2. 東京都八王子市の殺人樹−11
「そろそろ腹に溜まるものを出していくぞ」
大きめの白い丸皿が2人の前に置かれる。
丸皿の真ん中には小さな白色の小皿が置かれており、貝塚はそこにタレらしき黒い液体を注ぐ。
そしてその小皿を囲むように、半透明な団子とカットされたお好み焼のようなものが並べられていた。
「団子の方は、赤色と黄色のパプリカときゅうりを千切りにして茹でて柔らかくし、調味料とデンプン粉を混ぜて丸めて蒸したものだ。カットされている方は、デンプン粉と小麦粉を水で溶いて、刻んだ葱と山芋に調味料を加えてから多めの油で揚げ焼きにしたものだ。両方とも味はついているが、醤油と酢をベースにしたタレを添えているから好みに合わせて使ってくれ」
「お好み焼もどきに色がついているのは小麦粉が入ってるからですか。団子の方は半透明ですし、パプリカときゅうりの赤黄緑が浮かび上がって綺麗ですね。火の通し具合がちょうどいいから、パプリカときゅうりのシャキシャキとした食感も残ってます。デンプン粉の旨味もしっかりと味わえていいですね」
柿本は半透明な団子を箸でつつきながら食感を再確認する。
団子は米粉で作った蒸し餃子のような感触をしており、箸で触ると軽く吸い付いてくる。
こういった料理は蒸し時間が長すぎると形が崩れ、皮が簡単に千切れたりしてしまうが、そのあたりはきちんと計算されている。
口の中で吸い付くようにモチモチとした団子と、具材のシャキシャキとした歯ごたえの違いが食べていて楽しいようで、メモ帳にも事細かに書き記していた。
「揚げ焼きの方はザクザクとしているな。食べていくと山芋の粘りが口に広がって食感が変わるのも面白い。我はこちらの方が好みだ」
フラニスの方はお好み焼もどきの方を気に入ったようで、カットされた断面を眺めながらじっくりと味わっていた。
口に入れると焼かれた生地と葱の香りが広がり、その後から生地の旨味、葱と山芋の甘みが追いかけてくる。
素朴な料理ではあるが、万人受けするものを丁寧に作れば不味いはずがなかった。
表情は変えないが手を止めないフラニスの様子を見て貝塚は疑問を抱く。
「フラニス、異世界の方だと揚げ物が珍しかったりするのか?油の精製や保存技術が未熟だと、揚げ物や油を多く使う料理は美味くなさそうだが」
貝塚の疑問に対し、フラニスはあっさりと首を横に振って否定する。
「いや、そんなことは無いぞ。お前らの世界とは技術の方向性が違うだけで、水準で言えば大きな違いはない。油自体も珍しいものではない。値段は知らんが」
「なるほど。じゃあ、そのあたりのレシピは手に入りそうだな」
技術水準が同程度ということなら色々と期待できそうだと貝塚はほくそ笑む。
揚げ物が好きな異世界の国家はどこだろうか。
獣人あたりは熱いものを食べられなさそうな気がするし、魚人に至ってはそもそも火を使うのかすらよく分からない。
(やっぱりドワーフあたりかな。酒好きで火に慣れてるなら揚げ物は作ってるだろ)
そんなことを考えながら貝塚は異世界の料理に思いを馳せる。
しかし、そんな貝塚の思索はすぐに邪魔された。
「何をしている、早く次の料理を持って来い。我を待たせるつもりか」
料理を全て平らげたフラニスが睨みながら次を要求してきたのである。
どうやら当初の警戒心は霧散したようだ。
隣に座っている神の意外な行動に柿本も驚きを隠せていない。
貝塚は最初の反応は何だったのかと思いつつ、ちょっと待ってろと言い残してキッチンへと戻っていった。
「今度はブルスケッタもどきだ。と言っても、フランスパンは使ってない。薄力粉とデンプン粉を混ぜて焼いた土台に、荒く潰した剥き枝豆とローストして砕いたナッツ、刻んだトマトを混ぜたものを乗せている」
