第1-17話 窓から入って来た者って、何だ!?
広い海の片隅の小さな海岸で、1人のガキが小さな貝殻を見つけた。
普通ならしばらく玩んだら飽きちまって、遠くで呼んでるダチの所に行くだろう!?
でもそいつは思ったんだ。
『これはどこから来たんだろう』って…
そいつはその貝殻を隅から隅まで調べ尽くし、その貝がこの海のどこにもいない事を知った。
次にそいつは目の前の海の潮の流れを調べ尽くし、そしてついに、大海だと思っていた目の前の海が、広い広い海のほんの片隅、大陸で南北を囲まれ、西にわずかに口を開けた、海の切れ端に過ぎなかった事を知ったんだ。
ところがそいつがその大発見を興奮気味にダチに話すと、みんなはシラケた顔で言ったんだ。
『それがどうかしたの?』
『何言ってんのか分かんないよ。』
『それよりなんでさっき呼んだ時に来なかったの!?』
『そんなつまらない事のために、僕達の誘いを無視したの!?』
『ああうるさいなあもう、そういう話は他所でしてよ。』
『もう一緒に遊んでやんないぞ。』
…こっちから、願い下げだった。
1人になったそのガキは、みんなと遊ぶ事に使う必要の無くなった時間を注ぎ込んで、海の、世界の理について調べ尽くし、そうしてそのガキは、今の俺になった。
他人に希望なんて持っちゃいけない。
どうせあいつも、あいつらと同じだ。
最後にはこう言うに決まってる。
『また難しい事ばっかり言って』って…
スクロールショップの2階の窓から、水路越しに下の平屋を見つめながら、ロクスケは思い、そして、窓の木戸を閉じた。
窓も扉も閉ざした。
どうせ誰も、ここに入って来ない。
※ ※ ※
一方、アゲハは、ロクスケが見下ろす平屋の部屋の中で、
自身の中の術式に取っ組み合っていた。
(とりあえず、ロクスケに教えられた、サブルーチンball2の中身から理解して行こうかしら…forとnextの間をiを1からimaxまで、1ずつ増やして続ける。その間、サブルーチンrandamballを実行して、iをnで割った余りがn1以下…n1より小さいか…その時、createclusterが2つあるな…最初のcreateclusterを実行して、n1以上なら、後のcreateclusterを実行する…)
アゲハは唯一の調度であるベッドの端に座る。
(分からない事だらけだ…randamballとかcreateclusterが分かんないし、括弧の中身も、最初のいくつかはともかく、後ろのrとthetaとphiはどこにも断り書きが無い…そういえば、メインルーチンから受け渡してる、rhoとかnmaxとかって何だろ!?rmaxが球の半径だと思ったから、シカ退治の時はこれを小さくして、rhoとnmaxはそのまま使ったけど…そもそも何でrmaxなんだろ…max(最大値)って何でわざわざ断ってんだろ!?)
ごろん…そのままアゲハはベッドに横たわり、左から押しつぶされたビスチェの中の乳房がたゆんと揺れる。
(rhoにrmaxの3乗にpi()とやらをかけて、あと、4/3をかけてるわね…pi()はπ…幾何学で言う円周率…直径に対する円周の割合かしら…rmaxが球の半径で、その3乗………rhoの後は、球の体積かしら。これにrhoをかけてimaxにしてる…)
アゲハの脳裏に、半径rmaxの球の中に、imax個の何かが詰められた像が浮かぶ。
(rhoは体積あたりの何かの個数(数密度)…)
ごろん…アゲハは横寝から仰向けになり、たゆん…横からの圧から解放された乳房がほぼ球形に戻る。
(あとは、サブルーチンrandomballとcreateclusterの意味ね。if文の中の2つのcreateclusterは、iが何であれ、必ずどちらかを実行するから、randomballとcreatecluserは対になってるのかしら…”randomball”…『乱雑な球』…!?『乱雑』…いいえ、『デタラメ』…”creatclsuter”…『塊を創造する』…半径rmaxの中のデタラメな場所どこかに、塊を作る…rとtheta(θ)とphi(φ)は、中心からの距離と、立体角!?こっちのrと区別するために、球の半径をわざわざrmaxと呼び分けてる!?imaxは…全体でimax個になる様に、均等に配置している!?)
randomballで球内のランダム座標rとθとφを返して、そこにcreateclusterで何かを作ってる…!?
(何かって何!?引数material1とmaterial2は…メインルーチンから引っ張って来てる、phlogistonとoxygen…n1とn2は、それぞれ2と1…imaxを3で割った余りは、0か1か2。iが2より小さい…0か1の時はフロギストンを作って、2の時はオキシジェンを作る…)
つまりこれは、球の中に、フロギストンの塊とオキシジェンの塊を、2:1の割合で作って、ランダムに配置している…!?
