↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
11/14

第11話  どぶねずみ

「なあ、聞いたか紅。最近、神社のお供え物が盗まれてるって。」


夕食後、蒼は皿を拭きながら、まるで“今日のニュース速報”でも読み上げるように言った。

しかしその目は、すでに獲物を見つけた獣のようにギラついている。


「え、そうなの?初めて聞いた。」

紅も皿を拭きながら驚いた顔を向けた。


ここは紅と蒼が護持する戸板神社。

神社の物が盗まれるなんて、ありえない。

そんなことをしたら──紅と蒼が黙っていない。


「ふとどき者がいるなら、懲らしめないといけないよな。」

蒼は手を止めずに紅を見る。

その顔はすでに“戦闘モード”に入りかけている。


「そうね。犯人は誰なんだろう。明日、宮司さんに様子を聞きに行ってみようかな。」


「そうだな。まずは宮司さんだ。俺は留守番してるから、よく聞いてきてくれ。犯人をひとつ、とっちめてやろうぜ。」


蒼は完全にやる気満々。

紅は苦笑しながらも、心のどこかで同じように燃えていた。


次の日。

宿のお客様を見送ると、紅はすぐに戸板神社へ向かった。


真言坊から神社までは坂道を五分ほど下れば着く。

秋晴れの空は高く、鳥の声が遠くで響き、金木犀の甘い香りが風に乗って漂ってくる。

参拝客はまだ少なく、境内は静かで気持ちがいい。


「おはようございます、宮司さん。」


紅が社務所の扉を開けると、宮司は机に向かって書きものをしていた。

「これは紅ちゃん、おはようさん。」

宮司は手を止め、にこやかに立ち上がった。


「お仕事中すみません。大した用事じゃないんだけど……」


紅が恐縮すると、宮司は笑って茶碗を二つ用意した。


「ちょうど休もうと思っていたところじゃ。ほれ、熱いから気をつけての。」


紅はお茶を受け取り、椅子に腰かけた。


「実は、神社のお供え物が盗まれているって噂を聞いて……」


「ほう、神社が噂になっておるのか。そりゃ光栄じゃな。」

宮司は嬉しそうにお茶をすすったが、紅の言葉の続きを聞いた瞬間、表情が変わった。


「供え物の話か……確かに、しばらく前から度々盗まれておるんじゃよ。」


宮司は髭をなでながら困った顔をした。


「どれくらい前からですか?」


「二週間くらい前からかの。米や果物が、いつの間にか無くなってしまうんじゃ。」


「夜の間に盗まれるんですか?」


「そうじゃの。夜が多いかの。」


紅はお茶を置き、真剣な顔になった。


「他に何か盗まれたものは?」


宮司は目を閉じて少し考えた。


「今のところは供え物だけじゃ。」


紅は立ち上がった。


「わかりました。私と蒼でしばらく神社周辺を見張ります。」


宮司に礼を言い、紅は社務所を後にした。


帰り道。

寄り合い所の前で人だかりができていた。


「誰がこんなことしたんだろう……」

「ひどいわね、せっかく咲いたのに……」


紅が近寄ると、女将会の数人が花壇を囲んでいた。


「こんにちは。何かあったんですか?」


「あら紅ちゃん、見てよ。花がこんなに荒らされて……」


花壇の花々は踏みつけられ、引き抜かれ、根がむき出しになっている。


「これは……」


紅は思わず声を漏らした。


「今朝見つけたのよ。本当にひどいわ。」

「泊り客の仕業かしら。」

「腹が立つわね。」


紅は宮司の話を伝えた。


「神社のお供え物も盗まれているみたいです。皆さんも気をつけてください。」


女将たちは怒り心頭。

紅も同じ気持ちだった。


紅は足早に真言坊へ戻った。


「ただいま。」


紅が玄関を入ると、蒼はまるで待ち構えていたかのように飛び出してきた。


「どうだった。」


蒼の声は低く、すでに“戦闘前”の空気をまとっている。


「お供え物は二週間くらい前から盗まれてるらしい。お米や果物が無くなるって。それから、寄り合い所の花壇がひどく荒らされてたの。せっかく咲いたのに、踏みつけたり抜かれたりして……」


