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山あいの町に暮らす62歳の茂は、定年後の時間を使って「地域の歴史を残す」活動を続けている。古い祭りの写真、廃校になった小学校、かつて賑わった商店街――。町の宝物のような記憶を集めてきたものの、膨大なデータを整理し、誰かが見られる形にすることができず、途方に暮れていた。


そんな茂が出会ったのは、AIという“若い頃の自分のような部下”。

恐る恐る指示を出すと、AIは散らかった写真を瞬く間に整理し、美しい「町の記憶ダッシュボード」を作り上げてしまう。


やがて都会から遊びに来た孫のあかりも巻き込み、三人でサイトを育てていくうちに、町の人々から次々と温かなメッセージが届き始める。

消えかけていた記憶が、再び息を吹き返す瞬間だった。


AIは魔法ではない。

けれど、誰かの想いを形にする“聞き分けのいい部下”にはなれる。


これは、

定年後のじいじが、AIと孫とともに「二度目の現役生活」を始める物語。

そして、ひとつの町の記憶が未来へつながる、静かで力強い再生の物語でもある。

その日の昼下がり、奥まった山あいの町には、容赦のない蝉時雨が降り注いでいた。



しげるは、築六十年の実家の縁側に座り、手元のスマートフォンと、古びたノートパソコンを交互に眺めては、深いため息をついた。額に浮かんだ汗が、老眼鏡のフレームを伝って畳に落ちる。



六十二歳。地方公務員を定年退職し、今は嘱託で週に三日ほど役場の手伝いをしながら、残りの時間は細々と「地域の歴史を掘り起こす」という個人の活動に充てている。かつて賑わったこの町の祭り、今はなき商店街の風景、先人たちが残した知恵。それらを写真や聞き書きのメモとして集めてきた。



だが、問題はその「出口」だった。



「茂さん、せっかく集めた貴重な写真、どこかで見られるようにできないかねえ」

町の老人会の仲間にそう言われるたび、茂は言葉に詰まった。



「……ええ、まあ、いつか整理して」

整理。その言葉が、茂の肩に重くのしかかる。



パソコンの中に放り込まれた数百枚の画像データ。ファイル名は「IMG_0842」といった無機質な数字の羅列で、どれがいつの、どこの風景なのか、開いてみるまでわからない。それらを整理し、説明を加え、ホームページのような形にする――。



それは、茂にとってエベレストに素手で登るような、途方もない作業に思えた。



「今の若いやつなら、パパッてやっちまうんだろうがな」

独りごちて、茂は冷えた麦茶を飲み干した。



自分なりに努力はした。ChatGPTというものが出てきたときも、「これからはAIだ」という新聞記事を読んで、恐る恐る触ってみた。「ホームページの作り方を教えて」と聞けば、AIは丁寧に教えてくれた。だが、返ってくる答えは「HTMLを書いてください」「サーバーを契約してください」という、聞いたこともない呪文のオンパレードだった。



「結局、やり方を教えてもらっても、手が動かんのだよ」



茂が求めていたのは、相談相手ではない。自分の代わりに、この煩わしい「デジタルな作業」を肩代わりしてくれる、若い頃の自分のような「部下」だった。



そんな時だった。茂がこの一冊の本――『部下はAIに任せなさい』――に出会ったのは。



「……クロード、コード?」



その本には、不思議なことが書いてあった。AIに相談するのではなく、AIに「やらせる」のだという。AIが直接パソコンの中のファイルをいじり、整理し、形にする。



「嘘みたいな話だ」



最初はそう思った。だが、著者の「田舎で副業をしている50代」という言葉に、茂の心は動いた。自分より少し若いだけの、同じような境遇の人間が、これを使って「自由」を手に入れたという。



茂は意を決して、プロプランというものに申し込んだ。月に三千円強。飲み会を一回我慢すれば済む額だ。そして、本に書いてある通りに、震える指で「Git」や「Python」といった道具をインストールしていった。



途中、何度も画面が真っ暗になったり、英語の警告が出たりして、血の気が引いた。だが、本の著者は言っていた。「エラーが出たら、それをそのままAIに見せればいい」と。



「あの、変な英語が出たんだけど……これ、どうすればいい?」

おずおずと入力すると、AI――クロード――は、まるでベテランの整備士のような落ち着きで返してきた。



『大丈夫ですよ、茂さん。それは単なる設定の確認です。私が代わりに直しておきますね』



数分後、茂のパソコンの中に「AIの仕事部屋」という名前のフォルダが出来上がった。



「よし……。それじゃあ、最初の仕事を頼むぞ」

茂は、散らかり放題だった「地域の宝」フォルダの中身を、その仕事部屋へとコピーした。そして、本で学んだ「CLAUDE.md」という魔法の指示書を、一番上に置いた。



そこには、茂の不器用な、けれど切実な願いを書き込んだ。



『私はこの町の歴史を残したい。バラバラな写真の名前を、撮影場所や年代がわかるように付け替えてほしい。そして、誰でも見られるような一覧画面を作ってほしい。私はパソコンが苦手だから、難しいことは君に任せる』

Enterキーを叩く。



画面の中で、まるで透明な人間がキーボードを叩いているかのような、不思議な光景が始まった。



ファイル名が次々と書き換わっていく。

「1975年_商店街_夏祭り.jpg」

「1982年_廃校になった小学校_校門.jpg」



茂が中身を確認しては「これは何年の写真だ」とメモしていた情報を、AIが瞬時に読み取り、整理していく。



「すごい……本当に、やってくれている」



茂は、画面を見つめたまま、言葉を失った。自分が何ヶ月も、下手をすれば何年もかかると思っていた作業が、ものの数分で「形」になっていく。


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