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Ep 6/9 魂を食らう者 - ならず者の町アクショ -

・●


 王都から南の郊外、街道から大きく外れた平原のかなたにわずかな灯火が見える。

 恐らくはあれがならず者の町アクショだろう。


 どこかに正規ルートがあるのだろうが、見つからないので灯火を目指して最短距離を走ると、すぐにアクショへとたどり着けた。

 これはベルートが心配してくれただけのことはある。アクショは淀んだ空気にあふれていた。


 金のない者たちが間に合わせの掘っ建て小屋を作り、そこに住み着き、それが町中にひしめいている。

 ゴミというゴミがあちこちに散乱しているのもまた印象深い。


 この土地では掃除をするやつがいないのだ。

 見るだけでこのアクショには秩序がないと、自己紹介してくれているかのようだった。


 それと、元々は古い町がここにあったのか、石造りの廃墟が街の中心にそびえている。

 壁に大穴が開いていたり、そもそも建物の天井がなかったり、崩れてただの瓦礫の寄せ集めになっている家もある。


 繰り返すが淀んだ空気だ。この淀んだ空気が俺には好都合だった。

 これならば、目当てのものがすぐに見つかるだろう。


「おい、そこの小僧」

「……俺のことか?」


 アクショの奥地に向かって進んでゆくと、一際大きな廃墟が現れた。

 目当ての気配も濃厚で、俺は期待に周囲が見えなくなっていたらしい。

 浮浪者の隣を通り過ぎて、そいつに背中から声をかけられていた。


「そこには近づかない方がいいぜ……」

「なぜだ?」


「そりゃ、出るんだよ……。この前も俺の警告を無視したバカが一人、ヒヒヒッ、廃人になっちまった……」

「入ってはいけない場所のようだな」


 俺は歩みを戻して廃墟の奥へと進んだ。


「ヒヒヒッ、とか言いながら行くのかよ……! 廃人さん一名ご案内ってなぁっ、アバよ、クソ生意気な小僧!」


 煽られたような気もするが、路傍の石が言うことだ。

 構わずに俺はアクショの淀みの中心核に入り込む。

 暗闇でよく見えなかったが、近付けば近付くほどに、その廃墟が巨大であることがわかった。


 それは大きな石造りの屋敷だ。

 今や壁という壁が崩れ落ちて、崩壊しないのが不思議なほどに荒廃している。


 そして同時に、俺の期待以上のものすごい気配がこの建物の上の方で渦巻いていた。

 崩れた屋敷の一階に入った。まずは二階へと上れそうな道を探そう。階段が残っているかはわからんが……。


 建物の外側は風通しがよかったが、内側の方はまだ風化をまぬがれていた。

 やがて実体のない蛍のような光が俺の侵入を阻んだが、うっとうしいので軽く弾き飛ばして追い払った。


 光が道を阻むということは、その先に俺を行かせたくないということだ。

 光をたどってゆくと、あっさりと階段が見つかった。

 二階に上がってみると大げさな扉がそこにあり、扉の片方は無惨にも破壊されていた。


 その扉の向こうにあったのは謁見の間だ。

 かつては大仰な装飾に包まれていたように見えたが、今は植物のツタに飲み込まれ、天井が瓦礫となって床に散乱し、ガラス窓は砕け、絵画は色褪せるかカビに侵され、ただ中央に置かれた安楽イスだけが虚しくもそこに残されていた。