紅は思い出して眉をひそめた。


「なんだそれ。どこのどいつがやりやがったんだ。」


蒼の怒りは一瞬で沸騰した。

拳を握りしめ、今にも飛び出しそうな勢いだ。


「許せねえ。今晩、犯人捜しだ。」


紅は静かに頷いたが、その目も蒼と同じように燃えていた。


丑三つ時。

村は深い闇に沈み、家々の明かりはすべて消えている。


紅と蒼は久しぶりに鬼の姿となり、真言坊の屋根の上に立っていた。

体は半透明。人に気付かれないよう気配を消している。


「ひっさしぶりだな、なあ紅。」


蒼は嬉しそうに牙を見せた。

久しぶりに暴れられることが、どうやら心底楽しみらしい。


「そうだね。このところ平和だったから。」


「よし、そのお供え泥棒と花壇荒らしの犯人をとっつかまえて──八つ裂きにしてやる。」


蒼の口元がにやりと吊り上がる。

紅は苦笑しつつも、同じように闘気をまとっていた。


二人は屋根から屋根へと軽々と跳び移り、戸板神社の本堂へ向かった。

木々がざわめき、夜風が二人の髪を揺らす。


「どう、蒼。何か感じる?」


紅は耳を澄ませ、闇の気配を探る。


「うーん……悪い気は感じないな。匂いもねえ。」


本堂の屋根の上で、二人はしばらく周囲を凝視した。

気配、音、匂い──どれも異常なし。


「何もないね。」


紅が困った顔を向ける。


「今日は出てきてねえみたいだな。」


蒼も悔しそうに唸った。

やがて東の空が白み始め、二人は仕方なく真言坊へ戻った。


その後も夜のパトロールは続いた。

しかし犯人はまるで二人の動きを読んでいるかのように、盗みをぴたりと止めた。


「どういうことだ……俺たちの動き、わかってんのか。」


庭を掃きながら蒼が忌々しげに言う。


「まさかとは思うけど、その可能性もあるかもね。こんな会話も聞かれてたりして。」


紅が小声で言うと、蒼はハッと紅の顔を見た。


盗み聞き──

人間ではない何かなら、十分あり得る。


二人はパトロールの相談を家の中でこっそりすることにした。


その晩。

紅と蒼は作戦を変えた。


これまでは本堂の屋根から見張っていたが、今度は神社内の高い杉の木の上へ。

風の流れを読み、風上に立たないようにする。

匂いに敏感な相手なら、風向きひとつで気付かれる。


紅が枝の上から境内を見張っていると──

何かが横切った。


紅は無言で枝を伝い、音もなく地面へ降りた。

蒼もすぐに気付き、後を追う。


黒い影が本堂へ滑り込んだ。


紅と蒼は顔を見合わせ、気配を消して本堂へ入った。


真っ暗な本堂。

カサカサ……と音がして、黒い影がお供え物を懐に入れている。


紅と蒼は音もなく近づいたが──

影は二人の存在に気付き、一瞬で外へ逃げた。


外へ出た時には、影はもうどこにもいなかった。


「くそっ……!」


蒼は地面を殴りつけた。

紅も悔しそうに息を吐く。


「あれ、人間じゃないね。」


蒼が頷く。


「音を立てずに入ったのに気付いた。匂いでわかったんだ。」


「匂いに敏感な動物……?」


蒼は首をかしげた。


「いや、もっとこう……忌々しい感じの、妖怪とかそんなのかもな。」


「そうね。動物なら花壇を荒らしたりしないものね。」


犯人はまだ近くに潜んでいる。

二人は捕まえる方法を考え続けた。


しかし、良い方法は見つからないまま。

二人は毎晩パトロールを続けた。


その後二度ほど影を見つけたが、逃げ足が速すぎて取り逃した。


またお供え物が盗まれ、植え直した花壇も再び荒らされていた。


「くっそー!コソ泥一つ捕まえられねえ自分が許せねえ!」


蒼は地団太を踏んだ。


「自分が情けない……」


紅もしょぼくれた顔をしている。


そこへ郁人がやって来た。


「ちょっと大根買い忘れちゃって、直売所で買ってきてくれる。」


二人の沈んだ顔などお構いなしに、


「また策を練ればいいでしょう。大根お願いしますよ。」


と言って調理場へ戻っていった。


蒼は重い腰を上げ、村の直売所へ向かった。

夕方の直売所は、地元の野菜や果物が並び、いつもなら素朴で穏やかな空気が漂っている。


だが──今日は違った。


蒼が店に入った瞬間、鼻をつく強烈な悪臭が襲いかかった。


「うっ……!」


思わず息を止める。

腐った肉と魚を混ぜて煮詰めたような、鼻の奥を焼くような腐乱臭。

店員も眉間にしわを寄せ、客は一人だけ。

その客は──美佐江だった。


蒼は一瞬で悟った。


(この匂いの元、まさか……美佐江さん?)


