3.王子と王女
ちょっと嬉しいことがあったので更新です。
※とりあえず投稿しますが、修正する可能性大です。
「いやと言われましても……」
王族と昼食?どういう状況?
「国民全体に聖女の存在を公表する際には、王族も同席します。聖女の存在を王城も認めたと周知するためです。その前に顔合わせをしなくてはなりません。上級貴族のみのお披露目の場では王族の登場を待たず神の庭に移動してしまったため、問題視されているのですよ。早く誤解を解かなくてはなりません」
アスティルが少し困ったように笑いつつ、説明をしてくれる。それを聞いた僕は、がくっと肩を落とした。
「やるしかないってことですね……」
「大丈夫です。急な事なので、王は来ません。顔合わせを行うのは王子と王女のみです。私が厨房に行った時、丁度王子の側近と鉢合わせてしまって。どうせなら顔合わせを早めに終わらせてしまおうという話になったのですよ。現在、予定が色々と狂っていまして、皆気が急いているのです」
王子と王女か……王女の生誕祭は記憶にある。下町の方までお祭りどんちゃん騒ぎだった。僕は、そのお祭りの恩恵を結構受けた。祝い事があると、人の気は緩むものだ。
「時間は聖女様の希望でいいと言ってもらえましたが、いつになさいますか?」
「うーん、どうせ行くんだったら、早めがいいです」
「承知いたしました。では、行きましょうか」
「…………何処に?」
嫌な予感がする。
「食事会場ですが?」
僕の嫌な予感、的中率高すぎないだろうか。
部屋から出て、廊下を歩く。右へ、左へ……あ、また右?
道順を覚える努力はせず、ただただアスティルについていく。すると、だんだんと廊下を通る人や立つ人が多くなってきた。
ゲディアと同じ服を着ている人、似てるけど若干違う服の人、やけに重そうな服を着ている人。
色々な人が、沢山いる。
暫くして、アスティルは一つの扉の前で立ち止まった。
「用意は良いですか。聖女様」
「……はい。覚悟は、できております」
「そんなに思い詰めなくても大丈夫ですよ?」
扉を睨みつける。
王子と王女。どんな人達なのだろう。
「失礼します」
アスティルがコンコン、コンコンと計四回扉を叩く。すると、内側から扉がゆっくりと開いた。
「し、失礼、します…………」
小声で言う。
失礼はしちゃいけない。しちゃいけないことは十分に分かっているけれど、もし失礼をしてまったときのために保険をかけておきたい。そう言う気持ちをこれでもかと込めて言った。きっと誰にも伝わってない。そりゃそうだ。失礼はしないに越した事はないのに、失礼をするつもりであるかのような思いでいることがバレたら大変である。……バレてないよな?
僕はびくびくしながら部屋の中を見た。
丸テーブルがある。その周りに椅子が三脚。
その内一脚には、すでに座っている人がいた。
「よく来たな、聖女よ」
恐らく王子と思われる人が喋る。
よく来たな、と言われた。これは、何と返せばいいのだろう……?よく来たな、だから、「よく来ました?」それとも、対になる形で「よく待っていたな?」と言うのか?ちょっとそれは偉そうじゃないか?
どうしよう。きっとどれも正解ではない。混乱でまともに頭が働いていない。いや、まともに働いていたとしても正解は出ないような気がする。僕の残念な頭に誰か支援を!
僕が何も言えず困っていると、アスティルが助け船を出してくれた。
「この度は、このような食事の場にお招きいだだきまして誠にありがとうございます」
なるほど。そう言えば良いのか!
僕は、アスティルが言った言葉の復唱を試みた。
「このたびは、おまねきいただ………あ、ちがう、えと、おしょくじ?のばに?のばにってなんだ……?」
これ、本当どうしたらいいんだ!?
