第3-5話 持たざる者って、何だ!?
数日後、朝、『南都』冒険者ギルド、中庭…
「フンっ!」 ブン! 「ハっ!!」 ブン!!
今朝も変わらず稽古を始めたレッカだったが…
ブ………ン… 剣が振り下ろされる途中で止まり、やがてそれは、力なく垂れ下がる。レッカは俯いて、
「こんな事して………意味あるのかな………!?」
ガラン!使い古された金属鎧を脱ぎ捨てると、身体がいい加減汗臭くなっていた。側の井戸で水を汲んで、バシャっ!!頭からかぶると、薄い肌着がぴったりと張り付いて、レッカの身体のラインが露になる。
キンダーガーデンにいた頃から膨らみ始めた、大きくも小さくもない、中途半端な胸…自分の身体が、レッカは嫌いだった。
これまでケンカで泣かせていた悪ガキ共からはバカにされる様になった。冒険者になってからも、こいつのせいで剣を振るう時邪魔になり、かといって女としての魅力にもならない。ヒサゴ程何にも無ければ女を諦められた。アゲハやキュリア程大きければ戦士を諦められた。
「………身が入らない…今日はここまでにしよう。」
濡れた服の上から水気を拭い、着替えるために中庭を出る…
※ ※ ※
同日、昼、冒険者ギルド、『酒場』…
「聖女キュリア、俺の懺悔を聞いてくれぇ!一昨日はクエストに失敗してヤケ酒で飲みすぎちまったぁ!昨日はクエストに成功して祝い酒で飲みすぎちまったぁ!」
空のジョッキを掲げて既に赤ら顔に熟柿の匂いを漂わせた冒険者が呂律の回らない口調で言うとキュリアは澄まして、
「程々にしないと、今日はヤケ酒になりますわよ。」
「違ぇ無ぇ、ガーッハッハ!!」
飲んだくれ冒険者は上機嫌でクエストボードへと去って行った。
「なあシスターキュリア、ラフカディオ様はどのカードを切ればいいって言ってる!?」
側のテーブルでカードゲームをしている冒険者が問うと、キュリアは、
「ラフカディオ様にお伺いするために、今ここであなたの手札を声に出して言わなければなりませんがよろしいですか!?」
「や、やめてくれよぉ…」「いいや、是非お伺いを立ててくれぇ!!」「「「ギャハハハハっ!!」」」
「な、何、あれ!?」
レッカは呆れた。信心深いとは決して言えない彼女だったが、これが一般的な懺悔とは言えない事は分かる。するとヒサゴはのんびりと、
「これまでの冷ややかな空気とは大違いだね。いやあ、キュリアが冒険者ギルドに溶け込めてよかったよ。」
あれからキュリアは聖女やらシスターやらと呼ばれ、時折『懺悔』と称する与太話を振られる様になった。それに対してキュリアも時に適当にいなし、時にはやんわりと諭し、卒無く返答しているらしい。
「あ、あんなのシスターが珍しがられてるだけさ。すぐ飽きられるに決まってる…」
レッカが言ったその時、ガランガランと入り口のドアベルが乱暴に鳴らされると、怪我を負った女戦士を抱えた数人の冒険者達がなだれ込んできた。
「し、シスター!すまないが頼む!!」「ドジっちまった!!リーダーが…!!」
「分かりました。よく、ここまでがんばりましたわね…」最後は負傷した女戦士に励ますように言うと、キュリアは女戦士の傷に両手を添え、
「ラン、ヒール!!」
術式を走らせる。パアァ… 女戦士の傷が柔らかい光に包まれ、傷はあっという間に塞がって行った。
「………」
レッカは、言葉を失った。いや、分かっていた事だった。キュリアは、必要とされてここにいるのだ。自分なんかより、ずっと…
「あいつらの『懺悔』ってさ、『飲む』『打つ』の話はあっても、『買う』の話はしないんだよね…」
ヒサゴは言った。男性冒険者達も、そんなキュリアに配慮し、敬意を払っている。仲間として、受け入れているのだ…
やがて、ヒールの光は消えると、キュリアは柔らかく微笑んで、
「あなたに、ラフカディオ様のご加護があらん事を…」
だが、身体の傷の癒えた女戦士は俯いたまま、
