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1.心の叫び。「あーぁ…」

「え?」

 目が覚めたら麻袋の中だった。

 

 こんなことってある?

 

 僕は今、麻袋にいれられて誰かに担がれていた。麻袋のせいで周りが見えず、状況確認もできない。でも、人攫いだろうなと予想はついた。そんなこと、僕の住む地域では珍しくもない。それか、人攫いでないのなら、何処かの罪人と間違えられたか、だ。どちらにしても、きっといい方向には転ばない。死ぬかも知れない。

 僕は覚悟を決めた。

 

 しばらくして、地面に降ろされ、麻袋を取られた。やっと景色が見えると思ったら、次は何かを被せられる。でも、被されたのは服だったようだ。上に空いた穴から頭が出ると、やっと景色が見えた。

 さて。悪のアジトか刑務所か。どっちだ。

 

「へ?」

 

 頭の中には疑問符が所狭しと並べられている。

 だって、ここは僕の一番嫌いな場所。一度も来たことのない、一番嫌いな場所。

 そして、この服はなんだ。動きにくい。上から着せられているだけだし、脱いでいいだろうか。

 ひらひらふわふわ…これ要るか?

 やけに飾りが多いなと思う。

 

 それはともかく、場所だ、場所。

 現実逃避がてら自分に問う。ここ、どこ?

 叫び出してしまいそうだ。

 恐怖で?いや、疑問で。

 とりあえず心の中で叫ぶ。あーぁっ

 ここ、どこだよ。

 ……神殿だよ、神の家だよ。

 なんなんだよ。

 あーぁっ

 それはいいんだ。神殿だってことはいいんだ。いや、良くはないけど。すんごい嫌いな場所なんだけど。

 でも、もっと問題なのは。

『ようこそ!十五代目聖女様‼︎』

 僕が聖女になってるってことだ。

 神殿に入ってすぐの正面には、横断幕のような物が下げられていて、この厳かな場所に似合わぬポップな文字でそう綴られていた。

 いや、ホント、驚くほど似合ってない。浮きまくってる。

「ようこそ、聖女様」

 しばらく呆然とした。疑いもした。何度も後ろを振り返った。

 けれどそこにはそれらしき人物は誰もおらず、確実に僕へ話しかけているとしか思えなかった。

「ようこそ、聖女様」

 そしてこの人はなんだ。さっきから同じ言葉を繰り返している。

「ようこそ、聖女様」

 僕が答えないと、進まない感じだろうか。

 心なしか頻度が上がってきているようなので、早く答えろということだろう。何だよ、このおじさん、僕より年上のくせに、不器用だな。

「ようこそ、聖女様」

 あぁ、うるさい。早く何か言おう。だけど…きっと、「あぁん?」とか言ったらダメだろうからなぁ。どうしよう、僕、丁寧語はかじったくらいしか出来ない。いや、かじってすぐ吐き出した程度だな。つまりは全くできない。

「ようこそ、聖女様」

 次で、答えよう。

「ようこそ、聖女様」

 何か…!

「ヒャイッ」

 随分声を出していなかったせいか、変な上ずった声が出た。急ぎすぎたせいもあるとは思う。そして慣れない高めの声を意識したせいもあると思う。

「おぉっ」

 周囲にざわめきが起こる。

「今代の聖女様は貧民街出身だとか」

「ほぉ?どうなっているのかね…先代は貴き御方だったというのに」

「神官長も気が回らぬな」

 ひそひそと会話が聞こえてくる。話ぶりからしてお偉いさんか。そして三番目にひそった人に、全面賛成したい。性別を間違えるだなんて気が回らなさすぎる。

「静まれ」

 神官長(仮)が注意した。完全とはいかないまでも、少し騒ぎが収まる。

「聖女様、貴女は一五代目聖女に選ばれました」

 なんでだよっ!胸ぐらつかんでやりたかったけれど、頑張って鎮めた。僕えらい。

「なんでだ。あ、ナンデデショウカ…」

「神が貴女を選んだのです」

 おい、神の野郎。なにやってくれてんだ。

 怒りが募る。ま、神なんていないだろうけど。

 でも、顔に出ないように懸命に笑顔を作る。引きつった気もしたけれど、まあ及第点だろう。ここに水溜まりがなかったことが敗因だ。鏡なんて高価な物は望まない。望むだけ無駄である。

