第1-23話 呪文屋の日常って、何だ!?
某日、ロクスケのスクロールショップ…
「…と言う訳で、物体に力をかけると、物体の飛ぶ速さは、時間経過と共に早くなって行くし、その速度の増え具合も、力が大きければ大きい程大きくなるんだ…」
「ちょっと待って、色々おかしくない!?それじゃあ投げた物はどこまでも飛んで行く事になるわよ。実際はどこかで落ちるでしょう!?」
「ああ、それには色々あってな…」
ロクスケはカウンターで、アゲハはカウンター前の椅子に座り、さっきからずっとこの様な話しを続けていた。そもそも、冒険に出ない日は午後半ばになるとアゲハが店に現れ、術式の話やら世間話やらをした後、夕方頃にアゲハが帰っていくのが日常になっていた。
「…まず、どうやら大地には物を引っ張る力があって、そのせいで、例え真上に放り投げた物であっても、いずれは下へ落ちて行くらしいんだ。」
「ふぅん…あたし達が地面を歩いていられるのも、地面に引っ張られているせいかもね…」
「そうだろうな。もう1つは、俺達の周囲にあるエアーから抵抗を受けて、物を放り投げた時の力が相殺されるんだ。これはお前も気づいてたよな!?」
「以前あたしが遠くまでファイヤーボールを飛ばすために、半径を小さくしたって、あれね。やっぱりエアーの抵抗はあったのね…」
(やっぱりこの女は頭が良くて飲み込みが早いな。)ロクスケは思った。そもそも、口下手な彼がずっと誰かと話をしている事自体稀だ。
「もう1つ考えられるのは、エアーの中を飛ぶ物の後ろにエアーの渦が出来て、その渦も飛ぶ力の妨げになっているらしいんだ…」
(この人は一体どこでどうやって、こんな知識を得たのかしら。)アゲハは思った。魔術師や冒険者としてはともかく、知識は膨大かつ多岐に渡っており、それらと術式を編む技術とを組み合わせて、あの術式は出来ている様だ。
「それじゃあ…それらへの対策を講じれば、『ファイヤーボール』は遠くまで飛んで行けるのね!?でもエアーが無ければ火が燃える事自体出来ないし、大地が引っ張る力が無ければあたし達は立っていられないし…難しそうね。」
ロクスケはしばし考えた末に、
「うーん…回転させながら射出する、というのはどうだろう!?」
「回転!?」
「ほら、コマを回すと、倒れず回り続けるだろう!?あれは回っている物は、回る軸をぶれさせようとすると、元に戻ろうとする力があるためらしいんだ。」
「ああ、そう言えば、キンダーガーデンで、コマが回っているのをいつまでもじっと見つめてた男の子がいたわね。あんた、あの子と話が合うんじゃないかしら!?」
「…俺は友達なんて願い下げだ。そのガキも同じ頃の俺が気付いた事をどこまで知ってたやら…」
何故か不機嫌そうにロクスケは言った。
「なぁに子供相手に嫉妬してんのよ!?」
微笑みながらアゲハは言った。
「嫉妬などしてない!!」
更にむくれるロクスケに、クスっと笑ったアゲハだったが、不意に真面目な顔になり、
「そうよね…普通、そうやって嫉妬する物よね。周りに成功者が現れたら…」
突然飛んだ話にロクスケは一瞬、何の事か分からなかったが、
「あ、ああ…冒険者達か!?」
アゲハや、大家から聞かされていた。彼女達のパーティーは今、大活躍なのだそうだ。普通なら、周囲の冒険者達から嫉妬の1つも買いそうな物だが…
「そうなのよ!ねえ聞いて!!『パーティー分け』ですって!!『南都』じゃあ、強くなったらパーティーを分けて新人を入れるんだって!!」
「…商家だって職人だって、奉公を何年もやれば暖簾分けしてもらえるだろう!?そうやって、強い冒険者やパーティーを増やして、後進を育ててるんじゃ無いのか!?」
「パーティーランクを下げるためにやってるのよ!!強くなりすぎて、危険なミッションに駆り出されない様に、ね。」
「そ、それは…」
ロクスケは『南都』の冒険者ギルドに所属していた時期が無かったため、『南都』冒険者の実情には疎かった。確かに『南都』周辺には危険なモンスターが少ないから高ランク冒険者パーティーは必要無かろうが、それにしてもそれはひどい。
「あいつら向上心が無いのよ!!堕落してるのよ!!昼間っからギルドで酒飲んでるわ馬鹿騒ぎしてるわ下品な事言うわ部屋にビキニアーマー連れ込むわ臭いわ汚いわ、あんたの方がよっぽど…」
言いかけてアゲハは止めた。
「俺の方が…何だ!?」
人心の…特に女心の機微に疎いロクスケは問う。
「何でも無いっっっ!!とにかく、」
顔を真っ赤にしたアゲハが、くるっと後ろを向いて、天井の方を指さし、叫ぶ。
「あたしが、『ファングドフラワー』を、『南都』一の冒険者パーティーにしてみせるわ!!そのためにはロクスケ、あんたの術式が必要なのよ!!」
「…はいはい。」
ロクスケは冷めた声で答えた。
「ああ、そう言えばもう外が暗くなりかけてるわね。もう遅いみたいだし、今日はもう帰るわね。ロクスケ、話に付き合ってくれてありがと。」
「お、おう…」
ロクスケがそう答えると、アゲハは薄手のマントと短いスカートをひらひらさせながら、スクロールショップを出て行った。静かになった店内で、ロクスケは一人、ため息をつく。
「………騒がしい…」
だが、その口元が綻んでいる事に、当の本人も気づいていなかった。
※ ※ ※
一方、水路を挟んだ自分の家に戻ったアゲハは、
「今日聞いた話を基に、あたしの術式も改造しないと…」
と、興奮気味に言ったが、
「…と、その前に…」
部屋の隅のかまどに目をやる。まな板と包丁、鍋、数個のカゴにはパンやら野菜やら干し肉やらが入っている。昨日の市で買っておいた食料だ。
「晩ご飯にしましょ…」
アゲハは包丁を握る。料理の修行も最近、始めたのだ…




