彩の巫女
クリアストリーから燦々と光の降り注ぐ礼拝堂で、ランセット窓を背に立つあたしを、大勢の人が熱っぽく見つめる。
バラ窓から差し込む光によって、色彩豊かにあたしの真っ白なローブを照らし、厳かな雰囲気を作り出している。
「巫女さま、ありがとうございます!」
「助かりました、巫女さま!」
「どうか我々をお救いください!」
その瞳に拝謝と謝恩を込めて、熱心にあたしを見つめる人々へ、優しく微笑みかける。
「わたしの力ではありません。すべては、ナナカマド様のお導きです」
ねえちゃんが聖人だった頃、感謝する人々にこうして微笑むのを、ずっと傍で見ていたから、その通りにすれば間違いないことをあたしは知っている。
その証拠にほら、皆が感謝して平伏するのだ。
「巫女さまに感謝を!」
「ナナカマドさまに祈りを!」
「その御名が遍く天下に知れ渡りますよう!!」
額突く人々を見下ろしても、なんの感情も湧かないあたしは既に、人間をやめかけてるのかも知れない。
こいつらは、ねえちゃんに石を投げたやつらだ。魔女と罵ったやつらだ。あれほど憎くて堪らないと思ったはずなのに、今となってはもう、どうでもいい。
あれから八年。あたしは着実に巫女としての実績を積み上げ、確実に人々の信仰を集めていた。
「祈りましょう。ナナカマド様の求める対価は、それだけです」
あたしが腕を広げると、白いローブもあたしの動きに合わせて広がる。差し込む光がとりどりの色を写して、神秘的な巫女の完成だ。
彩の巫女。
それがあたしの、今の呼び名だ。
前髪を切り、身なりを整え、治癒や浄化の力を使いながら荒れた各地を巡れば、巫女の名は瞬く間に大陸中へ轟いた。
あたしは惜しみなく力を使った。治癒、浄化、結界、加護、退魔。使えるものはすべて、出し惜しみせず。
諍いの絶えない土地で、魔獣に悩まされる土地で、その力は絶大で無敵だった。
人々を癒やし、魔獣を退け、土地を浄化し、結界を張り、救いを求める人々に加護を与えた。
もちろん、ただの施しではない。
あたしはしっかりと対価を求めた。
「どうか、ナナカマド様の力を信じてください。そして祈ってください、ナナカマド様へ」
ぼんやりと後光を背負うあたしに、人々はあっさりと平伏した。
ローワンの魔力で光っているだけなのに、人々は勝手に有難がって傅いた。あまりにも簡単に頭を垂れるから、笑いを堪えるのに苦労したものだ。
「あぁ、巫女さま! ナナカマドさま!」
「捧げます、祈りを捧げます、ですからどうか、お救いください」
教会への祈りなんて、本当に届くかわからないものより、確実に叶えられる信仰に縋るのは当然とも言える。救いの対価を求めることは、賛否両論あったと思う。けれど、結果を見れば明らかだ。
人々が求めているのは、いつかの救いなんかじゃない。
今を変える救いだ。
力を使う対象はしっかりと判別した。あたしへ敵意や害意を持ってる人間は立ち入ることのできない結界をくぐらせれば簡単だった。
「わたしの結界をくぐれない人には、ナナカマド様は応えてくださらない。残念ですが、あなたの祈りを叶えることは、わたしにはできません」
悪態をついて去っていく人も大勢居た。けれどそれ以上に、あたしへ救いを求める人の方が多かったのだ。
ぼんやりとした、いつ訪れるかもわからない救いなんかより、対価を支払ったとしても、今すぐに救ってもらうことを求める人が、圧倒的多数だった。
始まりは、本当にささやかな活動だった。
あたしとローワンとねえちゃんの三人、あちこちを旅しながら、その先々で人々が求めているだろうことを成した。あたしがたったの六歳であることも、神秘的な存在である後押しになったと思う。
ある人は感謝し、ある人は畏れ、ある人は石を投げた。どの反応も想定の範囲内であったし、すべてローワンが対応してくれたから、危険はなかった。
目立つあたしを攫おうとするやつらも居たし、隠しきれない美しさのねえちゃんを拐かそうとするやつらも居た。あとは、ローワンに魅せられて押しかけて来るやつなんかも居たっけ。
けれどそのどれもを、ローワンがことごとく跳ね返してくれたのだ。やっぱり悪魔って万能だと思う。
