Ep 8/9 白くふわふわとしせし者
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その翌日、ティアが軒先で店番をしていると、妙な生き物に声をかけられたそうだ。
いつだってあの子の話は要領を得ないのでよくはわからんが、丸くて白くてふわふわした者が、空を飛んで来たという。
これはエドガーが学問所で教練と勉学に勤しんでいる間に起きた、ティアの身に起きた小事件だ。
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その日は天気がよかった。風も暖かでやわらかく、ついつい座学中にうたた寝してしまうほどの陽気だ。
それはエドガーだけではなくティアもまた同様で、彼女も軒先でしゃがみ込んで、うとうとと眠ってしまっていたそうだ。
「おい、そこの貴様!」
「はぇ…………?」
妙に甲高い声に強く呼びかけられて、ティアは夢の世界から顔を上げた。
ところがそこにあるのは往来だけだ。
道行く人々の姿はあったが、誰もティアに目も顔も向けていない。
辺りを見回してみても、それらしい姿はどこにもなかった。
「あれー……あれ、ゆめー……? ぐぅ……」
「おいこらっ、何無視してやがんだ! こっちだこっちっ、上を見ろ!」
「あへ……?」
二度寝に入ったティアが空を見上げると、そこにはやはり誰もいなかった。
店の正面は道具屋になっていて、主に冒険者向けの商品を提供している。
その屋根の上に何か妙なものがいることに、ティアはようやく気づいた。
最初は白い石ころに見えたそうだ。
ティアはぼやける目を何度か擦り、軒先に座り込んだままぼんやりとそれを見上げる。するとそれは――
「おぉぉー……? なんだろ、あれ。んーー……おっおおーっっ!? かわいい、ふわふわだぁーっ!」
一匹の白いモモンガだった。
ソイツは、ほ乳類のくせに向かいの道具屋から空を飛んできて、パティアの隣の酒タルに着地していた。
「シュバッッ!」
「おおーっ、ぱちぱちぱちー」
「この無礼者! ボクチンがふわふわなのは認めるが、このボクチンのどこがかわいいんだ、コノヤローッ、バカにすんなよーっ、こらーっ!」
「えー。でもー、ぜんぶ、かわいいよー?」
白いモモンガがキリッとしていてかわいかったそうだ。
後でそうエドガーに目を輝かせて言っていたので、よっぽどこの変な生き物が気に入ったのだろう。
「ねぇねぇ、なんでー? なんでー? なんでしゃべってるの、ボクチン?」
「ボクチンではないっ、ボクチンの名はレオパルドン! 魔獣の頂点に君臨する者だ!」
その白いモモンガはタルの上でポーズを付けた。らしい……。
「おおっ! ボクチン、まじゅいのかー……」
「……は?」
「だからー、まじゅーいの?」
さらには全く話が噛み合っていなかった。
そうだな。美味いか不味いかで言えば、レオパルドンは小骨が多くて食いにくそうだ。
「…………ガオーッッ!!」
「おわぁーーっ!?」
「まずい頂点じゃなくてっ、ボクチンは魔獣の頂点だぁっ! もっとボクチンを恐がれよぉーっ、ギャォォォーッッ!!」
「わっわわっ、うわーーっ……か、かわひい……。もこもこが……おこってる……ほわぁぁぁ♪」
ちっぽけなモモンガが魔獣の頂点と自己紹介したところで、誰もそのままの意味では受け取らないだろう。
おまけにその白いモモンガはティアの好みだった。
「なんなんだお前はっ、のんきにもほどがあるだろーっ!? 魔獣が人間の町に入り込んで、人間の言葉を喋ってるんだぞっ、もっと驚けーっ、ひれふせーっ、おしっこもらせーっ!」
「おお。おしっこ、もらすのなら、ティアにもできそう。ちょっと、まってねー」
「わーっ、こんな町の中でパンツなんか脱ぐなーっ!? クソックソッ、そうだった、お前のせいで、危うく本題を忘れたまま逃げ帰るところだったじゃないか、このやろーっ!」
「おお……もしかして、ボクチン、おきゃくかー? しろぴよていに、ようこそだぞー」
指先を差し伸べると、モモンガは小さな手で握手をしてくれたそうだ。
ちっちゃくて、ふわふわで、最高だったとエドガーに熱く語っていた。
