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2014.02.24 細かい文章表現を訂正しています。
名越がまどかの方へ歩み寄るとにわかに辺りが明るくなってきた。
まどかが視線を夜空へ移せば、重たげな雲の間から月がぼんやりとこちらを見ている。
そして間近に迫った名越の浴衣姿にまどかは思わず息を飲んだ。
朧月夜の薄明るさでも、整った目鼻立ちの陰影がくっきりとして首筋や喉仏、鎖骨を妖しく描いていた。
昼間に時々のぞかせる艶やかさは今に比べると可愛いものだ。
その爽やかな印象も、女を性的に狂わせるような雄々しさに変化している。
制服姿ではないので余計に高校生離れしていて、嫌でも"男"を感じさせるのだ。
まどかは先ほど味わった炭酸がまるで本当にアルコールだったのではないかというほど頬が上気し、身体の奥が熱くなっていくのを感じてたじろいだ。
先に何か言わなければと先程の会話の内容を思い出した。
まどかが発したお子ちゃま云々の独り言に対して、そういうのがガキっぽいのだと名越が言い返してきたのだった。
「どーせ、私はガキですよ。こないだも言ったじゃん。」
まとまった会話はあの屋上の件以来だ。
名越の年不相応な色気にあてられたのをごまかしたくて、まどかは悪態をつかずにはいられない。
「そうだな。ガキだけどお前の場合はいちいちエロいんだよ。」
「は?私が?まさか名越君にそんなこと言われるなんて。」
「それ飲む時とか。」
「…ジンジャーエール?これ飲んでる私がエロいって?」
ビールのように味わっている様子がそんな風に見えるのだろうか。
「バスん中でこぼした時は笑わせてもらったけど。あと、それ。浴衣。ありえねえくらい似合ってんだけど。」
名越はぶっきらぼうな物言いで、少し目を泳がせている。
「ん、ああ、浴衣はねー。うんうん着れば誰でも雰囲気変わるよ。名越君なんてただでさえアレなのに浴衣なんて着ちゃ隠し撮りの上にバラまかれそう。」
「誰でも?いやお前以外は普通だろ。あ、隠し撮りした奴は許さないから俺。」
今サラッととんでもないことを言われた気がしたけれど、まどかは聞き流すことにした。
「うん。気をつけてね。そういう女はあなたに執着してるんだからね。迫られてもちゃんと避妊はしとかないと。」
早乙女も名越もガツンと一度きり注意すれば聞いてくれるというのなら、依頼人もまどかなどに頼んじゃいないだろう。
名越との会話がなかった間、早乙女の方に人生設計をきちんとするよう説いてはみたもののあまり響かずで、やってきた危険日期間中は、それはそれはもう大丈夫なのかと随分やきもきしていたものだ。
「…それまだ言うのかよ。」
名越はガクッと頭を傾け、その拍子に手すりにひじをついた。
「で、新しいセフレやった?名前教えて?」
「おい、新しいゲームやったみたいになってるぞ。俺はそこまで飢えてない!誰ともしてない!」
まどかは目を見開き身をそらして絶句した。
「どんだけ驚いてんだ!お前の中の俺って、どうなってんだよ…。」
「うーん…。」
「フツーにへこむんだけど。徹底してケダモノ扱いか。」
「え?ううん、そんなことはないって。」
名越が本当に落ち込んでいる様子だったのでまどかはできるだけ明るい声をだした。
先程まで周囲に聞こえないよう慎重になっていたのだが、会話のペースが上がるにつれ次第に警戒が薄れていく。
まどかは、やはり名越と久しぶりに話せて嬉しいのだと認めざるを得ない。
「俺な、体育祭を仕切る事にしたぜ。生徒会長の仕事やる。」
「ええっ?そうなんだ!」
名誉挽回と言わんばかりに宣言した名越は凛々しげな顔つきをしており、ほんの数日疎遠だっただけなのに、とても長い時間会ってなかったような気がするくらい、その成長が眩しい。
思わぬ収穫にまどかは感慨深い思いを抱く。
どうやらまどかの働きかけは間違えていなかったようだ。
