第5-12話 結局、スリープバブルって、何だ!?
あの後、
最高ランク冒険者パーティーの誘拐という大事件に、『南都』冒険者ギルドは大騒ぎとなり、
『渡河点』冒険者ギルドに対して正式に、抗議と、『峠』への捜査の申し入れがあった。
しかし『渡河点』冒険者ギルドは、誘拐は自分達は与り知らぬ事、ダイナソーも胡散臭い孤児上がりのホラ話と断じて『南都』冒険者ギルドと押し問答となり、
最後は『南都』側がトライセラタップスの角という動かぬ証拠を盾に、捜査のためのパーティーを『峠』の南側から強行突入させたところ、
ノームの集落は、一面炎に覆いつくされていたそうだ。
ようやく鎮火した焼け跡に残されたのは、いくつもの背の低い焼け焦げた死体…
失火が燃え広がり、谷間で逃げ場も無く全滅したのだろうというのが、『渡河点』の公爵の見解だった。
鍛冶を生業としている集落だ。火元はいくらでもあっただろう、と…
一介の冒険者の、『峠』の禁足地への無許可立ち入りも問題なのだが、本人達の意志に反する形によるものである事が明らかなため、形式的な審問の末に、不問となった。
ともあれ、これで、
『峠』は、永遠にダイナソー達の楽園となった。
もう、彼等を脅かそうという馬鹿者は現れないだろう…
※ ※ ※
『渡河点』へと逃げた脱走冒険者達は、ノームに捕らえられて、『峠』でダイナソー共と死ぬまで戦わされていた。
その事実もまた、『南都』の冒険者達に、若干の衝撃をもって受け止められた。
『ああ、やっぱり俺達には、逃げる場所なんて無いんだ』、と…
※ ※ ※
「クソっ!!」ガシャン!! ジョッキが乱暴にテーブルに叩きつけられた。
テーブルを囲むは、6人の冒険者達、『冒険者ハンター』。かつては死神やらドクロやらの不気味な意匠の装備をまとっていたが、今は粗末なチュニックを着るのみだ。
今日はいつもに増して酒がまずい…おまけに周囲の視線も冷たい…元々嫌われていたが、『酒場』じゅうの冒険者達がこちらを見て、ヒソヒソ、ヒソヒソと噂話をしている…
「何だよお前等ぁ!!言いたい事があるならはっきり言えよぉ!!」
『冒険者ハンター』のリーダーの男性は叫ぶ。
「俺は慈善事業をやってたんだぞぉ!!お前等だって、いずれは俺達のお世話になってたかもしれねぇだろう!?」
みんな、薄々知っていた事だった。『冒険者ハンター』は、逃亡した冒険者を始末すると見せかけて、密かに『渡河点』へと逃がしていたのだという事に…
「俺達はちゃんと罪を償った!罰も受ける!!不正受給してたクエ報酬は罰金付きで返還したし、そのために装備まで売った!!降格もされて、奉仕活動もやる!!もういいだろう!?放っておいてくれ!!」
彼等が不正を働いていたのも問題だが…それで逃がされた元冒険者が、どこかの空の下で幸せになっているなら、それでも良かったのだ。それをこいつらは…
「だ、大体お前等!!そ、そんなうまい話が、ある訳ゃ無えんだよ!!あ、あいつらだって、短い間でも、夢が見れただろう!?」
こいつら…いや、待てよ。もしかして、こいつらは…
「違う!!!」
彼は一際声を張り上げた。それに反して、周囲の空気は絶対零度を下回って冷えて行く。やがて、周囲の冷ややかな視線は、少しずつ、引いて行った。許されたのでは無い。関わる価値すらないと判断されたのだ…
『冒険者ハンター』のリーダーは、ジョッキの中でぬるくなったエールの残りをあおり、呟く。
「………本当に…知らなかったんだよぉ………」
※ ※ ※
『南都』東新街区、ヒサゴの家…
首から下に布をかけられて椅子に座らされたエーコ。身体はどのくらい振りかで洗い清められ、伸び放題の髪も、櫛で梳かれていた。
エーコの背後には、ハサミを持ったヒサゴ。
「じゃあ、行くよ。」
「ああ………」
ヒサゴはエーコの後ろ髪に、ハサミを入れる。
ジャキっ………
髪を切られながら、エーコは思い出していた。ギルドでの受付嬢の言った事を…
『そうですか…「渡河点」へと脱走した冒険者は、全員、亡くなった、と…
エーコさん…あなたの行方不明からの帰還、大変嬉しく思います。』
ジャキ、ジャキ…ハサミが髪を切る音が、右耳のすぐ近くで聞こえた。
『紛失された、あなたのランクDの冒険者タグを、ここに再発行します。』
ジャキ、ジャキ、ジャキ…今度は左耳の髪が切り揃えられた。
『ただ、当面の間、あなたは昇格審査の対象から外れます。ご了承下さい…』
ジャキっ………!! 最後に前髪が整えられ、細かな髪が付着した、身体を覆っていた布が取り払われる。ヒサゴが掲げた鏡の中に、筋肉質な下着姿の、精悍な顔立ちの女性がいた…