美佐江は戸板村で宿坊を営む女将の一人。

いつもはふっくらとした顔で、にこやかに挨拶をする気さくな人だ。

しかし今日は、うつむき加減で、まるで別人のように覇気がない。


「美佐江さん、こんにちは。」


蒼は鼻で息をしないようにしながら近づいた。

美佐江は軽く会釈をしただけで、声も出さない。


「美佐江さん、何だか元気がないようだけど……具合でも悪いの?」


蒼はただ事ではないと感じ、顔を覗き込んだ。

いつも艶々していた頬はげっそりとこけ、目の下には大きな隈。

まるで何日も眠っていないような、疲れ切った顔だ。


「何もないのよ……」


そう言って美佐江は慌てて店を出て行った。

その瞬間、店員が全ての窓を開けて換気を始めた。

よほど悪臭に耐えていたのだろう。


蒼は大根を買って外に出ると、肺いっぱいに新鮮な空気を吸い込んだ。


「はぁ……生き返る……」


その日の夜。

お客様の夕食が終わり、紅・蒼・郁人の三人は遅い夕食を囲んでいた。


「今日、大根を買いに行った時、美佐江さんに会ったんだけど……すっごいやつれてて、目の下にでっかい隈できてて、しかも……強烈に臭かったんだよ。」


蒼の言葉に、紅と郁人は箸を止めた。


「臭かった?」

紅が聞く。


「臭いなんてもんじゃない。肉とか魚が腐った匂いだよ。店員もすっごい顔してた。」


蒼は思い出してげんなりした顔をする。


「美佐江さんってそんな人だっけ?」

郁人が首をかしげる。


紅は即座に否定した。


「いやいや、そんな人じゃないよ。いつもにこにこして感じの良い人だよ。」


蒼も頷く。


「しかもげっそりして元気がなかったんだね……何かあったのかな。」


「あっ。」


蒼が何かに気付いたように声を上げた。


「あのお供え物泥棒を見つけた時、本堂の中……少し臭くなかったか?」


「そうだったかも。」


紅も思い出したように言う。


「もしかしたら──泥棒は美佐江さんの家にいるのかも。」


蒼が紅を見る。

紅は静かに頷いた。


夕食後、片付けが終わると、二人は美佐江の家へ向かった。


「こんばんは。真言坊の紅です。」


玄関で声を掛けると、間もなくして美佐江が出てきた。

蒼が言った通り、すさまじい悪臭をまとい、げっそりしている。


「こんばんは……何かありましたか……」


美佐江はうつむき、声も弱々しい。


「今日、蒼が直売所で美佐江さんに会ったら、元気がなかったって聞いて……リンゴジュースを持ってきたの。うちのジュースは薬草も入っていて疲労回復にも効果があるのよ。よかったら飲んでみてください。」


紅は優しくジュースを差し出した。


「ありがとう……」


美佐江は頭を下げたが、その目から涙がこぼれたように見えた。

そのまま家の中へ戻り、戸が閉まった。


紅と蒼は美佐江の家を離れたふりをして、こっそり庭へ回り込み、中の様子を伺った。


ドーン!

ガラガラガシャン!


家の中から、何かを叩き壊す激しい音が響いた。


「飯はまだか!腹が減ったって言ってんだよ!」


続いて、キャーッという悲鳴。


蒼が飛び出そうとするのを、紅が腕を掴んで止めた。


「今日こそは絶対に捕まえるから……慎重に。」


蒼は歯を食いしばり、こぶしを握った。


家の中は再び静かになった。


二人は息を殺し、次の動きを待った。


紅と蒼がそのまま身じろぎ一つせずに見張っていると、

ガラッ──と玄関の戸が勢いよく開いた。


出てきたのは、一人の男だった。


薄くなった頭。

薄汚れた服。

ぶよぶよと醜く太った体。

そして男が外に出た瞬間、あたりに“腐乱臭の塊”が広がった。


紅と蒼は同時に顔をしかめた。


(こいつが匂いの元だ……)


