第1-15話 『北都落ち』冒険者って、何だ!?
同日、夜、『南都』冒険者ギルド…
ゲシっ!! 蹴られた音と共に、ボロを着た男が入口のドアから蹴り出された。通りの通行人達も一瞬、驚いてそちらを見たが、関わり合いになりたくないためすぐに目を逸らして通り過ぎて行った。通りでうずくまる男に、ギルドの入口からスカーが蔑む様な目で言った。
「ここで飲みたきゃ溜まってるツケを払いな、元冒険者さんよぉ!!」
髪も髭も伸び放題の男はギっと歯噛みして腰の獲物に手をかけようとするが…その手は空を切った。もう何日も前の酒代に消えていたのだ。
ヨタヨタと闇の中に消えて行くボロを着た男を見つめながら、スカーは言った。
「…ったく…ろくなもんじゃねぇなぁ…『北都落ち』って奴ぁよぉ………」
『北都』で通用しなかった腕は、『南都』で通用するはずが無い。『南都の冒険者』に染まろうにも、冒険者を辞めて堅気になろうにも、プライドが邪魔をする。生活の質を下げれない。『養育費』の支払いだけが残る。ギルメン割引の切れたギルド酒場で、過去の栄光にすがって飲み続けて、身を持ち崩す輩を、スカー達は何人も何人も見てきた。
下手すると俺も………
ガリガリガリ…スカーは頭を乱暴に掻きむしった。
「飲みなおすか…」
そう言ってスカーは、ギルドの『酒場』へと引っ込んでいった…
※ ※ ※
翌日、夕方、ロクスケのスクロールショップ…
ギィィ…重苦しい音を立てて入口のドアが開くと、入って来たのは、アゲハ。妙に神妙な、気まずそうな面持ちの…
「いらっしゃい…」
ロクスケもそれだけ言った。昨日あんな事があって、どんな顔で会えばいいか分からないのだ。
「………」
「………」
カウンターの内と外で、無言で見つめ合う事数刻、口を開いたのは、アゲハだった。
「…昨日はごめんなさい…言い過ぎたわ…」
その言葉に、ようやくロクスケも重い口を開いた。
「俺も済まなかった…お前にだって事情はあるだろうに…」
あの時の新人冒険者を、『北都』は数年で放り出したのだ。
それを聞いて、アゲハの口元も微かにほころぶ。
「それじゃあ…これからも、ここを利用させてもらっていいのよね!?」
「お、おう!そ、それで!?どうせこないだ途中になってた話の続きだろう…!?」
普段ぶっきらぼうなロクスケも何故か愛想が良かった。
「それじゃあ………」
※ ※ ※
翌日、昼、『南都』冒険者ギルド…
「緊急クエスト発令です!!街道に、『スティング・スタッグ』が出ました!!即刻排除して下さい!!」
受付嬢の言葉に、弛緩していた『酒場』に緊張が走った。
「俺達が行くぜぇ!!」「あたい達がやるよ!!」『酒場』の中央と端から伸びる手。
「なぁに手ぇ上げてんだぁ、ヒサゴぉ!」
左手を上げたスカーが叫ぶ。彼のテーブルには5人のパーティーメンバーがいた。
「あんたに断る謂れは無いわね!!」
右手を上げたヒサゴが言い返す。彼女のテーブルにはアゲハとヒサゴがいた。
スタ、スタ、スタっ!スカーとヒサゴは左手と右手で掲げた姿勢のまま、互いに歩み寄る。そして互いを睨み、
「お前ぇ等は3人しかいねぇだろう!!こっちはフルメンバーだ!!」
「その6人のうち3人は、最近入れたランクDでしょ!?」
2人はそのままの姿勢でスタスタとクエスト受注カウンターへと歩いて行った。掲げた手をつないでいるように見えるので、まるで社交ダンスだ。
「俺達には新しい編成での慣らし運転が必要なんだ!!」
「パーティー分けなんてするからでしょう!?」
そしてカウンターにバァンと上げた手を叩きつけ、
「「クエスト受けます!!」」
スカーとヒサゴは同時に声を上げると、受付嬢は、
「3パーティーまで受注可能です…行ってらっしゃいませ…」
「いくぞ野郎どもぉ!!」「「「おう!!」」」
「アゲハ、レッカ、行くよ!!」「「ええ!!」」
スカーとヒサゴがそれぞれの仲間に声をかけると、7人の男女がガチャガチャ鎧の音を立ててテーブルから立ち上がる。
「「うおおぉぉぉ〜っ!!」」ダダダ………駆け足で『酒場』から出て行………こうとして、
「「ぉぉぉおおお……」」何かを思い出した様に足並み揃えて戻って来て、
「「………」」『酒場』の隅の祭壇に揃って祈りを捧げ、
「「おおぉぉぉ〜〜〜っ!!!」」ダダダ…今度こそ『酒場』を出て行った。
※ ※ ※
数刻後、『南都』大通り…
「「うおおおおおぉぉぉぉぉ〜っ!!!!!」」ガラガラガラガラ…!!
