表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/58

2. 東京都八王子市の殺人樹−10

「最初の料理はレンコンと舞茸のマリネだ。ソースはかかっているからそのまま食べてくれ」


そう言って貝塚はフラニスと柿本の前に、縁に模様が刻まれた小ぶりなガラスの皿を置く。


皿の上には薄切りの白いレンコンと小さめに裂かれた黒い舞茸を混ぜたものが乗っており、それには透明なソースがかかっていた。


しかし、フラニスと柿本は料理をじっと見たまま手を出さない。



「何やってるんだお前ら?」


不思議に思った貝塚が尋ねるが2人とも答えない。


本当にこれは食べられる料理なのかと訝しみ、隣に座っている人間が食べるのを確認したいフラニス。


フラニスより先に料理に手を付けるのは不敬だと考えて手が出せない柿本。


言葉には出せない両者の微妙な綱引きの結果、気まずい時間だけが流れていく。


この膠着状況を脱するには呆れ果てた貝塚が口を挟む必要があった。



「いいからはよ食え。神のくせに前菜でビビってどうする。料理はまだまだあるんだぞ。恵も隣に座る奴に遠慮する必要なんかない」


「くっ...」


「じゃあ、失礼して...」


2人は恐る恐る料理に手をつけ始めるが、口に入れた途端表情が一変する。


「ちゃんと食べられるではないか」


「塩ゆでされたレンコンと舞茸のサクサクとした食感にマリネの酸味が合わさっていて、食感と酸味が食欲を呼び起こしますね。サラダと言えば生野菜を使うのが常套手段ですけど、これだと生野菜特有の水っぽさやエグみが無いのが良いですね。口に入れた時に広がるオリーブオイルとソースの香りも良く、前菜のサラダとしてしては十分役目を果たしています」


きちんと料理を味わっている柿本に対し、そもそものハードルが低すぎるフラニス。


両者の基準に違いはあれど、料理に問題がないという点では共通していた。


その評価を聞いて貝塚は満足そうに頷く。



「フラニス、塩加減とか味の方向性とか問題ないか?神に料理を作るのは初めてだから、味覚や好みと違うなら教えてくれ」


「これで問題ない。ソースは透明だが味と香りがきちんとついている。塩とコショウで味を整えているのは分かるが、この味と香りは何の材料を使っているのかよく分からん。そもそも木を食べると言っていたがどこに使っているのだ?」


テーブルの上に置かれている木片と料理を交互に見比べるフラニスだが、当然ながら料理には木片は混じっていない。


フラニスの質問を受け、貝塚は木片の隣に白い粉が入った透明な袋を置く。


「ソースに木を使ってるんだよ。殺人樹から採ったデンプン粉をお湯で溶いて、塩とコショウを加えたのがそれだ。お前の言う味と香りは殺人樹のデンプン粉由来のもので、元々ちゃんとした旨味と香りを持っているから、余計な手を加えずそのままソースにした」


「なるほど、わざわざ木からデンプンを採取したのか。お前のことだから、木をそのまま出してくるものとばかり思っていたが、存外まともな調理技術を持っているではないか」


「もしかして、神なら木をそのまま食べられるのか?刺身感覚でいけるなら用意するぞ」


「死を望んでいるなら素直にそう言え」




(なるほど、知らないとこういう反応になるのか)


フラニスの様子を隣で見ていた柿本は、同じテーブルで食べろと言われた理由を察する。


殺人樹のデンプン粉の味を知っている者とそれ以外では、料理に対する理解や反応が異なるのは当たり前だが、目の前でその実験結果を見せられれば嫌でもその重要性を理解できた。


わざわざ貝塚がテーブルの上に木片を置いたのも、そちらにフラニスの意識を向けさせるためだろう。


木片を見せつけられて今日の食材は木だと言われれば、嫌でも木片を食べるというイメージが刷り込まれる。


料理は目と舌で味わうと言われるが、貝塚は食べる者の意識を操作することで、食事体験をより印象的なものにしようと考えたのだろう。


もしくは、単に自分たちが味わった苦労を少しでもフラニスに体験させたかったのか。



(こういうところの細かい配慮はまだ真似できないんだよね...)


日頃は大雑把で粗野な貝塚だが、作る料理に関しては驚くほど細かい点にも手を入れてくる。


前菜のサラダと言えばトマトやレタスといった赤色と緑色の生野菜を使うのが基本だが、あえて白色と黒色のマリネを選んだ上で、色合いを邪魔しない透明なソースを合わせるなど手が込んでいる。


生野菜の歯ごたえと瑞々しさを、元から歯ごたえのある素材に酢の味と香りを乗せることで代替しているので、前菜としては申し分ない。


ソースも殺人樹のデンプンの味と香りを前面に出しているため、最初の料理で素材の味を味合わせつつ料理全体のバランスを取っているあたりは流石だ。



(忘れないようにしないと)


そう考えて柿本はあらかじめ用意しておいたメモ帳に気がついたことを書き記し始めた。


柿本は元々料理人を目指していたわけではないが、貝塚の下で新しい体験や考え方を学ぶ間に料理の面白さに目覚めており、そういう意味では貝塚は良い教師だった。







「さて、次の料理はスープだ」


キッチンから戻ってきた貝塚は中央が窪んで深みのある白色のスープ皿を並べていく。


スープの色は明るめの緑色をしており、中央には茹でられたサヤエンドウが2つ乗せられていた。


そして別皿には小さなパンが2つ添えられている。



「茹でたほうれん草と生クリームをミキサーにかけ、殺人樹のデンプンでとろみをつけて塩と胡椒で味を整えている。上に乗っているのは軽く茹でた川口エンドウでそのまま食べられるぞ。パンの中に細かくしたチーズが入っているから、適当にちぎってスープに浸してくれ」


「ふむ。では、試してみるか」


先程の料理で警戒を解いたのか、フラニスは素直に料理に手を伸ばしスープを口に入れる。


その様子を見て貝塚は野生動物の餌付けってこんな感じだよなと考えたが、流石に口には出さなかった。



「ほうれん草の旨味と甘味に加え、デンプン粉の旨味と香りが合わさって重層的な味わいだな」


「川口エンドウのシャキシャキとした歯ごたえとサヤの中の豆の甘みも、良いアクセントになっていますね。とろみはあっても歯ごたえのないスープと、川口エンドウのしっかりとした歯ごたえの対比が強調されてます。というか、いつの間にこんな地元の食材を仕入れてたんですか」


「スープにしてはとろみが強いが、表面を焼き直したパンをスープに浸しても崩れないよう調整しているのか。パンの香りとデンプンの木の香りが重なり、チーズの塩味とコクがスープの甘さを引き立てているから食べていて飽きないな」


「とろみをつけたことで冷めにくくなっているのも良いですね」



見た目がまともなスープ料理ということもあってか、2人のコメントは先程よりも滑らかに出てくる。


先程まで放たれていたフラニスの緊張と殺気が落ち着いたというのもあるだろう。


ほうれん草のスープ自体は珍しいものではないが、殺人樹のデンプンの旨味がスープの土台を作っており、食べていて安心感を抱きつつ違いを感じられる料理に仕上がっていたというのも理由の1つだろう。


貝塚は2人の緊張感がほぐれたのを確認してから、次の料理のためキッチンへと向かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