ねえちゃんとの幸せな日々
あたしとねえちゃんは、孤児だった。
アマリリスねえちゃんはその名のとおり、たいへんに美しく、華やかで、光り輝くように素晴らしい、あたしの自慢のねえちゃんだ。ちょっと言語化するのが難しいくらい、すごい美人である。
ねえちゃんはあたしより八歳年上で、いろんなことを知っていた。そしてその全てをあたしに教えてくれた。
身体を清潔に保つことで病気を防げること。服が破れたら繕いが必要なこと。薬草と毒草のこと。食べられるキノコと食べられないキノコのこと。火を起こすときは引火しないよう気をつけること。
あたしたちの髪は珍しいから、必ず灰を被って汚しておくこと。あたしの瞳は目立ちすぎるから、隠しておかなければ人攫いに遭うこと。
病気を防ぐために清潔を保たなければいけないけど、人攫いを避けるために薄汚れた格好をしなければならないのは、かなり難しかった。
けれどねえちゃんの言うことに間違いは無いので、あたしはその全てに従った。
あたしにとってねえちゃんは、世界そのものだった。
物心ついた頃には二人きりで、父親も母親も近くには見当たらなかった。ねえちゃんは何も言わなかったけど、きっと捨てられたんだろうと思う。
べつに珍しいことじゃない。諍いの絶えない国境の、荒れ果てた集落。あたしたちみたいな孤児はいっぱい居た。
そんな孤児たちは集まって、身を寄せ合って暮らしていた。でも、あたしたちはそこに混ざることはなかった。
孤児たちの集まりだけど、皆が自分のことに必死だから、足の引っ張り合いは日常茶飯事だった。
昨日まで居た孤児が突然消えることも珍しくなかった。食い扶持を確保するために、少しでも見目の良い孤児は人買いに売られた。限られた食料を全員で分け合うのは、現実的に厳しかったから。
だからあたしもねえちゃんも、お互い以外は信用しなかった。
とくにあたしの瞳は本当に珍しい色味らしく、孤児たちがお金欲しさに情報を売る可能性があると、絶対に誰にも知られないようにと何度も念を押された。
人攫いに連れて行かれたら、二度と会えないと言われたのは本当に怖くて、あたしは絶対に誰にも目を見られないよう、前髪を長く伸ばし、俯いて過ごした。
孤児たちにはバケモノのようだと揶揄されたが、そんなことより人攫いに遭わないことの方が重要だった。
あたしにとって、ねえちゃんと離れ離れになる方がバケモノと揶揄されるより五万倍恐ろしかったのだ。
毎日灰を被る必要があったあたしたちは、毎日炭を焼いた。森に入っては木々を拾い、打ち捨てられた教会の厨房でそれを焼いた。
焼いた木が炭になり、それをさらに焼いて、灰にした。そして出来上がった灰を、毎日髪に振りかけ、薄汚れた格好を装った。
あたしもねえちゃんも、二人揃って輝くような金髪だった。
遠目にも人目を惹くその髪色は、孤児が生きていくには目立ちすぎた。金髪とは高貴なる血筋に出る色で、人買いは喉から手が出るほど欲しがる色だった。
ねえちゃんの立ち居振る舞いはどことなく上品で、言葉遣いも所作も、孤児とは思えないくらい綺麗だった。
これはあたしの見本となるべく必死に習得したと言われたが、もしかしなくても、あたしたちはそれなりの家柄に生まれたのかも知れなかった。
暗い髪色の多い孤児の中で、少しでも金に近い髪色の孤児から人買いに攫われた。あたしは必死に灰を被り、すすけた格好でしか外へ出なかった。
灰を被るせいで髪はギシギシするし、服はいつも埃っぽいけれど、薄汚れている中でどこか清潔感のある格好をするあたしたちは、孤児たちの中でも異質なものとして認識されていた。
ねえちゃんの瞳は綺麗なヘーゼルだが、あたしの瞳は青とヘーゼルの混じった、他で見たことない色をしていた。
光に当たると色が変化するらしいそれは、人に見られたら最後、確実に人買いに攫われるだろう、珍しいものらしかった。
ねえちゃんと同じ色が良いと泣くあたしに、ねえちゃんは何度も言った。
「私はリリーの瞳が大好き。今まで見た誰の瞳より、一番綺麗よ。リリーの瞳は、光を反射する湖みたい」