「大当たりだな……」


 俺の獲物もいた。

 無数の人魂が部屋中に浮かび上がり、亡霊たちの影が俺を囲み、そして安楽イスの上には年老いた男の亡霊が腰掛けていた。


「立ち去れ。ここはウラド公爵家の屋敷だ。ここの兵士たちに道理は通じぬ。侵入者を排除し、ウラドの屋敷を守る。彼らはその妄執に取り憑かれている……」


 安楽イスの亡霊が喋った。喰いがいのある大きな魂をしている。

 生前の彼は高い魔力を持っていたのだろう。それゆえか死してもなお、理性を保っていた。


「亡霊が妄執に取り憑かれるか。なんとも不思議な比喩表現だな」


 俺を取り囲んでいるのは武装した兵士の亡霊だ。

 妄執という名の剣と槍を持ち、恐らくは主人を守るために俺を消そうとしていた。


 話のわかる貴人相手に礼節を欠くのもどうかと思い、俺はフードを下ろして彼に己の姿を見せた。


「子供……? 待て、止まれ、子供には手を出してはならんっ!」


 そこに若い少年の姿が現れて、当主とおぼしき男が兵を止めようとするが止まらない。

 どうやら俺を脅威と見なしたようだ。好都合だった。


 亡霊の繰り出す槍をかわし、幽体の剣を生身で弾き返して、俺は動揺する当主に再び目を向ける。それから言った。


「心配はいらん。俺はお前たちを喰らいに来た」

「何を言っている……? なぜ、生身で兵たちの刃に触れられるのだ……?」


 邪法を使うのは久々だ。

 エドガーが育たぬうちにこの力を使えば、何者かに感づかれて消されてしまうリスクがあった。

 だがもう我慢する必要はない。これこそが生前の俺が極めた究極の力だ。


「無念を抱え滅びし魂よ、我が下に集え。我が名はアルクトゥルス、魂を喰らう獣なり」


 邪法を発動すると、俺に襲いかかっていた兵士の亡霊4体がピタリと止まっていた。

 彼らは青白い魂に姿を変えて、それが邪法の力に引き寄せられ、俺の手のひらに集まってくる。


 そしてそれを、自らの胸の奥へと押し込むと、彼らの記憶が一瞬だけ垣間見えた。

 どうやらこの屋敷は、何者かに奇襲されてしまったようだ。


 謁見の間の扉が破壊されていたいのは、その襲撃の名残だろう。

 ここに迷い込んでしまった者は不幸だが、彼らはこのウラド公に忠義を尽くして滅びた軍人であり、今もなお忠臣そのものだった。


「少年よ、そなたは、まさか死神なのか……? 我らを再び、輪廻の輪に戻してくれるというのか……?」

「違うな。俺はただの魔導師だ。亡者の魂を自らと融合させることによって、魔力を手に入れた、ただの平民だ」


 安楽イスのウラド公に近付くと、無数の兵士や文官たちが俺の前に立ちはだかった。

 それでも止まらない俺に兵たちが襲いかかってきたが、俺は全ての魂を刈り取り、その無念の魂たちも自らへと融合させた。


 再び記憶の断片が俺の中に流れ込んでくる。

 よっぽどこのウラド公は慕われていたようだ。

 誰も逃げようともせず、主君を守るために彼らはここで命を落とした。


 それにしても美味い。

 しばらく魂を喰らっていなかったせいか、小物の魂でも魔力があふれたぎるような錯覚を覚えた。


「ほぅ、アンタたちは騙し討ちにされたか。下手人は、リーベルト家に雇われた、傭兵団か……。ん……最近、どこかで聞いた家名だな……」

「なぜ、そのことを……。そなたは、本当に魂を、喰らっているというのか……?」


「そうだ。正確には食料にしているわけではなく融合だ。魂はこねたパン生地のようなものだ」


 やれやれ、我ながら発想がエドガーに引っ張れられているな……。

 ともかく俺は――最果ての魔王と呼ばれたアルクトゥルスだった存在は、次々と迫る家臣たちの、その高潔な魂を喰らい、やがて目前には当主をかばう文官や女官たちだけが残ることになった。