「クククッ……聞いて驚け! ボクチンの名はレオパルドン! 明星――」
「それ、もうきいたぞー?」
「シャーッ! 大事なところで口をはさむなーっ! もう一回やるから、次は邪魔するんじゃないぞ、コノヤローッ!」
「わかったー。ティア、おとなだから、ちゃんときく」
「ボクチンの名前はレオパルドン! 明星の賢者ア――」
「ねぇねぇ、みょーじょーって、なーにー?」
「キシャーーッッ!!」
「おわぁぁー!? あ、ごめんね、えーと……レオポン……?」
機会があれば聞いてみたい。ティアよ、その『ポ』の一文字はどこからやって来たのだ……。
「レオ・パル・ドンッ! ボクチンの名前はレオパルドンッッ! 小娘っ、明星の賢者アルクトルゥス様はっ、ここにお泊まりか!?」
「やどちょう、みてみるねー。レオポン、ティアのて、のってー?」
「ちょっとは覚える努力をしろよぉっ!?」
文句を付けながらもレオパルドンはティアの手のひらにおとなしく乗った。
足もちっちゃくて、白くてふわふわだったと、何度も同じようなことをティアがエドガーに語っていた。
ともかくティアとふわふわは宿に入って、受付カウンターに向かった。
そこにいたクルスも、そのふわふわに気づいたようだ。
「あらかわいい……。もしかしてー、ティアのー、お友達ですかー?」
「そんなとこだ。ママー、それよりなー、みょうなけん、あるくさん、とまってるー?」
妙な剣歩くなんて名前の人間は、有史以来どこにも存在していないと思うぞ。
「全っ然っ違ぁぁーうっ! 明星の賢者アルクトルゥス様だっっ!」
「うーん……その方は、うちには泊まってないみたい。それにしても、かわいい子ね~♪」
「ねーっ、かわいいよね、レオポンな、レオポン、ってゆーんだって!」
「コノヤローッ!? ボクチンの名前は、レオパルドンだって、何度も言っているだろーっ、この鳥頭がっ、バカーッ!」
「てへ……とりあたま、だって、ママーッ♪」
レオポンもきっと大変だっただろうな。
この親子はどちらもマイペースで、程良く人の話を聞かん……。
「あらよかったわね~♪」
「ギャォォォーッッ!! とにかくアルクトゥルス様はいるかって、ボクチンは聞いてるんだよーっ!」
「ごめんなさい、レオパルドンさん。宿帳を見た限りでは、うちにそんな方は泊まってないわ」
「はっ!? ま、まさか……お前たち……。ボクチンのアルクトルゥス様を独り占めにする気かっ!? アルクトルゥス様に、もふもふされる権利を――ふ、ふわぁぁぁぁん……♪」
ティアが宿帳の上で抗議する変な生き物を撫でた。
するとレオポンとかいうもふもふが甲高い声を上げて、たった一撫でで骨抜きにされていた。
「さ、ささ、触るなこのケダモノ……ッ! ボクチンのもふもふは、アルクトルゥス様のためだけに、許され――ひゅ、ひゅぁぁぁんっっ♪」
「ママー、これ、かおうー? よくわかんないけど、めんどうみるから、おねがい……!」
「そうねー。喋っているから、トイレのしつけもいらなそうかしら♪ 夜は芸をしてくれたら、お店も賑わうかしら♪」
つくづく、マイペースな連中だな……。
芸をさせるというのは、なかなか面白そうな試みではあるが……。
「シャーッッ、ボクチンを犬猫みたいに扱うなぁぁーっ! ボクチンは、アルクトルゥス様の忠実なる隷、魔獣王――キュ、キュゥゥゥンッッ♪」
「おーよしよしよしよし……ママー、レオポンうれしそう」
「そうねー♪ でもー、何か言いかけていたような気もしますよー?」
どんなに偉そうにしても、この親子にそういうのは効かないのだ。
さらにティアはご町内の犬猫の間でも評判のモフり手だ。お前がどうにかできる相手ではない。
「はぁっはぁっはぁっ、はぁぁっ……イ、イイ……♪ じゃ、じゃなくてっ、お、おおっ、覚えていろコノヤローッ、ボクチンを勝手に撫で回した罪、アルクトルゥス様にお知らせして、必ず後で天罰を下してもらうからなーっ!」
変な生き物はろくすっぽこの親子に取り合ってもらえないまま、悔しそうに小さな体で空に浮き上がり、小さな足でティアを蹴りつけて窓から逃げていったそうだった。