「…何で、オレ達ばっかりこんな…」
その言葉に、他の5人のパーティーメンバー達も俯いた。
「親を殺されたってだけで、こんな危険な仕事につかされて…オレ達が命がけでモンスターと戦ってる間、『南都』の連中は安全な壁の中でのほほんと暮らしてて、果てはあいつら、俺達の事チンピラ同然の目で見てんだぜ。なのに、何で、オレ達、あいつらのために命張って戦わなきゃいけねえんだよ…」
…どうやら女戦士の心の傷は癒えていない様だ。
「…屋根から落ちて怪我をした大工さんを治療した事がございましたわ。それに、先刻の『南都咳』の事も、覚えていらっしゃいましょう!?一般人として『南都』に住んでいれば危険と無縁とは限りませんわ。」
キュリアは言った。彼女への『懺悔』は与太話が大半。だが、たまに訪れる『真面目な話』にも、彼女はきちんと対応出来るのだ。
「でもさ、生まれつき、恵まれてる人って、確かにいるでしょ!?例えば『離宮』の王様とか…」
女戦士がそう言うと、
「確かに、『離宮』の王族達は、広くて綺麗な建物に住んで、綺麗な服を着て、食べる物にも困らないと思いますわ。しかも『奧都の陥落で両親をモンスターに奪われた子供』という点では、冒険者の皆様と変わらないのに…」
「そう言えば…そうだよね。」
ヒサゴが言った。だがキュリアは続ける。
「でも、王族達はモンスター達と闘わなくて良い代わりに、幼い頃から王様や王族になるための厳しい教育や躾を受けて来ましたわ。しかも周りは、そんな幼い王様に取り入って甘い汁を吸おうとする人の姿をした化け物に囲まれて…王妹に至っては、つい最近までずっと『離宮』から外に出た事すら無かった始末ですわ。おまけにそんな王様になりたいと、物好きな王弟は兄王の王位を狙って骨肉の争いすらしている始末…果たして、そんな生活に憧れますか!?」
シンと静まり返る『酒場』。
「何もかも満ち足りた、幸せな人生を歩んでいる人など一人もいません。」
神の愛の不平等への憤り、それはキュリアもかつては通り過ぎた道だった。だから…
「誰かの宝石を羨んでも仕方ありません。あなたが持っている宝が必ずあるはずです。それを大事にしましょう…」
「悔しいけど………いい事言うわね。」
アゲハが呻いたが、
「………それは多くの物を持ってる者だから言える言葉だ。」
レッカが低く呟いたのを、隣にいたヒサゴは聞いた。
「…ごめん、自分から話を振っておいて何だけど、やっぱり王様達の話をされても、ピンと来なかったわ…」
女戦士が力無く笑いながら言うと、キュリアは、
「申し訳ございません…とりあえず治癒術師をパーティーに加えた方が良いのでは!?私が神殿で冒険者に興味のある方を紹介しましょうか…!?」
女戦士は自身の5人のパーティーメンバーを指し、
「そいつの代わりに、こいつらの誰かを切り捨てろと言うの!?」
キュリアは言葉に詰まって、
「申し訳………ございません。配慮が足りませんでしたわ…」
「…いや、こっちこそ愚痴を聞いてくれてありがとう…お陰で決心がついたよ。6人みんなで、幸せになる方法を、何が何でも探してみるよ…」
女戦士は一礼し、そのパーティーメンバー達と共に去って行った…
「改めまして、ラフカディオ様のご加護があらん事を…」
一礼するキュリア。だがヒサゴは、ずっと一緒にやって来た友達の異変が気になった。
「ねえ、レッカ…」
「なぁに!?」
声をかけられていつもと変わらない笑顔を返すレッカ。だがヒサゴは、振り向きざまの憂い顔を見逃していなかった。
「………」
ヒサゴの表情から悟られた事に気づいたレッカは、そのまま笑顔を取り繕い、
「そ、それにしてもキュリアさあ…すごいよねぇ、あんなちゃんとした説法じみた事も言えるんだから…治癒魔法が使えるだけじゃなく、頭も良くて、気品もあって、お上品で、美人でスタイルも良くて………」
「レッカさん、あの………」