 一度に魂を喰らいすぎると、自分が誰だかわからなくなる。

 断片とはいえ、人の人生が次から次へと流れ込んできて、ソイツと一つになるのだからな。


「私にはもったいない仲間たちだった……。ありがとう……これで、兵たちは解放されたのだな……?」

「そうとも言えるかもな。少なくともアンタの言う、妄執から解放されただろう」


 高潔な魂は嫌いではないが、そういった連中は強い意志を持っている。美味いが腹がもたれる。

 主君を守る。その強い意志がこの魂たちを死に追いやり、輪廻を許さぬ亡霊へと変えた。


 俺は一時的な悪酔いを覚ますため、亡霊たちの記憶を一つ一つ整理する。

 斬られた記憶、胸を突かれた記憶、傭兵ごときに負けた屈辱の記憶。それがエドガーの若さとぶつかって、目頭が熱くなった。


「ああ、なるほど、首謀者はあのフランク・リーベルトの家か。ライバルを騙し討ちにするとは、やつの先祖らしい外道だな……」

「そなた、よもやリーベルト家と因縁がおありか……?」


「ある。次期当主フランク・リーベルトを俺は殴り飛ばした。あまつさえ、ククク……その婚約者を奪い取ったりもしたな」


 すると目に見える変化があった。

 当主ウラド公と、彼を守る文官たちが目を丸くしてこちらを見ていた。


 亡霊となり果て、果てしない月日を恨みと共に生きていた彼らは、互いに目を合わせて、やがて恭順の意を見せた。

 極めて稀な現象だった。ここまで高潔な魂を持った亡霊を、俺は今まで見たことがない。


 恐らくはこの老人、ウラド公の誇り高さが周囲の彼らにそうさせるのだろう。


「そのリーベルトの末を、アルクトゥルス殿はどうするおつもりですか」

「フランク・リーベルトは俺への報復を諦めていない。よって、相応の反撃をすることになるだろう。だが、俺は当事者ではない末裔に罪はないと思っている。ヤツが俺と、俺の女から手を引けば、それまでのツケを払わせて終わりだ」


 まあ、あの手合いはしつこい上に、まず自分の間違いを認めないだろうがな。

 当主は俺の返答に満足したのか、どこからともなくベルを取り、チリンチリンとこの世ならざる音色を鳴らした。


 すると隠れていた無数の亡霊たちが、謁見の間にあふれんばかりに集まってきた。

 女官や、近辺で暮らしていた民間人か何かだろうか。


「彼らは殺されました。腹を突かれ、首を飛ばされ、中にはもっと惨たらしい死を迎えた者もいます」

「そうか。それは少し、喰うのが怖ろしいな……」


「いえ、どうかお使い下さい。我々は貴方に喰われ、貴方と共に生きます。私たちを貴方と一つにして下さい。彼らを救えるのは、魂喰らいの賢者、アルクトゥルス殿だけです」

「俺は力の補強が欲しくて来ただけなのだがな。……では、恐ろしいが遠慮なくいただこう」


 大昔の俺はこれが当たり前だった。

 強い魔力に憧れて魂を喰らい、数々の人の記憶を見てきた。


 俺にそのつもりはないが、その結果、いつしか俺は俺ではなくなり、死した者たちの無念の集合体となっていたのかもしれん。

 アルクトゥルスもまたこいつらの同類だ。


 世界の敵・魔王扱いを受け、最後はクリフのジジィにぶち殺されたこの無念は、亡霊のそれと何も変わらん。


「――ここに集し亡霊たちよ、我アルクトゥルスと一つとなり、同じ一個の魂となれ。我もまた、この少年エドガーに憑依する亡霊だ」


 全ての魂が青白い光となって俺の手のひらに集った。

 あまりにまぶしくて直視できないそれを、俺は再び己の魂に押し付けて、津波となって流れ込んでくる記憶の数々を見た。


 それは憎悪と苦痛と恐怖と、揺るがぬ忠義だ。

 いやそれだけではない。ウラド公の持っていた記憶は、この王国の黒歴史とでも呼べるものだった。


 当時の国王が、実は后と愛人の間に産まれた不貞(ふてい)の子であったという、今や誰に伝えても信じてはもらえない、闇に葬られた歴史だ。

 ウラド公爵家は、王家に最も近い血筋だったこともあり、陰謀の果てに血族ごと世界から消されてしまった。


「フランクのクソガキに直接の罪はないが……。次に顔を合わせたら、俺からもヤツを殴り倒してやりたい気分だな……」


 全ての魂を吸収して、俺は一人だけになってしまった。

 もう無念の亡霊たちはいない。

 民間人も、誇り高きウラド公もいない。魂の融合とはそういうことだ。


 一人廃墟に残された俺は、膨大な魂を喰らいきった満足感に包まれながら、謁見の間に残された古い似顔絵を見上げた。

 それは若い頃のウラド公だ。

 ウラド公への忠義心が俺の胸を熱くさせたが、それは俺ではない彼らの記憶だ。


 随分と品のいい爺さんだったな……。

 もう少し何か話をしてから、あの爺さんを喰えばよかった……。

 周囲にはもう、俺しかいない。

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