「神殿長が神のお告げをお聞きになり、貴女が見つけられました」

 おい。それ、実質神殿長のせいじゃねえか。大方、神殿長が神の言葉だ何だと言ってテキトーに選んでいるだけだと思われる。聖職者といえど、権力を持ちすぎると変な事をしだすのだ。咎めるものが少ないからである。しかし、そう仮定すると、少々の疑問も浮かんでくる。どうして僕なのか、だ。こんなゴミ屑ではなく、どこかの貴族のご令嬢でも当てようとするのでは無いだろうか。その方が賄賂やら何やらが働き、利を得られるのではと思う。まぁ僕はそんなに詳しい訳でもないので何も言えないが。

 というか、こんなふうに言ってるってことは、こいつは神殿長ではないのだろう。やはり神官長のようだ。

 それはそうと、僕の扱いが罪人同様だったことに怒ってもいいだろうか。おかげで勘違いしてしまったじゃないか。 聖女って言うんならもっと丁寧に扱えよ。聖「女」じゃねえし、神に選ばれた覚えもないんだが。

「今からその神殿長にお会いしていただきます」

 やだぁ。でも、今の僕に拒否権がないことくらいはわかってる。

「はぁ…でも、どこにいらっ…しゃにゅんデショウカ…」

 使い慣れない言葉を使ったせいで噛んだ。痛い。

 もう喉が痛いし、笑顔だって引きつっている。もう崩れているかもしれない。目?もちろん死んでいる。おおよそ聖女と呼ばれる者がする眼ではない。

「神殿長はこの奥にいらっしゃいます」

 …逃げたい。そう言う身体を叱咤する。

「どうされましたか?聖女様」

 やっぱり笑顔が剥がれていたようだ。下唇をキュッと噛み、さっきとは反対側に口を曲げ、手を握りしめていた。

「なん、で、も、ないデス」

 ゆっくりと、体の硬直を解いていく。初めての場所だからと言ってずっと警戒していては疲れてしまう。疲れたところを狙われたらひとたまりもない。

「本当に、大丈夫なのですか?」

 しつこいな。こいつ。

 いや、心配性なのだろう。そういうことにしておいてやろう。

 慣れない声を出すのはもう疲れたし、そろそろボロが出そうだ。ということで、歩いてみせることにした。そうすれば、「ちゃんと歩けますよ、早く案内してください」という意図も伝わるだろう。多分。伝われ。

 念じながら一歩踏み出した。

 すると、

 落ちた。

 

 いや、正確には落ちてはない。視界が急に下がったのだ。そのまま、鼻が床にアタックする。勝者=床、敗者=鼻。 痛い。

 僕の鼻よ、勝算の無い戦いは仕掛けるもんじゃない。

 鼻血出てないかな。あれ、ベトついて気持ち悪いんだよなぁ。

 手で鼻を触って確認しようとしたが、なぜか腕が動かない。それどころか、全身に全くもって力が入らない。仕方なく目だけ動かして鼻の方を確認する。赤い物が見えた。やはり鼻血が出てしまったようだ。すごく、痛い。鼻を抑えてゴロゴロと床を転がりたい気分なのだが、あいにくと、動かない身体がそれを許さなかった。痛い。不便。

 動かない体とじくじく痛む鼻の文句を言っていると、男の手が伸びてきた。そのままくるりとひっくり返される。

「せ、聖女様⁉︎」

 あぁ、さっきの心配性のおじさんか。

 結構ごっつい腕をしてるんだな。

 そんなどうでもいいことを考えていたら、慌てた顔が近くなった。抱き上げられたらしい。膝の下と背中に手を入れて支える形だ。

 意外とプライドを攻撃してくるな、これ。

「大丈夫ではないではありませんか!今すぐ神殿長に会わせなくては!」

 あぁ?神殿長?なんでだよ。

 わけがわからない。どうして体調が悪くなったら神殿長なんだ?

 あと、うるさい。「!」を付けすぎだ。耳が痛い。頭に響く。

 頭の中で、疑問と文句が飛び交う。視界が白く霞んで、ぼんやりしてきた。眠い時のそれに似ている気がする。でも、この異様な状況が、僕に微睡まどろみを許さない。

 神官長達は僕を抱え、神殿の一番奥の横断幕がかかっているところに付いている扉へと向かっている。周りにいるお偉いさん達が何か言っていてうるさいが、神官達がすぐ振り切る上に音が遠くに聞こえ、何と言っているのか分からない。

 程なくして扉の前についた。

「扉を開けなさい!」

 神官らしき人々が扉を開ける。

 扉が開いた先に見えたのは『白』だった。

 