「ナナカマドの木の傍らで、白くてフワフワしたものがわたしにおっしゃいました。人々を救うための力を授けると。その力で、多くの人を救うようにと。ですからわたしは、一人でも多くの人をお救いしたい。そして救うことのできた人々からの感謝は、すべてナナカマド様へお返ししたいのです。ですから、祈りましょう。ナナカマド様に」
見た目だけなら加護力マックスのあたしが演説すれば、人々は咽び泣いて拝跪した。ローワンだけは、胡乱な顔であたしを見ていたけど。
「……白くてフワフワした、ね……」
「いいじゃん。黒くてモヤモヤも、白くてフワフワも大差ないでしょ。誤差の範囲内だよ」
「……ごさの、はんいない」
目を点にして瞬くローワンは、やっぱり美形だ。
「だってそうでしょ。どちらにしても、あたしに力をくれたのは変わりないんだし。白くても黒くても、あたしにとっては大切な存在で。白って言った方が、神聖な感じがするかなってだけ。ローワンはローワンだよ」
きっぱりと断言するあたしに、ローワンはおかしな顔をして、首を傾げていた。美形は何をしても美形だ。
最初こそ小さくて何の力も持たない、獣聚鳥散だったあたしたち。
少しずつ、けれど確実に、あちこちで救いの手を差し出せば、あっという間に多くの信徒を抱えることとなった。
巫女としての言動は、ずっと付き人をしていた、ねえちゃんの真似をすれば完璧だった。
あたしは自分の口の悪さを自覚していたし、振る舞いも大雑把なことを理解していた。
だから、ねえちゃんがやっていた通りに、丁寧になぞった。
ねえちゃんが教えてくれた言葉遣い、ねえちゃんが教えてくれた所作、ねえちゃんが人へ向けた微笑み。
こうして考えると、ねえちゃんはいつかあたしが必要になると想定して、いろんなことを教えてくれていたんだなと、今になると思う。
王子妃教育も、あのときはクソくらえと思っていたが、結果として今まさに役立っている。万能教育だったんだな……。
そう長い時間をかけず、彩の巫女としてあたしの存在は大陸中に広まることとなり、救いを求める手はこちらから出向かずとも向こうから来た。
《ナナカマド様》
それがあたしの広めた、ローワンへの信仰。
あたしに力を与えた存在への信仰で、ローワンの存在はどんどん強化され、日毎に強い力を得た。
あたしの予想した、信仰により強い力を得る、という考えは、間違っていなかったのだ。
「リリー」
ローワンは人々が自分を信仰することについて、少し戸惑いがあるようだった。そんなときは決まって、どこか迷子みたいな顔であたしを呼んだ。
少し前までは、名前も無く、契約に至ることもなく、力なんてほとんどない、小さくて黒い靄だった悪魔。
あたしが名付けて、形を得て、信仰を集めて、大きな力を持った悪魔。
あたしの、あたしだけの、悪魔。
「言ったでしょ? 絶対、魔王にしてあげるって」
あたしがにやりと笑いかけると、ローワンは困ったように眉を下げて笑った。この顔は、たぶん、ねえちゃんの困ったときの笑顔を真似してる。出会った頃の、何の変化もない顔と比べれば、驚くほどの成長だ。
「ローワンはまだまだ強くなるんだから、こんなので満足しないでね。このまま勢力を伸ばして、絶対にねえちゃんが死ぬことのない世界にするんだから」
「リリーはそればかりだな」
「当たり前でしょ! あたしは、ねえちゃんが死んだことを否定したくて、契約したんだから」
あたしが胸を張ると、ローワンはやっぱり、呆れ混じりに一つ溜息を吐いた。
あたしが巫女として大々的に活動する傍らには、いつだってねえちゃんが居て、あたしの補佐をしてくれた。
灰被りをやめたねえちゃんの美しさは隠しきれるものではなく、あたしの補佐をする聖人の力も、誰もが欲しがるものだった。
あのときも、こうすれば良かったのかな。あたしがねえちゃんの補佐をすれば、ねえちゃんがあんな、紙のように真っ白になることも、なかったのかな。
魔女と罵られて、火刑に処されることも、なかったのかな。
……そんな詮無いことばかり、考えてしまう。
「リリー、無理はしていない? 一人で頑張りすぎないでね」