「屋上では私、ほんとに偉そうなこと言ったけど、生徒会長の仕事は大変なんだよね。企画してたくさんの意見まとめて実行するんだから。違う高校行った友達がね、生徒会役員なんだけど、やっぱそういう感じで忙しいんだって言ってた。」
「ふうん。その友達、男?」
「へ?う、ううん、女子だけど…?」
きゅうきょ作り上げた架空の設定に突っ込まれても困るので、まどかはすぐさま会話をつないだ。
「とにかく!大変だけどやり遂げた時の爽快感はすごいってさ。」
「だろうな。勉強とは違う頭スゲー使うんだろうし、他の、やったことない奴らとの差がつく。…本来、やるはずのなかった以前の俺とも。」
「そう!そうだよ名越君!就職してからが有利になるんだよそういうスキルは!!」
ただ名越をハニートラップにかからないよう導くだけがまどかの仕事であるのだが、人間性の向上…と言ってしまえば傲慢だけれども、やるべきことを自身でこなしていく覚悟を持ってもらえた。
それに活き活きとした人物は見ていて心地が良い。
まどかは心からの笑顔で熱くエールをおくると、名越は表情を強張らせた。
「お前のその笑う顔、もっと見たい。他の…いろんな顔も。」
まどかは一瞬呼吸を忘れてしまいそうになり、そして返答に困った。
名越は今までもまどかに対し軽いアプローチをしてきてはいた。
けど数ある女子のひとりであったし、また未熟な少年の部分を目の当たりにしていたために、まどかの心奥深くを揺さぶる事はなかった。
しかし今、名越がまどかに向けている感情が自分だけに対する特別なものなのかもしれない。
そう仮定するとまどかの心拍数は跳ね上がった。
まどかはそれを悟られまいと、視界を彷徨わせると、手を伸ばせばすぐ届く位置にヤマボウシの木の葉がある。
ヤマボウシといえば、その名を冠した会社があり、それは葉子時代に営業として必死で働いていた時の顧客だった。
契約締結に苦戦したことがきっかけで、自分は営業にむいていないかもしれないと悩み、その頃は事務方ともうまくいかないことが重なって色々と煮詰まっていた。
そこであの人は散々相談にのってくれた。
入社して2年の葉子は、必死だったのだ。
心を寄せるのにそう時間はかからなかった。
まどかはヤマボウシの葉に手を伸ばそうとした。
「今なに考えてるか当ててやろうか」
「え?」
まどかは名越の鋭い声に一瞬で目線を戻した。
「西上さ、そういう顔してる時、元カレの事考えてるだろ?」
失恋して半年。
心の中からあの人を追い出したいのに美化された思い出に囚われ続けている。
一泊二日箱根で過ごした事だってまどかの希望を叶えてくれたのだった。
あの心華やいだひ時間を思い出す度に切なくて涙がにじんでくる程であった。
けどなぜか今はそういう気持ちがわかない。
この地に、来ているのに。
まどかはやっとの思いで絞り出すように答えた。
「そういう顔…、そう?」
「バスの中でもしてた。」
「えっ?そうだったっけ?」
名越のこちらを見る目が、熱く、強く、逃れられないのだ。
「俺、早乙女と別れる。」
「は!?」
「シーッ。…お前はもう俺と早乙女の仲を応援するな。セフレも作らないし。だからケダモノ扱いもやめてくれ。」
まどかは予想外の展開に、懸命に集中して頭の中を整理しようとした。
つまり名越はもう自ら罠へかかりに行くことがなくなったのだ。
懲りない女子達からの誘惑をも確実に撃退できるのであれば、これで性生活を心配しなくて良いので、まどかのやる事がなくなる。
任務完了となる日は近いかもしれない。
名越とはもう会えない。
そこへたどり着けば、まどかの中でとある思いが浮き彫りになってきた。
まどかは早乙女との仲を取り持つことで、いつからか名越へのとある感情に線引きをしていたのかもしれない。
これは一時の気の迷いだと、まどかは頭を振り、思考を心の遠くに投げ捨てた。




