配で溢れている。そして、ローブに触れる指先からは幾千もの言葉と感情が溢れていた。
心配をかけた申し訳なさと喜びがロランを包む見込む。
(ああ、このまま抱きしめたい!!)
ローブに触れられている指先が握られた瞬間、ロランの感情は振り切れた。
反射的にジゼルの手を掴み、ベッドに押し倒す。
「!? ロ、ロラン様?」
ベッドに仰向けになっているジゼルの両肩上に手をつき間近で見つめる。キスができるほどの距離。ジゼルは目を丸くし見つめ返す。
戦闘で擦り切れた心に癒しの光を与えてくれる唯一の存在。
ジゼルの瞳には驚きと、安心と、微かな愛の光が見えた。
「ロラン……様」
ジゼルはロランの行動に戸惑いながらその名を呟く。
(ジゼル……)
その言葉に答えたい。だがジゼルへの愛が溢れる今、誓約魔法に縛られ何一つ言葉が出せない苦しさに、奥歯を噛む。
(この沈黙が愛だと、ジゼルへの愛だと知ってほしい! 言葉を紡ぎ出せないほどの大きな愛なんだと!)
情熱に燃える青い瞳だけが想いを代弁する。
ジゼルもロランの思いを受け止めるかのように視線を逸らさずロランを見つめ続ける。
その表情は慈愛に満ち溢れ、ロランのすべてを受け止めてくれるように見えた。
見つめ合う二人、言葉はなくとも会話をしているような時間。うっすらと涙を滲ませたジゼルの瞳。虚だったあの瞳は今、ロランを映し輝いている。
ロランは目を細め、ジゼルの頬に優しく触れた。