「と、とりあえずありがとうございます!」
もう余計なことを考えるのはなしにして、終わりの部分だけを大きな声で言った。終わりよければ全て良し。なんて素敵な言葉だろう。この言葉の力で、これまでの失態が全部なくなればいい。
そんなことがありえないのは、きちんと分かっているのだけど。
何を言われるだろうか。聖女失格とかだったら笑える。不敬罪は、ちょっと笑えない。
飛んでくる言葉を想像して身構えていると、部屋に幼い子供の声が響いた。
「せーじょさま?」
その声と同時に王子らしき人が動き、側近から何かを受け取った。
「せーじょさまだぁっ!」
王子らしき人の膝の上に座らされ、短い両腕をめいっぱいに広げて無邪気に笑う幼女が一人。
……すごく可愛いんだが!?
「聖女様は神殿に来てまだ二日目です。挨拶などはこれから教えていきますので、今はどうかご容赦ください」
「分かっている。今代の聖女は出身が貧民街だそうだな。貧民に完璧な挨拶をすぐ求めるというのは、酷な話だろう」
王子らしき人が穏やかな顔で言う。こちら側の事を微塵も考えず、すべての基準を自分にして憤るような人でなくて良かった。そういう人の場合は、その人が恵まれている程大惨事になるものだ。
「せーじょさま、あいさつにがてなの?」
そしてなんだこの子ちっちゃい。可愛い。
僕は神殿に来てから、ちっちゃい子によく会っている気がする。スフィアも神殿長にしては小さかったし、あの「ちっちゃい子」は言うまでもなく。しかしこの幼女が一番幼いだろう。というか、スフィアも「ちっちゃい子」も小さかっただけで幼くはなかった。この幼女だけが自然に幼い。そして可愛い。
王子らしき人に膝の上で抱えられ、幼い発音で疑問を発した幼女は、きっと王女だろう。可愛い。痩せて窶れ切り、世界に絶望した子供しか見たことがなかったからか、妙に愛らしく思える。
「座ってよいぞ、聖女」
「は、はい……」
幼女の疑問に答えるか少し迷う。王子らしき人の膝の上にいるから、幼女に話しかけると王子らしき人に話したのか幼女に話しかけたのか分からなくなってしまう。
とりあえず勧められた椅子に座ろうとすると、アスティルが椅子を引いてくれた。神官長はこんなことまでしなければならないのか。別に自分で出来るのに。
神官長は大変だなと思いながら礼を言うと、何故か苦笑いをされた。何か間違っただろうか。しかし、訂正でなくて苦笑いなら大した事はないだろう。多分。早々に結論を出し、僕は引かれた椅子に腰を下ろした。
「せーじょさま、あのね、あのね」
「ラス。今はお喋りしちゃだめ。すまんな、聖女」
王子らしき人に注意されたラスという幼女は、不満気に頬を膨らませた。幼女の頬とは、こんなにもふっくらしているものなのか。一度触ってみたい。
「いえ、えっと、大丈夫です。ラス、様?どうぞ続きを」
僕の言葉を聞いた幼女が、顔を喜びで染め上げた。そして、嬉しそうに口を開く。
「あのね、にがてはね、れんしゅうすればだいじょうぶ!すこしずつがんばっていけば、できるようになるんだよってみんないうのっ!」
そう言って笑う子供はきっと、幸福の証であった。
あぁ、幼いな。
幼い子供が幼いままにいられる場所なのだ。ここは。
優しさで生きてきた、優しさで守られてきた幼い子供はこんなふうに笑えるのだと、もっと早く知りたかったな、と思った。
世界に絶望した訳でも、これからを諦めた訳でもない子供は、こんなふうに、笑えるのだと。
「そうですね。これから、ですね」
幼女に向かって精一杯に微笑む。
部屋にいる人たちが、驚いたように僕を見ていた。
「頑張りますよ」
「うんっ!」
この時僕はきっと許されざる奇跡の中にいるのだろうと、幼女の顔を見て思った。