蒼が紅と目を合わせ、無言で頷いた。

蒼がこいつの後をつける。

まだ家の中に他の仲間がいる可能性もある。


男は何食わぬ顔で戸板神社へ向かって歩き出した。

その途中──寄り合い所の前を通った時、

男は歩きながら花壇の花を片手で数本、雑に引き抜いた。


その瞬間。


蒼が背後から音もなく近づき、

男の髪の毛をワシッとつかみ、髪ごと体を持ち上げた。


「いててててーっ!」


ぶら下げられた男は悲鳴を上げる。

蒼は鼻をつまみながら言った。


「それにしてもくせーな……本当は触りたくねえんだけどよ。」


ぶつぶつ文句を言いながら、蒼は怒鳴った。


「てめえがいつもこの花壇の花を抜いてやがったんだな、このやろう!」


そう言って、ぶら下げた男の尻を勢いよく蹴り飛ばした。


「なにすんだ、このやろう!花を抜いて何が悪い!抜かれて嫌なら花なんか植えるな!」


男はふてぶてしく悪態をつく。


「なんだと、このやろう。悪いことしといて何言ってやがる!」


蒼はさらに強く尻を蹴り上げた。


「いてててて!放せ!こんなことしてどうなるかわかってんだろうな!」


男は自分が捕まっているにも関わらず、怯む様子がない。


「おまえ、威勢だけはいいな。もっと痛い目にあいたいんだな。それともおまえはばかなのか。」


蒼は怒りながらも半ば呆れている。


男の髪がブチブチと抜け始め、蒼は慌てて別のつかむ場所を探した。


「お前臭いから、つかみたくねえんだよな……」


そう言いながら男の体を見回すと──

尻のあたりから尻尾が出ていることに気付いた。


「ここでいいや。」


蒼は尻尾をつかみ、男をぶらぶらとぶら下げた。

そして尻のあたりをまた勢いよく蹴り上げた。


「とりあえず、紅のところに戻るか。」


蒼は男をぶら下げたまま、美佐江の家へ向かった。


一方その頃。

紅は美佐江の家の様子を伺っていた。


家の中から再び──

ガシャーン!という大きな音が響いた。


その直後、玄関の戸が開き、美佐江がふらふらと出てきた。

他に家から出てくるものはいない。


紅はそっと美佐江の後をつけ、少し歩いたところで声を掛けた。


「美佐江さん、今晩は。」


声を掛けられ、美佐江は怯えたように振り向いた。


「家の中には誰がいるの。」


紅は小声で、しかし鋭く聞いた。

声は優しいが、紅の目は怒りに満ちている。


美佐江は一瞬戸惑ったが、意を決したように答えた。


「悪い奴が一人……夫と子供が人質に……」


そう言うと、美佐江の目から涙があふれた。


「もう大丈夫だから。」


紅は美佐江の肩に手を置き、すぐに家へ戻った。


相手が一人なら、人質がいようとも何とでもなる。


紅は音を立てないように家の戸を開けた。

充満している悪臭が紅を襲う。


(くさっ……)