広い通りを横に並んで疾走する2台の馬車。各々スカーパーティーと、『ファングドフラワー』の3人のものだ。思わず通行人も道を開ける。
「道を開けろぉぉぉぉ!!!」ガラガラガラ…!!
「そっちこそぉぉぉぉ!!!」ガラガラガラ…!!
2台の馬車は並んだまま東の大門を抜け、東新街区へ入る。さすがに道幅がギリギリになる。
「モンスターが逃げちまうだろぉぉぉ!!」ガラガラ…!!
「だから急いでんじゃない!!」ガラガラ…!!新街区の住人にとっては彼等の方が余程モンスターだ。
やがて馬車は第二門を抜けて街道に出る。
「反対側から馬車が来たら邪魔でしょぉぉ!!」ガラガラ…!!
「手前ぇ等が避けろやぁぁ!!」ガラガラ…!!本当に反対側から馬車が来たらどうするつもりだったのか…
「「うおおおおおぉぉぉぉぉ………」」
ドップラー効果で低くなった叫び声を残して、2台の馬車は東の彼方へ消えて行った…
※ ※ ※
草原を走る街道を、我が物顔で闊歩するシカの群れ。その中央に悠然と構えるのは、一際大きく立派な角を持つ、1頭の雄鹿、『スティング・スタッグ』…ここは何人にも侵されぬ、彼の帝国…彼方から土煙が上がる。
「「ぉぉぉぉぉ………」」
それは帝国崩壊の狼煙だった。スカーパーティーと、ヒサゴ達『ファングドフラワー』の乗る、2台の馬車…
「手綱ぁ取れぇ!!前衛、出るぞ!!」「「おう!!」」スカーが仲間を率いて馬車を飛び出し、魔術師が御者席で手綱を取り、弓兵が隣りで弓を構える。
「レッカ出て!アゲハ、手綱お願い!!」「おう!!」「分かったわ…」ヒサゴの言葉にレッカが飛び出し、アゲハが御者席に座ってヒサゴは隣りで弓を構える。
草原を走りながらスカーは後ろを見て思った。
(うちの弓兵と、ヒサゴの構える弓…こっちのはロングボウ、ヒサゴのはショートボウ…腕力的にあれしか使えないらしい。射程もこっちの方が長い。一番乗りはこっちがもらう。だが…手綱を握る北都落ちは、何で杖を構えてる…!?)
まあいいか。スカーは前へ向き直る。
一方、御者席でアゲハは意識を集中させていた…
(フロギストンとオキシジェンの混合物に火を点けて、ナイトロジェンの球殻で覆って投擲する、それがロクスケのファイヤーボール…術式の中のsphereの第2項と第3項が、球殻の中心位置と半径…球殻を定義するのにもう1つ、球殻の厚さが必要…”deltad=0.1”、”d=rmax*deltad”とあるから、”d”が多分それ。球の半径の1/10なのかしら。なら…)
バっ!!アゲハは馬車の横から身を乗り出し、
(球を小さく、球殻を厚く、力を強く、発生位置は、杖の先端!!………)
左手で杖を前に構えて、叫ぶ。
「ラン、ファイヤーボール!!」
ボっ!!『ファングドフラワー』の馬車から、ごく小さな火の玉が、前へと放たれ、それはレッカ達と、スカーの間を飛翔し、
(…!?今のは…!?)
スカーが目視した次の瞬間、小さな火球は前方へと消えて行き、
ピ ィ ィ!! 獣の悲鳴が上がり、取り巻きのシカ達が四方八方に散る。
(何だ………!?)
スカーの思考の空白に、
ヒュン!ヒュン!! 2本の矢が飛び、前方に1匹だけ残った雄鹿…『スティング・スタッグ』へと消えて行く。ややあって再び、ピィィというシカの悲鳴。スカーの思考は再び現に戻る。
「いっ、今だ!!叩け!!時間稼げぇ!!」「「「おう!!」」」
スカーの号令に男達とレッカが一斉に、手負いの『スティング・スタッグ』に飛びかかるが、
「みんな離れて!!」
レッカの叫び声に、スカー達は咄嗟に敵から飛び退く。
一方、離れた場所に停まっている2台の馬車。スカー側の馬車の御者席では、ローブ姿の魔術師が杖を構えて、呪文の詠唱を始める。
「…アイラライズマイマインダンマナ…フロギス…」
だがその瞬間、隣りの馬車の御者席でとんがり帽子にへそ出しビスチェのアゲハが短いスカートなびかせて立ち上がり、叫ぶ。
「ラン、ファイヤーボール!!」
ボン! 突き出した左手の先端から火球が飛び出し、『スティング・スタッグ』に直撃する!!