「……其方は、なんというか、酷く、苦しそうな顔で笑うのだな」
「そんなことありませんよ?」
さっきまでの顔を引っ込め、へらりと笑う。
王子らしき人は、時々視線を泳がせながら訝るように僕の顔を見ていた。
「そうか?まぁ、いい。私はこのルフォルナ国の王子、サフォル・テン・ルフォルナだ。この子は、私の妹であり、ルフォルナ国王女、ラスティラ・テン・ルフォルナである」
「サフォル様と、ラスティラ様ですね……えと、ワタシ、はエルダーです」
「エルダー、王城は決して神殿の上にある訳ではない。敬称は要らぬぞ」
「は、はい……サフォル?」
「あぁ。それでいい。公の場では王子と呼ぶといい。では、昼食とするか」
「はい」
僕が返事をすると、すぐに料理が運ばれてきた。そのどれもに、想像もつかない程の人手と、手間と、時間が詰め込まれているのが分かる。こんなものを、僕は初めて見た。料理という工程を経て完成した食べ物というのは、初めてだ。
目の前に何かの料理が置かれる。僕はその名前を知らない。とりあえず、固形物だ。
僕がそれに手を伸ばそうとすると、サフォルに止められた。
「食器の使い方は分かるか?」
「しょっき……とはなんでしょう?」
「そこからか……」
サフォルが心なしか呆れた顔になり、手で不思議な棒を持った。
「これが、フォークだ」
「攻撃力が高そうです……」
先が三つに分かれた棒は、フォークというらしい。食器の一部だそうだ。
「そして、これがナイフ」
「ひぅっ」
サフォルが、フォークを持った手と反対の手でナイフを持った。鋭利な光を宿す刃物には、何回か出会ったことがある。
「刃物には、良い思い出がないのです……向けられたことが多すぎて……」
「…………あまり深くは聞かない……」
今サフォルが持っているものより大きいが、よく似た形をした物に追い詰められたことは幾度となくある。食料を奪い合う場で。寝床を取り合う場で。刃物を持っている者は圧倒的に有利だった。ただ、手入れをされない環境で、刃物はすぐに鈍器へと成り果てるのだけれど。
「では、エルダー。其方もやってみよ。こうして使うのだ」
「は、はい……」
アスティルからナイフとフォークを渡され、王子の手の動きを真似てみる。
「うっ……難しい……」
ナイフを持っている方の手にうまく力が入らない。固形物にめり込みはするが、切れていない感じだ。そこで僕は、ナイフとフォークを入れ替えて持ち直してみた。
「あ、こっちの方がやりやすい」
ナイフがスッと固形物に入り込み、フォークで突き刺すことができた。
「其方は左利きなのだな」
「そうみたいですね」
上手に物を扱えたことが嬉しくて、自然と顔が綻ぶ。僕の顔を見たサフォルは少し驚いた顔をした後、視線を他所へとずらした。
サフォルの様子に思うところは何もないので、これといった反応も示さずに黙々と固形物を切る作業を続ける。
固形物が一口サイズにまで小さくなった時、僕はふいに気になったことを訊いた。
「どうして、食器を使わなければならないのでしょうか」
「どういうことだ?」
「えっと、手の方がコントロールが利きますし、別に歯で噛めばナイフで切る必要もないのでは、と」
なんとなく浮かんだ疑問だ。僕の問いを受けたサフォルは、曖昧に首を捻った。
「さぁ?なんでなろうな?生まれた時分からずっとこれであるが故に、考えたこともなかったわ」
「そうですか」
サフォルからの返答を受けながら、僕はなんだか不思議な心地を覚えていた。
こういった、なんとなく浮かんだだけの疑問はいつも、僕の中で静かに死んでいった。どうしても知りたい訳ではなく、知らなければいけない訳でもなく。そんな疑問の優先順位が下がるのは当然だった。自分で調べる術は無く、問いかける相手はいないのだ。そうして解かれる事を諦めた疑問は、僕の中で無意識のうちに消えていった。他に意識すべきことがあるのだから、小さく弱い疑問を抱き続ける事はできない。