ぐずぐずと泣くあたしの涙を拭いながら、ねえちゃんは何度も励ましてくれた。あたしの瞳は綺麗だと褒めてくれた。
でもあたしの瞳がこんな目立つ色でなければ、ねえちゃんに迷惑かけることもなかったのにと泣くと、なぜかいつも叱られた。
「リリー。私は迷惑なんてかけられてない。大切な妹を守るためだけど、こんな綺麗な瞳を隠すことしかできない私こそ、リリーに無理を強いているのよ。それに、リリーの瞳が何色でも、どうせ私たちの髪色がコレだから、どのみち目立つわ」
髪を一房摘んで肩を竦めて、いつだって最後には、笑って抱きしめてくれた。
あたしはその抱擁に、いつも安堵した。あたしにはねえちゃんが居ると。ねえちゃんが居るから、頑張ろうと思えた。
ねえちゃんが居たから、あたしはあたしを嫌いにならずに済んだ。
あたしは髪色も瞳の色も普通と違ったが、普通じゃないのはそれだけじゃなかった。
ある日、ぬかるみで足を滑らせたあたしは、自分の背丈くらいの段差から落ちかけた。ドジッたなぁとぼんやりするあたしを、ねえちゃんが抱えて落ちた。
間の悪いことにそこは棘のある植物が多く生える場所で、ねえちゃんは傷だらけになった。
泥に汚れて血塗れのねえちゃんを見たあたしは、パニックに陥った。泥なんて汚れの塊みたいなものが、傷口から入れば、たちまち病気になってしまう。
ねえちゃんが死んじゃう!! とパニくったあたしは、どうにかしてねえちゃんの傷を治したかった。そして泥汚れも綺麗にしたかった。
何をどうしたのか、あたしの手からピカッと強い光が出たあと、ねえちゃんの泥汚れは綺麗になっていたし、そもそも傷口が跡形もなく消えていた。
呆然と目を瞬くあたしの様子を見たねえちゃんは、少しだけ悲しそうに笑った。
「リリーにも力があるんだね。それも、私より強い力があるのかも知れない」
どうやら発現したあたしの力は、ねえちゃんともお揃いのようだった。しかも、ねえちゃんより強い力らしい。
「この力はすごく珍しいから、絶対、誰にも気づかれないようにしてね」
なんでも、そもそもこういった力を持つもの自体が珍しく、その中でもここまで強い力は、本当に希少なものらしかった。
髪色、瞳の色、なんかすごい力。役満である。孤児にはどれも、必要ないものだった。
ねえちゃんはあたしに、力の使い方を教えてくれた。
治癒、浄化、結界、加護、退魔。ねえちゃんが言ったとおり、あたしの力はねえちゃんより強いものだった。ねえちゃんは治癒と浄化はできたけど、結界と加護はあたしより小さくて弱いものだったし、退魔はそもそもできなかった。
ねえちゃんは、自分が使えない退魔の力だって、使い方を教えてくれた。不思議なことに、ねえちゃんに言われた通りにすれば、思うままに力が使えた。
まるで、どうすれば思う通りに力を使えるか、ねえちゃんは知ってるみたいだった。
あたしはねえちゃんよりできることがあるのが嬉しかった。ねえちゃんができないことは、あたしがやればいいと思った。
「リリー、お願いよ。決して人に見られないようにしてね。この力は誰にも知られてはだめ。私たちが一緒に居るためには、秘密にしなければいけないの」
ねえちゃんはあたしよりずっと賢くて、大人で、様々なことをたくさん知っていた。そのねえちゃんが言うのだから、この力は本当に知られてはいけないものなんだろう。
わかっていたはずなのに、バカなあたしは、その言葉の意味を真実理解していなかったのだ。
本当に、愚かだった。
この世界には、魔獣が存在する。魔の力を帯びた、悪しき場所から生まれる獣。
それは教会で加護を受けた武器でしか消滅させられず、ただの武器でも討伐はできるが、死んだあとの死骸が土地を穢して、浄化しなければ何度も復活する。
魔と戦うために聖なる力が必要で、その聖なる力を持った人間は聖人と呼ばれ、教会に属して従うものらしかった。そのために、聖なる力を持つ者は一人残らず教会に所属させられる。
そして死ぬまでその力を酷使されるのだ。
あたしとねえちゃんの力は、間違いなくこの聖なる力だった。
