<42>掌の不安と幸せ
重なった視線。どちらも話すタイミングを見つけられなくて、絡んだ視線を逸らすことも出来ない。その顔を見ているだけで、胸いっぱいに広がる哀切。こんなにも愛しいのに。世の中の倫理に阻まれた気持ちが不条理に悲鳴を上げるかのように切ない。
ユウは止まった時間にしがみつく思いで、カイトを見詰めていた。
先に時間を動かしたのはカイトで、その時間が長かったのか短かったのかはユウにはもう分からなかったが、繋いだ手がきつく握られたことで我に返った。
白昼夢を見てでもいるかのような時間。朧気な意識の中、カイトの瞳がゆっくりと瞬いたのを視覚が捉える。ゆっくりと開いたカイトの唇は思ってもみないことを紡ぎ出し。
「もう少し、もう少しだけ、こうしていてよ」
甘い、甘い、砂糖菓子よりも甘い表情。そして子供のような無邪気な表情なのに。微妙な声音に含まれる不安定な感情に、ユウは何かを発することも出来ず、ただただ呆然。
ずるいと思う。口説き文句だけならまだしも、態度まで。そんなの逆らえる訳もない。だって、カイトが好きだから。本能に逆らえるほど、出来た女じゃない。
ユウは慌てて顔を背けた。きっと、真っ赤になっているはずで。高鳴る鼓動は、力強く叩きつける太鼓のよう。何も考えられない頭で頷くのが精一杯。
駄目だってことだけは、こんな頭でも理解しているのに、感情に流される。いい訳ない。姉弟なのに、双子なのに、家族なのに。
「よかった。もう少しだけこうしていよう。一緒に寝坊しよ」
安堵したかのようなカイトは、ユウの手を握ったまま上体を起こし、ベッドの端に左手だけで頬杖をつく。優しい表情。うっすらと持ち上がった口角に、うっすらと細められた目。
もう、心臓がうるさ過ぎて周りの雑音なんか耳に入らない。視覚がカイトを捉えるからいけないんだと、ユウは慌てて目を伏せた。
「あのさ、ものは相談なんだけど……隣、行ってもいい?」
「……え?」
とんでもないことをあっさりではないけれど、言ってのけるカイトにユウの心臓は心配停止したかと錯覚する。
カイトなら、確実にユウの息の根を止められるんじゃないだろうか。カイトの言葉を完全に理解出来ないまま、ユウは思う。だってこんな顔でそんなこといわれたら、全身の血が沸騰してしまう。
姉弟で一体何を考えてそんなことを言うのか。カイトの気持ちがさっぱり分からないし、動転してしまった自分が取るべき態度も行動も正常に判断出来ないまま、ユウは固まったまま動けないでいた。
「ダメ? 昔はよく一緒に寝たじゃん」
「む、昔って一体いつの話よ……子供の頃じゃない」
おねだりするカイトが何だか、その子供の頃を彷彿させる。確かに、昔は一緒に昼寝などよくしたが、さすがにこの歳で姉弟仲良く一つのベッドはまずいと思う。それは双子以前の問題で。
ユウはぶんぶんと頭を横に振りながら、拒否権を誇示した。
一緒になんて寝たら確実に死ねるんじゃないか。いやいや、それ以前に親にでも見られたら何かがなくてもまずいだろうし、それよりも、自分の感情を抑えられなくなって仕舞いそうだし。
産まれてきてこれまで生きてきた中で、今ほど脳内が高速で回転したことはないんじゃないかというほどフル回転。ユウは色んなことを逡巡する。
だけど、カイトはお構いなしで、
「たまにはいいじゃん? ね?」
「や、だって。おかしいじゃない。何で一緒に寝なきゃならないのよ。あたし、ちゃんと自分の部屋に帰るから。カイトにベッド返すから……」
焦って勢いよく反論。だって、カイトのペースに乗ってしまったら、都合良くさせられてしまうのは目に見えてるから。ユウも必死になる。その真意が分からなくて。カイトの眼差しは暖かいのに、考えてることがこれっぽっちも分からなくて。覚える不安定な感情に、暖かい朝なのに、手足の先が冷たくなる。