Ep 7/9 魂を食らう者 - ミツケタ -
ところがもうしばらくそこに佇んでいると、星空の見える謁見の間に思わぬ顔が現れた。
「ねぇ、ここ危ないからすぐに出た方がいいよ。って、あれっ……?」
それはあの英雄科のランだ。
元シーフギルドの所属と名乗ったやつが、ならず者の町アクショに現れた。
「何やってんの、エドガーっ!? ここホントに危ないからすぐに出ないとダメだよっ!」
「エドガーではない」
「いやまんまエドガーじゃんっ、ほらこっちっ、今すぐ出るよっ!」
振り返るとまくし立てられた上に、手首を引かれた。
俺が移動を拒むと、彼女は疑うような目をこちらに向けて、しばらくの間、俺の顔をのぞき込んだ。
「だからエドガーではないと言っているだろう。それに原因ならば取り除いた。もうここに亡霊は出ない」
そう言われて、言葉そのままに信じるやつがいたらそいつはアホか、あるいはよっぽどのお人好しだろう。
「原因? 取り除いた? 何言ってるの、エドガー?」
「だから違う。俺はアルクトゥルスだ」
「いや、どこからどう見てもエドガーだよっ!」
俺の手を握ったまま、ランはいつまでも俺の顔を見つめ続けていた。
さらに顔を近付けてみてもまるで逃げないエドガーの姿に、ランは不思議そうに目を丸くした。
「でも、なんか、雰囲気が別人みたい……。俺様系……?」
「まあ否定はしない。ではこっちからも聞いてもいいか?」
「へ……?」
「そっちこそ、こんな町で何をやっている。まさかシーフギルドを抜けていなかったのか?」
ただでさえ近い顔を、今度はこちらから急接近させて、俺はランの顔色をうかがった。
思いもしないエドガーの行動に、ランはこちらから視線を慌ててそらして、無意識かはわからないが俺の腕から手を離した。
そこで俺は逆にランの腕をつかんでやった。
「ぬ、抜けたよ。一応……?」
「本当か? レイテのクズに知れたら面倒だぞ?」
「抜けたってば……。こっちには友達が多いから、遊びに来ただけだよ……。なのに余所者がこんなところに入ったって聞いたから、助けに来てあげたんじゃん……」
ケニーをブタ扱いしていたあのランが、気弱そうに俺から距離を取ろうとした。
だが俺はランの腕を離さない。ここで出会ったのは偶然だが、これはいい機会だった。
エドガーが起きていると、こうして好き放題できんからな。
「ちょ……ホントに君、エドガー……?」
「アルクトゥルスだ」
ランのピッタリとしたきわどい服を見下ろし、あまりに平たいその胸と、色気のあるヘソを取り繕わずに眺めた。
俺はエドガーのことを好ましいと思っているが、反面アレはあまりに奥手過ぎてストレスがたまる。
ランはスレンダーながら、どこか艶めかしい良い身体をしていた。
「なんかさ、君、うちのことエロい目で見てない……?」
「見ている。見るなと言われても、そんな格好している方が悪い」
「えぇぇ……? もしかして、本当に、君ってエドガーじゃないの……? でも、だったらなんでうちの名前……」
「俺はもう一人のエドガーだ。スケベな方のエドガーと思ってくれていい」
「えぇぇ……!? ちょ、そういうセクハラ視線は、あの、うち……色々あって、あの、その……っ」
攻めるにしても引き際も肝心だ。
俺はランの手を離して、他にやることもないので、もう一度ウラド公の肖像を見上げた。
喰らうと決めてここを訪れたのに、喰らったことを後悔するなど矛盾しているな……。
「あれ、なんか、ここ……子供の頃に入ったときと雰囲気違うような……」
「入ったことがあったのか」
「うん……ここまで来て、お爺さんのお化けを見ちゃって、逃げた……」
「その爺さん、若い頃はあんな姿をしていたかもな」
