<45>巡る日々に感じて
気が付けば、もうそろそろ夏休みで、日々上昇する気温が月日の移り変わりの早さを物語っている。それに頻りに、これでもかと短い一生を全力を掛けて鳴き続ける蝉の存在も加わって。
もう、こんな季節なんだなぁ。なんて、少し感慨深くなる。
大学の食堂で購入したパンと紅茶のパックを片手に、ユウはマユと学内を移動していた。今日の抗議は終わりで、後は食事して帰るだけだ。
「なに、溜め息なんかついちゃって」
「うん。もうすぐ夏休みかぁ、って思って」
「溜め息つく理由がないじゃない。夏休みなんて最高でしょ?」
訝しげに目の前のマユは小首を傾げて、ユウの顔を覗きこんだ。
単に、夏休みというだけならユウにだって大歓迎だ。ただ、カイトに添い寝した日以来、やたらとカイトと過ごす時間が増えて。意識して接触しないようにしてるにも関わらず、部屋にいればカイトは何の前触れもなく訪れるし、ユウ一人が避けようとしても同じ屋根の下じゃ限度がある。
こんなに近くにいられたら、ユウの決心なんか無残に打ち砕かれてしまいそうで、自信がない。いつだって心はカイトに捕らわれているのに、この状態はかなりきついのだ。
傍にいたい本心と、自分の選んだ三年前の決断の狭間で揺れる揺れる。意志薄弱って言われればそれまでかもしれないけれど、これでも必死の抵抗戦なのだ。だって、欲に負けて何もかも吐露してしまえば楽にはなるかもしれないけど、何もかも無くしてしまう。
全てを無くすなんて勇気があれば、三年前に想いを告げていたわけで。
ユウは一頻り考えて、やっぱりもう一度盛大な溜め息を吐いた。
理由なんて、マユにだって言えない。
「夏休みかぁ。そうだね、講義がないのは嬉しい」
「それだけー?何か楽しいこと考えなさいよ。どこかに行く計画とかさ、何もないの?」
そう言ってマユは盛大に不景気な顔をした。綺麗な顔が歪んでいる。
「なんも計画してないなぁ」
適当な芝生の上に木陰を見つけて、ユウは腰を下ろした。隣りにマユが座るのを確認してユウは紅茶のパックを開ける。
「サク先輩とどっか行けばいいじゃない? 海とか山とかさ」
「んー……」
サク先輩と。
意識し過ぎなのかもしれないけれど、カイトと親密な時間を過ごしてしまってから、サクと接するのが心苦しくて。
言わなければバレるわけもないのに。自分の本心を優先したからか、なんだか後ろめたくて、まともに接することが出来ない。
彼氏なのに。三年以上付き合ってるのに。ユウ一人のせいで縮まらない距離。ぎくしゃくした関係。
「何を思い悩んでるのか知らないけど、後悔しないように毎日送らなきゃだよ。ユウ? 夏休みだけじゃなくてね」
「……うん。心配してくれてありがとう」
いつだってマユはユウを気に掛けてくれている。言わなくても察してくれる心優しさに、堅くなった気持ちを解してくれる。有り難い気持ちに、自然に笑顔が零れた。
「カイトは元気? ああ、カイトとどっか行けばいいじゃん。あいつユウが行きたいとこどこでも連れて行ってくれるでしょ」
「ええー、弟だしぃ。だったらマユがどっか連れて行ってよー」
突然出てきたカイトの名前に、話題に、少し焦る。今はあまり話題にはしたくなくて、ユウは慌てて話を逸らした。
真っ直ぐなマユの視線に本心を見透かされそうな気がして、誤魔化すようにユウは手にしたパンにかじり付く。
何故かマユは、真っ直ぐな視線を柔らかくし、口元だけで微笑んだように見えた。ユウは紅茶のパックを口に運びながら、青々とした芝生に目を走らす。
夏の眩しいほどの陽光に煌めき、美しく生命に満ちてる様は、双子の弟を彷彿させる。その中で沈み込んでる自分の情けなさに、ユウは肩を落とした。