 そこには濁りののない、完全な白があった。黒がほぼない。その光景はどうしようもなく神聖で、この世のものと思えない。けれど、一つだけ、黒いものがある。

 それは、人の形をしていた。

「神殿長!大変です!」

 神官長が言う。もう既に扉は閉められていて、他の神官はここにいなかった。

「なぁに…煩いよぉ、アスティル…すやぴぃ」

「寝てる場合ではありませんし、仕事中は役職名で呼べと言っているでしょう⁉︎」

「めんどいよ…っていうか、今仕事中なの?あ、君、聖女ちゃん?」

 やっと気づいてもらえたか。長い黒髪と黒い眼を持つ少女が、寝ていた上半身を起こす。

「わぁいっ、こっちおいで〜」

 笑って両手を伸ばしてきた。でも、行けるはずがない。だって身体が動かないんだから。

 そう思ったのに、自然と身体が動いて黒の人型に向かって歩いていた。自分で動かしている実感はあるのに、止めようと思っても止まらない。身体の主導権が奪われているようだった。でも、主導権が奪われたのは足のみのようだ。他の部位は問題なく動かせる。

 うわ、なんだこれ。気持ち悪い。

 顔をしかめた。あ、顔も動かせる。

 僕の身体は人型(ひとがた)の前に来て、止まった。

「ふんふん…栄養失調に伴う身体機能の著しい低下か…意識が切れなかったは奇跡だね。聖女に選ばれたのもこういうのがあるからかな…脈は…」

 こいつ何言ってんだ。内容からして医者?手首などに手を当てていく仕草も迷いがない。でもさっき『神殿長』って呼ばれてたけどな。

 混乱する。自己紹介してくんないかな。

「ほへー。やっぱ聖女は違うね。生命活動が活発だなぁ」

「神殿長」

「スフィアって呼んで?」

「いやです」

「えー?これくらいのお願いは聞いて欲しいよ、アスティルぅ」

「いやです」

「ひどい、即答」

「……ワタシの存在、忘れてないデスカ?」

 二人の会話が流暢すぎる。

「忘れてない、忘れてない。私の目は君に釘付けだよ。なんて興味深いんだろう!」

「神殿長、失礼です」

「そぉ?……あ、自己紹介してなかったか」

 そう言って、神殿長が立ち上がった。今までは座り込んでいたのだ。

「初めまして。名をスフィアといいます。ここの神殿の長を務めさせていただいております。あ、歳は内緒だよ。ま、そんな野暮なこと聞かないだろうけど」

 そこまで言って、スフィアは神官長の方を指差した。

「あと、そこの人はアスティルっていって、ここの神官長兼副神殿長みたいなもんで、私の恋人です」

「まだ言っているのですか。というかなぜ今言うのですか」

 アスティルが呆れた顔になった。結構お似合いなのではなかろうか、この二人。

「なんで今言うのかなんて、自慢したいからに決まってんじゃん」

「貴女の手をとってしまった幼き日の私をぶん殴りたいです」

「えぇ……なんでぇ?」

 スフィアがへらりと笑って首を傾げる。スフィアとアスティルは、恋人と言うより親子と言われた方が納得できるなと思った。どちらの関係性も僕には良く分からないから、なんとなくの域を出ないけれど。でも、なぜアスティルが幼少期にスフィアと会っているような口振りなのだろうか。

 だが、まあ神殿長か。こいつが。正直な感想は…

「ちっさ」

 座り込んでいる時にはあまり感じられなかった背の低さが、立ち上がったことで際立った。その身長は僕の胸にも及ばぬ程だ。歳を聞こうと思ったが、「野暮」と言われ何も言えない。そして、こんな少女が神殿長にも思えない。それに、この少女の言動には、ことも特有のたどたどしさや、あどけなさがない。外見と中身が不釣り合いだ。

 そして何よりも、こんな少女に偉大な雰囲気を感じている自分が不思議だった。

「今、小さいって言ったー?私だって好きでこんなんになったんじゃない。自分でどうこうできない外見をからかう人は嫌いだよ」

「あ、なんか、ごめんね?」

 背が低いのは幼少期に遅く寝たり好き嫌いをしたり不健康な生活をしていたからではなかろうか?それとも、貧民の出だとでも?

 僕が訝しんでいるのがわかったのか、アスティルが説明してくれた。

「この方は、いつもこの空間にいて、お仕事をなさっているのです。この空間では、時の流れが他と違って、とても遅く流れていて」

「だから、まだ小さいの。でも、神様にいろいろ教えてもらってるから、知識は大人を凌ぐほどにある。ここから出たいと思ったこともあるけれど、私以外に神のお言葉を聞ける人がいないんだから仕様がないでしょ?神殿長という任に一番相応しいのは私。年齢なんて関係ない。年齢が関係ある類の仕事は、神殿長の役目ではない」

 神の言葉を聞く?

