<5>それが好きな理由
西校舎の三階に位置するのは二年生の教室である。その下の二階に一年生の教室が並び、東校舎が三年生である。そして、購買部や食堂などが東校舎の三年生の管轄――違う言い方をすれば陣地――に置かれている。要するに、学校で一番学年が上の先輩が一番美味しいポジションを占めているのである。二年生、一年生がお昼休みに食堂に脱兎の如く駆けつけたところでそこは既に上級生で犇めき合って良い席は残っていない。
朝急いで家を出てきたユウは、お弁当を持ってくるのを忘れ、久々に食堂へ足を向けた。
隣で券売機に並ぶ、ユウの頭一つ分位は背のある榎木まゆは端正な眉を顰め、自分よりも低い位置の小さな頭を見下ろした。そして徐に溜め息一つ。
「ユウ。まだ迷ってるの?」
弾かれた様にユウは隣にいるマユを見上げる。そして傍から見ても困った表情で、
「どうしよう。オムライスかカレー? 決められないんだけど……」
「いい加減さぁ、毎回の事なんだから迷わないでくれる? ほら、もうすぐ順番だからね」
「マユ、決まったの?」
「ユウみたいに優柔不断じゃないからね」
姉御肌のマユの台詞に頬を膨らませ、それでもユウの思考はオムライスとカレーで占められている。そんなこんなの中に順番はやって来て、マユは颯爽とハンバーグ定食の券を片手に先に行ってしまった。
慌ててお金を入れて、しなやかな指先で押したのは――オムライス。
そしてユウは小さく溜め息を吐く。
食堂に来ると毎回繰り返される行動パターンに自分の優柔不断にユウは嫌気が差す。小さな食券を見詰め再度溜め息を漏らした。
オムライスとカレー。どちらがユウの好物かと聞かれれば、それはカレーと即答出来る。
それでは何故オムライスとカレーで迷うのか。
ユウの中での答えは単純でいて、それは親友のマユにも言えない理由がある。
オムライスはカイトの好物だったりするからだ。ユウ的にはカレー。だけど、オムライスを前にしてしまうと――
受け取ったトレイを両手に、既に上級生で埋まった席の合間をユウは情けない面持ちで歩く。先に行ってしまったマユを見つけ、そっとその向かいに腰を下ろした。
それまで大きな瞳を綻ばせユウに手を振っていたマユの表情が、明らかに呆れの色に侵食されてあからさまな視線を投げかける。
「で、結局オムライスなんだ? てゆうか、いつもカレーとオムライスで迷うけどユウがカレーを食べてるとこ見たことないんだけど」
マユがちらりとオムライスに視線を投げかける。そこには呆れの色が滲み出すと言うより溢れ出ている感があった。
「そ、それについては触れないで」
「結局オムライスなんだから迷わなきゃいいのに」
「ごもっともです……」
マユの言葉に些か小さくなりながらユウはスプーンでふわふわの卵をライスと共にすくい上げた。ふわふわ卵に包まれた温かなご飯。ユウの好物ではないけれど、オムライスを食べるとカイトの幸せそうな顔が瞼に浮ぶから――ちょっとだけ、ユウは幸せを分けて貰うのだ。
「おいしい」
「幸せそうで、なにより」
そんなに美味しいのかと、ユウの心根を知らないマユは少し勘違いをしているが、親友の綻ぶ顔に優しい眼差しで答えた。
マユとユウは小学校からの同級生で、高校まで一緒に進学する程仲が良い。ユウと一緒ならそれはカイトとも同じ歴史を刻んで来た訳でもあるのだが。そんな長い時間を一緒に過ごしては来たのだけれど、流石にオムライスの話だけはマユにも言えない。だってそれは、いくら双子とはいえ理由が異常だしと、ユウはマユのきらきら光る艶のある長い髪をぼんやり眺めながら思う。
ちょっとばかり、過剰な依存。麻薬にも似た片割れ中毒。そんな感情の名にユウが気付くのはそんな遠い話ではないのだけれど。
ほんのりとオムライスの味が、だけども着実に確実にユウの心に味を付ける。