これまでずっとそういうものだったから、これからもきっとそうなのだろうと思っていた。
だから、今が少し不思議なのだ。
「うぅぅん……ラスは、だれかにたべさせるとき、べんりだからだとおもう」
「確かに。すごいね、ラス。あ、指が汚れないようにっていう理由もあるんじゃない?」
僕の疑問を聴いてくれる人がいる。
僕の疑問を考えてくれる人がいる。
この二つは、同じように思えるけれど、きっと少し違っている。しかし。
僕の言葉が、この人たちに届いている。
その点では同じことで。
だから僕は、嬉しくてくすぐったくて、そして、訳がわからないのだ。
「エルダーは、どうしてだと思うか?」
サフォルとラスティラの視線を受ける今の僕がどんな顔をしているか、わからないのだ。
「そうですねぇ……」
でも、この人たちと同じ表情で笑えていたらいいなと思った。
⭐︎
今代の聖女は貧民出身。
神殿の者からその報告が来たとき、父上、つまりルフォルナ国王は酷く頭を痛めた。先代の十四代目聖女は貴族からでたのだ。今代も貴族から、もしものことがあっても平民から出るだろうと安易に考えていたのに、想定外のことが起きてしまった。王は、まさか貧民が聖女になるとは思っていなかったのだ。
そもそも聖女とは、神に選ばれ、そしてなんらかの聖なる力を与えられた女のことを言う。聖女は人が管理し得る範囲を出たものとされ、王城の下にあらず。法の適応外であることはもちろん、本来は国の境さえ越えるものであった。のだが、時が進むにつれて従来の聖女の定義に適合せぬ聖女を掲げる国が出てきた。人が選んだ聖女を担ぐ国、能力で選んだ聖女を担ぐ国、はたまた異世界から召喚したという聖女を担ぐ国。そうした独自の聖女を掲げた国に、従来の聖女は関与することができなくなった。今や昔から変わらぬ聖女を抱き続ける国は、このルフォルナ国のみ。
そして、この聖女は多大な権力を持つ。
ルフォルナ以外の国への干渉はできなくなったとしても、そこは元祖聖女。ルフォルナ国内での聖女の権力は現在も変わらない。つまり、基本的になんでもできてしまう。大きすぎる権力が一つの機関に集まると国の破綻を招くものだが、ルフォルナ国の聖女率いる神殿では不思議なほどに権力の濫用が起きなかった。しかし他国の聖女に同じほどの権力を持たせると直ぐに国は潰れた。ルフォルナだって、いつ他国と同じようになるか分かったものではない。王としては神殿をもう少し小さくしたいところだが、神殿を抑圧すると民からの支持が揺るぎかねない。王は、どうか温厚な者が聖女の任についてくれ、と日々祈っていた。
三年前、十四代聖女が旅立ち、新たな十五代目聖女が探され始めたのだから。
聖女は、元々その任についていた者が亡くならねば、次の者が出てこない。もし先代が亡くなる前に次代となる者が生まれていたとしても、その者が聖女になることは先代が亡くなるまで人には分からないのだ。これまでのルフォルナ国聖女は先代が亡くなってから遅くとも一年以内には次代が見つけ出されていた。だと言うのに、十五代目聖女は見つかるのがとても遅かった。三年間も聖女が不在だったのだ。「神殿は何をやっている」「王城も協力すべきではないか」そんな民たちの不満と不安が膨れ上がり、爆発しようとしていたところに十五代目聖女発見の報が入った。
三年間待ち望んでいた報告だったが、王はこれを吉報とするか凶報とするか迷ったのである。
「よりにもよって貧民か……」
「これは、どうしましょう。父上」
私ことサフォル・フェン・ルフォルナは、国王である父上に呼び出されていた。