「「えええ〜〜〜っ!?」」
スカー達から悲鳴が上がる。離れてて正解だった。
ビィィィ…!! 燃え盛りながら悲鳴を上げる元シカの帝王に、スカーが、
「や、野郎ども!仕留めろ!!」「「「おおお〜〜〜っ!!!」」」
4人の男達とレッカは、それぞれの獲物を瀕死の帝王に振り下ろす。
「め…メイマイウィッカントゥルー!!」
スカーパーティーの魔術師の呪文詠唱がようやく終わり、2発目の火球が放たれるが、
「ラン、ファイヤーボール!!」
アゲハからもう1発の火球が放たれ、それらがとどめとなり、帝王は崩御する…
※ ※ ※
数十分後、『南都』冒険者ギルド…
「あたい達が倒したんだ!!」
「いいや、俺達だ!!」
ヒサゴとスカーパーティーが言い争う中、スカーは自身が運んで来た『スティング・スタッグ』の生首を見つめていた。戦っている最中、ずっと感じていた違和感…敵の動きの鈍さ…
『スティング・スタッグ』の右目は、黒く焼け焦げていた。真新しい、小さな火傷…これで視界を狭められたせいか…
アゲハがスっと手を上げ、
「あたしの魔法が先に当たった。」
「ほら見な!先に手を出したのはあたい達だ!!」
ヒサゴが追随する。
「手前ぇ等はツバ着けただけじゃねぇか!!」
スカーが言い返すと、「報酬は俺達の物だ!!」「いいやあたし達だ!!」再び言い争いが起きる。
ジャラっ!! 銀貨の入った袋が2つ、カウンターに投げ出される。受付嬢だ。
「…冒険者ギルドは本案件を、危険手当支給対象と判断しました。5割の追加報酬を加えて山分け………それでお引き下がり下さい。」
「「………」」
スカーパーティーも『ファングドフラワーズ』も、出された銀貨袋を受け取るしか無かった。
「あーあ、賞金は目減りかぁ。」「まぁいいか…これで酒が飲める。」
いつも座っている中央のテーブルに戻ろうとするスカーパーティーだったが、スカーは自身のパーティーの魔術師を呼び止め、2階の廊下へ連れて行く。
「何だ…!?お前も飲まないのか!?」
そう訊ねる魔術師に、スカーは、
「おい…あの『北都落ち』の魔法…ありゃぁ一体何だ!?魔法にゃ長ったらしい呪文が必要なんじゃねぇのか!?」
「…そうだ。だからあれが何なのか、知らんし分からん。」
「じゃあ…一番最初の、小さな火の玉が遠くから飛んで来たのは何だ!?しかもあん時、あいつは馬車の手綱を握ってたんだろう!?」
「ますます分からん…呪文詠唱が要らないなら何かしながらでも魔法を撃てるだろうが、馬車を操りながらってのはいくら何でも…ましてや小さな火球を、あんな遠くからなんて…ファイヤーボールの射程なんて、弓矢より短いのが常識だ。」
じゃ、俺は行くぜ。そう言って下階の仲間達のテーブルへ降りて行く魔術師。1人残され、呆然とするスカー。
(じゃあ…あの『北都落ち』が、特別だって事か…!?)
ガチャ…近くのドアが開き、中からビキニアーマー女戦士が出て来る。
「お、おい、お前!!」
スカーが呼び止めるとビキニアーマー女戦士は、
「なぁに!?ベアーと別パーティーになったから、早速アタシとヤりたいって事ぉ!?言っとくけど、あっちの仕事は当分自粛だよぉ…」
「お前、あの『北都落ち』の事、何か知らないか!?」
「何よぉ…アタシをパクった奴の事なんか思い出したくも無いのに…」
「『パクった』!?あいつが!?ギルドがじゃあなくて!?」
「…本当、思い出しただけでも腹が立ってくるわ。あいつ、ランクB!?とかで、あいつの一言で冒険者をパクれるらしいのよ!!」
「ランク………Bだとぉ!?」
「用ってそれだね!?じゃ、アタシ、夜勤だから行くね。…ったく…ワイバーンなんて海越えて来るのかしら…!?みいんな『北都』の連中が落としてるんじゃない…」
そう言い残して1階へ降りていったビキニアーマー女戦士だったが、スカーの心中は混乱したままだった。
(あの女魔法使い…アゲハが…ランクB…!?ランクBなのに、『北都落ち』………!?)
スカーは下の階の『酒場』を見下ろした。端のテーブルで、微かに笑みを浮かべるアゲハと、その隣りで満面の笑みでジョッキを煽るヒサゴ…
「おーいスカー、早く来ないと全部飲んじまうぞ〜〜〜!!」
自身のパーティーメンバーから呼ばれ、
「わ、悪ぃ!!」
慌てて階段を降りていくスカーであった。




