<43>掌の不安と幸せ
ユウは無理に上体を起こし、そのままカイトの手を振り解こうとしたが、力では適わず。
困り顔でカイトを見やれば、そこにはふてったような表情。
「それじゃあ、このままでいられないじゃん。嫌ならいいよ。隣にはいかないから、ここにいて」
「で、でも……その体勢じゃ寝るの辛いでしょ?」
「だから隣に行かせてって言ってるのに」
墓穴を掘るとはまさにこのこと。ユウは返す言葉も見つからず、そのまま押し黙った。
妙に気まずい沈黙が流れる。なのに、繋がった手は離れることはなくて。逆に意識がそこに集中してしまう。
意識し出すと、カイトの言葉は頭でぐるぐる回るし、体内温度も急上昇。
もう、本当にどうしていいのかさっぱりだ。
「ごめん。困らせるつもりじゃなかったんだけど。ユウと一緒に過ごすのなんて、随分と久しぶりだったから」
気恥ずかしそうな殊勝な態度でカイト。ふいと逸らした視線が、床の上を彷徨っている。
こういうところ、誰にでも見せないで欲しいんだけど。なんて、ユウの胸裏は沸々と煮立つ。こんなカイト見たら誰だって落ちてしまうだろうから。
未だに沸き起こる嫉妬心に、カイトの口から漏れた言葉に、操られたかのようにユウの手は無意識にカイトの手を握り締めていた。
何をしようとしているのだろう。駄目だと、頭が最後の自制心で止めているというのに、震える唇が紡ぎ出すのは自分の素直な気持ちでしかなかった。
「おいでよ。一緒に寝よう」
もっと焦ったり、上擦ったりしても良さそうなのに、さらりと出てくる言葉。真っ直ぐカイトを見る。表情を見れば、言った自分よりカイトの方が驚いたようで、色素の薄い瞳が大きく見開いた。揺れる瞳。うっすらと半分開いた口。
何もかもが愛しくて。誰よりも欲しくて堪らない人だから。理性なんか、カイトの前では塵に等しい。
カイトが深い意味を持って言っているかなんて、分からないけど。ユウがどうしたいか、なんて単純なこと。塵と化した理性が風に流されれば、残るのはカイトへの情熱だけだから。いつだって傍にいたい、寄り添っていて欲しいという冷めることのない熱だ。
頻りに瞬きをして、緩慢な動作でベッドに這い上がるカイトを、その動作の一つだって見逃したくなくて、ユウはじっと見据える。脳裏に一つ一つを焼き付けて。
この身を焦がす、片割れをいつでも傍に感じれるように。
この瞬間を一生忘れないように。ユウの左手に伝わる温もりは、紛れもなく大好きなカイトのもので、横たわる自分の重み以外で沈むベッドのスプリングが、夢じゃないと教えてくれる。
こんなに近付くのは何時かの図書室ぶりだ。
「シングルだとちょっと狭いな」
そう言ってカイトは首だけユウの方へ向けてはにかんだ。
「だからあたし帰るって言ったのに」
ついさっきまでの緊張やら、動悸やらが嘘のように普通に喋れて、ユウは自分に驚く。正直、背徳とかサクのこととかも考えないようにしていたりもして。
こんな状況、もう一生ないかもしれないから。今だけ、幸せを感じたい。
「今日、講義あるの?」
「午後からあるよ。カイトは?」
「俺? まぁ、あるっちゃあるかなぁ」
「いつ?」
「んー……内緒」
「あ! もしかして朝一からあるんでしょ!」
慌てて半身を起こしかけたユウをカイトが繋いでない方の手で押さえた。どうやら、全く行く気がないらしい。
ユウは少し嬉しく思いながらも、口先を尖らせた。
「単位落としちゃっても知らないんだから」
「んー、いいの。今はユウに添い寝して貰う方が大事だから」
添い寝。
言われて気が付く。一緒に寝坊しようと言われたが、確かに言い換えれば添い寝でもある。そんな言葉の遊びに気が付き、自分でも恥ずかしくなるくらい頬が熱くなった。
カイトに添い寝をするなんて。全ての煩いごとを省けば、幸せの極みにいるみたいで。恥ずかしいやら嬉しいやら複雑怪奇な気分。
照れくささに、向き合った顔をさっと逸らす。
カイトは何が可笑しかったのか、小さく肩を震わせた。