「なにこれ、面白い!!」
思わずベッドから跳ね起き、己が口から漏れ出たその言葉が、アゲハには奇妙でならなかった。
だが…まだ分からない所がある。一つはball2からrandamball、createclusterまで通して使われている第一項の”a”である。
(後でsphereの第1項に”b”が使われて、その後に”c=a+b”と記されて、その”c”に力が与えられているわね…イコールは代入だって言ってたから…”a”と”b”を合わせた物が”c”…フロギストンとオキシジェンの混合物の球体を”a”に代入し、ナイトロジェン?とやらの球殻を”b”に代入し、球体aと球殻bを合わせた物を”c”に代入し、その”c”に力を与えて放っている………)
大体の事は、繋がった。
(もう一つ分からない事は、メインルーチンからずっと引用して来ている、nmaxね…いえ、これが塊内のフロギストンやオキシジェンの個数と関係してるのは分かってる。各々のcreateclusterの第3項にも”mole*nmax”ってあるから、間違い無いと思う。でも、だからこそ…)
タン! アゲハはベッドから床に勢い良く飛び降りた。
※ ※ ※
ロクスケのスクロールショップ…
カウンターで物書きをしながらそわそわと表の扉に目をやっていたロクスケ。ギィ…その表のドアが軋む音を立てて開き、ロクスケは顔を上げ、
「いらっしゃ………なんだあんたか…」
入って来たのは、大家の老婆だった。
「悪かったねあたしで…一体誰を期待してたんだい!?」
「べ、別に………」
ロクスケは手元の書きかけのスクロールに目をやった。
「…俺の所になんか、誰も来ねぇよ。」
ギギィ………再びドアが音を立てる。ロクスケは俯いたまま、
「………いらっしゃい。」
「挨拶は顔を上げてなさい!あんたは…」
ロクスケは恐る恐る顔を上げる。そこにいたのは………とんがり帽子に尖り耳、へそ出しビスチェにミニスカの、ついこの間、ロクスケのスクロールを買ってくれた、女魔術師………
「…アゲハ………」
「あんたに聞きたい事があるの。あの術式について…」
「…アタシは邪魔みたいね。また今度ね…」
そう言って、大家は出て行った。
2人で残されたロクスケは、
「………で、どこまで読んだ…」
アゲハは移動式のハシゴをズリズリと引きずってカウンターの近くの本棚に引っ掛け、下から2段目に腰掛ける。足を組んだ瞬間に、ミニスカートの太腿の奥が見えそうになる。
「そうね………」
※ ※ ※
アゲハがこれまでに自分が得た術式への考察を説明すると、ロクスケは思った。
(すごい…こいつ、この短時間でここまで………)
間違い無い。こいつは俺と同じ、編術者だ………!!!
その興奮を辛うじて隠して、ロクスケは言った。
「…それで、聞きたい事って何だ!?」
「なんでフロギストンとオキシジェンが、2:1なの!?」
「ふむ………上手く説明出来るかどうか………」
ロクスケはそう断りを入れて続けた。
「フロギストンやオキシジェンは、ものすごく細かく分けて行ったら、1つ2つと数えられる物になるんだ…」
「四大精霊…四大元素って奴!?」
「精霊でも元素じゃない、分子だ。」
「分子…そういえば、あの術式の中にもあったわね、『モル』って…塊の中にフロギストンやオキシジェンの分子をmole×nmax個作る。」
「それを理解したなら話が早い。フロギストンとオキシジェンは、燃える時に、必ず分子が2:1の割合で消費されるんだ。」
「確かに…術式の内容から逆算すると、そうなるわね。それでああなってたのね。それじゃあ…何でわざわざmoleとnmaxに分けて、かけ合わせてるの!?」
「これも上手く説明出来るか分からんが…分子は、その物体によって異なる固有の重さがあるんだ。」
「………」
「それで、フロギストンは、分子がmole個集まったら2g、オキシジェンは32gなんだ。そういう特別な数だから、わざわざ1モルの何倍…何モルという形にしてる…」
「ちなみに1モルっていくつ!?」
「6の後に、ゼロが23個並ぶ数だ。」
「………想像もつかないわね………」
アゲハは頭を抱えたが、
「だとしても、もっと簡単に出来ない!?わざわざ3回に1回オキシジェンってやらずに、フロギストンとオキシジェンを1回おきにして、クラスターの中の分子の個数を、フロギストンだけ2倍にしてもいいんじゃない!?」
「うーん…原則は曲げたくないんだが…それも面白いな。クラスターの表面積が小さくなるから燃焼具合が変わる危険性があるが、フロギストンは小さいから、あまり変わらないだろう…」
※ ※ ※
その晩、夢を見た…
ザザーーーン…ザザーーーン……
潮騒の響く海岸に立つ1人の幼い少年。波の中に貝殻を見つけ、しゃがみこんで拾い上げる。
少年はそれを両手に掲げ、見つめ、遥か遠く、この貝殻が来たであろう、海の向こうを眺める。
ふと、幼児が隣を見ると、そこに誰かが立っていた。
白いワンピースの少女だった。
少年は手の平の中の貝殻を差し出し、自身の小さな大発見を興奮気味に語ると、少女はにっこりと微笑む。
その少女は金髪で、耳は、短く尖っている様な気がした………