 どうしようか。神は信じていないつもりだったのに、この子を見ると、もう「信じていない」とは言えない。だって、神がいないとこの空間の説明がつかない。

「他人の言葉を途中で遮るなと…」

「あー、もう、たっくさん聞いたよ…。耳にタコできるぅ」

「今また、注意した瞬間に言いましたね!?このっ、スフィア!」

「ぴぎゃあ、あ、アスティル怖い!ちょ、あ、こっち来ないで!少なくともその形相で来ないで!泣く、泣くぅ…びえぇ」

 追いかけっこが始まった。スフィアは涙目になっている。というか、鳴き声が珍妙すぎないだろうか。

 ……あ、転んだ。

 スフィアの目から、溜まりきれなくなった水が溢れる。アスティルはそれを困ったように(なだ)めはじめた。

「うぇーん、うぇーん」

「あぁ、もう。服に鼻水つきますよ。……っ私のにつければいいってことではないんですが。」

 こいつら、何やってんだろ。

 親子のような光景に、思わず疑問が過ぎる。

「うぅっ。痛くなーい」

「でしょうね。ここは神の庭ですから」

「知ってるー。うぇーん」

「なんで泣いてんですか」

「びっくりしたから」

「子供ですか」

「ここの時空は曲がってるの。それも、ただ単に体の成長についての時だけがおかしい訳じゃない。外での長い時間が、ここでの短い時間になるってだけ」

「知ってます」

「つまり、身体だけでなく、精神も成長していないのだぁっ」

「…………神様にいろいろ教えてもらっているから自分は凄いのだぞと幼い私に向かってふんぞり返った人は誰でしたか」

「私だねぇ。いやーあの時のアスティルちっちゃくてほんと可愛かったなー」

 ……神の庭?

 明らかにスルーしてはダメな単語が聞こえた気がする。

 気のせいにしたい。

 気のせいにしようか。

 いや、ダメだろう。

「あの、神の庭ってナンデスカ?」

「ん?」

 スフィアがこちらを振り返った。目元に赤みは残るも、涙は引っ込んでいる。

「えーっとね、万病が治り、時がとても遅く過ぎ、そして」

 そこでスフィアは言葉を切った。

 こちらに近づいてきて、僕の眼を覗き込んでくる。首が痛そうだ。

「なーんにもない場所だよ」

 にこり。

 スフィアは、とても綺麗に笑った。

 この白の世界で。

 真っ黒の目と髪をしたスフィアが、笑う。

 何もないと評されたこの世界で、

 ここに在るはずの少女が

 

 自身の存在を否定した。

 

「ここにはなーんもないの。ずっとずっと、果てもない白の世界」

 綺麗な笑みで、言う。ちいさな、ちいさな、でも確かにここにいるはずの幼女が。

「…でも、あなたが、ここに、いる」

 金縛りに遭ったかのような身体には、弱々しい声を絞り出すのが精一杯だった。

「そうだね。でも、変わらない。ここには何も」

 一瞬、声が途絶えた。

 綺麗な曲線を描いていた口が、解かれる。その口から言葉が紡ぎ出された。

 

「ないんだよ」

 

 幼子に諭すかのように、告げられる。

「じゃあ、あなたは…」

 その先を言おうとした口が、喉が、止まる。

 僕の眼は、一点を見詰めて動かない。

 濁ったスフィアの眼を見て

 動かない。

 

 あんなに無邪気な光を零していた瞳が、

 愛らしい瞳が、

 

 怖い。

 

 何も言わなくなった僕に興味を無くしたかのように、スフィアは僕を一瞥した後、くるりと向きを変え座り込んだ。

「アスティル、この子を聖堂に連れてって。栄養失調も身体中の細かい傷も治ったからもういいでしょ。早く神様に会わせてあげて」

「スフィ」

「出てって」

「…どれくらいですか」

 スフィアが首だけ回してこちらを見た。

「一年」

 スフィアの薄い唇が動く。

「一年、ここに来ないで」

 言い切ったスフィアは、ころりと兎のように寝た。

 その寝方は、ひどく疲れているようにも、不貞腐れているようにも見えた。

「…行きましょうか」

 アスティルが扉へ歩き出す。

 ついてこいと言われたのだ。スフィアは気になるが、行かねばならない。

 アスティルが扉に手をかける。と、そこでふと思い出した。名乗っていなかった。スフィアの方を向いて声をかける。

「あの、ワタシ、エルダーっていいます」

 返事は、返ってこなかった。

 

 

     ✴︎

 

 