肖像画を指さすと、ランはそこまでウラド公の容姿を覚えていなかったのか、なんとも言えない表情だった。
ただ一つ確かなのは、彼ら兵士たちの亡霊は子供を狙わなかったということだ。
それは志の高さか、子供を主君を脅かす脅威と感じなかったのか。今となってはもうわからん。
「うーん……どうだったかなぁ……。あ、それより早く出ようよ、エドガー」
「アルクトゥルスだと言っているだろう。あまり呼びかけられるとエドガーが起きてしまう、アルクトゥルスと呼べ」
「何それ、自分で付けたキラキラネームで呼べってこと? やっぱり変わってるね、君……」
「そっちもな」
出たいというので俺の方からランの手を引いた。
ランは積極的な態度に驚くものの、悪い気がしなかったのか手を結んできた。
「ここってウラド公爵家の跡地なんだって。今でこそ住みづらい湿地だけど、昔は綺麗な湖があったんだって」
「ああ、それも彼らから聞いた。当時の国王に王族の血が流れておらず、その秘密を知ったウラド公は、奇襲を受けて滅びたようだな」
「何それ? そんなのほら吹きの吟遊詩人だって言わないよ。捕まっちゃうもん」
俺たちは手を繋いだまま階段を下りて、廃墟と化した屋敷の外に出た。
余談だがあの浮浪者ともまた会った。
俺が亡霊になって復讐に戻ってきたと思ったのか、腰を抜かしていた。
「せっかく会ったんだから、このまま酒場にでも行くか」
「あっ、それいいねっ! あ……あ、えっと、いや、やっぱり未成年がお酒なんてダメだよねっ! う、うち、今日は用事あるから、また学問所でねっ!」
「そういえばここはアンタの地元だったか。……これはよっぽど知られたくないことがあるようだな」
夜のせいかもわからんが、ランの顔色が青く凍り付いているように見えた。
これは図星といったところか。
「なんにもないよっ、なんにも隠してないけどっ、うちのこと聞いて回ったら絶交だからねっ!? むしろ嗅ぎ回ったら、殺すからっっ!」
「その言い方、かえって相手の好奇心を刺激しているぞ」
「ぅぅ……お願いだから、止めて……下さい……」
素性を探られると不都合があるそうだ。
もう夜も更けているので、そもそも開いている酒場などそうないだろう。
「わかった。なら今度うちの店にきてくれ。俺は冒険者の町にある、丸白鳥亭に泊まっている。一階が酒場宿でな、客を連れてくると店の連中が喜ぶ」
「へーっ、いい名前だね!」
「……そうか?」
「うんっ、うち鳥好き。あっ、それじゃまたねっ! くれぐれもうちのこと、誰かに聞いちゃダメだよ!?」
「それはフリか?」
「違うよっ!? うちにも色々事情があるんだってば……っ!」
「わかっている。またな」
「またね、エドガー。俺様系のエドガーも、うち、あんまり嫌いじゃないよ」
アルクトゥルスだと言っているだろう……。
そう反論する間もなく、ランはアクショの闇の中へと消えていった。
あのあられもない薄着を見ていると、変質者に襲われないか心配になるが――ランならば様々な面で問題などないだろう。
意外なところで、意外なやつと出会ったものだった。
俺は哀れなウラド公とその忠臣たちがいた廃墟を振り返り見て、少し大きくなった己の魂を胸越しに撫でた。
末裔に罪はないが、それでもクズはクズだ。
次は俺からも、フランク・リーベルトを殴り飛ばしておこう。
「ミツ、ケタ……」
ところがそのとき、どこからか妙な声が聞こえた。
しかし辺りに人影はどこにもない。亡霊も俺が全て喰らい尽くした。
ならば聞き間違いか、エドガーが夢か何かを見ているのだろう。
俺は再び風となり、王都の丸白鳥亭へと戻ると、エドガーが眠っていたベッドに入った。