下駄がついた長方形の黒皿の上に、皿からはみ出すように楕円形の物体が置かれている。
貝塚の言う通り茶色に焼き上げられたものが土台となっているが、クラッカーよりも厚く、ブルスケッタのパンよりも薄めである。
その土台の上に緑色と赤色が混じった具材が盛り付けられており、見た目的にも美しく仕上げられている。
料理の盛り付けを見て柿本は頷く。
「皿からはみ出しているのは取りやすくするためですね。普通の皿に並べるより見栄えが良くなる効果もあるし、こういう器の使い方も面白いですね」
「それと土台が崩れやすいからって理由もあるぞ」
貝塚の説明を聞いて柿本は土台の端をつまんでみる。
土台はあっさりと割れ、指の先で押しつぶすと粉々になった。
「あっ、本当ですね。お菓子のスノーボールクッキーみたいにサクサクホロホロとしてます。軽く力を入れるだけで崩れるので、これだと普通の平皿に置くと取る時に土台を崩す人がいるかもしれませんね。爪が長い女性だとなおさら難しそうです」
そう言って柿本はちらりと隣に座る神の方を見る。
柿本の不安とは裏腹に、フラニスは特に支障もなく料理を食べていた。
フラニスの爪は形は良いが長いわけではなく、そういう意味では無駄な配慮とも言えた。
ただ、長い付け爪をしている女性が珍しくないことを考えれば、こういった配慮の仕方も時には必要になるのだろう。
しかし当のフラニスはそんな柿本のことは全く意に介さず、炭酸水を飲み干した後にふむと呟き、料理の感想を述べ始める。
「土台が口の中で崩れて旨味が広がり、その後に来る枝豆とナッツの硬い食感がアクセントになっている。トマトの酸味も良い。土台に少し砂糖を混ぜているな。その甘さが味わいのバランスを取っている。これは土台の食感の軽さと具材の食べ応えの対比を楽しむ料理だな」
フラニスのまともな感想に貝塚は驚き、思わず目を見開いた。
「ほー、よく分かってるじゃないか」
「お前は神を何だと思ってるんだ?」
「いやいや、作り甲斐があってなによりだ」
フラニスは貝塚を睨みつけるが、貝塚の方は全く気にせず笑いながら受け流し、空になったフラニスのグラスに柚子を搾り炭酸水を注ぐ。
フラニスを馬鹿にしたわけではなく、きちんと料理を味わっていることを純粋に喜んでいたわけだが、これまでの行いが悪すぎたせいでなかなか伝わらなかったようである。
フラニスは何かに気がついたような素振りを見せるが、口には出さず代わりに爪でテーブルをカツカツと叩く。
どうやら貝塚に質問するのに抵抗感があるようだ。
しかし、結局好奇心には勝てなかったのか、ため息をついてから疑問を口に出した。
「お前の料理は食感や食感の対比を大事にしているな。何か理由があるのか?」
「人間は食感を含めて美味しさを判断するからだ。特に適度な歯ごたえがあるかどうかで料理の評価は大きく変わる。柔らかさを味わう料理だと話は変わってくるが、結局のところはバランスが重要になるな。そういう料理を作る際にもコースや付け合せには配慮するぞ。人間と同じ容姿をしていても、神の味覚がどうなっているか分からなかったから色々と考えていたが、その反応なら人間と同じでよさそうだな。残りの料理も予定通り仕上げよう」
貝塚の答えを聞いてフラニスは驚く。
ただ、貝塚の考え方に対して驚いたわけではない。
そこまで考える頭があるなら、どうして神に対する敬意を払うことができないのか。
他の人間は命惜しさや立場の違いから相応の態度を示すが、貝塚にはその素振りが全く無いのはなぜなのか。
フラニスはそう目で訴えかけるが貝塚には全く届かず、柿本だけが申し訳なさそうに背中をすぼめていた。