「スフィアがどうもすいません…」

「い、いえ…、大丈夫、です」

 親か。お前はスフィアの親なのか。慣れた様子で言うアスティルに、ツッコミを入れたくなってしまう。スフィア、いつも何かやらかしてんのかな。

「いまは、何処、に、向かって…?」

 僕たちはスフィアの元から出て、扉の右横に伸びている廊下を進んでいた。扉の向こうに居たはずの神官たちやお偉いさんたちはいつの間にか居なくなり、しんっと静まり返っている。

「聖堂です」

 いやぁ、やけに薄暗い廊下だなぁと思えば、わぁ、聖堂?窓を見れば綺麗な青空なのにここだけ夜みたいに薄暗い不思議地帯だぁと思っていれば、聖堂でしたかぁ。そりゃ、不思議も起こる起こる……

 ……は?

「神にお会いしてもらいます」

 いやです。

 心の中で即答してしまった。申し訳ないとは思ってない。

「はい、着きました」

「……?」

 着くの早くないか。そして…

「何処、です?」

 扉が見当たらない。これまでと何ら変わらぬ廊下が続いているように見える。僕が見落としているだけだろうか。右、左、上……にあるわけないか。

「ここです」

 そう言ってアスティルが指差したところを見る。そこには

 床。

 え、もしかして神様って土竜だったりするのか?してしまうのか?

 その発想はなかったなと、しみじみ自身の視野の狭さに気づく。やはり、人は自らの持ち得る物でしか思考できないものなのだ。

 ほうほうと床を見ていると、アスティルが困った顔になった。

「あの、こっちですよ?」

「へ?」

 少し視線をずらすと、成程、きちんと壁に扉があった。僕の視野はすごく狭い。残念無念である。床を見てふんふん言ってた僕を殴ってやりたい。ものすごく恥ずかしい。そして神様は土竜でなかったようで何よりだ。良かった。土竜に祈る事態にならなくて。土竜に向かって祈るとか、ちょっとカオスだなと思っていたところなのだ。この国の人たちの頭を疑ってしまうところだった。

 しかし。扉があって良かったは良かったものの、問題がまだあった。

「小さく、ない、です、かね……」

 通れるかな。これだ。

「それは……頑張ってくださいとしか」

「……如何して、こんなに、小さな、扉に、した、ですか?」

「元々は大きかったそうです。しかし、神殿が出来上がったその日の晩に、扉がこの様に小さくなった、と……こんなことをする理由はわかりませんが、恐らく神の所業です。幾度も工事をして戻そうとしたこともあったそうですが、何度やってもこの大きさになってしまうらしく……もう今ではお手上げ状態です」

 神、何故にしてこんな小さな扉にしたんだ。ちゃんと人のこと考えてるか。友達居る?

 僕は現実逃避気味に神に語りかける。多分届いてない。届く先があるのかどうかもわからない。でも、スフィアがいるし、この不思議扉の話が嘘でないなら一応存在はしているのだろうと思う。これまでこういうことに触れてこなかったせいで判断が鈍っているだけなのかもしれないが、僕は基本的に疑問や疑いを引き摺らない事にしている。ずっと何かに対して疑いを持ち続けるのは疲れるし、精神衛生上よろしくない。また、解決できる見込みがないものを考え続けるのは無意味だと思うのである。そういうのは時間に余裕がある人がすることで、明日の確信さえ持てないものがするべきではない。だから、とりあえず神の存在について考えるのはやめにしよう。本当に居たらそれはそれ。居なくてもそれはそれだ。だが、まだ僕が聖女だと言う事については割り切れない。僕にだって男であることの誇りくらいある。何せ、男だと喧嘩で少し強くなる。素晴らしい。たまに凄い強い女もいるけれど。だから油断はできない。力に酔って傲っ(おご)たら負け確定だ。

 世は無情だなぁと思いつつ、身を低くする。アスティルが扉を開けてくれた。

「いってらっしゃいませ」

「一人ですか!?」

 僕は、世よりも遥かに無情な神官に見送られ、小さな扉を潜っていった。

 

 扉の先には幅の狭い通路があった。これがなかなか長い。土竜の気分になる。……やっぱ神様土竜説は有力か…?