輝くように美しいねえちゃんが、そう言ってあたしの頭を撫でてくれるだけで、あたしはもう、胸がいっぱいになってしまう。
「あたしは全然平気だよ、ねえちゃん。ねえちゃんこそ疲れてない? 今日もいっぱい力を使ったよね? 無理しないでね」
じわりと滲む涙を誤魔化すように、ねえちゃんに抱きつけば、小さく笑われた。
「リリーはいくつになっても、甘えたね。リリー、私の、大切な妹。愛してるわ、誰よりも」
ねえちゃんの声を聞いて、その体温を感じるだけで、あたしは。
「あたしも、愛してるよ、ねえちゃん」
どんな代償だって、喜んで差し出せてしまうよ。
ねえちゃんが死んだ日まで、あと二年。絶対に火刑なんかにさせないんだから。
そのためには、もっと、もっと。信仰を増やさないと。
着実に信徒は増えていたけど、やはり最大の敵は教会だった。由緒正しき数百年の歴史は、侮れない。
どうにかしてそれを崩したいと考えていたあたしは、ふと思い出した。
ねえちゃんが救った一人の少女と、その依頼者のことを。
それはねえちゃんが王子妃に選ばれる原因にもなった出来事で、ねえちゃんが命を削った出来事でもあった。
上層部に捩じ込まれた依頼。ある少女を癒やしてほしいという、一見なんの変哲もない、ありふれた依頼。
けれどそれは、蓋を開けてみれば、厄介極まりない依頼だった。
とある少女が寝付いていた。それは風邪を拗らせた症状によく似ていて、けれど何をしても回復しない。手を尽くした医者は匙を投げたらしく、ねえちゃんにお鉢が回ってきた。
聖人の治癒ならば治るだろうと、必ず治すようにと圧力までかけられた。
おかしいと思ったのだ。いくら上層部からの依頼とは言えど、ただの治癒であんなに圧力をかけられるなんて。
あいつらは知っていたのに、知らせなかった。
少女が根付いているのは病などではなく、魔獣からの傷を受け、瘴気が原因であると。
ただの治癒で治るものではないことを。
魔獣による傷は、まず退魔が必要だ。傷口には魔獣の瘴気が残っているから、それを祓う必要がある。その後、浄化した上で治癒しなければならない。
ただ治癒するだけでは、絶対に治らないのだ。
ねえちゃんは強い治癒と浄化の力は持っていたけど、退魔の力は持っていない。教会は、それを知っていたはずなのに。
すべての責任を、ねえちゃんに押し付けた。
自分の持つ以上の力を使えば、命を削ることになる。だから絶対に自分の限界以上に力を使ってはいけないと、ねえちゃんはあたしに繰り返し説いた。どんな反動があるかわからないからと。
だからあたしはねえちゃんに提案した。退魔だけあたしが施してはどうかと。どうせ誰も見ていないし、こっそりと使えば、きっとバレないと言ったのに。
ねえちゃんは少女のために、命を削って退魔を施した。あたしが力を使うことを絶対に許さなかったのだ。
そのせいで、ねえちゃん本人が衰弱することになっても。
ねえちゃんが癒やした少女は教皇の孫娘で、依頼したのは教皇だった。上層部が圧力をかけてくるはすだ。教皇は孫娘を救ったねえちゃんを褒めそやし、素晴らしい聖人だと吹聴した。
この一件で、ねえちゃんの聖人としての名声はますます高まり、教会本部のある国の王族から、婚姻の打診が届いた。
この国で第一王子と第二王子が後継争いをしているのは有名すぎる話で、聖人であるねえちゃんを娶った方が立太子するのではと、まことしやかに囁かれていた。
本当に、バカバカしい。
無理して退魔を施したねえちゃんはすっかり弱ってしまい、通常の治癒や浄化にも苦労するようになってしまった。
徐々に弱っていくねえちゃんを見て、教会のやつらも、民衆も、王族に迎えられることへの浮ついた気持ちが原因だと決めつけた。
全然、違うのに。
ねえちゃんは文字通り命がけで退魔を施し、あの子を救ったのに。
誰一人として、ねえちゃんを一人の人間として扱わないことが、あたしには許せなかった。
余談
「このとき、絶対に教会をぶっ潰すって決めたの」
「たしかにこれは酷い」
「ほんと、信じられない! ねえちゃんのこと、なんだと思ってるんだか!」
「便利な駒」
「いやまぁそうだろうけどさぁ!! 言い方!!」
リリーはねえちゃんを大切にしない連中が大嫌い。