何か言おうとしたキュリアに、レッカは低い声で、
「…ごめん、今日はもう帰るわ。」
背中を向けてギルドの酒場から出て行こうとして、もう一度振り向いて、
「………あんた等の持ってる宝石が、私にはうらやましいんだ。」
再び踵を返し、逃げる様にギルドを出て行くレッカ。
「ちょ…レッカ!」「レッカさん!?」
後ろから3人の声が聞こえていたが、レッカは振り向かなかった。
※ ※ ※
「ハァ… ハァ…」
ガチャガチャと鎧の音を立てて、レッカは走る。『南都』の大通りを、レッカは逃げる。最早劣等感の対象となってしまったパーティーメンバー達から。
やがて彼女がたどり着いたのは、『南都』北岸の港に隣接した倉庫街。食うに困って荷運びの日雇いをしていた、苦い記憶の場所。もっとも、辺りが暗くなりかけているため、人影はほとんど見られない。倉庫の間から見える向こう岸…『北都』の空には、鳥の様な黒い影。ワイバーンという奴だろう。空を飛べるあいつ等が、彼女には羨ましかった。
「おやぁ、レッカ…」
不意に呼びかけられて振り返ると、そこにいたのは、下着程の大きさの金属鎧で、胸元と腰回りだけを覆った、ビキニアーマー女戦士。『自由恋愛』と称して男性冒険者達に春を鬻いで口に糊する、以前レッカが、アゲハ達と成敗した売女だ。
「…こんな時間までランニングかぁい!?あんた本当に精が出るねぇ…」
心底感心しているのか、小馬鹿にしてるのか分からないビキニアーマー女戦士の口調。
「アタシにゃ到底真似出来ないねぇ…そんな重そうな鎧着て、モンスターと闘うなんてぇ…」
それから彼女は女にしては筋肉質なレッカの身体を上から下までジロジロ眺め、
「…ま、あんたにもアタシの真似なんて出来ないだろうけどぉ…あんたじゃあ買いたいって男はいないだろうしぃ…」
レッカは、虚ろな目でビキニアーマー女戦士を見つめたまま、何も返さなかった。
「なによぉシカトぉ!?あんた、あの魔法使いやシスターのおこぼれで手柄立ててるって分かってんのぉ!?」
無視されたと思って怒り出すビキニアーマー女戦士。
「………もういいわ!こちとら一日中ワイバーンバリスタに張り付いて疲れてんだ!」
ビキニアーマーの尻を左右に振りながら、怒って去って行く。ややあってレッカも、トボトボと街の方へと歩いて行った。
やがて倉庫街は職人街へと変わる。夕方だというのに周囲に槌打つ響きが聞こえ、活気に満ちている。その中で一際目を引く工房があった。店舗を兼ねている様で、ショーケースに飾られているのは、不思議な金属光沢を放つ、ロングソードと女性用の金属鎧。ミスリルと呼ばれる、軽いが丈夫な金属で出来ているらしい。製法には特殊な技術と…聞くところによれば雷の力を…要し、当然、値段は一般的な武具よりも割高だ。
(私もああいうのがあれば…力が弱くて重い武器も鎧も着けれないけど、あれなら…)
叶わぬ夢だった。示された価格は冒険者割引を適用しても合わせて金貨50枚、やはりミスリル装備は高い。しかも女性用ともなるとオーダーメイドでここからさらに値段は跳ね上がるだろう。
俯いたまま彼女は、ギルドの寮へと戻って行った…
※ ※ ※
一方で冒険者ギルドの酒場では…
「ねえみんな…レッカの様子、ここんとこ、変だと思わない…!?」
ヒサゴが問うと、アゲハとキュリアが、
「ああ、なんか元気が無さそうだったね…」
「戦闘中も、手傷を負う事が増えましたわね…」
ヒサゴは眉をしかめ、
「こりゃあ、ちゃんと考えた方がいいのかなぁ………」
おまけ:聖女キュリアの懺悔室・『買う』話編
男性冒険者A:「聖女キュリア、俺の懺悔を聞いてくれぇ!ビキニアーマー女戦士と仲良くしすぎたせいで、あそこがジクジク痛ぇんだぁ!!」
キュリア:「『スカルペル(メス)』の術式で、患部を丸ごとちょん切って差し上げましょうか!?ああもちろん、あなたの尊厳を守るため、男性の術者にしていただきます。」




