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2014.02.24 細かい文章表現を訂正しています。
GW明けの朝、まどかが教室に入るとちらちら視線を感じた。
てっきり早乙女が戦闘態勢で待ち構えているのだろうと思っていたがその姿はない。かわりにクラスの、主に女子達が敵意や蔑視といった負の波動を向けてくる。
まどかの心に言いようのない不安がかけめぐり、思わず体を小さくして着席した。
原因は何なのか考えるまでもなく、名越に関連する事柄だろう。
合宿前まで疎遠だったまどかと名越が一気に再接近することになったあの密会。
心あたりはあれしかないと直感した。
誰かにバレていたのだ。
所詮相手は高校生。
けど、いくつになってもこういった良くない感情を一身に浴びるのは辛い。
クラスメイトが数人ずつかたまって何事かを小声で話しているので、自然とまどかの聴力が研ぎ澄まされていく。
名越を深夜に誘い出してデートしただの、早乙女から略奪しただの、まどかはすっかり悪女に仕立て上げられているようで、たとえ無関係な話題をしている生徒達もまどかへ向ける目が冷ややかだ。
まどかは少し顔を上げ、前の席にカバンがない事を確認した。
名越はまだ来ていないようだ。
早乙女の方は今どうしているのだろうか。
まどかにとって現状は悪いもので、音沙汰のない早乙女の事が大変不気味である。
あまりの居心地の悪さに教室を出て行こうかと思ったが、それではまるで敗北者のようなので机を眺めながら居座る事にした。
今は何もないがいずれこの机、傷をつけられ落書きされ中には汚物を入れられそれはそれは不憫な目に合うのかもしれない。
私がここに編入してこなければ、その前に私がこの仕事に飛びつかなければ、その前に依頼人がこんな仕事を募集しなければ。
とはいえいつまでもこうしてふさぎこんでいるわけにもいかない。
まどかは机に対する同情もそこそこにしてスマホを手にした。
最近は教室に入れば舞や希美が駆け寄ってくれたものだが、さすがにこの雰囲気でそれは当分なさそうだ。
まどかはプロフサイトにアクセスした。
電脳世界も現実世界と同じように、まどかのマイページには批難コメントが殺到しておりいわゆる炎上状態である。
下がり続けるまどかの気分はここでさらに急降下する。
コメントを読みそして返す気なんてないので、気になる早乙女のページへ飛ぶために友達リストを開けると誰もいなくなっていた。
思わず0人の文字を凝視したがどう見てもゼロはゼロである。
まどかは冷汗が流れ、ますます周囲の自分に向ける視線が気になり身を小さくする。
そうしている間も、まどかのページへのコメント数がリアルタイムで増えていることに気がついた。
こちらが無反応であればそんなに増えるものではないはず、そう思うと嫌な予感がしたのでコメントを少し読んでみることにした。
りさ>「いやいや!性悪なのはあんただから!!」
アッキー>「訴えるってなんだそれ、やってみろよ」
ミイナ>「劣等感なんてないから!」
何の話かさっぱり分からない。
第三者同士が自分のページで勝手に話を広げているようだ。
まどかが深夜の旅館で名越と会話をし、その後名越が早乙女と別れた、ただそれだけのはずなのに。
他に何か問題があっただろうか。
思い当たるふしのないまどかは、肘をつきながらコメント欄をさかのぼって見てみると、思わず声を上げそうになった。
まどか>「あなたって性悪ねえ~」>りさ
まどか>「やだもう訴えるわよ!」>アッキー
まどか>「みんな劣等感持ちすぎ」>ミイナ
なんと"まどか"が複数のコメントに返信し続けているのである。
まどかという同名の誰かが代わりに書いたってこと?少しの間首をひねって考えても、わけがわからなかった。
しかしよく見ると、同名ではなく第三者がまどか本人になりすましてコメントを書いている驚愕の状態であることが分かった。
それぞれのプロフに入るには当然パスワードが必要なので、それがバレていればなりすましは可能ということだ。
そもそも"まどか"が偽名であり、"まどか"が自分自身であるという意識が薄いので、そこまで心深く傷つかずとも、とても薄気味が悪い。
ここまでだとまだ冷静でいられたのだが次の瞬間、新しく書き込まれたコメントが表示されたのだった。
まどか>「条治ったら、まだ来ないのかしら?私がいまこんな酷い目にあっているのに遅いわぁ~」
今この瞬間も誰かが、まどかになりすましてコメントを書き込んでいる!