「これでは、聖女教育に力を入れた意味がないでは無いか」
父上が重いため息を吐く。
父上は十四代目聖女の寿命が近くなった頃に、「聖女教育」というものを始めた。「聖女教育」とは、次代に聖女になるかもしれない女子にする教育である。ルフォルナ国の聖女が持つ権力はとても大きいため、王城と対立でもしたら国はひとたまりもない。そのため、王城にとって御しやすい、とまではいかなくとも、王城と対立するような思想を持たない聖女を立たせたい。それを目的としてされてきた教育だった。だから貴族令嬢はもちろん、平民にもこの教育は為された。ルフォルナ国は、十三代目聖女の功績により平民にもある程度の教育をする場が整っている国なのだ。その基盤を利用して聖女教育を行なってきた訳だが…………
「流石に貧民には教育が届きませんでしたね」
貧民街は、その土地こそルフォルナ国土にあれど、完全に国の管理下から外れてしまった街である。
当然、聖女教育などが届くはずもなく。
「今代の神殿はどうなるかわかりませんね」
「あぁ、全くだ」
貧民の聖女は前例がない。その為、今代の聖女がどう動くか全くもって分からないのだ。
「世間から弾かれ、劣悪な環境で生きてきた恨みが王城に向かうやもしれぬ」
「それはなんとしてでも避けたいです」
私達にも、貧民街には手が回っていなかった自覚はある。
貧民街の問題は、一気に着手せねば上手くいかないのだ。例えば、今ある費用で「掃除」という一つの問題に着手したとしよう。しかし、一度は衛生環境が良くなったとしても、衛生環境を悪くしている原因がなくなっていないからまた汚れていくだけだ。「食料」の問題に着手したとしても、安定した供給ができなくては意味がない。それに、貧民街での補助が確立されてしまうと、貧民は貧民街から出ようと思わなくなる。そうすると、永遠に貧民は貧民のままであり続けてしまうし、最悪の場合、貧民街に人が流れ込む危険性だってある。簡単に貧民街は無くならない。
貧民街の問題は、長年後回しにされてきた難しい問題なのだ。
私と父上がうーんと唸っていると、扉が軽くノックされた。
父上が入室許可を出すと、神殿の者が入ってきた。
「そろそろお時間でございます」
今、上級貴族のみでの十五代目聖女お披露目が行われている。と言っても、聖女は神殿に初めて来たから大したことはしないのだが。本来このようなお披露目はもっと後に行われるものなのだが、聖女の不在が長かったために不安が煽られた上級貴族達がお披露目を催促したのだ。
そして、その場には王も出席する。
「あぁ、すぐに向かおう」
「父上、私もお供します」
父上が立ち上がったと同時に立ち上がり、声をかける。父上は振り返らずに返事をくれた。
「いいだろう。だが、余計な真似はするな」
「分かっております」
私は、父上に付いて部屋を出たのだ。
危険性を孕んでいるやも知れぬ、十五代目聖女の元へ向かうために。
⭐︎
……そこまでは良かったんだけどなぁ……
結局、私達が向かう前に聖女が栄養失調で倒れてしまったため、十五代目聖女に会うことは叶わなかった。仕方あるまい。体調不良はいつでも起こりうるものだ。責めたところで栓なきことである。
しかし、この出来事によって、私の中の「聖女」のイメージが少し変わった。
聖女も、人なのだなと思ったのだ。
体調不良を起こすような、私たちと同じ「人」なのだと言う事実がその時初めて腑に落ちた。これまで聖女を人とは思っていなかった、と言えば人聞きが悪いが、私はきっと無意識で聖女と人とを区切っていた。
先代聖女にもあまり会っていなかった私は、聖女という存在への認識が少し偏っていたのだ。でも今は、そんな区切りを作っていた自分の愚かさがわかる。
「サフォル、これはなんですか?」
