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2014.02.24 細かい文章表現を訂正しています。

名越はそう言ってスポーツ飲料を飲み込み喉を鳴らすと、まどかの目線から逃げるように窓の方へ顔を向けた。

「体育祭。ぐっ、げほっげほっ」

「えっ大丈夫?」

名越は頬をわずかに赤くし咳払いしながら言い直す。

「ああ。それより体育祭だけどさ、来月の。順調に進んでるんだ。幸い副会長が佐々木だからすげーやりやすくてさ。」

たしかにあの佐々木は年不相応な具合に理知的で要領よくこなすタイプなのだろうから、仕事がはかどりそうだ。

名越は意気揚揚と話を続ける。

「体育祭で楽しいのは体育のできる奴だけってのはもったいないから、競技に頭脳戦の要素も入れてみようと思うんだ。」

「ふうん、頭脳戦。筋肉じゃ勝てないってことね。クイズみたいな?」

「ああ。時間食ったり足の速さが関わる事のないようにするつもり。これから詰めていくから楽しみにしててくれよ。」

そう語る名越は気迫に満ちた表情をしており、まどかはまた見惚れてしまった。

昨夜あんなにこの仕事から解放されたいという心持であったのに今は真逆で、このひとときがずっと続けばいいのにと願ってしまう。

「うん…。応援してる。」

「ああ。自分が仕切る行事で ”あーあ雨で中止にならねーかな ”とか思われたくないしな。終わったらちょっとでも面白かったって多くの奴の記憶に残ってほしい。学校の行事をこんな感じで迎える事なんて今までなかったから、なんか自分じゃねーみたいだけど。」

名越は照れをにじませながらようやくまどかと目を合わせたので、まどかは慌てて視線を自身の手元に落とす。

まるでのぞき見がバレたみたいだ。

しばらく顔は見ない方がよさそうだと自分を戒めるように、まどかはペットボトルのラベル部分を所在なくいじくりながら話をつないだ。

「そうだね。絶対心に残る体育祭になるよ。」

「…」

「…」

突如訪れた沈黙は、二人の均衡破れる前兆を演出するには十分だった。

「西上あのさ。」

「うん。」

「好きなんだけど。」


え?何が?


…とは聞けなかった。


まどかは下を向いたまま目を見開き呼吸を止めた。

もともと静まり返る図書館内に、今改めて静寂が訪れる。

まさにこの空間だけ世界から切り離され、時の流れも寸断されたようだった。

まどかはまだ顔を上げられなかった。

いっそのこと聞こえなかった事にしようか。

もう一度聞き直してみたら聞き間違いだったというオチもあるのかもしれないが、まどかにその勇気はなかった。 

「…今、体育祭の話をしてたと思うんだけど。」

やっとまどかの口から漏れ出たのは可愛げのない低い声だった。

しかし名越は黙っている。

まどかはこの沈黙に耐えかね、恐る恐る顔を上げた。

澄んだ瞳の奥、ただ一心に自分を想う打算計算のない情熱だけがそこにあり、まどかの心は切なく震えた。

もう、名越からも自分からも逃げられない。

するとまどかの胸の奥から、また恋愛で仕事を棒に振るような女になるのかと、細く、か細く叫ぶ声がした。

その糸のような意思は、思いのほか鋭くまどかを突き動かし、酸欠状態となる。

「ごめんっ。」

まどかは、再びうつむいた。

この場から逃げ出したくてたまらなかったが、それでは名越の誠実な態度に失礼だと思い留まる。

「…そっか。」

強がるようにかすれた名越の声色にまどかは泣きそうになる。

好きだと自覚してしまった相手からの奇跡的な告白を断らなければならないなんて、徹底的に心が砕けそうだ。

まどかはうつむいたまま涙腺が緩まないようにきつく目を閉じ続ける。

視界が真っ赤に染まってくるようだった。

「俺、必死だよな。西上にはカッコ悪いところばっかり見られてるから、それを挽回してからだ!って気合入りまくってたのにさ。」

もう十分、素敵なところを見せてもらってるよ。

まどかはそう思うのだが言葉にできず、ほんの少しだけ首を左右に振った。

「体育祭、見ててくれ。絶対成功させて、もう情けない男じゃないって事を証明するから。」

名越は勢いよく立ちあがると、テスト頑張ろうな!と言い残し、先程まで共に勉強していた机の方に向かって行った。

参考書などを片付けた後、早足で図書館を後にしたのだろう。

出入り口のドアの音が完全に消え静まり返った途端、まどかは嗚咽を漏らしそうになったがグッとこらえ、机に戻り残された自分の持ち物も手早くかばんにしまい込むとひたすら前を見据えて歩を進めた。

身体はまるで抜け殻のように動き、両の目だけはかろうじてこの世に意識を縛り付けているようである。

まどかは放心状態で帰宅すると、制服を脱ぎ捨ててスーツケースから年相応の私服を取り出し身につけ、幼く見えるようふたつにまとめていた髪をおろして帽子を深めにかぶる。

さらにクローゼットの奥に隠している鍵付きの収納ケースから車の鍵を手に取った。

矢野葉子は営業職だったので運転免許を所持しており、当時プライベートでも乗れるよう中古車を無理して購入していたのだった。

紅いボディの愛車は、今の仕事を始める寸前まで葉子が住んでいたアパート近くの月極駐車場に置いたままだ。

西上まどかの姿を解いた葉子は、電車や徒歩で一時間程かけてその場所へたどりついた。

愛車に乗り込むと異次元から元の世界に帰って来たような感覚がする。

退職後しばらく無職であった期間、色々と費用がかさむのでもう売却してしまおうかと考えていたのだが、残しておいて本当に良かった。

鍵は手元にあるし外傷もないのだから車上荒らしにあったわけではないが、葉子は少しの間だけ軽く愛車の手入れをしてみた。

どこかへ走りだしたい衝動にかられつつ、久しぶりの運転の前に心を落ち着かせることにした。

今回、思ったより執筆に時間がかかってしまいました;

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