最後にエーコは、側のテーブルの上に置かれた、自身の冒険者タグの鎖の両端を手に取る。ジャラっ…重い音を立てるそれには、自身のタグに加えて、血まみれの5つの冒険者タグが通されていた。エーコはそれを、自身の首にかける………
戦士エーコは、冒険者パーティー『ファングドフラワー』に入隊した。待望の2人目の前衛だ
『峠』という地獄の、たった一人の生き残りという、望み得る中の最強戦力だ………
※ ※ ※
ロクスケのスクロールショップ………
ドアの表にはもう、"Closed"の看板が掛けられていた。誰もいない店内、カウンターで頬杖をつきながら、ロクスケはヒサゴ達から聞いた話を基に、思いを巡らせる。
『峠』に住むノーム達は、『渡河点』へ逃げて来た脱走冒険者達を誘拐、監禁し、『峠』のダイナソーと戦わせていた。
そうやって、ダイナソー達を刺激し過ぎたのがまずかったのだろう。ある日、一頭のトライセラタップスが、『峠』の反対側、『山脈』の北に降りてしまう。程なくして『南都』の冒険者に討伐ミッションが発行された。
ノーム達は慌てたはずだ。自分達のしている事がバレてしまう、と…目撃者と、証拠の品を始末するために、彼等は匿名で『南都』冒険者ギルドに依頼を出した。
『昨日倒し、回収したアースドラゴンの死体の一部を、アースドラゴン討伐ミッションと戦った冒険者に、指定の場所に届けて欲しい。』、と…
しかし実際に現場にやって来たのは無関係のパーティー、おまけに逃げられ、トライセラタップスの角もそのまま持ち帰られた。もし、奴等が『南都』に入った後も尾行を続けていたなら、またもや慌てただろう。呪文屋に入って出て来たと思ったら、女ばかりとはいえ強そうな者達に護衛されて、冒険者ギルドに入って行ってしまったのだ。低ランクばかりとはいえ、普段から化け物相手に命のやり取りをしている冒険者が大勢住むギルドの寮を襲撃すれば、奴等の命がいくつあっても足りない。
そうこうしている内に翌朝には、『南都』冒険者ギルドは、モンスターの正体がトライセラタップスである事を公表。派手なパレードによってその事は路傍の童すら知る所となり、最早冒険者を殺してもどうしようもない事態になった。それでもなお、冒険者の誘拐をやめなかったのは、『峠』への余程の執着か、単なる間抜けか…そして、たまたま『渡河点』を訪れていたアゲハ達は拐われた。
点と点が繋がり、一連の事件の全貌がようやく見えた。線の伸びる先が、まだ見えないが…
ズキっ! 左頬に痛みが走り、ロクスケは顔を歪ませる。
あの時…
※ ※ ※
「アゲハっ!!!!!」
誘拐先から脱走して来たアゲハに、ロクスケは思わず抱きついた。
しかし………
ガバっ!!アゲハは両手でロクスケを引きはがし、真っ赤な顔をして、
パ ァ ァ ァ ァ ン ! !
右手で、ロクスケの頬をはたいた。
※ ※ ※
『触らないでよ!!』そんな感じの事を言われた。
カウンターで頬杖をつくロクスケの左頬には、アゲハの手形がくっきりと残っていた。
今でも、ヒリヒリ熱を持っている。
(何、やってんだ、俺は………)
ロクスケは、ため息をついた。
(他人と関わってもろくな事にならないって、分かってたはずなのに………)
※ ※ ※
一方、水路を挟んだ反対側、アゲハの家…
薄暗い室内で、腰回りだけを布で覆い、アゲハはたらいの前に腰を下ろしていた。
ちゃぷ………たらいの中のお湯を布にしみ込ませ、その布で身体を拭く。ゴシゴシと、少し乱暴に…左右の二の腕…ロクスケに抱き着かれた辺りが、今でも熱い………
ギルドでロクスケに抱き着かれた時、アゲハの脳裏に、呪文書販売会で聞いたロクスケの声がこだました。
『あいつと結婚!?する訳無いだろう!?』
次の瞬間、アゲハは自身に抱きついていたロクスケを無理やり引きはがし、パァァン!!思いっきり、ロクスケの頬を叩くと、こう叫んだ。
『その手で触らないでよ!!』
ロクスケの言葉が、何度も脳裏にこだまする。それに続いて、『渡河点』へ向かう途中の野営で、ヒサゴから聞いた話もこだましていた。
『「俺は誰とも結婚しない。俺は世捨て人だから」って…あいつは人付き合いに失敗し続けて、他人と接する事自体、嫌になってるんだ。あいつと付き合うんだったら、そういうところも分かってあげないとね…』
ギュっ………アゲハは自身の裸の胸と、両腕を、強く抱きしめる。
(触らないでよ………!! 他人が苦痛だと言った、その手で………ッ!!!)
途切れた線と線が再び結ばれるのか、それもまだ分からない。
ファイヤーボールって、何だ!? ~呪文屋ロクスケは術式を走らせる~ 第五部
スリープバブルって、何だ!? 完




