目覚め
吹き飛ばされたインキュバスは、アーシャの夢から逃れていた。
「しくじった!」
追跡が無い事を見るなり、笑みを浮かべた。
似たような能力を持っていなければ、もう追跡は不可能な領域まで来る。
「へ、まぁいい、この勢いで、別の奴に寄生して」
『そんな事許す訳ないでしょ?』
「ッ!?」
次の瞬間、インキュバスの周囲はピンク色に染まった。
アーシャの夢から出ると、褐色肌の女性の顔が目の前に広がる。
彼女に、インキュバスの顔は凍りつく。
「お、お前は」
「あら?不思議な事な訳無いじゃない、誰があの青髪の子を派遣したと思ってるの?」
「……グ、き、貴様!」
インキュバスの前に居たのは、ずっと網を張っていたフェルメーラ。
その網に引っかかり、身動きが取れなくなっている。
この状況に、インキュバスは顔を余計青白くしてしまう。
「さぁて」
「グ!ちょ、やめろ!!」
「ばぁか、こうなったインキュバスの末路は、二つに一つよ」
ピンク色の網を保持するフェルメーラは、口を開ける。
その口内を見たインキュバスの身体は震え、歯と歯の間がガチガチと音を立てる。
「た、頼む!やめろ、止めてくれぇぇぇ!!」
その悲鳴は断末魔となり、フェルメーラの口内で咀嚼される。
口いっぱいに広がる味に、彼女の顔はほころぶ。
「ん~、美味しぃー!」
寄生して生気を奪ったインキュバスと言う、サキュバスにとっての一番のご馳走。
しかし、ほころんだ顔を戻す。
「(だ、ダメダメ、飲み込んだら、アーシャが……)」
飲み込みたい気持ちを必死に抑え込み、咀嚼に専念する。
インキュバスが、口内で本当に死ぬまで。
「(飲み込んじゃダメ、飲み込んじゃ)」
必死に飲み来ないように気を付けていると、アーシャとフィリアは目を覚ます。
「フィリア!」
「マスター!あだ!」
二人同時に起き上がるも、フィリアはパイプ椅子のベッドから転がり落ちた。
繋がっていたアーシャの腕も、引っ張られた。
「だ、大丈夫、か?」
「あたた……はい、何とか」
痛むお尻をさすりながら立ち上がったフィリアは、アーシャと目を合わせた。
見た事無いような、穏やかで、清々しい表情。
思わず頬を緩めた。
「……また、助けられたな、フィリア」
「ええ」
胸に手を置いたアーシャは、ベッドに転がった。
好色に染まる耳と頬を隠すように、寝返りをうつ。
「……ありがとうな」
「……いえ」
笑みを浮かべながら、アーシャはまた顔を向けて来る。
「……なぁ、フィリア」
「は、はい」
「……その、い、いまま」
アーシャは、顔を真っ赤に染めながら口を開く。
息を飲むフィリアだったが、横からフェルメーラが押し入る。
「ムン!」
「ンゴ!?」
「フェルメーラさん!?」
アーシャの鼻を摘まんだフェルメーラは、口移しを開始。
口内で咀嚼して殺したインキュバスを注入する。
しかし、アーシャの顔色は真っ青になっていく。
「んんん!ん!んー!!」
「ま、マスター……」
どんどん顔色が悪くなるアーシャも抵抗するが、フェルメーラは全く動かない。
両手で口を覆うフィリアは、咄嗟に顔を横に向けた。
そして一分後、フェルメーラの口はアーシャの口から離れる。
だが、アーシャはグッタリとベッドの上で痙攣する。
「ふぅ……何とか助かったわね」
「いや!どこがですか!?トドメ刺したようにしか見えないんですけど!!」
寝込むアーシャに近づき、両肩を叩く。
「マスター!マスター!?」
白目を向くアーシャは、一向に目を覚まさない。
慌てるフィリアの肩に、フェルメーラの手が乗る。
「大丈夫よ、こうしないと、むしろ危なかったんだから」
「……」
前例を考えて、フィリアは黙って彼女の方を向く。
地味に残念な顔をするフェルメーラは、溜息交じりに話す。
「はぁ……インキュバスは生気と力を吸いとるのよ、今のアーシャは、もう既に大半の力を吸われてたのよ」
「……そう言えば」
フェルメーラの解説で、フィリアの脳裏に先ほどのアーシャのやり取りを思い出す。
本来力が弱いサキュバスが、アーシャの力で振りほどけなかった。
「そ、そんなに弱ってたんですか?」
「ええ、だからアイツごと力を戻したのよ」
「だ、大丈夫なんですかそれ!?」
「ちゃんと噛んだから死んでるわよ」
「……」
口元をピクつかせるフィリアは、不安しか無かった。
だが、フェルメーラはその場から立ち去る。
「じゃ、しばらく寝てれば、すぐ目を覚ますから、私はこれで」
「あ……」
医務室から立ち去ったフェルメーラの背中を見ながら、フィリアは目を細めた。
大きいため息を吐き、アーシャの頭を撫でる。
「……でも、プロが言うのなら」
フィリアはアーシャの手を掴み、自らの頬へ置く。
温かな手の温もりと、ほんのり血の香りが伝わる。
「また、お話しましょうね」
その言葉に応じるように、アーシャの指先が僅かに動いた。