いつもより格段に小さいテーブルにつく私の向かいには聖女がいる。
しかも、目の前の一般的な料理の前で首を傾げる聖女だ。
「これか?これは、平民から貴族にまで広く愛されている伝統料理だ。アレンジの仕方が多数あり、地域や作る者の腕によって時に別物と言えるほど変貌する。しかし作り方自体は大体の人間が知っていて……」
聖女は私の説明をこくり、こくりと頷きながら聴いている。その様子は可愛らしい幼子を連想させた。どこにでもいる、人間だ。ともすれば聖女であることを失念してしまいそうになる程に。
…………どうしてエルダーは、貧民にならねばならなかったのだろうか……
ふと、そんな疑問が頭によぎる。
エルダーは、私と、貴族と、平民と。何が違うというのだろう。何処が違うというのだろう。
目の前のものに興味を持ち、瞳を輝かせる。知的好奇心のままにものを尋ねる。会話をする。
何が、違うというのだろうか。
いや、違うところはたくさんあるだろう。持っている知識も、教養も、思い出も。違いならいくらでもある。でも、それはもともとあった違いによって生み出されてしまった違いなのではないか。それか、個人としての違いだ。
平民や、貴族という「立場」は、生まれた時に決まる。
なら、生まれたその時に違いがあるのだろうか。エルダーと貴族達に、なんの違いがあったというのか。わからない。
分からない。解らない。判らない。
私は奇妙な思いに囚われた。
なんか、変だ。
そこで私は頭を振って奇妙な思いを思考から追い出した。
現にエルダーは聖女として神に選ばれており、貴族と違うどころかこの世の誰とも違うのだ。
私は少しズレた間に合わせの答えを出し、無理矢理に納得した。今は、目の前にいるエルダーに意識を向けるべきだ。
「…………サフォルは物知りですね!」
「まぁ、このくらいの事は一般教養であるからな」
私が料理を口に運びながら何気なく言うと、聖女が奇妙な顔になった。
「そうなんですね……」
そう言って少し下を向いた睫毛が妙に物憂げに見えて、私は胸に激しい衝撃を覚えた。焼けるような痛みであり、瞬間的で、しかし尾を引く。私はきっと、聖女に申し訳なさを抱いているのだ。己の率いる王城が貧民街に手を出していないことに対する罪悪感で胸が締め付けられるのだろう。それに、失言してしまった。
基本的に、貧民に教育は為されない。エルダーはきっと、「一般」の範囲内に己がいないことが苦しいのだ。
……人は、なんらかの仲間内に入る事で安心を得るからなぁ……
私が胸中でやるせ無い思いを転がしていると、エルダーが料理にがっつき始めた。
「そんなにいそいでたべなくっていいんだよ?おりょうりは、まっててくれるよ?」
「あ、ちょ、なんで、エ、エルダー?急にどうしたのだ?」
様子がおかしいエルダーを見て私は酷く狼狽える。妹のラスティラもこてりと首を傾げていた。しかしエルダーは私たちに見向きもせず料理を黙々と食べ続けている。これまで恐る恐る一口ずつ食べていたというのに、どうしてしまったのだろうか。部屋にいる皆が戸惑い、しかし何もできずにいる。
しばらくして、エルダーは皿に盛り付けられた料理を食べ切った。そして、次の料理が来る前にスッと神妙な顔になった。一つ深呼吸をしたのちに、私の方をじいぃぃぃぃいいっと見詰めてくる。
「サフォル」
「…………な、なんだ?」
目に慣れない薄桃色の瞳で見詰められ、酷く戸惑ってしまう。きっと、今の私の顔は盛大に引き攣っていることであろう。
そんな私を真っ直ぐに正面からとらえたエルダーは、一つの言を落とした。
「大事な話があります」
薄桃には、確かな決意の光が宿っていた。
ここまで読んで頂き、ありがとうございました。
サフォルくん視点書くの楽しかったです。次話も宜しくです。