 そんなことを考えながら暫く這って進み。

 そして視界が開けたそこには、

 

 野があった。

 

 日が差し、花が咲き、蝶が舞い、鳥が飛ぶ。

 和やかで、柔らかで、暖かな野原の景色がそこにはあった。足元では小動物が動き回っていて、僕は何とは無しに一匹捕まえた。何という動物なのかは知らない。毛がふわふわに生えていて、見た目的に夏は大変暑そうだと思うのにあまりそう感じなかった。そしてその毛並みはツヤツヤに整えられていて、とても野生には見えない。

 そこで僕は少し違和感を感じる。毛並みが異様にいいことより、もっと、決定的に、違うモノがある。何だ、この気持ち悪い違和感は……答えが喉元まで迫ってきたその時。

 不意に柔らかな風が吹き抜け、僕の頬と髪を撫でていった。風が吹いてきた方向を見ると、これまた柔らかな黄色が見えた。白よりは華やかで、赤よりは慎ましやかな、陽だまりの色だ。

 これまで縁が無かった色を物珍しさで目詰めていると、不意に声が降ってきた。その声に驚いて手が緩んだのか、小動物がするりと逃げていく。手にぬくもりは残らなかった。

「十五代聖女よ」

 低く、静かで、よく響く声が降る。

「よく来た、歓迎する」

 どうしてだろう。声は聞こえるのに、姿が見えない。先程扉を探す時にしたように右左を確認してみる。

……もしかして、今度こそ下なのでは。

 そう思った時。僕はある事に気がついた。

 空が、ない。

 この穏やかな野原の風景にとてもよく似合うであろう、あの、空の青が無いのだ。そう気付くとすぐ反射的に上の方を見てしまう。空がない。空がないのなら、雲もないのか。なら、太陽は。月は。星は。

 そうして見上げた先にはなんと、男がいた。

 僕の十四倍はあるだろうか。柔らかな黄色だと思ったものはその男の服の裾だったようだ。男は不自然にゆらめいていて、輪郭をはっきりもたず見にくかった。決して僕の目が悪い訳ではない。と思う。検査を受けたことがないため、正確な数値は分からないのだ。

 男に話しかける。

「誰、ですか」

 訊くまでもない。しかし、訊いておきたい。

「この世界の管理人である。言わば」

 神だ。

 その言葉はやけにすとんと腑に落ちて、まるで身体に刷り込まれたかのようだった。

 神

 本当に、居るのだな、と思う。

 人が勝手に作り出したただの偶像だと思っていた。都合よく言葉をくれる政治の道具だと思っていた。限られた人間だけに優しいお人形だと思っていた。

 違うのだな。

 うん、一つ賢くなった。僕が賢くなったとしても何も起こらない気はするが。

 よし。居たら居たでそれはそれ。そう決めたのだから、これ以上は考えないでおこう。僕の明日はまだまだ信用ならない。今すべきことをしなくては。

 僕は首をめいっぱいあげ、神を見上げた。……首が痛い。スフィアの気持ちがわかる。身長差とは深刻だ。これをそれと同じ様に見ていいのかは分からないが。

「あともう少しで後継の者に譲ろうとは考えておるが、今の所はな」

「あの」

「なにかね」

 すぅ、と息を吸う。 そして想いを乗せた音として吐き出した。

「何で僕を聖女にしたんだこの駄目神がああぁぁぁぁぁぁああっ!」

 僕が音に乗せた想いとは、もちろん怒りである。

「え、あ、すまぬ…!」

 狼狽えたように神が言う。

「いや、で、でも嬉しくない?いままでの子はすっごい喜んでくれたんだが……あ、慎ましやかな生活を大事にしたいタイプだったか!?それとも神とは無縁でいたかったのか。すまぬ!…」

 並ぶ謝罪に、僕は呆気に取られてしまった。これまでの重々しい、圧倒的な存在感は何処にいったんだ。

「そう言う事じゃない」

「え、じゃ、どう言うこと」

「僕は、女じゃない」

 前提が違う。そう言った僕を前に、神はぽかんとして固った。

「え、そうなの何それ知らない……」

 知らない訳ないだろうに。僕が少し呆れていると、何処からか嘆息が聞こえた。

「はあぁぁぁぁああ〜」

 やけに気合いの入った嘆息であった。

「もう、君は本当に情けないな」

 そう言って神の後ろからひょこりと姿を現したのは、なんと。

 ちっちゃい子であった。

「君が当代聖女だね」

 そう言いながらちっちゃい子がこちらに近づいてくる。僕は思わず後ずさった。脚が服の裾に触れる。そこで、ある事に気がついた。

 服が、変わっている。

 さっきまで着せられていた服でもなく、元から着ていた服でもない。また違う服だ。しかし、これまたふわふわでひらひらな服である。なんだよこれぇ……。

 顔を顰めたその時。僕はとても恐ろしい事に気がついてしまった。

 元から来ていた服が、ない。

 さっきは元の服の上から重ねて着けられただけだが、今回はそうでは無い。自分で着替えた記憶も、着替えさせられた記憶もないのに服が変わっていて、しかも僕の服がない。大惨事だ。そして、すごくすーすーする。スカートは通気性が良すぎると思う。風が脚を撫でていくようなヒュンっという感覚が僕を襲い、下から突き上げてくる。くすぐったさと似たものに身体がふるりと震え、力が抜けていく。僕は慌てて座り込んで震えを抑えた。決して、体を支えきれなくなったわけでは無い。そして座ったら座ったで若葉がチクチクしてくすぐったかった。