まどかは素早くスマホを机に置いて立ち上がり、勢いよく周囲を見渡した。
うなだれるようにしていたまどかの突然の行動に教室がしんとした。
スマホかケータイを手にしていたのは7~8人。
この中で誰かが!いや、違うクラスかもしれないが…。
「私のパスワード知ってるの、誰!?」
馬鹿馬鹿しい事態に、まどかは叫ばずにはいられなかった。
またしても意表をつくまどかの発言に全員が黙ってまどかを見ていたが、一人お調子者風の男子生徒がニヤニヤ薄ら笑いを浮かべながらスマホに目を落とし操作をはじめた。
まどかは一直線に男子生徒へ近づき怒鳴りつけた。
「あんた!?」
まどかは男子生徒の腕をつかんだり、過剰に接近することはかろうじて避けた。
この光景をおもしろおかしく追加でまた流布されるのだろうから、自分がより不利になる行動は避けた。
まどかの剣幕にヘニャヘニャした男子生徒はややうろたえつつも口元はだらしなくしたまま、スマホの画面を見せてきた。
「ちがうちがう~、お前のパスワードなんて知るわけないだろぉ~」
画面はたしかに同じサイトだったがまどかではなく、"dawa"というこの人物であろうページだった。
「…何つぶやくつもりだったわけ」
疑ってしまった事にほんの少し悪いと思ったが、紛らわしい事この上ない。
「何って…。そりゃあやっぱり~、西上が発狂してるなう!!的な事?」
「やめてよ気持ち悪い!名越まだ来ないのかしら?とか思ってないから!」
下の名前で呼んだことないしね!
と、言わなくていいことも言ってしまいたかった。
スマホやケータイを持ってない生徒からしたら一体何の事だか状況が分からないのだろう、大半が呆気にとられた様子だ。
「どうしたんだ?」
そこへ沈黙を破ったのが、佐々木という、いつも名越の近くにいる男子だった。
佐々木は教室の後ろのドアから中へ入ってきて、普段と違うクラスの様子に動じることなく周りを見渡した後、まどかへと近づき眉根をひそめた。
「トラブルの発端はここであってるか?西上と和田が喧嘩か。」
「ちがうちがう~!俺はまったく無関係だってばぁ!」
このヘニャ男は和田という名前らしい。
反対にこの佐々木は、間近で見ると大柄な体躯と、地に足の着いた雰囲気が相まってまさに執事とかボディーガードのようである。
この"爺"は、つい先日バスの中で舞の想い人であることが分かった。
希美によると文武両道で特に女絡みの浮ついた話はないが、かといって生真面目とまではいかず軽口もたたき、名越とは互いの違いを認め合っているかのような印象である。
「ケンカ…じゃないわよ。言い合い。」
「言い合うのがまさにケンカなんじゃないのか。相手の言うことを聞き受け入れるのは話し合いだけどな。」
さすが佐々木、という声が聞こえてくる。
名越の隣にいるだけあってさすがに言うことが違う。
今までその大人っぽい人格をもっと活かして名越に性道徳を教えていてくれたら良かったのに。
まどかは佐々木の横顔を見て少々強引なことを考えながら、ふいに目線を横にずらすと舞がこちらを見ていた。
目が合った瞬間、舞は両手で持っていた参考書に隠れるようにして机の横へうずくまり、そこにぶら下げているかばんを探るフリを始めた。
おそらく舞は動揺したのだろう。
好きになったきっかけは、舞がひとりで教材を運んでいる時、佐々木が半分持つと言って半分以上の量を軽々と持ち上げ、颯爽と先へ歩いて行ったとのことだ。
以来、内気で奥手の舞は恥ずかしくて話しかけられず佐々木を目で追うのに精いっぱいらしい。
そんな風に清く恋をしたのはもう何年前になるのだろうかとまどかは時の流れを感じた。
これも希美の情報だが、佐々木は名越の側近のくせして普段女子と関わることがめったにないようだ。
もちろん、だからといってまどかが佐々木と会話してはいけないという決まりなんてないのだが、不可抗力でそれは行われてしまった。
舞と話ができるようになったら軽く謝っておこうか。
そんな事を考えていると、まどかは少し落着きを取り戻した。
そしてチャイムが鳴り同時に先生がやってくると、同じタイミングで名越が姿を現した。
生徒たちは目を合わせつつそれぞれの座席に向かう。
「もっと早く来てよ。」
まどかはそう言いたかったが飲み込み、かわりに恨めしそうな視線を投げてやった。