ねえちゃんは物知りだから教会に酷使される聖人の末路を知っていた。だからこそ、絶対に知られてはいけないと、何度も言い聞かせたのだ。
あたしとねえちゃんの暮らす付近には、魔獣が現れたことが無い。こんな諍いの絶えない場所にはありえないことだ。
それも力について知れば、なんてことは無い。ねえちゃんが土地を浄化していたから、そもそも生まれることが無かったのだ。
けれどそれも及ばなくなった日が訪れた。
淀んだ穢れから生まれた魔獣が、孤児たちの暮らす周辺を襲ったのだ。為す術もない孤児たちは散り散りになり、住処を追われた孤児の一人があたしたちの拠点を訪れた。
あたしの力で結界を張ってある拠点は安全で、魔獣が近寄ることはない。さらに周辺をあたしとねえちゃんの二人で浄化しているから、魔獣が生まれることもなかった。
孤児は言った。ここに住まわせてほしいと。困ったときはお互い様だろと。傷を負い寄る辺ない顔で泣く孤児は本当に頼りなくて、同情を誘った。
けれど、ねえちゃんはきっぱりと断った。取り付く島もない対応だった。
仕方がなかった。あたしとねえちゃんの力を知られるわけにはいかないし、何より、困ったときはお互い様だとか言うくせに、そいつはあたしたちを助けてくれたことなんてなかったから。
都合の良いことばかり言うそいつを、信用するわけにはいかなかったのだ。
にべもなく断られたそいつは、ねえちゃんに罵倒の限りを尽くし、どこかへ立ち去った……ように見せかけて、森の中に身を隠したのを、あたしは知っていた。見ていたから。
何一つ悪くないねえちゃんを罵倒したそいつが許せなくて、あたしはこっそりそいつの元へ行き、傷を治してやり、住めそうな場所を浄化してやり、ついでに結界まで張ってやった。そいつは心から感謝していた……ように見えた。
ねえちゃんへの罵倒を撤回させ、二度と関わらないように約束させてから、あたしは拠点に戻った。あたしは力を使いながら、ねえちゃんはもっとすごいんだぞと自慢することで、これでねえちゃんが罵倒された事実はなくなったのだと、能天気なことを考えて。
ねえちゃんが孤児を突き放した理由を、しっかりと理解していなかったから。
その翌日のことだ。
あたしとねえちゃんの拠点に、教会と人買いが押し入った。あの孤児が、あたしたちのことを売ったのだ。
あたしたちを巡り、争う教会と人買いの様子を見たねえちゃんが、諦観の表情をしていた。
あたしは自分の愚かさを呪った。
ねえちゃんが孤児を突き放したのは、関わるわけにいかなかったから。少しでも関わればそこから、力のことがバレる可能性が生まれる。
あれだけねえちゃんが言っていたのに。何度も言われたのに。
あたしは、言われたことすら守れなかった。
教会と人買いの争いは、教会の勝利に終わったらしく、教会の使者とやらが驕慢に言い放った。教会こそが聖人を迎えると。
あたしは真っ青になりながらも覚悟を決め、使者の前へ出ようとしたら、その前にねえちゃんが歩み出て深く頭を下げた。
「私が、聖人の力を持っています。妹を傍に置いてくださるのなら、教会のために力を尽くしましょう」
あたしは頭が真っ白になって、何も言えなかった。
なんで、どうして、そんなことばかり頭をぐるぐる回った。
そうしてあたしが呆然としてる間に、ねえちゃんが聖人として迎えられることが決まり、あたしはその付き人として教会に入ることが決まった。
このときのことを、あたしはずっと後悔している。
余談
「きっかけになった孤児はどうしたんだ?」
「もちろん、ボコボコに殴っといた」
「……は?」
「当たり前でしょ。そもそもあいつが恩を仇で返すから悪いんだし。素手で殴るとねえちゃんに心配されるから、落ちてたオークの枝で殴った」
「それは……」
「いろんな枝が落ちてたけど、いろいろ強度確認して、一番堅い枝で殴った。泣いて謝ってたけどもちろん許さない。また会うことがあれば全力で殴る」
リリーはやると決めたら何事も全力なので、相手に一番ダメージを与えたいと思った結果が、一番堅い枝で殴る、でした。