「歓迎するよぉ。って、どうしたんですの?」

「お前に引いたのではないか」

「そんなことない……と、思いたい!」

 ちっちゃい子が徐々に近づいてくる。女か男かの判断もつかないほどに幼く、小さい。ちっちゃい子は、僕がこうして座り込んでやっと視線が合うくらいにちっちゃかった。

「……怒ってる?」

 ちっちゃな子がその細い首を傾ける。

「とう、ぜん、だろ……」

 流石に、こんな小さな子ども相手に本気で怒鳴るのは良くないだろうと一応声を潜める。

「聖女は、嫌だったかえ?」

 僕は驚いた。さっきから思っていたことではあるが、この子の喋り方は不安定だ。見かけ相応に喋ることもあるが、急に大人びたり、上品になったり、変化が激しい。まるで、自分の喋り方を決めかねている様だ。

「嫌に決まってるだろ、こんな服着せられて…」

 不貞腐れて言う僕に、小さい子は指を下唇に当てて、意地の悪い笑みを浮かべた。

「そぉ?ぼく、可愛い男の子すきだけど……」

 あ、こいつが犯人だ。

 僕は悟った。怒りが募るが、努めて冷静に言う。

「あのな、僕は男なんだから、聖「女」ってなると嫌なんだよ」

「ふぅん…そうなんだぁ?」

 変に間延びした声に若干苛つきながら、僕は頷いた。心なしか、小さい子の目が据わっている気がする。

「神の決定に否を申すか」

「?」

 無言で疑問を呈すると、小さい子は鋭く小さく細く息を吐いた。そして、ふっと視線を僕から外す。

「別にいいんだけどね……」

 何故かとても苦しそうな顔で小さい子が言うからか、僕は不思議と心が波だった。

「人生いつ終わるかわかんないんだし、嫌なことは嫌って言ったほうがいいだろ」

「それもそうだ」

 小さな子はそう言うと、首だけ回して男の方を見た。僕からは横顔が見える形だ。

「当代、この子は男ですわ」

「それは誠か。次代よ」

「うん」

「……これは弱った。どうしようか」

「どうもしなくていいと思うよ」

「おい、それは困る」

「そう言うものか」

「そう言うものだ」

「明らかにちげぇだろ」

「次代?違うそうだぞ?」

「違わないですわ〜」

「どこがだ。歴代聖女の中にも男がいたとでも言うのか」

「居ないよ?これまで聖女になった子合計14人は、みんな女性だった」

「じゃあおかしいじゃないか。どうして僕だけ男なんだ」

 この問いは、ずっとしたかった物だ。スフィアにもアスティルにもまだ問えていないから、らしいのこいつらに問うしか無い。そもそも、男である事さえ言えていない。

 僕の問いに応えたのは、意外にも小さな子の方だった。

「聖女にはね、生命力が求められるの」

「生命力?」

「そうだ。聖女は、その時代それぞれの厄災や不幸を押しのける者だ。しかし。押しのけるとは同時に、厄災を一身に受けることでもあろう?その時、強く無ければ困るのだよ。聖女は身代わりでは無いのです。ぼくたちとて、人の心が完全にわからぬ訳ではない。理不尽に任命して、命懸けろなんて言わないさ。それに、やくさいをおしのけるためにがんばったせいじょが、そのやくめをおえたときにそこにいないなんて、かなしいでしょ?」

「それは、そうだと思う。が、性別と何の関係が?」

「女は、その身に命を宿し、育むだろう?だからね、つよくできてるの!その性質が、聖女にはもってこいだったわけだ。だから女性が選ばれる確率が高いんだよ。だから、人々はこの存在を「聖女」と名付けた。別に女性で無いといけない訳じゃ無いから、別にこの状況は不思議な物でも何でもないのさ」

 そう、だったのか……

 確信が持てないくせに勝手に「女」と名付けた先人たちに、怒りが湧いてくる。聖人でも良かっただろうに。

「しかし、次代よ。何も対処なしでは、この者が困るであろう?」

 大きい方の神が言う。僕は高速で頭を縦に振った。ごぎっていった。もげたかと思った。

「いいのです」

「よくない」

「いいのぉ!」

「よくねぇですっ」

「……言葉あってる?」

「……確かに僕も今のはどうかと思った」

「……急に我を抜きにして仲良くなるのやめないか」

「別に仲良くなった訳じゃ……」

 ない。と続けようとすると急に世界の様子が変わった。

 