心の中でつぶやきながら、紅はそっと家の中へ進んだ。


居間の戸の隙間から中を覗くと──

河童のような頭に、浅黒く貧相な男がテーブルの上にあぐらを組み、

何かをくちゃくちゃと食べている。


壁際には、美佐江の夫と二人の子供が怯えて座っていた。


紅は音もなく部屋に滑り込み、

ひとっ飛びでテーブルに飛び乗ると、

男のみぞおちに一撃を放った。


「グエッ!」


男は声を吐いて前のめりに倒れた。


「何か縛るものを。」


紅が家族に言うと、美佐江の夫が慌ててロープを持ってきた。

紅は男をぐるぐる巻きにし、家の外へ引きずって行った。

男は気絶したままだ。


「もう大丈夫ですよ。」


紅が部屋に戻って告げると、家族はホッとして涙を流した。


「まずは換気しましょうか。」


紅は家中の窓を開け、悪臭を外へ追いやった。


ちょうどそこへ美佐江が戻ってきた。


「美佐江さん、悪者はもうやっつけたから大丈夫ですよ。私の方で警察に引き渡しておきますから。」


「紅ちゃん……ありがとう……ありがとう……」


美佐江は涙を浮かべ、深々と頭を下げた。


「じゃあ、私はこれで。」


紅は男を引きずりながら、美佐江の家を後にした。


門の外に出ると、ちょうど蒼が帰ってきた。

片手に太った男をぶら下げている。


「とりあえず、神社に行こうか。」


紅は赤鬼の姿となり、ぐるぐる巻きの男を片手でぶら下げ、蒼とともに神社の境内へ向かった。

夜の空気がざわりと揺れ、二人の足音は闇に吸い込まれていく。


本堂の前に着くと、紅はぶら下げていた男を地面へ勢いよく叩きつけた。


ドスッ。


「俺もこいつから手を放したい……」


蒼はげんなりした顔で言い、手をぶらぶらと振った。

臭いが手に染みついたような気がしているらしい。


「何か縛るものないかな。」


紅が辺りを見回し、ごみ箱から縄を拾ってきた。


縄で縛られながら、デブの男は吐き捨てるように言った。


「お前ら、こんなことしてただですむと思うなよ。」


「聞いたか、紅。こいつさっきからずっとこうなんだ。ムカつくだろ。」


蒼はそう言うと、男の尻をまた蹴り上げた。


「いててててー!」


その声に、もう一人の男も目を覚ました。


「お前ら、この縄をほどきやがれ!」


「こいつもばかなんだな。」


蒼はそいつの尻も勢いよく蹴り上げた。


「いててててー!」


紅は腕組みしながら二人を見下ろした。


「どうしたもんかなこいつら……ねえ蒼。」


「だいたいお前らは何者なんだ。人間じゃねえよな。妖怪か。」


蒼が言うと、デブの男が薄汚い笑みを浮かべた。


「俺様たちが人間なんて下等な生き物なわけないだろう。ヒヒヒ。」


「じゃあ妖怪か。妖怪って干物にしたら何かの薬になるかな。」


紅が眉をひそめながら言うと、


「えっ、こんな臭いの、薬だってぜってえ口に入れねえぞ。」


蒼はおえっとした顔をした。


「誰が干物になんかなるもんか!放しやがれこのやろう!」


男たちは性懲りもなく悪態をつき続けている。


紅と蒼がどうしたものかと考えていると──


本堂が突然、眩い光に包まれた。


風がざわめき、空気が震え、

光の中から人神となった行慶が静かに舞い降りた。


その姿は神々しく、境内の空気が一瞬で張り詰める。


「話は全てわかっておる。この者たちは私が預かることにしよう。」


「なんだお前は!放しやがれ!」


神の前でも男たちは悪態をつく。

しかし行慶は眉ひとつ動かさず、手に持つ杖を男たちに振り下ろした。


バシュッ。


男たちの体がぐにゃりと歪み、

人の姿からねずみの妖怪へと変わっていく。


きたならしい毛並み。

黄色くギラギラした目。

飛び出た鋭い前歯。

言葉はもう話せず、ギーギーと不気味な鳴き声をあげた。


「この者たちは、人の物を盗み、仲間をそそのかし、悪事を働き続けた。

生き続けるうちに悪気を身にまとい、とうとう妖怪にまでなった。」


行慶の声は静かだが、境内に響き渡る。


「このような者にも果たして改心ができるのかどうか──

ひとつ、この行慶が見届けてみよう。」


行慶が杖をもう一振りすると、

ねずみの妖怪は尻尾から固まり始め、

みるみるうちに石の塊となった。


ギギ……ギギギ……


最後の鳴き声が石の中に閉じ込められた。


「動けず、声も出せず、それが何百年も続く忍耐の行じゃ。

痛みを知れば、人の痛みもわかるようになるのが常。

果たしてこの者にそれが通用するのか──

改心できねば粉々の塵としてしまおう。それで良いか。」


紅と蒼は静かに頷いた。


行慶は石となったねずみ妖怪を従え、本堂へと帰っていった。

光が消え、境内は再び静けさを取り戻した。


次の日、美佐江が真言坊を訪れた。


「紅ちゃんと蒼ちゃんには何とお礼を言っていいか……」


美佐江は深々と頭を下げた。

だいぶ元気になったが、目の下の隈はまだ残っている。


「今回は大変でしたね。犯人は警察に引き渡しておきましたから、安心してください。」


紅が言うと、美佐江は大きく息を吐いた。


「最初は客を装って来たから、こっちも油断してしまって……

うちの宿坊の様子がわかったらすぐに態度を豹変させたんですよ。

子供たちを人質にして家に居座って、際限なく食べ物を出せって強迫されて……

あの時紅ちゃんと蒼ちゃんが来てくれなかったら、まだ家に居座られて大変な目にあってました。

本当にありがとうございました。これ、少しだけど……」


そう言って、美佐江はかごいっぱいの柿を置いていった。


「美佐江さん、まだ隈が残ってたな。」


蒼が言う。


「とんだ災難だったよね。回復にはもう少しかかりそうね。」


紅は美佐江に同情している。


「そういえば、久しぶりに行慶様に会ったな。」


「そうだね。行慶様が後を引き受けてくれて助かったわ。

やっぱりどぶねずみの干物は薬でも飲みたくないわね。」


二人は顔を見合わせ、苦笑いした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。