 正確には、あれだけ暖かに降り注いでいた春の日差しが消え、空もないのに暗雲が立ち込めた。蝶や小動物などは何処かに逃げていき、雷の音が響く。そして、世界が

 

 割れた。

 

 驚いて立ち上がる。もう、力が抜けることはなかった。

「そろそろか……」

 小さな子の顔が急に曇る。そして、つらつらと言葉を並べ始めた。

「いいかい。君は男性であろうと、れっきとした聖女です。もうぐちゃぐちゃ言っちゃだめだよ。いいね?この国を守っておくれ。今代の聖女となった君には迷惑をかけるのぅ。大変なことも辛いことも沢山あるだろうけど。どうか」

 小さな子はそこまで言うと、僕の知らない体勢をしてみせた。腰を折って頭を下げる、不思議な礼。

「よろしくお願いします」

 僕は小さな子の体勢が何かは分からないけれど、そこには確かに、強い想いが籠っていた。

「……そこそこに、がんばる」

 僕は、小さな子の願いを前にして、首を横に振れなかった。

 もう、その時点で、ダメなのだ。

 聖女の職がどれだけ大変な物であろうとも、どれだけ面倒な物であろうとも、どれだけ危険な物であろうとも、こなすと、頑張ると、約束してしまったから。

 もう、嫌と言ってはダメなのだ。

 この瞬間に、僕は、聖女になってしまった。

「あはは。それで十分だ。ありがとう、やくそくね?」

 僕は、軽く笑いながら体勢を戻した小さな子を背に歩き始め、ようとした。

「……!」

 ああ、わかった。

 靄がスッと晴れていく様な感覚が胸に走る。そして同時に新たな疑問も浮上してきた。

 僕がさっき捕まえた小動物に抱いた違和感。それは

「ぎゃあっ!?」

「ごめん、失礼する」

 僕はサッと踵を返し、小さい子の腕を掴み足を絡ませる。不意をついた上に体格差もあり、動きを封じるのは簡単だった。片手で両手を掴んで上に上げさせる。小さい子は手も小さくて容易に掴めてしまった。意に介さずばんざいの格好にさせられた子は今、涙目である。訳がわからないと言ったような顔をしていて、逃げようともしていない。情報の処理が追いついていない状態だと思われる。哀れみが浮かんで来ない訳でも無いが、これは好都合だ。さっさと疑念を晴らしてしまおう。

 僕は小さい子の左胸に手を当てた。

「なっ!?」

「静かにしろ」

 僕は意識を集中させ、その振動を待つ。

 しかし、いつまで待っても感じ取れない。

「うぅ……なに、やってるの……?」

 小さい子がふるふると震える声で尋ねてくる。不意に罪悪感がこみ上げてきて、僕は目を固く閉じて言った。

 

「……心臓の音を、聴いている」

 

「え?」

 小さい子は、さっきまでの動揺を投げ捨てきょとんとした。

「聴こえないでしょ」

 当然だとばかりに放たれた言葉に眩暈がした。

 僕が小動物に抱いた違和感。それは、鼓動が聴こえない事だったのだ。そう、即ち。

 心臓が、止まっている。

 命として極めて大切なモノが、機能していない。

 欠けている。

 僕はゆっくりと拘束を解いた。なんだかため息が出てくる。

 小さい子はスルリと僕の腕の中から抜け出し、一つ息を吐いたのちに口を開いた。

 

「さ、早く行きやがれ」

「急に口悪くなるな」

「そう?」

「……じゃ」

「ばいばい」

 無邪気に手を振る小さな子を背に歩き出す。

 あんな仕草ができる子に鼓動がないなんて、知りたくなかったような気がする。でもそれなら知らなくったてよかったのだ。好奇心からの行動でないとも言い切れないが、自分の行動原理がよくわからなくなってきた。しかし、僕が頭を痛めている間にも世界は刻々と姿を変えていく。

 

 暗雲が立ち込め、草が枯れ、光が閉ざされる。終いには、ぱりっ、と音を立てて割れ始める。

 ぱりっ パリッ バリ バリン ガギッ

 音がどんどん攻撃的になっていくのを背に、僕は足を速めた。

 

 


ここまで読んで頂き、ありがとうございました。

次話もよろしくお願いします。


誤字訂正しました。

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